第九章 転回
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
皇后が安堵している時、備中は慌てて宰相府に戻ったものの、西乃国一行はもうとっくに出発していた。
彼は家臣に花嫁行列の者を中心に、宰相府に仕える者を徹底的に調べるよう命令してから奥の書院に引きこもった。
一方皇宮の皇帝楼では、意識はあるものの意思疎通も身体の動きもままならない皇帝を、皇太子夫妻が見舞いに訪れていた。夫婦でベッドに寝ている皇帝を背にして御典医たちの話を聞いていたが、御典医の説明でどんどんと表情が暗くなってしまった照挙が、ふと皇帝の方に目をやると、なんととんでもない光景が彼の目に映ってしまった。
なんと隣に立っていたはずの波留が、皇帝のベッドにのぼり自ら皇帝の右腕をあんましている
ではないか。
その光景に仰天した照挙は、御典医たちがいるのにもかかわらず思わず大声で叫んだ。
「小波留何をしている!?」
小春は照挙が彼女を非難していることに全く気づかず、顔を照挙の方に向けることもせずに答えた。
「あんまです。お医者さんたちもあんまがいいっておっしゃっていたし、(皇帝)陛下が右腕が痛い、あんまして欲しいとおっしゃるので。」
照挙からは小春は全く悪びれることなく答えるように見えた。
それはそうでなくても父の容体で神経質になっている彼の神経を思いっきり逆なでしてしまった。
「はあ?陛下は何も話せない状態なのに、いい加減なことを言うな!」
とにかく頭に血が上った照挙は、波留に彼女と出会ってから初めてきつい口調で彼女を罵った。
小春はそんな切れた照挙に全く動ずることもなく「本当なのに、ね、陛下。」と横になっている皇帝に向かって言うと、皇帝は「あー」と言いながら左手でグーを作ってみせた。
照挙はとにかく波留を皇帝のベッドからおろそうと彼女の腕を掴んでひっぱった。
その衝撃で皇帝は顔をしかめ、真っ赤になって「あーあー」とうめき声をあげ、御典医長が慌てて皇帝の傍によって彼の脈を取り始めた。
しばらくして皇帝が明らかに落ち着いてきたところを見計らって、御典医長は、皇太子妃に向かってお辞儀をすると、どのように皇帝と意思疎通を行っているのかと聞いた。小春は医師の中の医師がこんなことを聞いてくるのに驚いたものの、素直に皇帝にクローズドクエスチョンを投げかけ、YESなら左手をグーにし、NOならパーにすることで意思疎通が図れることを伝えた。
当初は誰しもその方法を訝しがっていたが、御典医長が恐る恐るその方法を試してみると、確かに皇帝はそれでレスポンスができるようだった。
宦官を含め、その場にいる者たちがその方法に感心していると、すぐに照挙がその方法で皇帝と会話を始めた。そしてすぐにそれで十分意思疎通が図れることがわかると、さっそく皇帝と朝廷のことを話し合い始めた。
その最中、また右腕が痛くなってきた皇帝が顔をしかめるとすぐに小春は「右腕が痛いですか?」「あんましてほしいですか?」と聞き、皇帝からYESが出ると照挙に向かってどや顔をしてみせてから着物の裾をまくって皇帝のベッドによっこらしょと掛け声をかけてよじ登った。
皇帝への気遣いはいいとしても、波留の皇帝のベッドへのよじ登り方といい、あまりに遠慮のない行動に、照挙は波留があの火事の恐怖で記憶を失っただけでなく性格まで変わってしまったのかと愕然としていた。しかし、彼の父は彼の思いとは裏腹に、波留のあんまがよほど気に入ったのか、彼女が横にいてあんまをしていると見るからに楽になっているのがわかるし、脈が安定すると御典医も目を丸くしていたので、彼は無意識になるべくそこにいる波留を見ないようにしていた。
そんな最中、皇后が皇帝の様子を見に皇帝楼の寝室に入ってきてしまったのだからさあ大変。皇后は皇帝のベッドの奥に座って皇帝に手を出している小春を見て思わず「ギャー」と叫んでしまった。
その叫び声と皇后の動揺を感じ取った皇帝は、また脈が酷く乱れてしまった。
皇帝の身体に緊張が走り、身体が固くなると、小春はさらに皇帝にのめり込むようにしてあんまをし始めた。それを見た皇后はすっかり取り乱してしまい、自分の身分も、さっき彼女を大丈夫と励ましハグしたこともすっかり忘れて、ぴょんぴょん飛び跳ねながら
「あんた、そこでなにやってんのよー!」
と金切声を上げた。
せっかく皇帝と意思疎通できていたのに、皇后の出現ですっかり皇帝が動揺してしまい会話ができなくなった照挙は、皇帝のベッドサイドから離れ皇后のところまでやってくると皇后の手を取って経緯を説明した。
「それでも、照挙ちゃん、あれはないでしょ、あれはっ!」
皇后は、彼女と皇太子を完全に無視して皇帝につきっきりになっている皇太子妃を指さしながら罵った。そして皇太子と御典医たちの制止を振り切って皇后は皇帝のベッドに飛び上がると、「無礼者、やめなさいっ!」と叫んで皇帝の腕に乗っている小春の手を乱暴に払いのけた。
