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第八章 探索

初投稿です。

仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。


登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー

 その骸組頭領の万蔵は、仲邑備中の京陵の屋敷、すなわち宰相府にかくまわれていた。勿論毎日皇太子がやってくるので、正門から一番離れた奥の物置小屋に潜んでいた。


 その日も皇太子が帰った後、あたりが暗くなったのを見計らって、人目を盗んで備中が小屋にやってきた。


 備中は小屋に入って扉をしっかりと閉めた後で、大きなため息をついて言った。

「どうも百蔵が殺られたらしい。」

「そんな、百蔵が?ばかな。」

 万蔵は動揺していた。百蔵は若手No.1の忍者だ。若さもあって彼の戦闘能力は際立っていて、骸組でもかなうものはいない。おそらく軍の兵士100人がかりでも彼を追いつめることはできないと万蔵は確信している。だから万蔵は今の備中の言葉は到底信じることができなかった。


 その後黙っている備中に、万蔵は、自身が隠れている限り皇帝が操られる武力は軍だけと信じて疑っていないのでこう言い返した。

「百蔵はそんじょそこらの忍者じゃないんだ。骸組のNo.1なんだ。それが兵士なんかに殺られる訳がない。」

 無表情にあらぬ方向を見ながら備中がポツリと言った。

「骸組が束になればどうだ。」

 万蔵は一瞬大きく息を呑んでから「それは、、、」と答えに窮していると、備中は万蔵の方に向きなおしてから、また一つため息をついて「骸組が束になって殺ったそうだ。そして思った通り血眼になってお前の行方を探している。」とボヤいた。


 万蔵は真っ青になって頭をブンブン横に何度も振りながら「わしの指令なしにどうやって。」と呟くと、備中が申し訳なさそうな顔をして語った。

「陛下が剣山から御大を呼び戻したそうだ。」

 それを聞いた万蔵はガクっと肩を落としてから、そこにうずくまってしまった。


 御大とは骸組の先代の頭領のことで、彼は今の万蔵に頭領の座を譲って一線から身を引き剣山という中ノ国では珍しく切り立った岩肌の細長い山に仙人を目指してこもった伝説の忍者だった。


「よりによって御大を呼び寄せるとは、よっぽどこの情報は機密中の機密だということだ。」万蔵に代わって備中はそう言った。


 しばらく小屋の中は沈黙に包まれていた。


 どれくらい時間が経ったことだろうか、力なく万蔵が口を開いた。

「この件については、わしが死なぬ限りほとぼりが覚めるということは無いな。」

 ”でももし顔を完全に変えられたら、、、”


 その時万蔵の脳裏に、娘に変身したお陸の姿がバーンと蘇ってきた。


 備中が万蔵の言ったことの返事に窮していると、突然万蔵が備中の手をとり興奮しながら真剣な顔をして言い始めた。

「備中殿、良い方法があります。伝書鳩を、、、」


 しかしその途中で万蔵は突然話を止め、五感を研ぎ澄ませ始めた。

 万蔵の急な変化に驚いた備中が聞いてきた。

「万蔵、どうした。」

「シー。」人差し指を口元に当てて万蔵は目だけ動かした。

「備中殿、この家の警護はどうなっていますか?」

「それは皇宮ほどではないが、常時40兵が警護に当たっているが。」

「東南に、、、何か大事な物を置いてますか?」

 それを聞いた瞬間、備中の顔から一気に血の気が引いた。


 2人は小屋から飛び出した。

 が、その瞬間彼らの目に入ったのは、火に包まれた宰相府の南側一帯だった。

 備中は慌てて東南目掛けて走り出した。それを見た万蔵はすぐに備中に追いつくと「そっちの火の手の方が強い。危ない!」と叫んだ。備中は万蔵を振りほどこうとしながら「娘がいるのだ。怪我をしている娘がいるのだ!」と叫んだ。万蔵はそれを聞くと備中をどんと後ろに突き飛ばして、火柱が立つ東南の棟に文字通り飛び込んで行った。


