第九章 転回
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
しかし、白凛の予測とは裏腹に、白凛は馬に撥ねられることはなかったし、地面に叩きつけられることもなかった。
それどころか、彼女は、、、空を飛んでいた。
”私は死んだの?それとも頭の打ちどころが悪かったの?”
そう思った瞬間、彼女は、彼女の横で一緒に空を飛んでいる黒装束の人物がいることに気づいた。
だんだんと冷静になってきた彼女は、彼女が自力で空を飛んでいるのではなく、彼女自身はその黒装束の腕に抱えられているだけであることを知った。そして、その黒装束が、目にもとまらぬ速さで木から木へとモモンガのごとくぴゅーっと飛び移り続けているために、まるであたかも彼女が空を飛んでいるのだと錯覚していたことにようやく気づいた。
”しかし、いったいどうしてこの黒装束は私を助けたのだろう?
私を西乃国の将軍と知っていて助けたのか?
そもそも本当は助けたのではなく、真相を知るため中ノ国の皇宮に突き出そうとしているのでは?”
一つの疑念の種は、彼女の頬を切る風をまるで養分のように吸い込んで、瞬く間にぐんぐんと膨らんでしまった。
白凛はもはや一刻も早くこの腕から逃れなければと思いつめていた。
しかし彼女が黒装束の腕をつかもうと思った瞬間、まるで彼女の心の動きを察知したかのように黒装束は声を上げた。
「動くな!」
その声を聞いた瞬間、白凛の時は止まった。
”まさか、、、”
白凛は、声の主の顔を確かめんと顔を上げようとした。
「だから動くなと言ったであろう!」
それは、白凛の知っている声の高さよりも随分と低かったが、その物言いは、昔、毎日のように聞いたあの人物のものとそっくりだった。
”太子兄ちゃん!”
思わず白凛が「たい」と口走った瞬間、黒装束は白凛を手放した。
白凛はそのまま地面に片膝をついた状態で着地するとすぐ頭を上げて黒装束を探した。しかし、白凛の目に映ったのは、ただただ雲一つない青い空とそれに向かってまっすぐに伸びる針葉樹の森だけだった。
白凛は、彼女の腹を抱えていた男にしては細目の腕を思い出していた。
”あれは太子兄ちゃんに違いない。”
この12年劉煌のことを心の奥底にしまってきた白凛の心は、彼女が劉煌だと信じている人物との2回目の遭遇で完全に開いてしまった。
”太子兄ちゃん、戻ってきて!”
両目をつぶり、両手をぐっと握りしめた白凛は、見上げた空に向かって思わず涙ながらに12年封印し続けた名前を声に出して叫んでしまった。
「太子兄ちゃん!、太子兄ちゃ~ん!」
しかし、彼女のその劉煌を求める悲痛な叫び声は、まるで森の木々がスポンジになったかのように吸収してしまい、すぐに消えてなくなってしまう。
これでは劉煌に自分の想いが伝わらないと思った白凛は、森の中でさらに金切声を上げて叫び続けた。
「太子兄ちゃん!凛を置いていかないでっ!太子兄ちゃん!」
「太子兄ちゃん、戻ってきて!お願い、太子兄ちゃん!」
まるで12年前に時が戻ったかのような白凛の取り乱しぶりに、黒装束は顔をしかめると、目にも止まらぬ速さで京陵に向かって引き返し始めた。
”顔も見ていないのに、僕だとわかったのか。”
”お凛ちゃんが相手なら苦しい戦いになるな。”
劉煌は、そう苦々しく思いながら木から木へと猛スピードで飛び移って行った。
白凛はしばらく劉煌を探し森の中を彷徨い続けた。
”それにしても、この前は元北盧国、今日は中ノ国、、、神出鬼没だわ。いったい本当はどこに身を隠しているのかしら。”
そこで白凛は、ハッとした。
”本物の陛下を知っている人物は西乃国の皇宮でもごくわずかなのに、あの矢は間違いなく陛下を狙っていた、、、”
