第九章 転回
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
劉煌が中ノ国の皇宮に来て1か月が経った時、皇帝は完全に回復し、杖も不要ならば言葉も流暢に誰もが聞き取れるようになった。そのため、快気祝いを兼ねて盛大に春節を祝おうということになり、お祝いモード一色だったある日のこと、小春の入浴中に下働きをしていた柊が、湯船から聞こえてくる音痴な歌で、皇太子妃が仲邑波留ではなく備前小春なのではないかと疑い始めたのだった。
そう思った柊の行動は早かった。彼女は傘屋の夫人をうまくかわして主と逢引を重ねた要領で、うまく木練をかわして皇太子妃の前に躍り出た。
小春は目を丸くしてサッと視線をそらしたが、柊は小春の腕にある痣を見逃さなかった。
柊はその場は何も言わずに宮女の仕事をして出て行ったが、部屋に戻り地団太を踏んだ。
”あの小春が皇太子妃!?”
”それならば私は皇后にだってなれるはずよ。”
”見てらっしゃい。化けの皮を剝いでやる!”
ある日山村柊は、木練と小春の目を盗んでわざと皇太子の前で転び、彼にアプローチした。そして皇太子に直訴したのだった。
皇太子妃が仲邑波留ではなく、伏見村の亀福寺に住んでいた備前小春に違いないと。
勿論皇太子照挙は、怒って柊を罰そうとしたが、柊は「嘘だと思うなら囲碁を打ってみたらいい!」と毅然と言い放った。
照挙も顔かたちはそっくりなのに、記憶が無く、しかも全く性格の違う小波留に何か腑に落ちないところを感じていただけに、柊の言葉が心にひっかかった照挙は、囲碁の碁盤と碁石を持って翌日小春を訪ねた。
柊が小春の素顔を見ても、その後何も言ってこないことから柊は気づかなかったと判断した小春は、完全に油断していた。
小春は勿論囲碁の本当のルールを知らない。
しかし、亀福寺に碁盤はあって、みんなで五目並べをして遊んでいた。
それなので小春は碁盤と碁石を見た瞬間、にっこり笑って五目並べを始めたのだ。
碁盤を見て照挙は真っ青になった。
”まさか、あの宮女の言うことが正しかったのか。”
「小波留、それは五目並べだ。囲碁ではない。なぜ囲碁を打たない?」
照挙が碁盤から視線を変えずに、暗く低い声で小春にそう言った時、小春は自分の心臓が止まるのではないかと思った。
「あ、囲碁を忘れてしまったのかも。」
「本当は、仲邑波留ではないのであろう?」
「て、照挙、、、何を、、、」
「備前小春」
照挙の口から自分の名前が飛び出した時、小春はいとも簡単に観念し、ひれ伏しながらすべて洗いざらい照挙に白状した。
この状況を部屋の外で伺っていた木練は、すぐに皇后陛下にお越し願うよう宮女を皇后楼に派遣した。
「主犯が皇帝陛下と騙るとは不届きにもほどがある。誰か、誰かこの者を引っ立てい!」
照挙がそう言ったものの、ここは皇太子妃楼である。主である皇太子妃をかばってまず木練が皇太子の前で土下座した。
「皇太子殿下、どうかお待ちくださいませ。皇后陛下もご存知のことでございます。」
そう言った時、皇后が慌ててその場にやってきた。
「照挙ちゃん、どうか冷静になって。波留殿が亡くなってしまって、苦肉の策だったのよ。だって、前のことがあるでしょ?陛下も波留殿が亡くなったことを照挙ちゃんに知らせてはならぬと。幸い波留殿は双子だったので、彼女の妹を身代わりにすげたの。」
皇后はすがるように皇太子にそう伝えた。
「なんですと。それではこの者が言う通り皇帝陛下のお考えなのですか?」
「そうよ、聖旨も出ているのよ。」そう言うと皇后は小春に目くばせした。
小春は泣きながらお辞儀をすると、立ちあがってからふらふらと箪笥の方に向かって歩いて行った。
引き出しから聖旨を掴んだ小春は、作法通り跪き両手でそれを照挙に向かって差し出した。
聖旨を荒々しく掴みとった照挙は、それをバッと広げて中をサッと見るとムムムとだけ言って黙ってしまった。
そこには、彼の妻となる人物は仲邑波留とは一言も書いていないのだ!
