第一章 縁
諸国随一の壮大さと誉れの高い首都:京安にある西乃国の皇宮は、東西に半里(2km)南北に1里(4Km)の縦長の広大な敷地内に、四季折々その容姿を転ずる広大な庭園はもとより、小高い丘や紅白の鯉が自由に泳ぐ、大きさ的には湖と言っても過言でないような池もあり、その東南の端に鎮座する五百人が一堂に会しても余裕をもってもてなせる迎賓館ですら、小さな建物に見えてしまうほどだ。
街中から皇宮の南の出入口である銚期門をくぐると、広大な前庭のその遥か彼方の中央にそびえたつように建っている太政殿(朝廷が行われる場所)が、バーンと入宮した者の視界を独占する。
しかし、一見中央に位置するように見えるこの太政殿は、この皇宮を長辺からみた時には全く中央に位置せず、かなり南寄りにあることを知っている者は少ない。太政殿の奥には丘と河があり、そのこんもりとした丘と冬にはカチンカチンに凍ってしまう1丈(3m)ほどの幅の河を越えると、ようやく皇帝専用の住まいである建物:天乃宮の門が見えてくる。
天乃宮には表門こそあるが、その裏庭には門は無く、それはさらに広大な庭園と繋がっており、庭園の向こう側は一見森になっているかのように見える。
このちょっとした森を彷彿とさせる場所こそ、皇帝の最もプライベートな空間、すなわち皇帝に24時間仕える女性たちの住まいであり、俗に言うハーレム、東中西の三か国の共通言語(参語)では”後宮”と呼ばれている。
後宮と言っても、建物は1宮だけではない。
なんと、東西に12宮ずつもあり、木々の合間に皇帝の正室である皇后、側室達そして幼い皇太子、それぞれの住まいである建物が、互いに全く接点の無い状態で点在しており、上空から見ればそれぞれの建物は規則正しく配置されているのがわかるが、地上にあるそれぞれの住まいへ行く道は、トラブル回避のため、わざと複雑な迷路のような構造になっていて、とても規則正しく配置されているとは思えない。
今日も全ての日課を早々に終わらせた劉煌は、いつものように白の稽古着の上に茶色の地味な羽織を羽織って、後宮の東に位置する東乃宮から飛び出した。
9歳になったばかりの彼は、身体はまだ小さいけれど、乗馬も大人顔負けで、わずか5分後には後宮を抜け、皇宮の北の門である朱祜門にたどり着いた。
そこには、いつものように老兵の金譲が、鋼色の軍服に黒の鎧の禁衛軍の出で立ちで、槍を立てて門番をしていた。
金譲の視野に劉煌が入ると、彼は途端に顔を曇らせた。
「皇太子殿下、お気をつけて。」
金譲は、深々と劉煌に向かってお辞儀をしながら、いつもと同じセリフを言った。
そして、劉煌もいつも通り、礼儀正しく馬から降り、金譲に向かって「うむ」と答えると、また金譲が毎度同じみの文句を口にしてしまった。
「陛下には何も聞かずに通せと言われておりますが、この老夫は、毎日肝を潰しております。」
劉煌は、この3年弱、毎日同じ押し問答を続けていることにげんなりしながら、自らもまたこの間ずっと言い続けているセリフを彼に返した。
「大丈夫だ。毎日無事に帰ってきているだろう。」
劉煌は、そう言いながら鐙に片足をかけると、まるでそこには重力が働いていないかのように、ふわっと空中に舞い、殆ど音も立てずにひらりと馬にまたがった。
金譲が、お辞儀をしながら「はあ。」と、返事のような、そうでないような返事をした時には、彼の目の前を劉煌を乗せた馬の尻尾が右に左に揺れていて、やがてそれもすぐに見えなくなった。
劉煌は、西乃国の皇太子である。
彼の父親は西乃国の第48代皇帝。身長180cmで細身の55歳。容姿端麗・文武両道とはこの人の為にある言葉で、まさに天命によってこの地を収めることになった君主に相応しい人だが、劉煌が生まれる頃からめっきり身体が弱くなっていて、床に伏しがちなところだけが心配材料だ。
そして、母親は西乃国の皇后で、目鼻立ちの整った絶世の美女だ。どうも年齢は50に手が届くらしいのだが、若い頃より美容に大変気を使い、見た目では30代前半にしかみえず、影では美魔女と言われていた。