この数日間梁途と四六時中側にいた白凛は、梁途が劉煌の今回の襲撃を知っているとは到底思えなかった。それに李亮は元北盧国で相変らずゲリラ対策で大忙しだし、孔羽も講談を聞きに行った時に会ったきりだが、相変らずただただ食べていた。
”もしかして、太子兄ちゃんとあの3人は無関係で、、、まさか陛下の移動時に太子兄ちゃんが一人で事を起こすつもりなんじゃ、、、”
”そんな、、、いくらなんでも無謀すぎる、、、”
そう結論づけた白凛は、その時点で劉煌を探すのをあきらめ、とぼとぼと黒雲軍の後を追って国境を目指して歩き始めた。
その頃、宰相府では、、、
西乃国の皇帝を装っている影武者が、仲邑備中に中ノ国皇宮への参内と中ノ国皇帝への目通りを打診していた。
そんな最中に宰相府に皇帝が倒れたという報が入ってきた。
備中は慌てて参内の用意を始めると、備中が西乃国の皇帝と思い込んでいる人物は、残念そうに「そんな時に成多照宗殿にはお目にかかれないな。照挙皇太子殿下も結婚の儀が終了したばかりでお父上が倒れられたのなら、朕が目通りできる状態ではないだろう。仕方あるまい、出直そう。」と備中にわざと聞こえるようにお付きの宦官に伝えた。
備中は西乃国の皇帝が中ノ国皇宮内に入ることを断念したことに内心ホッとしながらも、表面ではさも残念そうに彼に詫びを入れた。
そして備中は彼らを早々に見送ると、家来に屋敷内の総点検を指示してから自らは皇宮へ飛んで行った。
白凛は一人西乃国へと続く一本道をわき目も振らずに歩いていた。
寒い冬の日であっても、もうかれこれ2時間歩き続けていると身体からは汗が吹き出し、白凛は袖で額の汗を拭った。
まさにその瞬間、白凛の耳に遠くで馬がかける地響きのような音が聞こえてきた。白凛は、はっとして振り返ると、彼女の視界に劉操の影武者の行列が飛び込んできた。白凛は走ってその行列に近づいていくと、その行列の一番前に梁途が躍り出てきた。
警戒している梁途に白凛は「私よ。(陛下が)襲われたの。また攻撃されるかもしれないから早く第一陣と合流しましょう」と叫ぶと、影武者の馬車の上に飛び上がった。馬車の横を走る梁途に、彼女が按排を尋ねると彼から意外な答えが返ってきた。
「白将軍やりすぎですよ。」
「何が?」
「皇帝は重体らしいですよ。宰相が皇宮に飛んでいきましたよ。」
「へ?何もしてないけど、、、」
白凛は今朝の西乃国と中ノ国の皇帝どうしの密談を思い出した。
”武力行使していないのに、なぜ?”
”もしかしてそういう口実にして西乃国に攻め込むつもりかしら。”
「我々を油断させる仮病かも。追手がくるかもしれない。もっと急ぎましょう!」
そう言うと、白凛は御者の持っている手綱を奪って馬に鞭を打った。
~
一方中ノ国皇宮は騒然となっていた。
皇帝が皇太子の婚礼の儀終了後に倒れたのだ。
第一報は皇后に行った。
皇后が皇帝楼に駆け付けた時、御典医たちは口を揃えてこう言った。
「陛下は軽い脳卒中で小康状態です。血管が詰まっていますから詰まりをとる薬を飲み、機能回復訓練を行えば発作が起こらない限り大事には至らないでしょう。」
それを聞いた皇后の命で、翌日まで東宮には皇帝の病状を伏せておくことになった。
宰相の仲邑備中が皇宮に参内して通されたのは、予想していた皇帝楼ではなく、後宮にある皇后楼だった。
不審に思った備中が皇后楼への入口の門をくぐると、待ってましたーとばかりに皇后がすーっと横からやってきて、建物に向かって備中を横に携えて歩き始めた。
皇后の屋敷の前の庭には椿がようやく咲き始めていて、緑の中に深紅がちらほら混じって見えた。通常、貴族や皇族の女性は、お付の女性を従えて歩くものなのだが、若い時から自由な性格の彼女は、平気で一人で歩く悪い癖があり、今日もまた彼女はお付の女性を従えていなかった。
