第五章 変幻
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
旅館に戻ると劉煌は、すぐに大変よ!大変よ!と両腕をバタバタさせながらお陸の元に駆けつけ、句読点を入れずに、一気にドクトル・コンスタンティヌスとの取引の話をした。
百戦錬磨のお陸でもこの話には仰天し、泡を吹きながら言う。
「ってことは、『ぷらなんとかって奴』をただで受けられるのかい?」
「ただじゃないわよ。受けて報酬までもらえるのよ。モデルだから。」
「しかも、お妃さん達の顔をきれいにした医者の、そのお師匠さんにやってもらえるのかい。」
「そうよ!私も横でしっかり見ているから、もし師匠の顔がまた崩れても、すぐ私が直せるわ!」
「じゃあ、前祝いだ。派手に飲もう。あたしについておいで。」
お陸はいきなり話を変えてそう言うと、すぐに金持ち風の爺さんに化け、女の子の恰好のままの14歳の劉煌の手を取り、なんと遊郭に連れて行ってしまった。
派例好坊という名の遊郭は、西乃国で唯一の外壁全面がレンガ造り、3階建ての、実に変わった建物だった。入口は真ん中にあり、用心棒が左右に1名ずつ立って、客の選別をしていた。
お陸爺さんが、用心棒に金貨を渡すと、用心棒はニヤニヤ笑いながら、すんなりお陸を中に通した。
お陸は2階の座敷に入ると、まず酒と魚を注文し、女将に顔をだすようにとも付け加えた。
勿論劉煌は遊郭の意味と存在は耳学問で得ていたが、その場にいて彼自身の目で見るのは初めてである。
劉煌は、女の子の恰好で耳まで真っ赤にしながらキョロキョロ辺りを見回していた。
座敷は変哲もない普通のどこにでもあるような部屋で、ただテーブルが1卓とその上に花をあしらった花瓶が1つ、そして壁に装飾品が飾ってあるだけのシンプルな造りだった。
しばらくして女将が挨拶に来ると、お陸爺さんは前触れもなく女将に劉煌の宣伝をし始めたので、劉煌は真っ赤だった顔が今度は真っ青になってしまった。
「へええ、こんな子がね。」
そういうと、女将は劉煌の頭からつま先までなめるように見てから、廊下に視線をうつし、そこを歩いていた芸妓に、「ちょっとあんた、そのお三味を頂戴。」と声をかけた。
女将は三味線を手に取ると、「そんなに凄いなら、あんた一曲弾いてごらん。」と言って、劉煌に三味線を手渡した。
ここで初めてお陸が前祝いといいつつ、しっかり劉煌の実地訓練を謀っていると確信した劉煌は、この5年弱のくノ一修行の一つであった三味線修行の発表会の時がやってきたと理解し、いきなり芸妓モードに切り替わると科を作って座りなおし、撥で糸を叩いては糸巻を調節して三味線の調律を始めた。
そして3本の糸を思い通りに調律すると、劉煌はシナシナしながらお辞儀をしてから、三味線の弾き語りを始めた。劉煌は、弾き語り中も、調べや歌詞に合わせた表情や科を造り、渾身のナルシスト魂を周囲に惜しげもなく披露した。
女将は、芸妓モード劉煌が気に入りお陸に提案した。
「なかなかいいねぇ、この娘。うちで引き取ろうじゃないか。」
それを聞いたお陸は笑い飛ばして、言う。
「そんな馬鹿な。こんな上玉を手放すとでも思ったのかい。手放す気は毛頭ないがね。それより、御宅の芸妓衆を連れてきておくれよ。うちの子をなかなかと言う位なのだから、相当上玉なんだろうね。」
女将は、その言葉にプライドを傷つけられ、派例好坊きっての美女を10人お陸の座敷に呼びよせた。
しかしどの美女も劉煌ほど美しくもなければ、楽器もひけず、歌も歌えない。
女将は益々イライラして、美女達に踊らせるも、お陸に踊れと命令され、仕方なく扇子を広げて踊り出した劉煌には全く叶わなかった。
そして、舞っているうちにどんどんナルシスト魂が再燃し始めた劉煌に、もはやどこにも敵はいなかった。
”芸妓の芸の部分は合格だ。”
そうお陸が思っていると、廊下を芸妓を求めてフラフラと歩いていた親父が、沢山の美女が集まっているお座敷に気づき、酔っぱらっていることを幸いに座敷に乱入してきた。
その親父は、徳利を手に持ち管を巻きながらへへへと笑って両腕を前に伸ばし、きれいどころを次々と追っかけていった。
”でも芸妓が必要なスキルは芸事だけじゃない。一番必要なのは、こういう邪魔が入った時の臨機応変なあしらい......それは一朝一夕で出来るもんじゃない......”