劉煌は、彼らの息子らしく、容姿端麗で体格もよく、9歳にして、母国語以外に西域の言語にも堪能、文系学問・理系学問、全てにおいて、もはや大学レベルと噂されていた。さらに、剣術を含むありとあらゆる武術も凄腕で、真剣な大人でもかなう相手がいない程の達人である上に、わずか3歳で国防を考えるようになり、軍事学にも精通していた。また医術については、父の病を治したい一心で、わずか5歳から御典医を口説き落として学んでいて、今では逆に御典医の方が語学が堪能な劉煌に教えを乞うようになっていた。
劉煌のお付きの者だけでなく、彼と初めて会った者も等しくこの聡明な皇太子を、千年に一人の天才と崇め、その表現が全く誇張でないことを知っていた。
そんな劉煌に、目を細めながら、皇帝は、帝王学と劉王朝に纏わる秘儀を、彼が3歳になった時から伝授し始めた。そして、その教え方は、獅子が子を崖から突き落とす・・・程ではなかったが、時に宦官達が思わず目を背けるほど厳しかった。
特に皇帝が、一人息子の劉煌に口酸っぱく伝えたのは、真の皇帝論であった。
それとは、すなわち、皇帝が天命により、天子として民を支配する信任を得たことの真意である。
『己の為ではなく、全ては民の為に。民に奉仕せよ。』
しかし、教授・伝授時以外の皇帝は、劉煌を文字通り、目に入れても痛くないほど可愛がっていた。
生まれた時から、天才の片鱗がうかがえた劉煌に、皇帝は、他に子供がいなかったこともあり、父親としてたっぷりの愛情を注いだ。それは、ゆくゆく皇帝となる劉煌に、天子以前の人間として最も忘れがちで、最もおざなりにしがちな、でも最も大切なことである「心」と「愛」を教えたかったからだった。
だから、3年前、劉煌が6歳の時、一つ年下の秘書省副長官の娘である白凛に出会って以降、皇宮から抜け出しては、二人で山に行き、武術の稽古をしているのも見て見ぬふりをしていた。そして、その半年後、劉煌と白凛が、そこで平民の悪ガキ3人衆、年の順で李亮、孔羽そして、梁途と出会った時も、その後彼らが”五剣士隊”を結成し、秘密基地を作った時も、黙って様子を見ていた。
劉煌は、毎日お昼になると、皇宮内の皇帝一家の住処である後宮にある朱祜門を出て、そこでおち合った白凛と共に、北東に馬を走らせ、鬼住山に通っていた。
鬼住山は、西乃国の皇宮から見て北東に位置し、京安の鬼門でもあることから何人も恐れて立ち入らない。
天才とはいえ無邪気な子供である劉煌と、天才ではないが生まれながらにして常識から逸脱している白凛は、大人の言うことを迷信と受け取ったのか、または行ってはいけないと言われると逆にどうしても行ってしまいたくなる人間の性からか、はたまた、誰も立ち入らないから逆に安全と判断したのか、鬼が住むと言われているのにも関わらず、毎日楽しそうにそこに通って武術の稽古を積んだ。
劉煌は一人っ子であり、父の腹違いの弟である叔父には子供はなく、後宮内の唯一の子供だったこともあり、白凛は、劉煌にとって生まれて初めて見た同じ年ごろの子供であり、唯一の友達でもあった。
一方白凛の家は、先祖代々劉王朝重鎮の名門貴族であった。
もっとも白凛の父は、白家の次男で長男ではなかったが、祖父が先帝の側近の一人であったことから、白凛の父も若くして中央三省の一つの副長官職についていた。白凛の父、白学は、分家であるので、先祖代々の白家の屋敷とは離れた、皇宮の北:朱祜門にほど近い場所に屋敷を構えていた。それ故、京安には白家の屋敷が二つあることから、粋な京安人は、本家の屋敷を”大白府”、白凛の住む分家の方を”小白府”と呼んでいたが、小とは言っても、本家と同じ位大きな屋敷で、京安でそれを知らない人は誰もいなかった。
白凛は、劉煌と同じく一人っ子ではあったが、劉煌と異なり、同じ年ごろの従兄弟従姉妹は山ほどいた。されど、白凛はその中で常に味噌っかすであり、白凛にとっても、劉煌が生まれて初めてできた唯一の友達だった。