”仲邑備中の娘、、、こんな書き方をするのは後で私にバレても誰も罰せられないということか!そんなアホな!許せん!断じて許せん!”
聖旨と碁盤をかわるがわる見て照挙は真っ青になった。
”そうだ、でもコイツは私をだました。小波留って呼んで返事したんだからな!”
「お前は名前を呼ばれてもまったく抵抗なく返事をしていた。つまり仲邑波留を騙ったのだ!」
「だって、殿下は波留って呼ばなかったもん。いつもこはるって呼んでたもん。それ、あたしの名前だもん。」
”ギャーッ!そうだった、私は波留って呼んでなかった。。。うーん、こいつのせいにもできない。聖旨の内容から備中も責められない。でもムカツク。このままでは私の気が晴れない!キー!”
照挙がそう思っていたところに、小春は言った。
「本当に姉はかわいそうだったと思う。年若いのに殺されるなんて。」
「な、何?殺されただと!?」
思ってもいなかった小春の告白に照挙は茫然自失となった。
すると今までオロオロしているばかりだった皇后が、照挙がまた昏睡になっては困ると思ってしどろもどろに答えた。
「そうなのよ。あの大火事の日に、賊が押し入って焼け跡から発見された時は胸に刃物が刺さった状態だったそうよ。だからあの火事は、波留殿の殺害をカモフラージュするために賊が火を放ったのではと。でも照挙ちゃん、前を向いて。あなたもう、、、その、小春さんとねえ、そのぉ、、、既成事実があるわけじゃない。ねぇ。小春さんと一緒にいてとても嬉しそうだったし。」
”うっ、確かに勘違いしていたとはいえ、皇太子ともあろうものが一線を越えてポイ捨てはさすがにまずい、、、”
黙ってしまった照挙を見て、小春はしゃくりあげながら口を開いた。
「だから私が姉の代わりに殿下に精一杯尽くそうって思ったの。だって初めて会った時から好きだったから。」
小春は嘘ではなく本当に涙を流して照挙に自分の本心を伝えたのだった。
それなのに、照挙は小春の言っていることが信じられず怒りで真っ赤になりながら叫んだ。
「初めて会ったって、ひと月ちょっと前の結婚式の時じゃないか!」
「違う。殿下はもう忘れちゃったの。」
「記憶障害は君の十八番だろう。」
「そうじゃない。森で人さらいにあったこと、、、忘れちゃったの?洞窟で着物を着換えて、、、」
すると今度は皇后が目を皿のようにして叫んだ。
「なんですって?それ一体どういうことですの?」
しかし、照挙はこれを聞いて一瞬で真っ青になり、皇后がどういうことかと叫んだ後しばらくして小春を見て言った。
「なんで、お前がそれを知っている。それはトップシークレットのはずなのに、、、あっ!」
照挙の頭の中で、助けてくれた太っちょの男の子と思っていたのが女の子でびっくりした記憶が蘇り、それとともに、自らがこはるとその子の名前を呟いたことを思い出した。
「おまえ、あの小春なのか?」
「そうよ、あの日からずっとあなたが好きだった。だから狸親父から殿下と結婚できるって言われて、嬉しくてたまらなかった。だからお作法だって我慢して叩き込んだ。あなたが好きだから、あなたがあたしのことを姉だって信じているのが辛かった。だってあなたは、あたしのことが好きなのではないから。でもあたしは、あなたが好きだから傍にいるだけで幸せだったのよおおおおおおお。」
小春は照挙に愛の告白をしてその場で泣き崩れてしまった。
皇后は人さらいなどという物騒な話に気が動転し、訳がわからずどういうことなのかと聞き続けていた。
照挙はそれにただ簡単に「ここにいる小春は私の命の恩人です。」とだけ答えた。
皇后はあまりのことに呆気に取られてただただ目を丸くしていた。
”私の傍にいるだけで幸せ、、、そんなこと言われたことがなかった。”