案の定、ここの芸妓達はこぞって”あしらい”ができないようで嫌がって逃げまくっていると、そのどうしようもないグダグダ親父を、なんと素人で男の似非芸妓:劉煌が、適当な話術で手玉に取りうまくあしらって親父を上機嫌であっという間に外に追い出してしまった。
”なんだよ。これじゃ、あたしが横で訓練する必要ないじゃないか。まずい、これでは、あたしが若返る口実がなくなっちまう。”
それを見ていたお陸が青ざめてそう思っていた時、女将が真っ赤になって絶叫した。
「この子、幾らだい?幾らでも払うわ!お願い、うちに置かせてっ!」
女将は、ついさっきの上から目線をすっかり忘れて、興奮して劉煌を指さしながら土下座してお陸にそう訴えた。
お陸は苦笑いしながら「何言ってんだい。ダメに決まってるだろう。この子は特別なんだからね。」と言った後、あからさまにホッとしている劉煌を見て、少し余裕が出てきたお陸の心に、ムクムクと茶目っ気が浮き上がる。
「ただこの子はフリーランスだから、ここでお呼びがかかれば空いていたらお相手させても構わないけどね。」
このお陸の爆弾発言に劉煌は、思わず演技していることを忘れ目を引ん剝くと、飛び上がってお陸をギッと睨みつけた。
劉煌の反応にお陸は、心の中で大笑いしながら涼しい顔をして続けて言う。
「あと、この子は一人じゃないんだ。私の孫娘とペアでやってる。孫もこの子に負けず劣らず絶世の美女だよ。じゃあ。あたしらは二人でとことん飲むから。アンタたちはもう下がって。」
入ってきた時と同様に次々と芸妓が出ていく中完全に後ろ髪を引かれている女将は、なんだかんだ言いながら渋々最後に出ていった。
座敷の扉を閉めた劉煌は、しばらく扉のところでお陸に背を向けて立っていたが、やおら振り向いてお陸の側迄不貞腐れた顔をしながらやって来ると、わざとドカッという音を立てて座った。彼は女の子の着物であることを完全に無視して片膝を立てて座り、立てた膝の上に同じ側の肘を乗せて、一言「誰よ。」と顎を挙げて言った。
お陸は徳利からおちょこではなく茶碗になみなみと酒を注ぎ、それを劉煌の顔の前まで持ってきてから、さらにちょっと持ち上げて、自分の顔を劉煌の前にヌッと突き出した。
劉煌は、今度はガバっと立ち上がると仁王立ちになって「まさか、自分のことを孫娘って言ったの?」と叫んだ。
「アイヤー、大声で叫ばないでよ。他に誰がいるってんだよ。それに、なんたって凄腕のドクトルなんだろう?それくらいお手の物だろう。さあ、前祝い。私は綺麗な孫娘♪」
お陸はそう言って茶碗の酒をゴクゴク飲み干した。
頭を抱えている劉煌を横目にお陸は、笑いながら更に酒を煽り続けた。
~
その頃、李亮と梁途は、食事も終わり、京安の様子を聞きたい梁途の両親をおいて、屋根裏の梁途の部屋に早々に引き上げていた。
梁途は蝋燭に火をつけながら二人きりになるとすぐに聞いた。
「孔羽はどうしている?」
李亮はどうしようもないという顔をしながら、しぶしぶと答えた。
「相変わらず、食い続けている。」
梁途は、懐かしい親友の食べっぷりを思い出し、ふっと笑って、
「そっかー。」と言った後、今度は李亮の顔色を見ながら「......で、お凛ちゃんのことは何かわかったのか?」と聞いた。
李亮は、その問いに顔をしかめながら合わせた手を自分の口元に近づけると、しばらくそのままで沈黙した後、「......わからねえ。わかっているのは小白府には居ないってことだけだ。」と低い声で呟いた。
梁途は、顔を歪めて俯いた。
”ってことは、太子もお凛ちゃんも、もうこの世に居ないってことか......”
