第九章 転回
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
劉煌が、清聴の仕入れてきた柊情報を貰って皇宮医院に戻ってきた時、診察室には一人眠ることもせずジッと姿勢を正して正座している小春がいた。
眠ることもなく姿勢を正して座っている小春が意味するものをよく知っている劉煌は、嫌な予感がして診察室に半分入りかけていたのに、その足を前に出さずに後ろにひっこめた。
「蓮!もう待ってたんだから!早くここに座って。」
自分の横の座布団を左手でバンバン叩きながら小春はそう言うと、全くらしからぬ愛想笑いをした。
それを見た瞬間、劉煌の背筋は氷り、自分の予感が決して間違っていなかったことを確信した。
彼は引きつりながら微笑むと手を合わせ「これは、これは、皇太子妃殿下、お待たせして申し訳ございません。すぐお茶のご用意を。」と言ってお辞儀をしてから、踵を返した。
しかし、これもくノ一教育を受けた訳でもないのに、小春は瞬時に劉煌に追いつくと、素早く彼の左耳を掴んで、そのまま廊下を彼の部屋に向かって歩き出した。
部屋に入った小春は、劉煌の耳を掴みながら彼を乱暴に部屋の中で離すと、痛がって左耳を両手で押さえている劉煌に向かって歯を食いしばりながら小声で叫んだ。
「あんた、私を売ったでしょ?」
「は?」
「私を照挙から引き離そうという魂胆がみえみえなのよ!」
”確かにそうしたいと思ってはいるが、まだ何も具体的な行動に移していないのに、、、なんでそうだとバレたの?というか、小春を売ったってまずどういうこと?”
そう思った劉煌は、小春に開き直った。
「そうよ!確かに引き離すつもりよ!だけどそのために小春を売るなんてことは絶対にしないわ。いったい何があったの?」
小春は、劉煌の足を思いっきり踏んで叫んだ。
「柊が私の宮女にされたのよ!」
それを聞いた劉煌は、足の痛さと彼女の発言の衝撃さに目をひんむいた。
しばらく驚きと足の痛みのあまり声の出なかった劉煌は、コホンと一回咳払いしてから落ち着いて小春に聞いた。
「もう顔合わせをしたの?」
小春は首を横に振って答えた。「まだ。でも明日。」
「そうか。それにしてもどうして柊が小春の宮女に?皇后が小春と顔を合わせないようにと桃香さま付にしたんじゃなかった?」
「それが、桃香から贈られてきた。」
小春の答えに劉煌は両腕を胸の前で組んで考え込んでしまった。
たしかに後宮では、後宮の住人達は、新住人にお祝いとして自分の召使を贈るものだが、それは建前であり、本当は自分の息のかかったものをスパイとして堂々と送りこむことであり、桃香付になって日の浅い柊ではスパイにもならないはずである。
もし桃香が小春の正体を知っていて柊を送ってきたのなら、そんなまどろこしいことをするまでもなく弾劾できるし、柊に証拠を掴ませる目的だったとしても、宮女の中でももっとも卑しい者の言うことなど、誰も取り合うはずがない。
”おそらく、桃香は第二皇子の身を案じて柊を桃香御殿から追い出したんだ。”
”きっと通常の贈り者とは主旨が違うんだ。”
”ままに話を探ってもらわなければ、この結論には達せなかったな。”
そう思った劉煌は、小春に木練の所在を聞いた。
ほどなくして劉煌の使いで木練が皇宮医院に駆け付けた時、小春は茶菓子をむしゃむしゃヤケ食いしていた。
それを見た木練は憤慨しながら小春に話しかけた。
「もう、いったいどこに行ってたのですか?(皇太子妃を)見失ってしまったので、もう少しで状刑になるところだったのですよ。」
劉煌は憤慨している木練をドウドウとあやしながら、すぐに彼女に壺を渡すと、全く木練が想像もしなかったことを言った。
「皇太子妃の化粧を私が教える通りにやって頂戴。」
劉煌が教えること1時間、自分が教えられた通りに筆を進めた完成物の全体像を見た木練は我が目を疑った。
「こ、これは、、、まったく別人です!」