いつも照挙は、100%できて当たり前、勿論人間であるからそういう時の方が少ない。だからいつでもできなかったところや、できても相手から見て満足いかなかったところばかりを指摘され、ダメだしばかりされて育ってきた。そんな彼は、もちろん今まで彼の存在を他者から喜んでもらえたことなど一度もなかった。
照挙は、この時、被害者は自分だけではないのだと悟った。
小春も備中も、そして何よりも波留こそ被害者だった。
途端に照挙は波留が不憫でならなくなった。
照挙は突っ伏しておいおい言って泣いている小春の手を取って彼女の体を起こした。
起き上がった小春は、化粧が崩れて目の周囲が東之国の珍獣熊猫のようになっていた。
照挙は自分の懐から手巾を出すと小春の涙を優しく拭いてやった。
小春は照挙の優しいまなざしを受け、また涙があふれうううと唸りだした。
照挙は今度は小春の丸い背中に優しく手を当ててよしよしと背中をさすった。
たまらなくなった小春は、照挙の手から手巾をガバッと奪うとそれで思いっきり鼻をチーンとかんだ。
そんな暴挙も、照挙はなぜか愛おしく感じ、とても小春らしいと思った。
波留だったら絶対ありえないことなのに、この1か月強ですっかり小春のペースに巻き込まれ、それが心地よくなっていたことに照挙は気づいてしまった。
「小春、波留の墓はわかるか?」
小春は相変わらず皇太子の手巾で鼻をかみながら大きく1回コクリと頷いた。
「皇后陛下、私と小春は外出します。波留の墓参りに。」
皇后も小春も驚いて皇太子を見上げた。
「そんな、供なしではなりません。」皇后は焦りまくって皇太子を見た。
照挙はすっかり落ち着いて答えた。
「禁軍を10名連れていきます。大丈夫です。仲邑家の墓陵に墓参りするのは不自然なことではないでしょう。供の者達は、墓陵の中には入れませんから。それと皇帝陛下には今日のことは話さないでください。せっかくよくなられたのにお身体に触るといけませんから。さあ、小春一緒に行こう。」
小春は、うつむいてまた一回コクリと頷くと「お花を取ってきます。」と言った。それに照挙が頷くと「私も一緒に取ろう。」と言って小春の手を優しく取った。
小春は、どうしてこんなに照挙が自分に優しくしてくれるのかわからなかったが、二人で建物から出て、ハサミで庭の梅の枝やら椿の枝を切っていった。
その最中に、椿の花がボトッと花の根本から1輪落ちた時、小春はまるでそれが今の自分のようだと思った。
小春はしゃがんでその地面に落ちた椿を拾っていると、横に照挙が一緒にしゃがんできた。
「どうして地面に落ちた花を拾うの?」照挙は優しく小春に尋ねた。
「あたしと同じだから。命が尽きた同士。」小春はまた涙が出てくるのを一生懸命押さえた。
「命が尽きた?」
「私は姉じゃないから。」
照挙は突然手を伸ばして小春を抱きしめた。
「ばかだなぁ。君は仲邑備中の娘なんだろう?それなら何も問題はないじゃないか。」
「私は姉じゃないのよ?」
「知っているよ。私の妻だ。」
きっと皇宮を追い出されると覚悟していた小春は、照挙が波留ではないと知っても彼女が彼の妻だと言ったことに、安堵やら驚きやらで力が抜けてしまった。
何しろ重い小春なので、全体重をかけられた日には、照挙は支えきれずそのまま小春に押し倒されるようになって後ろに倒れた。小春は咄嗟に自分の手を前に出して照挙の頭がどこかに打ち付けないようにかばった。
結局、二人で庭の地面の上に倒れ込んだようになってしまったが、すぐに小春が起き上がろうとすると、照挙は小春の手を取って自分の上に彼女が乗るように彼女を抱いた。