 この季節、京陵は毎年東からの強風に悩まされる。

 その晩は特に風が強く、木の枝が折れ、それが風に舞って火の中に落ち、さらに燃え広がっていた。


 備中は家の者総出で井戸から水をリレー式に火災現場に運び、どんどんと火に水をかけたが、全くなしのつぶてだった。

「誰か火消しに連絡したのか?」全く火の勢いが止まらず備中は焦って近くにいた兵に聞いた。

「勿論です。ですが、火事はここだけでなく皇宮も燃えているので火消の手が回らないのです。」

「なんだと?皇宮のどこが燃えているのだ。」

「後宮です。第二皇子を助け出すのに特例で火消が全員連れていかれてしまって。」

「とにかく、どんどん水をかけろ!」


 そんなやり取りをしている時に、火の中から万蔵が飛び出してきた。

 ススで真っ黒になった彼はやはり真っ黒の丸太のような物を抱えていた。

 万蔵は「備中殿!備中殿!」と備中の名を連呼しながら、備中をさがした。

 備中は万蔵の所に駆け寄ると、万蔵は「備中殿、とにかくあの小屋へ。」と言って彼を小屋へ誘導した。

 小屋に入った万蔵は、自分の寝床にその黒い丸太を丁寧に置くと蝋燭に火を灯した。

 そして備中の手を握り「備中殿、どうぞお気を強く持って。お嬢様は、、、殺されました。」と残念そうに語った。

 なんとその黒い丸太は仲邑波留だったのである。

 備中は、眩暈で気が遠くなりそうになりながらも「どうして殺されたとわかる」と万蔵に食ってかかった。万蔵はすまなそうに寝床を指さすと「心の臓を一突きされています。」と言った。


 備中は慌てて寝床に置かれた黒い丸太に近づくと、胸の当たりを確認した。確かに着物の左胸に大きな刺し跡があり、胸から流れ出た血が着物に新たな模様を作っていた。備中は恐る恐るススで真っ黒になっている顔を布で拭くと、丸い顔に細い目、横に広がった大きな鼻がはっきりと現れてきた。備中は震えながら彼女の右手の親指を確認すると、そこに翡翠の指輪を見つけた瞬間ギャーっと悲鳴を上げて気を失った。

 万蔵は倒れ込まないよう気を失った備中を抱きかかえ、彼を椅子に座らせると、そっと小屋を出た。小屋の外は相変らず火事の為未だ喧騒を極めていた。万蔵は自分の気配を消しながら建物の西側にある鳩小屋にたどり着くと、奥に進んだ。そこには他の鳩とは違って頭部が紫色の鳩が居た。万蔵はその鳩を籠から取り出すと脚に通信筒をつけ大空へ放った。


 万蔵が水をもって仲邑親子がいる小屋に戻ってきたとき、備中は娘の亡骸にすがってオイオイと泣いていた。


 仲邑備中には側室はおらず正室:仲邑寧子ただ一人だったが、政略結婚だったからかお世辞にも夫婦仲が良いとは言えなかった。備中の意識は常に国政に向いていたので、家庭への意識は薄く2人の間には子供がただ1人、波留という名の女の子がいるだけだった。ただこの波留が、正室の実子ではなく本当は備中の婚外子であることを知っている者は、この宰相府でもほとんどいない。


 万蔵は備中の元までやってくると水の入った湯飲みを渡した。

 備中はさすがに一国の宰相を長年勤めてきただけあって、水を飲むと少し落ち着いて万蔵に言った。

「やっと立てるまで回復したのに。今になって思い返すと、あの馬の事故も波留の命を狙ったものだったのかもしれない。宰相の私が狙われることはあっても、まさか娘が狙われるとは思わなかった。うかつであった。」

「備中殿、お嬢様の命を狙って得するのは誰でしょうか?皇太子妃の座?」万蔵がこう呟くと、備中は突然飛び上がり「そうだ。こんなことはしていられない。すぐに皇帝に御目通りを願い出ねば。」と叫ぶと、娘の亡骸をそのままにしてすっ飛んで出て行ってしまった。