劉煌の化粧技術で、いつも開いているか閉じているかわからないほど重たい瞼に小さな目は、ぱっちりとした二重に、横に低く広がった鼻はノーズシャドーですっきり小さく高く、唇は一回り大きな輪郭をくっきり描いてぷるるん唇に、フェイスラインはシャドーをうまく利かせて一回り小顔にさせたのだ。
そう言われた小春が鏡を見て言った。
「誰これ?」
「妃殿下ですよ!」間髪入れずに木練が答えた。
呆気にとられている小春に劉煌が言った。
「これで、少なくとも明日の顔見世では柊に絶対バレない。木練さんは、なかなかいい腕を持っているからたぶん2,3日練習すれば、私がいなくてもこの顔を再現できるはずよ。だから、2,3日は妃殿下と一緒にここに来て練習して。」
そうこうしている内に、皇后から呼び出しの宦官が劉煌の元にやってきた。
劉煌は、待ってましたとばかりに喜んで、手を自分の顔の横でパンパンと叩いて「さあ、みんなで行って驚かせましょ♡」と言った。
小春を馬車に乗せ、劉煌と木練がその後について皇后楼に向かう途中、劉煌は木練に話しかけた。
「妃殿下は食べ物に目が無いから、食べ過ぎないように食前にこれを飲ませて。」
「これは?」
「胃が物理的に膨れて食べ物が入らないようにする薬。」
「へえー、そんなものがあるんですか。」
「それでも妃殿下は普通の人じゃないから、これが効かずに食べ過ぎちゃうことがあると思うの。そうしたら、すぐに私に使いを出して。」
「わかりました。でも小高御典医長はよく妃殿下のことを御存じですね。」
劉煌はふっと笑いながら
「村の医者は私だけだったのよ。小さい村だから全員の傾向を知っているの。例えば、村長。女性なんだけどね、男と会話すると全員自分のことを好きなんだと勘違いしちゃうの。男なら誰彼構わず自分の婿にならないかってプロポーズするのよ。それでみんな断るじゃない?すると村長はその断った相手はみんな男色だって決めつけるのよ。」
「それって、ゴシップじゃ。」
「あーら、女官ともあろうお方の発言とは思えないわ。ゴシップは大事な情報よ。問診では本当のことを言わないもんでしょ?ゴシップと問診を掛け合いながらその人物の病気の診断をするのが、プロってもんよ。」
「そうなんですかねー。」
「そうよ、火のないところに煙は立たないってね。勿論100%デマもあるからちゃんと吟味しないとだけどね。女官も主を守るのにゴシップに注意を払うでしょ?」
「ゴシップをそう活用するとは考えていませんでした。耳を傾けちゃいけないものだと。」
「何事もいい悪いの2極では片づけられないし、それを良く活用するのも悪く活用するのもその人次第。自分が情報を握ってそれをどう活かすかだけよ。」
「なるほど、、、」
「妃殿下のこと、よろしくね。」
小高蓮がそう言うと、木練は驚いて彼を見つめた。
劉煌は顔を傾けて木練の目を見て言った。
「(小春は)あなたのことをとても信頼しているみたいだから。ゴシップを聞くのが苦手なら私が仕入れて渡すから大丈夫よ。安心して。」
”小高御典医長って一体何者なんだろう?まず御典医とは思えないほど話しやすいし、この茶番に命懸けで付き合うって、、、”
「柊は馬鹿じゃないわ。それどころかとても頭が切れるの。その上美人だし、それなりに野心も持っている。到底天然の小春が太刀打ちできる相手ではないわ。だからあなたが守ってあげてね。」
劉煌はそう告げると、出迎えた皇后楼の女官に丁寧にお辞儀した。
皇后と宰相は部屋で待っていられなかったのか、外の音を聞きつけ楼から飛び出してくると、彼らの前方から宦官と女官にエスコートされて歩いてくる女性を二度見した。
皇后はイラっとして彼らに小言を言った。
「皇太子妃を連れてくるようにと言ったでしょう!」
宦官も女官も困り果てた顔で「はあ」と言って、その場に跪いたが、その後ろから元気な小春の声が響いた。
「皇母さま、私です。木練が小高の指導で化粧をしたので、こんな酷い顔になってわからなかったでしょう?」
「酷い?お前酷いの意味がわかっているのか?それに小高先生を呼び捨てにするな。」
劉煌の心の叫びを備中が代弁してくれたと劉煌が心の中で彼に拍手した瞬間、備中は「小高先生の指導で化粧ってどういうことだ?」と気味悪げに呟いた。