小春は驚いて「どうしたの?」と聞いた。照挙は小春を胸に抱きながら地面の上で空を見上げた。
「空がとても青いんだ。」
小春は照挙のその一言で首を傾けて空を見上げた。小春からは伏見村で見る空の方がよっぽど青いと思ったが、照挙が嬉しそうに空を見ているので彼女も一緒に空を見た。
しばらくそのまま地面に寝転がっていた二人はようやく起き上がると、無言で、切った花の枝を集めまわった。
照挙が小春の手からハサミを受け取り、庭にやってきた女官にそれを手渡した時、ちょうど馬車の準備ができたと宮女が知らせに来た。
皇太子妃楼の前の小路で、照挙は小春の手を取り馬車に乗り込むようエスコートしているのを、裏手から山村柊がしかと観察していた。
小春は照挙から許されたというのに、馬車に乗り込む時も、馬車に乗ったら彼が豹変して、彼女のことを伏見村に突き返すのではないかとビクビクしていたので、その様子を見た柊は、てっきり照挙が小春を追放するのだと誤解してしまった。
山村柊は皇太子から褒められると思って裏手から飛び出してくると、
「皇太子殿下、やはり偽者でしたでしょう?」
と、しなを作りながらお辞儀をして得意げに言った。
照挙はそんな柊をギロッと睨み、近くにいた禁軍の兵士に「虚言癖のある宮女だ。皇宮から追い出せ。」と、命令した。
柊は自分の見込み違いだったのかと愕然とし、絶句した。
”あんな変な歌を湯舟で歌うそっくりな別人がいたなんて”
それを聞いていた小春は、いくら自分を売った人物とは言え、何年も姉妹のように暮らしてきた柊を路頭に迷わせるのは忍びなくつい口を出してしまった。
「皇太子殿下、この子をどうか皇宮から追い出さないでください。お願いします。」
「しかし、皇太子妃を、私の妃を、お前を陥れようとしたのだぞ。」照挙が怒ってそう言っていると、車いすで散歩に出ていた第二皇子こと照明が宦官と共に何事かとやってきた。
そして俯いている山村柊を見るや、照明は「君、皇太子妃付になったんだってね。母上の所に行っても君の姿が見えないからどうしたのかと思っていたんだ。」と柊に向かって嬉しそうに話しかけた。
照挙は、面白くないので照明につっかかった。
「人を不愉快にさせる宮女のどこがいいんだ。」
「皇兄さんは不愉快になるかもしれないけれど、私は彼女がいてくれると愉快になる。」
「騙されるのがオチだ。関わらない方が身のためだ。」
照明は不貞腐れた顔をした。
小春は先ほどのビクビクモードからシリヤスモードに変わると、小声で照挙に囁いた。
「ここで皇太子妃楼から追い出せば、きっと桃香様が疑う。とにかく今まで通りここに置いてたほうがいい。」
今のところそれしかないと悟った照挙は、すぐに柊を皇太子妃楼に追いやり、照挙と小春は馬車に乗ってその場から立ち去った。
しかし、門の所で、皇后からの使者と共に急いで参内しようとしている備中と鉢合わせになってしまった。
小春は備中に申し訳なさそうに言った。
「これからお姉ちゃんのお墓に一緒に行くの。」
これで全てを悟った備中は、皇太子の前にひれ伏し自分が案内すると告げた。
照挙は先ほどなぜ小春が桃香を気にするのかわからなかったが、道中の馬車の中で備中の話を聞き、仰天してしまった。
「そんな、桃香がどうして。」照挙は、かろうじてそう言った後絶句してしまった。
備中も涙ながらに訴えた。
「私も波留がこんな目に遭うまで、思いもしませんでした。でも皇后が後宮で皇太子と波留の結婚の発表をしたタイミングで、小春が狙われまして。おそらく殿下を失脚させて第二皇子を皇太子にと野望を抱いているのでしょう。骸組が調べたのでまず間違いないかと。皇太子殿下、どうかお気をつけくださいませ。」
「そうか、それで、しきたりとは違うのに後宮に結婚式を任せなかったのか。」