白家において、白凛は、何も子供達からだけでなく、大人たちからも疎まれていた。
なぜなら、白凛は、外側は女の子だが、生まれつき中身は男の子だったからである。
白凛は、サバサバとした明るい性格で、武術・剣術には目を輝かせるが、ままごとや人形遊びには まっ・・・・・・・・・・・・たく興味がなく、夢は有史史上初の女将軍になることだった。
そのため、子供たちだけでなく大人たちも白凛を煙たがっていたことから、劉煌と出会ってから、毎日午後その煙たいのが家から居なくなり、夕方にはきちんと帰ってくることは、白家にとってこのうえなく好都合なことであった。
白凛の親は、白凛が生まれてからこの方5年、必死に彼女の”矯正”を試みてきたが、ちょうど白凛が良家の令嬢として矯正不可能と判断を下したところだったので、自分の娘が毎日、午後の時間を誰とどのように過ごしているかなど全く興味が無かったし、白凛は白凛で、嘘偽りのない本当の自分を周囲の誰も受け入れてくれないことに慣れ切っていたので、親に誰と何をしているかも、何も伝えてはいなかった。
白凛にとって劉煌は、生まれて初めてありのままの自分を丸ごと受け入れてくれて、彼女の夢も馬鹿にすることがないどころか、励まし、その夢を叶えるべく手助けをしてくれるまさに天使のような存在だった。
白凛は、そんな劉煌を親しみを込めて、皇太子の略称である太子から”太子兄ちゃん”と呼び、将来必ず自分が将軍となって、皇帝になった劉煌を自分の命を懸けて守ることを密かに心に誓っていた。そんなこととは露知らず、劉煌は彼の唯一の友達を、”お凛ちゃん”と呼んで、彼女の希望通り、毎日武術剣術の稽古をつけていた。
それが半年ほど続いたある日、その日は3日続いた雨がようやく上がって、気持ちよく晴れた日だった。青空の元、山奥の洞窟でいつものように武術を白凛に教えていた劉煌の前に、突然3人の同じ年ごろの男の子達が現れた。一番大きい子は、劉煌より頭1つ分大きく、もう一人はでぶっちょで、あと一人は、”ああ居たんだ”と思うほど影の薄い奴だった。
「お前ら、俺たちの縄張りで何してんだ。」
大きな男の子が偉そうにそう言った後、劉煌達をジロジロ見てから、鼻でふんと笑うと劉煌に向かって、「なんだ、お前、男のくせに女の子としか遊べないのか、情けない奴。」と罵った。すると男の子達3人は一斉に腹を抱えて笑い始めた。
「遊んでなんかいないわ。稽古をしているのよ。」
白凛が甲高い声で反論すると、大きな男の子は「お前はお前で女のくせに男の真似してどうするんだよ。男には絶対かなわないぞ。」とまた茶化して笑った。
「そんなことないもん。私は初の女将軍になるんだもん!」
自分の倍はあろうかと思う大きさの男の子にも、決して怯むことなく白凛がそう叫ぶと、男の子達は今度は彼女を指さして一斉に大笑いし始めた。
馬鹿にされた悔しさのあまり、彼女が涙をこらえてわなわな震えているのを見た劉煌は、彼女の方を向いて彼女の前に立つと、「大丈夫。きっとなれるよ。」と言って微笑んだ。すると、我慢の限界に来ていた彼女の涙腺は崩壊し、わあーと言いながら、劉煌の胸に飛び込んで泣き始めた。
「ほら、女はすぐ泣く。」と口々に言った男の子達に背を向けたまま、劉煌は、初めて彼らに向かって口を開いた。
「男のくせに、自分より年下の女の子を泣かせて、君たちは恥ずかしくないのか?」
その一言に頭にきた彼らは、「この野郎!」と言いながら3人で劉煌に襲い掛かってきた。
劉煌は白凛を抱きしめながら、3人の攻撃をさっとかわすと、今度は白凛を放して自分の後ろに回し、白凛に「あっちに行っていなさい。」と言った。
それに対して、わずか5歳と言えども、女将軍を目指している白凛は、袖で涙をぬぐいながら「いやよ、私が相手する!私、将軍になるんだもん!太子兄ちゃんを、私が守るんだもん!」とさらに甲高い声で叫んで、劉煌の前に出ようとした。
その叫びが耳に入った途端、3人の男の子達は突然攻撃をピタっとやめて、真っ青になり、その場に立ち尽くした。