それについて皇后は小春の顔を手で掴んでいろいろな方向から眺めて言う。
「美容にお詳しいってかねがね伺っていたけれど、こんな技術もお持ちなのね。素晴らしいわ。」
すかさずそれに劉煌が笑顔でお辞儀をしながら答える。
「皇后陛下の美貌の前ではどのような化粧技術も霞んでしまいます。」
その発言におえーとしている仲邑親子に全く気づくことなく、皇后はもうすっかり柊対策のことを忘れて劉煌に向かって言う。
「そんなことないのよ。ほら、見てくださいませ。ここに皺が。」と完全に美容相談を劉煌にしていた。
仲邑親子の様子に気づいている劉煌は、「勿論拝見いたします。お道具も全て持ってまいりましたので、どうぞお部屋で。みなさんもどうぞ御一緒に。」と言ってすぐに皇后のエスコートに入った。
部屋に入った一行は、皇后の御尊顔に小指を立てておパックをしながら話し続けている劉煌の情報 ”山村柊、魔性の女説” にくぎ付けになった。
「それは本当なのか?」
備中が青ざめてそう言うと、劉煌は視線を皇后の顔から備中にうつして、ご丁寧に手をくねらせてパックの刷毛で小春をさしながら
「彼女の母親が仕入れてきた情報よ。これより信憑性のある話しがあって?」
と言った。
備中は、その情報源がお鈴(清聴)だと知り、情報の信憑性には納得したものの、それをどうして劉煌が知っているのかと疑問に思った。それを見抜いていた劉煌は、今度は皇后の顔に集中しながら呟いた。
「彼女の母も私の患者よ。医師と患者の間には象が踏んでも壊れない信頼関係があるの。私が聞けば何でも答えてくれるわ。なにしろ村には私しか医者はいなかったからね。だから、村のことはなんでも耳に入るのよ。誰かさんが私に探りを入れてきているのも勿論知っているわ。」
皇后はその発言に何事かと口を挟もうとしたが、劉煌はすかさず叫んだ。
「皇后陛下、おパックの途中でお話しされると皺の元になってしまいます!もう少しで終わりですから、そのままジッとしていてくださいませ。」
劉煌は皇后のパックの状態を指で確かめながら続けた。
「とにかく、柊は外を歩いていた私にもわざわざしなを作って手炉を渡した位だから、第二皇子に積極的にアプローチしたとしても不思議じゃないわね。」
劉煌の指は、まだパックが終わらないと告げていることから、彼は皇后のお顔からわざわざ小指を立てて手を放した。
ふと、劉煌の目に、夏朮をはじめみんな挫折した字の読み書きを、最後まで一人真剣に習い続けた柊の姿が浮かんだ。
”あれも自分の武器になると思っていたのか。”
”まあ、他の国では猟師の娘から皇后まで昇りつめた女もいるしなぁ。私も皇后になるのに身分は関係ないと思うが、国民の母という視点から見ると、柊は役不足だな。”
『じゃあ、小春は?』もう一人の劉煌が聞いてきた。
『うるさい!小春は別格なの!』自分の幻影に向かって劉煌は答えた。
幻影の劉煌は、どうしようもないという顔をしてから彼の脳裏から消え去った。
劉煌は、今一度皇后のおパックの状態をまた小指を立てながら確認した。
パックが無事終了し、皇后の発言権が許されると、皇后は待ってましたとばかりに口を開いた。
「皇太子妃の今日のお顔なら誰にも本人だってわからないわ。でも、木練は再現できるのかしら?」
木練は正直に首を横に振った。
「では、明日の後宮規定の講義は休みにして、皇太子妃の診察ということにしましょう。小高先生、顔見世の前に皇太子妃の今日の化粧をよろしく。それから木練は、小高先生について完璧にこの化粧ができるように特訓しなさい。あと、小高先生、うちの女官たちにも化粧を教えてくださらない?私がもっと美しくなるように。」
皇后はそれだけ一気に言うと、すぐにパックの効果を確かめるべく自分の顔を何回も手鏡で見た。
「ほんと、噂には聞いていたけれど、小高先生、これは素晴らしいわ。お肌が蘇ってしっとりぴちぴちだし、なによりもしわが薄くなっている!じゃあ、お化粧もお願い。」
備中が側にいることなどすっかり忘れて皇后は有頂天になっていた。