新郎新婦の替え玉を使ったり異様なまでの厳戒態勢だった挙式を思い出し、照挙は、いつも何を考えているのかわからない顔をしている宰相が、実は自分の最も信頼すべき人物なのだと悟った。
~
波留ではなく小春と結婚していたことを知り一夜開けた翌朝、照挙は、小春のベッドの上で、小春のいびきの騒音で目覚めた。昔ほど大地を揺るがすほどのいびきではなくなったものの、うら若き女性が発しているものとは到底思えないいびきに、照挙は珍しい物でも見るような目つきで彼女を見ていた。以前の自分なら、こんな野蛮人はお断りだったのに、今ではすっかり小春マジックにかかり、百年間毎日一日中観察していても絶対に飽きることはないだろうとまで思えるようになっていた。
それどころか、、、小春を毎日観察し続けたいとまで思っていた。
それ故、照挙の中で、小春はもう完全に別格になっていた。
それは、東之国の皇女:故簫翠蘭でも、小春を上品にしたヴァージョンの仲邑波留でも、彼の中でなしえなかったことだった。
だから、小春を許すということは、照挙の中でいとも簡単なことだった。
しかし、彼の中で何か もやっ としたものがくすぶり、それは何かと自問自答していた。
彼の両親は彼のために、波留の替え玉を備中に依頼した訳で、そこに悪意はない。だから彼のもやもやは皇帝でも、皇后でも、備中でもない。
だが、この嘘つき軍団の中で、一人だけ当事者の家族や主従とは関係の無い者がいた。
そいつは、波留を診察していたことがあるのに、小春を波留として躊躇なく扱っていた。
そいつが皇宮に来た時、皇帝は意思疎通がままならない状態だったから、そいつが皇帝からこの茶番に付き合うよう要請された訳ではない。それどころか、そいつにこの仕事を与えたのは、まぎれもない照挙:彼自身だった。
つまり、そいつは、いわば直属の上司を無視して、その上司よりも身分の低い者に加担し、直属の上司を裏切ったのだ。
そうだ、このもやもやは直属の上司である自分をそいつが騙したという怒りなのだ。
照挙がそう結論に達した時、小春はまだ横でいびきをかいていた。
照挙は決意した。
そうでなくとも、そいつは皇宮内で偉そうに女の子の集団を侍らせ、鼻についていた野郎だ。
もう皇帝も回復し、波留は波留でなく小春だったので、彼女自身はおよそ医師に頼る必要はない。
もはや、小高蓮など皇宮内に用は無いのだ。
首にする前に、皇太子を騙すということがどういう代償を伴うのか目にもの見せてやろう。
そんなこととはつゆ知らず、劉煌は、その日も皇宮医院で冬場によく出る風邪薬を煎じていた。そんな煎じ薬の臭いが漂う皇宮医院に、禁軍の小鉄が現れたかと思うと、いきなり皇太子の命で劉煌を逮捕すると言うではないか。
ついこの間、食中毒を治してもらったばかりの小鉄はとても不憫そうに言った。
「ごめんよ。小高蓮。だけど照挙殿下に命令されたら無視できないんだ。」
劉煌は、小春からのSOSも無かったので、小春の嘘がバレたとは露にも思わず、何事かと思ったが、ここで抵抗してもどうにかなるものでもないことから、素直に小鉄に従った。
ちょうどその頃、杏林堂では、お陸が飛んできた伝書鳩の書筒をあけ、中を読んで真っ青になっていた。
”これは今日お嬢ちゃんが帰ってきたら、真っ先に対処しないと、、、。”
”いや、帰りなんか待ってられない。とりあえず万蔵と百蔵に会おう。”
お陸は、孔羽からの手紙を折りたたんで懐に入れると、その場でドロンと消えた。
~
禁軍に連行される手首を縛られた状態の劉煌の姿を見た、皇宮医院の前で劉煌のお出ましを待っていた宮蓮盟の女官達はは騒然となり、何かの間違いである、連行する理由を告げよと禁軍に食ってかかった。