今迄ずっと黙っていた影の薄い男の子が、どもりながら「も、もしかして、あ、あの人、こ、皇太子なんじゃ?そういえば着ている物も凄く高そうだし。」と言うと、太っちょが、「亮兄ちゃん、まずいよ。もしそうだったら、俺たち殺されちゃうよ。それどころか父ちゃんも母ちゃんもみーんな殺されちゃうよ。」と、わなわな震えながら付け加えた。
「馬鹿野郎、俺の名前バラすんじゃねえ。」
大きな男の子はそう言いながらその場から一目さんに逃げ出した。そして、あとの二人も、すぐ大きな男の子の後を追って逃げだした。
予想外の成り行きにしばし茫然としていた劉煌と白凛も、その後、稽古の続きをやる気になれず、下山することにした。
二人でいつものように話しながら悪路を器用に馬を操り町に入っていくと、いつもと違い、そこには人だかりがあった。よくよくそれを観察すると、それは遠巻きにしている人々の群れと、その先に、3人の子供をいたぶっている大人の男達がいた。その男たちはどこから見てもならず者のようで、真昼間なのに肩には徳利をぶら下げていた。
馬から飛び降りた劉煌が、そこにいた大人の一人に成り行きを聞いてみると、ことの顛末はこういうことだった。
きっかけは、走っていた3人の子供たちのうち、太っちょの子がよろけてある男の人にぶつかってしまったことだったらしい。子供はすぐ謝ったが、大人の男は、ぶつけられたことに腹を立てて、太っちょの男の子を蹴とばした。すると3人の子供のうち一番大きい子が太っちょを助け、すぐに蹴とばした男を蹴とばしたので、男は大声をあげて、子供たちを威嚇した。そうすると、どこからか男の仲間がやってきて、3人のこどもを相手に殴る蹴るを始めた。
しゃがんで大人たちの足の間からそれを見ていた白凛は、劉煌を見上げると、「太子兄ちゃん、あれさっきの男の子達じゃない?きっとテンバツが降りたのよ。」と真面目な顔をして言った。
この子は意味がわかって言っているのか?と疑問に思いながらも、劉煌は、自分の印の入った佩玉を腰から外すと、白凛に向かって「法捕司に行ってこれを渡し、役人にすぐここに来るようにお願いしなさい。」と命じた。白凛は、両手で佩玉を受け取るとすぐにそれを懐にしまい、「うん」と頷いて馬に飛び乗ると、すぐに馬面を西に向けた。
法捕司とは、西乃国の省庁の一つで、今の日本でいうところの警察、検察と裁判所及び刑務所が一つになった機関で、皇宮に近い町の西側にあった。
劉煌は、白凛を見送ると彼女の馬術の腕前から、法捕司の役人達がここにやってくるまで15分はかかるなと思った。
劉煌は、人だかりをかき分け、ならず者達に近づくと、「大の大人の男が、日の高いうちから仕事もしないで子供をいたぶるとは何事ですか。」と説教した。
この言葉に男たちが、慌てて後ろを振り向くと、、、なぜか誰もいない。
それをみていた劉煌は、はあとため息をつくと、「ここですよ。」と言った。
その声の方向が下からだったので、下を向いた男たちは、そんな偉そうに説教したのが、小さな男の子だったことに気づくと、「このくそがき!」と言って、今度は一斉に劉煌に向かって拳を上げて飛び掛かって行った。
劉煌は、それをいとも簡単にひょいとかわすと、サッと屈んで男たちの足を自分の足でひっかけて、全員を転ばせた。
劉煌は、すくっと立ち上がりすぐに後ろを振り向いて、まだ倒れている3人の男の子達に「今のうちにお逃げなさい!」と告げたが、一番大きな男の子が起き上がって劉煌の横に立つと、「お前を置いて、のこのこ逃げられるかよっ!」と叫んで、劉煌と共に臨戦態勢に入った。
すると、他の2人の男の子たちも立ち上がって、震えながらも一番大きな男の子の後に続いた。
ならず者達は、酒も入っていたこともあって、フラフラしながら立ち上がると、持っていたまだ酒の入っていた徳利が割れてあたり一面酒浸しになっているのを見て怒り心頭になり「もう許さねぇ!」と叫んで一斉に、なんの躊躇もなく子供たちに向かって殴りかかった。