「照挙ちゃんにはまだ(陛下の状態を)言っていないの。とにかく一晩夫婦で過ごさせて既成事実を作っておかなきゃと思って。ねえ、備中兄さん、陛下があんなことになってしまって、皇宮内は陛下を襲った輩に話が集中しているけれど、私は照挙ちゃんが(花嫁が波留ではないと)気づくのではないかと気が気じゃないのよ。陛下がお元気であれば、陛下が推した話だから照挙ちゃんが何を言っても無駄なので安心だけど、これから照挙ちゃんが陛下の代行をするとなると、照挙ちゃんが気づけば下手をすると仲邑家がおとりつぶしになってしまいかねないわ。」
音輪皇后は、仲邑備中のはとこにあたる。
彼女にとって備中は、遠い親戚とはいえ、皇太子(現:皇帝)に嫁ぐまでほとんど面識がなかった。しかし嫁いでからは茨のような皇宮での日々の中で、皇太子妃の彼女を支えてくれたのは武官として頭角を表してきた、はとこの備中だけだった。それ以来二人は、陰でお互いを助け合ってきた。それは彼女が皇后になってからも変わらなかった。それ故、彼女にとって備中は、単なる成多王朝の重鎮の一人ではなく、皇宮の中で運命を共にする同志なのだ。
備中は皇后の胸の内が痛いほどわかったが、皇帝の依頼で小春を波留にすげ替えると決めた時からこういう日が来ることも覚悟していた。
「まあ、確かに心配ではありますが、これからは皇太子殿下が忙しくなりますから、そうそう新妻に構ってはいられないでしょう。さすれば、なかなか気づかないかもしれません。まあ、こうなれば、なるようにしかなりませんから、どうかお気を煩わせませぬよう。それより陛下を襲ったのは誰なのです?」
備中がそう応えたところで、彼らは屋敷の玄関についた。
皇后楼の客間で宦官の入れたお茶を飲みながら歓談していた彼らのもとへ、犯人を捕らえた禁軍の兵が皇后へ報告にやってきた。
禁軍の兵の話を一通り聞いた備中は、彼に天牢に入れられている犯人のもとへ連れて行くように依頼した。
天牢にやってきた備中は、捕らえられている人物を見て仰天した。
「ありえないだろう!」
禁軍の兵士を恫喝した備中に、彼は困ったように答えた。
「お言葉ですが、現行犯ですから間違いないです。」
「陛下を襲っているところをみたのか?」
「それはみていないですが、陛下の傍にいました。」
「お付の宦官たちはどうした?」
「全員倒されていました。宦官たちも記憶がないようです。」
「こんな年寄が一人でそんなことが可能だと思うのか?」
「でも傍にいたので、、、」
禁軍の兵士と話しても埒が明かないと判断した備中は、万蔵の牢に入ると、彼にしか聞こえない小さな声で聞いた。
「いったいどういうことだ?」
囚人服を着、手足を鎖でつながれている万蔵は、彼もまた備中にしか聞こえない小声で経緯を話した。
「お陸から陛下の危機を知らせる砲が上がり、駆け付けたのですが、助けを呼んだら禁軍から犯人だと誤解されて、、、」
「わしが身元を保証すれば、、、」
「だめです。」
「なぜだ?」
「備中殿に疑いがかかります。おそらくダミーの花嫁行列に犯人が紛れこんでいたのですから。」
「なんだと?」
「お戻りになったらお調べください。と言っても、もう犯人はとっくに逃亡したでしょうが。恐らく西乃国の一行の中に火口衆(西乃国諜報機関)がいたのではないかと。私のことなら御心配には及びません。逃げようと思えば簡単に逃げられます。」
その頃、東宮では照挙が、もう真昼間だというのに爆睡している波留(、、、と思い込んでいる本当は小春)を優しく抱き起こしていた。
「小波留、疲れ果てたんだね。でもそろそろ皇帝皇后両陛下にご挨拶に行かねば。」
小春は、うーんと言って目をこするとなんと目の前に憧れの皇太子:照挙の顔があるではないか。
いつも朝起きると、壁にかけていた彼の姿絵にチュッとしていた小春は、条件反射で照挙にチュッとした。すると、姿絵のはずの照挙は、いつもとは違い、まるで生身の人間のように暖かく、柔らかかった。それどころか、動かないはずの姿絵が、チュッどころではない熱いチューを返してきたばかりか、こともあろうに起こそうとしていた小春を逆に押し倒してきたではないか。