二人は蝋燭の火が揺らめく中、ただそこにしばらく何も言わずに座っていた。
その時間と空気の重さに耐えきれなくなった梁途が唐突に口を開いた。
「もう、かれこれ5年も経つ。あの二人はきっと…」
李亮は、その話の途中で怒りのあまりバンと立ち上がったが、そこは屋根裏なためそうでなくても背の高い李亮は、頭を屋根にしたたかにぶつけてしまい、頭を手で押さえながら仕方なく元の位置に座って叫ぶ。
「縁起でもねえことを口走るんじゃねえ!」
”絶対生きている!二人とも生きている!そして、いつかみんなでまた五剣士隊を結成するんだ!”
李亮は、心の中でそう叫びながら拳が真っ白になるほど強く自分の手を握りしめると、歯を食いしばりながら低い声で呟いた。
「前、話したこと覚えているよな。」
「・・・・・・」
「孔羽は役人になるんだ。俺はいずれ軍隊に入る。そのために丁稚奉公は、わざわざ刀剣屋にしたんだ。そしてお前はわかってるな。」
梁途は青ざめるとすぐに5年前と同じ股間を手で抑えるリアクションをして呟いた。
「宦官は嫌だよ。」
「宦官じゃない、禁衛軍に入るんだ。」
「禁衛軍?」
「皇族の護衛係だ。禁衛軍ならお前の大事な部分を切り取らなくても皇宮で堂々と勤められるし、余程のことが無い限り命を落とすこともない。」
”それに万一の時に潰しもきくしな。”李亮は、上層部でないとただの駒となる軍隊とは違って、役人も禁衛軍も、潰しがきく職業であることを敢えて梁途には伝えなかった。
”亮兄が一番危険な役をやるってことか…禁衛軍が嫌だなんて言ってられないな…第一もう五剣士隊は再結成されないだろうし。”
梁途はそう思うと、「わかったよ。家柄的に、僕が一番禁衛軍に入りやすいだろうし。でも、亮兄、軍隊は危険だよ。本当に入隊するつもりなの?」と、つい心配になってこう聞いてしまった。
李亮はそれを聞くと、押し黙ってジッと蝋燭の炎を見つめた。
”軍隊に入れば、お凛ちゃんの消息もわかるかもしれない....”
すると、李亮の脳裏に、出会って間もない頃の幼い白凛の姿が鮮明によみがえってきた。
「私は自分が何になりたいのか、よくわかっているわ。」と彼女は言った。
”あんな女の子、後にも先にも見たことねぇ......”
李亮は、この5年間、いつも心の奥底で密かに思っていた。
たとえ一目でもいいから、もう一度彼女に会いたいと。
李亮が蝋燭の炎でノスタルジックなヒプノーシスに陥っていると、梁途が
「でも、亮兄、マジでさ、孔羽が科挙に受かると思うの?」
と言って、彼を今ここに引き戻した。
ここに戻ってきた李亮は、暗い中で目をキラリと光らせ左の口角だけ上げて囁いた。
「受かるんじゃねぇ。受からせるんだ。」
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