序章
昔々、あるところに三つの国がありました。
その三つの国とは、海の彼方から日が出づる東之国、海の彼方に日が沈む西乃国、そしてその二つの国の間に位置する海のない中ノ国で、それぞれの国には天命を受けて国を治める君主である皇帝がいました。
この三つの国は互いに仲が悪く、戦争を繰り返していました。しかしある時、戦場に女神が降臨し、「今すぐ争いを止めなければ、それぞれの国に災いが起こり、呪いがかかる」と告げました。
これを聞いた中ノ国の皇帝は、女神の言葉に従い、争いをやめるよう提案しましたが、東之国の皇帝と西乃国の皇帝は「馬鹿らしい」と一笑に付し、戦争を止めようとしませんでした。
それに怒った女神は、その美しい顔をしかめ、「えい!」と叫んで持っていた剣の先を天に向けました。すると、なんとそれまで雲一つない晴天だった空は、突如として真っ黒な雲に覆われ、稲妻が幾閃も走り始めたではありませんか。
そして、一閃の稲妻が女神の剣の先に落ちると、その光は女神の体を伝って足元へと流れ、その光が女神の足先から地面に触れた瞬間、大地は真っ二つに裂け、その中から一柱の真っ赤な龍が現れ、空へと高く高く昇っていきました。さらに、龍は雲の中に入ると、今度は真っ赤な朱雀へと姿を変え、天高く舞い上がったのです。
その光景に呆然とする皇帝たちに、女神は言いました。
「あなたたちの朱雀が飛び立ってしまった。あなたたちの命はもう長くない。」
その言葉とともに、巨大な稲妻が走り、東之国の皇帝と西乃国の皇帝はその場で息絶えてしまいました。
それを見ていた中ノ国の皇帝は、慌てて女神の前にひれ伏し、泣きながら自らの非を詫びました。
「東之国と西乃国に皇帝がいなくなったからといって、あなたがその二つの国を侵略すれば、あの者たちと同じ末路をたどることになるでしょう。」
女神はそう告げると、剣の先で、影だけが地面に残っている皇帝たちのいた場所を指し示しました。
その後、中ノ国の皇帝は女神に言われた通り、東之国と西乃国に侵攻することはありませんでした。
それどころか、それぞれの国の若い皇太子が即位すると、年に一度、秋の収穫の時期に自国だけで祝うのではなく、東之国と西乃国の皇帝一家も招き、共に宴を開くようになったのでした。
それ以来、三つの国は戦争を避け、互いに助け合い平和に暮らすようになりました。
それから千年近い時が流れました。
女神の言葉は真実だったようで、中ノ国の皇帝の直系は代々子孫に恵まれましたが、東之国では、皇女を巫女として崇める習慣があったにもかかわらず、その後ずっと姫が生まれず、ようやく44代目で一人の女の子が誕生しました。
そして西乃国は、それ以降、かろうじて家系が途絶えない程度で、代々子宝になかなか恵まれず、現在の皇帝に至っては、五十歳近くになってようやく一人の男の子が誕生したのでした。