 万蔵はため息をつくと、ピクリともしない波留の遺体を見下ろして呟いた。

「気の毒に。皇太子に気に入られなければ長生きできただろうに。」

 万蔵は無意識に腕を動かすとたらいの縁に手の先が当たってしまい、そのはずみでたらいの縁にあった手巾は水の中にポチャンと音を立てて落ちた。

 その音で我に返った万蔵は、腰をかがめて手巾を水の中から引き上げると両手でギュッと絞った。

 黒いススまみれの波留の手を手巾で拭きながら、万蔵は目の前に横たわる遺体を見て、自分の進退のことを考えずにはいられなかった。


 皇宮での火事は、京陵の街中よりは被害が少なかったものの、それでも後宮の4分の1が焼けた。後宮の人々は火の元からもっとも遠い迎賓館に集められたが、皇帝は皇帝楼、皇太子は東宮といつもとなんら変わりなく過ごしていた。そんな夜半過ぎに宰相の仲邑備中が呼び出してもいないのに、皇帝楼に押しかけ、皇帝に至急の目通りを願い出たのだ。


 備中が断りもなく飛び込んで来るのはこの30年で初めてのことだったので、皇帝:成多照宗は何事かと寝巻のまま接見の間に飛び出してきた。


「どうした備中。」そう言った照宗は、真っ青で生気の全く無い宰相の顔に、これはただごとではないとゴクリと唾を飲んだ。

 備中はただ「陛下。どうか御人払いを。」と覇気のない声で言うとその場にひれ伏した。


 あまりに異常な宰相の雰囲気に、照宗はすぐまわりの者を下がらせたが備中はそれでもいつまでもひれ伏したままだった。

 照宗はとりあえず備中の腕を取って彼を起こそうとした。

 備中は自分の腕を掴んでいる皇帝の手を掴むと、屈んでいる皇帝に小声で「陛下、緊急事態でござる。娘が亡くなりました。」と囁いた

 何しろこの鷹狩から今日に至るまで、次期皇帝として完璧に勤めを果たしてきた皇太子:照挙に、皇帝:照宗は、生まれて初めて彼を絶賛した。照挙は嬉しそうな顔をしたが、今迄の彼とは別人のように謙虚な姿勢を崩さず落ち着いて「全て小波留のおかげです。」と答えたのだった。それ以来、照宗の中で仲邑親子の評価が変わり、将来照挙が皇帝になった際の皇后として、誰よりも仲邑波留が相応しいと考え始めていたのだった。だからこそ皇太子としては異例の、皇宮外の宰相府に毎日彼女を見舞いに行くのを許したのだった。それだけではない。皇帝としても未来の嫁、未来のこの国の皇后の病状を心配して、毎日見舞いから戻った皇太子に波留の病状を聞いていたのだった。


 腰を抜かしてその場にひっくり返っていた照宗は、きっと自分の聞き間違いだと信じ、眉間に皺を寄せながら聞き返した。

「えっ?はっ?皇太子は、今日も見舞いから帰ってくるや昨日よりも益々良くなっていると言っていたぞ。」

「そうだったのですが、この火事の巻き沿いで、、、」ひっくり返った皇帝を起こしながら備中が暗い声でそう答えた。


 たしかに、先ほど受けた報告では、皇宮の後宮だけではなく市内でも火災が発生しているとのことだったが、まさかその火災で宰相府において犠牲者が出ているとは全く想像していなかった皇帝は、市内の被害よりも、仲邑波留が亡くなった影響が及ぼす甚大な被害を想像し唾を吐きながら小声で叫んだ。


「照挙には知らせるな!絶対に知らせてはならぬ!そうでなくとも照明はあんな状態なのに照挙がそれを知ったら照挙まで寝たきりになるではないか。下手すると成多王朝が消滅してしまう。」

「わかっております。それ故、内々に最愛の娘の遺体を放り出してここに直ちにやってきたのでございます。」備中は泣きながら照宗にそう伝えた。


 2人はしばし厳しい顔でお互いを見つめていたが、皇帝は宰相の肩を初めて優しくポンポンと叩きながら、

「しかし、少しの間は誤魔化せるかもしれぬが、どうしたらよいものか。」と困り切った顔で泣いている宰相に相談した。

「陛下、ごめん。」備中はそう言うと照宗に近づき、彼の耳元で話を始めた。話を聞き始めた照宗は目を丸くし、何度か大きく鼻で息をしてから「聖旨をしたためる。備中、3か月で波留にするのだ。」