劉煌は、すぐに皇后の化粧担当の女官を側につかせると、まずベースメイクから手取り足取り指導を始めた。劉煌が「皇后陛下はお美しい顔立ちなので、特にお化粧する必要は無いと思うのです。」と言いながら、慣れた手つきで小指を立てて皇后の眉毛を1本1本丁寧に描いていると、備中は側で露骨に嫌な顔をした。
劉煌の化粧指導が終了し、垢ぬけた皇后の神々しい顔を見た備中は、ますます劉煌を変な目つきで見るようになった。
自分の姿にうっとりしている皇后を完全に無視して備中は言った。
「いいか、小春。絶対に素顔を柊に見られないように気を付けるんだ。それから柊の前では何も話すな。お里がバレるからな。いいな。それから木練、皇太子が皇太子妃楼にやってきたら、必ず柊をどこかに使いに出せ。絶対に皇太子に会わせるでないぞ。いいな。」
~
それから2週間後、皇帝の病状は鋭い角度の右肩あがりでめきめきと良くなり、杖が必要であるものの、自由に動けるようになってきた。呂律周りもだいぶ改善し、つきっきりだった皇太子の通訳があれば朝廷でも仕事ができるまでに回復した。
他の御典医からは再起不能とまで言われてきた皇帝は、すっかり劉煌の腕にほれ込み、小高蓮は神医であると絶賛したので、中ノ国の若き御典医長:小高蓮の名前は国内にとどまらず、他の諸国にまで響き渡った。
そしてだいぶ時間割に余裕のできた劉煌は、後宮からの要請で、後宮各宮主の化粧担当の女官達向け美容講座を開講し、日々劉煌のトレーニングでブラッシュアップされる女官達のテクニックによって、後宮からも絶大な支持を受け信頼を得ていった。
これで皇太子と皇帝からは医術で、皇后のみならず後宮からは美容で完全に信頼を勝ち取った劉煌は、飛ぶ鳥を落とす勢いで皇宮内で有名人となり、ほぼ皇宮中を顔パスで自由に闊歩できるようになった。
勿論後宮は男なので一人では行動できないが、皇后の宦官も”小高蓮”と言えば皇后の機嫌が良くなるので、すっかり劉煌の言いなりだし、何しろ彼自身の顔も体形も非の打ちどころがないほどカッコイイので、一躍女官・宮女達のアイドルになってしまった。
これにはいわゆる男性諸君:禁軍の兵士達や他の御典医達だけでなく、皇太子照挙もいい顔をしなかったが、怪我も病気もすぐ治してくれるスーパードクターにだんだんと陥落していき、皇太子以外全ての皇宮の人が一目おく時の人に劉煌はなっていた。
そして彼と小春との関係は、なぜか一緒に暮らしていた時よりも密になった。
なぜなら、相変わらず小春がすぐ尻尾を出してしまうので、そのたびに劉煌が火消しをし、小春も普段は劉煌のことを”うざい枯れ蓮”と酷い物言いをしているが、なんだかんだ困るとすぐに皇宮医院の劉煌に泣きついていたからだった。
これは、劉煌が小春と皇太子を引き離すべく、小春が替え玉だということを逆手に取り、皇太子に波留ではないとバレないようにするにはなるべく接触を減らすことだと小春を洗脳したことも、彼らが密になった要因の一つだった。
このように、自分の思い通りにことが進んでいた劉煌は、薬草の調達が必要ということもあり、皇帝からも信頼も厚いことから、皇宮の門の出入りも顔バスで、ほとんど毎日外に出て杏林堂に戻っていた。
ある日、追っかけの女官達が意を決して門で彼を見送っていると、劉煌が門をくぐるや否や、門のすぐ外に蓮マークの入ったピンクの鉢巻と法被姿の女の子の大群が黄色い声で「蓮センセー、お疲れ様でございましたー♡」と一斉に叫んでいるのを見つけてしまった。
追っかけ女官達は、すぐにそれが親蓮隊という小高蓮先生を守る私的組織だと知ると、皇宮内でも”皇宮内での蓮先生を守る同盟”通称:宮蓮盟が早速発足してしまった。
それ故、これで皇宮内を自由に西乃国の龍の捜索ができると意気揚々としていた劉煌は、思いがけず宮蓮盟の妨害を受けることになってしまった。
御典医の恰好では、後ろにゾロゾロ女官と宮女がついて歩くので、彼は結局夜な夜な黒装束のいでたちで皇宮内を探るようになってしまった。
お読みいただきありがとうございました!
またのお越しを心よりお待ちしております!