小春のまだもやがかかっている小さな脳みそは、事態を正しく理解できていなかったが、妄想だとしても、とても嬉しかったので、小春はされるがままになっていた。小春はまるで夢の中にいるようだった。ずっと憧れていた皇太子殿下と妄想の限りを尽くしているのだから。
やがて小春の上に、どんと重しが覆いかぶさると、寝ぼけていた小春の頭はようやくはっきりと目覚めた。
”そうだ。私は仲邑波留になって皇太子殿下と結婚したんだった。それで、初夜は夜伽をして、今起きようとしたのにまた伽伽しちゃったんだ。”
小春は、自分の体の上で完全に呆けている照挙を、昨晩、彼女が彼を襲った時のように、反転させ自らが彼に馬乗りになると、彼に優しくチュッとしてから「小波留は起きます。」と言って床から抜け出した。
”ひやー、気を付けないと。もう少しでぼろが出るところだった。”
次の間で控えていた女官に着付けて貰うと、小春は言われるままに椅子に座り、一人は頭を、もう一人は彼女の化粧を、そして最後の一人はどの簪をにするかの検討に入った。
小春の用意が出来たころには、照挙もアクティビティ後の心地よい一眠りから覚め、着替えが終わっていた。
ところが二人そろって東宮から出ようとした時、なんと皇后が東宮を訪ねてきたのだ。
初夜の翌日にやることとならっていた筋書から外れていることが起こってしまい、皇宮のしきたりはおろか、貴族のお作法も付け焼刃の小春は、この事態をどうやって潜り抜けたらよいのかと激しく動揺した。
珍しく真っ青になっている小春を見て、皇后は内心”しまった!”と思っていた。そんな心の乱れを、もうかれこれ20年以上この皇宮で暮らしている彼女にとって、顔に全く出さないことはお茶の子さいさいだった。
隣で皇太子が挨拶しているのに呆然と立ち尽くしている小春を、皇后はフォローのつもりで突然抱きしめた。こんな行為を自分の母である皇后がするのを初めて見た照挙は驚きのあまり口をぽかんと開けたままそこに突っ立っていた。
これ幸いと思った皇后は小春を抱きしめながら彼女の耳元でこそっと囁いた。
「大丈夫よ。私が頷いたらあなたも頷き、私が泣いたら、あなたも泣けばいいの。でも挨拶はあなたが私より先にするのよ。わかった?」
小春がわかったと返事をする前に皇后は、突然小春を抱きしめながら泣き始めた。
小春はどうしようと思いながらも、彼女が囁いた言葉通り、彼女に続いて一緒に泣き始めた。
女二人が東宮で泣き始めたことに、照挙はオロオロしながらまず皇后を小春から離して椅子に座らせた。
「皇后陛下、どうなされたのですか?」照挙はお茶を皇后に渡しながらそう言うと、皇后はまずもらったお茶をすすってから、照挙の手を取り、静かに皇帝の現状を語り始めた。
これには照挙よりも小春の方が驚いて、突然椅子から飛び上がると、皇后に言われたことをすっかり忘れて「こんなことしておれない。すぐお見舞いに行かなきゃ。」と言って照挙の腕を取った。
こんな状況でも作法や規則に囚われていたので、小春の人間としての素直な心からの行動に、照挙の心は小春に掴まれた腕よりもっとほんわかと暖かくなった。
”また小波留に救われた。彼女が傍にいてくれるからもう何があっても大丈夫だ。”
照挙は微笑んで彼の腕を掴んでいる小春の手の上に自分の手を乗せると「小波留が言う通りだ。皇后陛下、まずは陛下のもとに行きましょう。」と皇后に向かって言った。
この二人の様子を見て自分の心配が杞憂に終わったと思えた皇后は、皇帝の状態が深刻にもかかわらず心の底から安堵した。
お読みいただきありがとうございました!
またのお越しを心よりお待ちしております!