 備中は「御意。」とだけ言うと、茶にも手を付けずに聖旨を抱えて皇帝楼から飛び出し、馬車を西に向かって一目散に走らせた。


 備中が伏見村の亀福寺に着いたのは真夜中のことだった。

 尼寺ということも無視して、備中は門をこじ開け階段を駆け上がって寺の入口の前に立つと扉を拳で思いっきりドンドン叩いた。

「お鈴!開けろ!お鈴!」扉を叩きながら、備中は村中に響き渡るような大声でそう叫んだ。


 扉の内側では、”お鈴”と呼ばれたことに動揺した清聴が、手を震わせながら扉を開こうとしていた。


 ギーっという音を立てて扉が内側から開くと、備中は内側からヌッと出てきた腕に掴まれてあっという間に中に入れられた。彼が訳がわからないで戸惑っていると、彼の背後で扉がバタンと固くしまる音が聞こえた。


「なんだよ。こんな夜更けに。ここはどこだと思っているのかい?尼寺だよ。男子禁制なんだ。」

「わかっている。わかっている。小春を引き取りに来ただけだ。」

「はあ?何言ってんだい。」

「もう16はとうに過ぎているのだから、外に出すべきだ。」

「そんなことあんたに関係ないだろう。」

「父親の私がなぜ関係ないと?小春がいると気づいた時から養育費だって渡してきたではないか。だいたいお鈴、お前が最初に嘘をついたんじゃないか。まさか双子だったなんて。」

「嘘じゃない。ちゃんと産んだ子を一人渡したじゃないか。二人とも私から取ろうなんてがめつすぎる。」

「とにかくわしの言う話を聞いてくれ。」

 備中は、清聴の手を取り、優しく座らせると仲邑波留の生涯の話を始めた。

 清聴は、当初険しい顔つきで斜に構えて腕組みをしながら聞いていたが、波留と皇太子との関係のところに話が進んだ時には、驚いた表情になり、彼女の最期の話のところでは頭を抱えてオイオイ泣き始めた。


 ”私の子が死んだ。。。私の子が死んだっ!”


「どうして!せっかくそこまで良くなっていたのに、どうして火が出たら真っ先に助けてやらなかったんだい。」

 清聴は赤ん坊を渡した後、もう二度とその胸には抱かれまいと誓っていた男のを、何度も拳で叩きながらその胸の中で泣いた。

 備中は清聴を抱きしめながら自分自身が泣きたいのをぐっと我慢していた。


 備中は中ノ国の宰相である。

 宰相は、皇帝を補佐して国政を司る公僕の長である。公僕であれば、自分の身内よりも何よりも国益を優先にすることが求められるのだから、その長ともなれば国益を最優先にせねばならない。


 だから、彼は清聴になじられても、小春の命が危険にさらされることを暗示するようなこと、すなわち波留の死の真相は口が裂けても言えなかった。


 備中は清聴が少し落ち着いたところで聖旨をみせた。


 清聴は乱暴に聖旨を掴み取ると、蝋燭の炎に近づけてそれを読んでしばし絶句した。

 それには『宰相:仲邑備中の娘を皇太子:照挙の正妃とする』とあった。

 もうこの世には、宰相:仲邑備中の娘である仲邑波留はいないのに。


 ”いったいどうすれば、、、”

 と思った瞬間、ハッとした清聴は、備中がなぜ今頃になって小春を引き取ると言い出したのかがわかってしまった。


「まさか、そんな、波留じゃないってバレたら小春が殺されるじゃないか。というかそんなのすぐバレるよ。」

「大丈夫だ。殺されることはない。なぜなら皇帝がそれを望んでいるからだ。だから聖旨に仲邑波留と明記していないのだ。」


 清聴は絶句した。


 皇帝と宰相が共謀して皇太子を欺罔せんと企てているのだと?