皇帝は皇后が完全に誤解しているとわかっていたので、左腕を必死に挙げて、皇后に向かって手のひらをパーにして振り続けたが、皇后は先ほど息子に説明されたグーとパーの意味をすっかり忘れて小春を手にかけようとしていた。小春は小春で、自身は人助けをしているという自負があったので、皇后が何で自分を襲ってきているのかがわからず、皇帝のベッドの上で皇后から逃げ回った。
それを見た御典医長は、患者のベッド上で暴れる二人の女を見かね「恐れながら、皇帝陛下がやめるように仰っています。」と進言したが、皇后はますます怒って「誰に向かって言ってんのよ。お前は首よっ!誰か彼を外に放り出してちょうだいっ!」と命令したので、宦官は仕方なく御典医長を部屋から追い出してしまった。
すると皇帝が苦しそうに呻きだしたので、ベッド上の二人の女達はハッとして皇后はすぐに皇帝の傍に座り込み、小春はモジモジしている御典医たちに向かって「はやく!誰か陛下の脈を診て!」と叫んでから、また皇帝の右腕をさすり始めた。
目と鼻の先で小春の挙動を見た皇后は、だんだんと自分の過剰反応だったかと思い始めたが罰が悪くて彼女に何も声をかけられなかった。
皇帝の脈を取っていた御典医は、皇帝がまた興奮すれば命取りになると思い、自分に火の粉がかからないように皇帝一家に進言した。
「陛下におかれましてはお疲れのご様子ですのでお休みを取っていただくのがよいかと存じます。」
この一言で皇后と皇太子夫婦は皇帝楼を後にし、照挙の提案で東宮で親子3人で会食をしようということになった。
皇后は皿がすべて食卓に並ぶとすべての使用人を下がらせた。
「波留殿、あなたは皇族の一員になったのですよ。下々の者とは身分が違うのです。舅といってもあなたの場合は、ただの舅ではないのです。成多王朝の皇帝陛下、天子さまなのですよ。そのようなお方に軽々しく触れてはなりません。しかもあなたの身分は皇太子妃なのですよ。そんな身分なのに、自分の夫を差し置いて舅のベッドに入るなど言語道断です。」
さっそく皇后から雷が落ちた。小春は照挙が自分をかばってくれるかと期待したが、彼はそれに対して全く彼女の肩を持つ気配が見られなかった。
「まったく、、、」と言いながら、また一から小春を罵りだした皇后に、さすがに小春も堪忍袋の緒が切れ始めた。
「川で皇帝陛下が溺れていたら助けますか?」
小春はそう呟いた。
皇后は何を馬鹿なことを言っているのかという顔をしながら「助けるに決まっているでしょ。」と答えると、小春は頷いてから「もし平民が助けたらその人に天子に触れた無礼者といいますか?」と聞いた。
皇后はますます呆れて「何を言っているの。陛下の命の恩人なのですよ。褒美を出してやるに決まっているでしょう。」と言うと、小春は「では今は何が違うのです?陛下は実際に川で溺れているわけではないけれど、病気という川に流され溺れかかっているから助けただけなのに、なんで、、、なんで怒られるの?」と最後は小さな声になって尋ねた。
この一言に皇后はプチンと切れて箸をバンとテーブルの上に置いて椅子から立ち上がると、何も言わずに部屋から出て行った。
そして彼女の息子である照挙は、呆気にとられている新婚2日目の新妻小春をその場に置き去りにして、皇后の後を追った。
実は照挙は、非常に複雑な思いだった。
彼も実父に何かしてあげたいという気持ちはもちろんあったが、それ以前に皇帝と皇太子という身分と皇宮規則が先に出てしまい、天子に容易に触れられず、彼は自分の心内を素直に行動にうつすことができなかった。
それなのに、波留はなんの躊躇もなく、いとも簡単に皇帝の世話をしていた。
そんな彼女を見て彼は心の底から彼女が羨ましかった。
プンプン怒りながら歩いている皇后にようやく追いついた照挙は、彼女をガゼポまで誘導すると手を取ってそこのベンチに彼女を座らせた。
本物の波留さえ殺されなければと思うと、皇后はあんな山猿に頼らなければならない現状に腹が立ってしょうがなかった。それなのに、小春はそんな彼女の思惑をよそに、どんどんと自ら尻尾を出していることにも心底怒っていた。そして今その小春抜きで、息子と二人っきりになって、彼が彼の新妻のことを何と口走るかと思うと、彼女は気が気ではなかった。
ところが、照挙が口にしたことはまったく予想外のことだった。
「皇太子妃が口答えをしたことをどうぞお許しください。私があとでしっかり皇宮規則を伝えますので、どうか私に免じて小波留を許してください。この通りです。」
”良かった!あんなにボロを出しているのに、照挙ちゃんは小春を波留だと思い込んでいるんだわ。でもこれ以上ボロを出されたらたまらない。”
「照挙ちゃん、わかっているわ。あの子はまだ何も知らないのだから。でもこれからあなたは陛下の代行を務めなければならないのだから、彼女の皇太子妃教育は私が行いましょう。」