禁軍の兵士たちの多くは、宮蓮盟の女の子たちに弱かったので、タジタジになってぼやいた。
「俺らも何で先生を皇牢に入れるのかわからないんだ。でも皇太子殿下の命令なんだ。俺たちはただ命令に従うだけなんだ。」
禁軍の何とも頼りない答えに宮蓮盟は騒然となり、皇宮内で何故連行するのか理由もわからないのに暴挙すぎると禁軍を罵り、突然、蓮先生の無実を証明する!と鼻息を荒げた。そしていつもは犬猿の仲の親蓮隊にもこの情報を流し、皇宮の外で彼女たちにすぐに大規模なデモを起こさせた。
その頃、お陸の家にそのまま勝手に住んでいた百蔵とそこに居候していた万蔵と3者で話し合っていたお陸は、お陸が掴んだ情報の出所については頑なに口を閉ざして答えなかった。
それでも、何はともあれ京陵まで戻ろうということになり、京陵の街中に入った途端、3人の目に映ったのは、なんと沢山の若い女の子とかつて若い女の子だった人々のデモだった。
お陸は、まったく女達がいい年して何をと顔をしかめていたが、デモ隊のシュプレヒコールを聞いてぶっ飛んでしまった。お陸は万蔵百蔵の制止も聞かず、そのデモ隊の先頭に躍り出ると、くるっと振り返ってデモ隊の女達に向かって叫んだ。
「あんた達、なまぬるい!!中ノ国の皇室は、中ノ国の人口の半分を占める女達全員を敵に回したんだ。女を怒らせるとどうなるか奴らに思い知らせてやるんだ!みんな!武器を持てぇ!」
そして、お陸自ら出刃包丁を振り上げて皇宮の門番に食ってかかった。
門番は、目の前にいるのが杏林堂の看板娘だと知っていたので、長槍で門を塞ぐだけでお陸の挑発には乗らなかった。
するとお陸は門の内側で声を張り上げている宮蓮盟の女たちに向かって叫んだ。
「あんた達、この門番をどっかに連れてっておくれよ!あたしらも中に入って一緒に抗議する!」
それを聞いた宮蓮盟の総長は、その声の主が杏林堂の看板娘だとわかると俄然強気になり、「よっしゃー、まかせておき!」と返事をするや否や、門番を脅迫し始めた。
「あんた、ここを開けなさいよ!開けなかったらこれからあんたの飯に何が入るかわからないわよ!」
すると、それを聞いた女官の最高峰:尚食(女性の料理長)が慌てて口を挟んだ。
「総長、それは聞き捨てならないわ。何を言うのです。尚食局では食べ物に何かを混入させるなど、以ての外、絶対にそのようなことはありえません!」
宮蓮盟総長はまずいのに聞かれたと顔をしかめ、門番は敵の中に味方をみつけてニンマリすると、さらに門を塞いでいる長槍を持つ手に力をいれた。
総長が心の中でこの裏切者と尚食を罵った瞬間、尚食は声高々に宣言した。
「ただこの門番に永遠に一粒たりとも食べものを与えないだけです!!」
その頼もしい尚食の言葉に、宮蓮盟も親蓮隊もこぞってうおおお!と歓喜の雌叫びをあげた。
皇宮内の食べ物という食べ物をすべて自身の手中に収めている尚食が、食べ物を与えないというのは、事実上門番を餓死させるという判決が出たことに他ならなかった。
門番は彼女の一言だけで槍を持つ手に力が入らなくなり、槍をボトッと地面に落としてしまった。
その隙をあのお陸が見逃すはずはなく、「さあ、行けえええええええ!強硬突破だあああああああ!」と出刃包丁を振り回しながら親蓮隊をあおると、親蓮隊員はなんの迷いも躊躇もなく皇宮の中へとどんどん流れ込んでいった。
最後にお陸が門番の頭を踏みつけて門をくぐると、外で茫然としている万蔵と百蔵に、「じゃあ宰相のことはよろしく!」と言って出刃包丁を使って1回敬礼して見せてから門の奥に消えていった。
お読みいただきありがとうございました!
またのお越しを心よりお待ちしております!