 そんなことが本当にあるのか?


 宰相ならまだこのような陰謀を企てるのもわからないでもないが、実の父である皇帝が、教養もなければ作法も知らない田舎の小娘を未来の皇后にしようなどと賛成するわけがない。


 清聴は目を細めると胡散臭そうに吐き捨てた。

「聖旨は宦官がやってきて朗読するもんだろう。」

「そうだ。朗読は宰相府でだ。よく読め。」


 確かに聖旨には伏見村の亀福寺など一言も出ていない。


 そして出てくるキーワードは”仲邑備中の娘”、それは仲邑波留とも取れるが、彼女の双子の妹である備前小春であっても間違いではない。


 清聴はとにかく自分を落ち着かせようとして口をつぐんだ。

 彼女の体はすべてマインドになったかのように、幾つもの、”もしも”で始まる仮定と、”であったら”で結ぶ結論が、絡まった糸のように交錯していた。


 しばらくして備中が口を開いた。

「わかったか。」

 清聴はそれには答えず「もし従わなかったら?」と自分でもどうなるかわかっていることを尋ねた。

「皇帝を欺く行為になるから、小春もお前もわしも仲邑家一族郎党斬首だ。」

 自分の思っていた通りの答えを聞いて清聴は、頭をブンブン横に振りながら「なんて理不尽なんだい!」と叫んだ。

 備中は清聴の手を取り、彼女の頬を伝わる涙をぬぐいながら「残念だが、この世のことのほとんどは理不尽なことだ。でも考えてみてくれ。今のままで小春は良いところに嫁に行けそうか?」

 痛いところをつかれた清聴は、むすっとしたまま首を横に向けて目を背けた。


 清聴も頭ではわかっていた。


 小春にとって、いや中ノ国の年頃の女の子にとって、本当にこれ以上の縁談はない。


 断る理由は何もない。もっとも断る権利も持ち合わせてはいないのだが。。。

 それに少し冷静になって小春の性格を考えれば考えるほど、お嬢様として育った波留よりも小春の方がずっと後宮でサバイバルできそうだと思えた。それどころか、こともあろうに数いる一癖も二癖もある美人局を手玉にとり、家臣から賄賂をせしめ、後宮に君臨する自分の娘の姿が目に浮かんでしまった。


 ”以前、女郎屋の女将ならできそうと思っていたけど、まさかドロドロの後宮を支配する皇后の話が舞い込んでくるとは。もしかすると仏様はよく見ていて適材適所に人が配置されるように企んでるのかもしれないねぇ。”


「でも、小春は行儀作法とか何も知らないんだ。」

「大丈夫だ。3か月で令嬢に仕立て上げる。だから明日の朝、小春をわしの大原県の別邸に連れていく。」


 清聴の顔はまたひどく曇った。

 ”言うは易く行うは難し。まったくあの子を令嬢にできるんなら、そこらへんに出没する猿だって令嬢にできるよ。”


 備中は、清聴の心配事は小春が危険にさらされることだと完全に誤解して、

「大丈夫だ。小春はわしの子だ。わしが絶対に守り抜く。」と語気を強めて唾を飛ばしながら誓った。そしてその顔には、自分の娘を守る強い意志が現れていた。


 ようやく清聴が観念して首を縦に振ったのは、あたりに白いもやがかかり、だんだんとその白さに力が増し、水平線が黄色に輝くようになった時だった。


「小春の所へ連れて行くよ。」

 清聴は突然そういうとすくっとその場で立ち上がり、備中にくるりと背を向けスタスタと本堂から続く渡り廊下に向かっていった。

 清聴の後をついて備中が進んだ先の扉を清聴はコンコンとノックした。

「小春、起きなさい。」

 さすがにハイティーンにもなると、以前のようにゆすっても起きないということはなくなったが、小春はこの声で起きると、寝ぼけたまま扉にむかって行き、目をつぶりながら「まま何?」と言って扉を開けた。