「そんな皇后自らなど、申し訳がたちません。」
「いいえ、照挙ちゃんではわからない後宮の掟も知っておかなければならないから私が行います。いいですね。」
「はい。ありがとうございます。」
「それから彼女は今晩から皇太子妃楼に住まわせます。皇族の妃は後宮に住むのが掟ですから。」
「、、、わかりました。よろしくお願いします。」
照挙はとても気が乗らなそうにそう答えた。
「何か不満でも?」
皇后は挑戦的にそう聞いたが、照挙はすぐに「いえ、よろしくお願いします。小波留はいずれ陛下の後を継ぎ、皇后になる者ですから、どうぞよろしくご指導お願いいたします。」と伝えた。目先のことを取り繕うことにばかりに目が行き、小春がいずれ皇后になるということがまったく頭になかった皇后は、慌てて「そんな、気の早い。」と言ってごまかそうとしたが、照挙はそれに首を横に振って力説した。
「私は小波留はとても良い皇后になると思います。いや、思うではない。今日それを確信したのです。皇后陛下におかれましては失礼をどうぞお許しください。私は自分が倒れた時、小波留に助けられました。でもその時はうがったものの見方をしていて、私の配偶者になるために媚びを売っているのだと思いました。でも今日一緒に陛下のお見舞いに行って、驚きました。誰もが陛下を腫れ物のように扱う中、彼女だけは、本当に陛下のことを思って行動していました。陛下と意思疎通が取れるようになったのも小波留の機転のおかげです。だからきっと私をサポートし、母上のような素晴らしい皇后になると、、、信じています。」
そう言われてしまった皇后は、小春の正体を知っているだけに息子をだましていることにいたたまれなくなってただ頷くと、黙って皇后楼に向かって歩き始めた。
彼女が見えなくなるまで目で見送った照挙はふっと微笑むと、東宮へ向かって一目散に走り出した。
「小波留、戻ったぞ!」
照挙はそう言いながらバンと勢いよく扉を開けると、そこには食卓に突っ伏している小春がいた。
慌てた照挙が彼女のもとに駆け付けると、彼女は自分の皿に顔を突っ伏して寝ていた。なんだ?と思った照挙が食卓を見回すと、食卓の上にあった10皿の料理は1人前ずつ1枚にまとめて照挙が座っていた席の前に置いてあり、それ以外はすべてきれいに無くなっていた。
”ま、まさか小波留が全部平らげたんじゃないだろうな?”
そう思いながら彼女を起こすと、彼女は顔一面にチリソースがついた状態で椅子の背もたれにもたれかかった。
照挙は波留付の女官:蘇賀木練に尋ねると、彼女はばつが悪そうな顔をしながら小春がすべて平らげたと白状した。
「お止めしたのですが、なんでも、食べ物を粗末にしてはいけないと。残しては一生懸命作ったお百姓さんや料理人さんに申し訳がないとおっしゃいまして。」
それを聞いた照挙は、ハッとすると、顔中チリソースだらけの自分の妻の顔をジッと見つめた。
「皇太子妃の顔をきれいに拭いてから輿に乗せ皇太子妃楼に連れて行くように。」
照挙はそう女官に指示した。
「はい」と言いながらも、蘇賀木練は心底困惑していた。
彼女はもともと皇后付の女官だった。
下心が無く、女官たちにありがちな下剋上願望、権力や派閥争いにも興味が無い皇后に忠実な女官で、当然皇后からの信頼が厚かった彼女は、ある日突然皇后から皇太子妃の女官長になるように命じられた時、自分が何か皇后の気にそぐわなかいことをしたのかと真っ青になった。
ところが、後から皇后にそっと耳打ちされ、木練は自分がどんなに皇后に信頼されているのかを悟ったのだった。
だから木練は皇后のために、この替え玉を絶対にそうだとバレないように彼女が守ると誓ったのだった。
そして意気揚々と皇太子妃女官長に就任したものの、あまりに破天荒な皇太子妃にまずどうやったら手綱をつけられるのかと頭を抱えてしまった。何しろ破天荒なだけならいざ知らず、この食べ物のことといい、想像を絶することばかりやってしまうのだ。それを注意しようと規則を話そうものなら、100倍言い返される。それもはっきり言って皇太子妃の言うことの方が正論で、皇族の方が変な規則を作っているだけなので、反論できる根拠に欠けるため、いつも木練がとっちめられて終わってしまうのだ。
小春をなんとか輿に乗せ、皇太子に挨拶しながら木練は、これをどうやって皇后に報告したらいいのかとげんなりしていた。
そんな木練の顔色に全く気づくことなく、小春を乗せた輿を見送りながら照挙は思った。
”小波留には、またしても私が気づかないことをいっぱい気づかせてもらった。”
照挙は、食卓に戻ると宦官に小鉄を呼んでくるように指示すると小春がより分けてくれた料理に生まれて初めて食べ物とその供給者に感謝しながら箸をつけた。
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