「小春、起きなさい。」

「うーん、眠い。」

「ほら、お客さんが来ているんだから。」

「うーん、おはようございます?」寝ぼけて頭を掻きながら語尾を上げて小春はそう言って備中に挨拶した。そんな小春を無視して、小春の部屋を初めて見た備中は、壁一面にかけてある成多照挙の姿絵や机上に所狭しと置いてある成多照挙グッズを発見し、皇帝と自分の陰謀:すなわち小春を波留の替え玉にするという企ては、思ったより簡単にことが運ぶかもしれないと心の中で小躍りした。


 突然備中は小春の後の襟首をむんずと掴むと「これからお前の名前は仲邑波留。中ノ国宰相仲邑備中の娘で、皇太子:成多照挙殿下の婚約者だ。」と宣言した。


 ”・・・・・・!?”


 小春は目をいったんギュッとつぶってから目を開けて「はい?」と聞き返した。


「これからお前の名前は仲邑波留。中ノ国宰相仲邑備中の娘で、皇太子:成多照挙殿下の婚約者」


 皇・太・子:成・多・照・挙・殿・下・の・婚・約・者


 この言葉で小春は完全に目覚め「誰が?」と聞いた。

 備中は、小春の襟首から手を離し、その腕を自分の胸前で組みなおしてから一言「お前がだ。」と小春に向かって言った。


 キャー(≧∇≦)


 備中の耳元で突然小春は突然そう叫ぶと、備中は反射的に組んでいた腕を離し、両耳を塞ぐために掌を耳にぴたっとつけた。


 小春は喜び勇んで、廊下でぶー垂れている清聴に向かって跳ねながら「ままー。聞いた?聞いた?本当?♡」と叫んだ。

 小春に向かって冷たい視線を送りながら清聴は「あんたねー、それはちゃんと御令嬢になれたらの話だよ。今のあんたじゃ無理。」と言い放った。

「そうなの?じゃあ、小春は御令嬢になる。どうやったら御令嬢になれる?」

「行儀作法や教養を身に着けないとなれないんだよ。」

「じゃあ、ギョウギサホウとキョウヨウを身に着ける!どこにあるの?着る着る。」

 清聴は小春の頓珍漢な言葉に全く驚くことなく普通に「行儀作法も教養も着物じゃないんだよ。特訓して3か月でできるようにならなきゃ、あんたは殿下から婚約解消されるからね!」と答えた。この会話を聴いていた備中は、わが耳を疑いサーっと清聴の側に来ると「教養が着物って、冗談だよな。」と聞いた。清聴は白い目で備中を見ると「冗談言ってるように見えた?」と冷たい声で言った。備中は顔を強張らせながら正直に首を横に振って答えた。清聴はそれを見て首を縦に振ると「つまりあんたは、見てくれも中身も猿並みの小娘を御令嬢にしようって夢見ているんだってこと。ま、せいぜい頑張って。」と言って備中の肩をポンポンと叩いた。


 備中は、清聴の発言におどろいて何か言おうとした瞬間に思いっきり清聴から足を踏まれた。

「いいかい。波留の感覚で小春に接してもなしのつぶてだ。外見はそっくりかもしれないけれど、中身は全然違うから。この私でもあんなに育っちゃったんだよ。体罰、愛撫、説教、叱責、賞賛、、、おだてようがなだめようが脅迫しようが、、、飴も鞭も何から何まで全部通用しないから。ただ救いは、今回は本人に特別強烈なモチベーションがあることだ。さぼろうとしたり、目標達成が難しそうだったら皇太子殿下のことをほのめかせれば、案外山の芋も鰻になるかもしれないよ。」


 清聴は口をあんぐり開けている備中に一気にそうまくしたてると、茫然自失としている彼を廊下に残して小春の部屋に入り、壁一面の成多照挙ポスターを剝がしては巻き、剥がしては巻いて行李に入れていった。

 それを見た小春は「まま、何やってるの?」と不思議そうに聞いてきた。


「あんたはこれから皇太子殿下の花嫁になるための御令嬢修行に出るんだ。いいかい?どんなに辛くても逃げ出して戻ってくるんじゃないよ。」


お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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