腐ってもキャバ嬢
キャバクラで働いていた頃は、誕生日などにお客さんからブランド品のプレゼントを貰うことや、友人たちと海外旅行に行く度にブランド品を買うなんて事は普通だった。
キャバ嬢というのは腐ってもキャバ嬢で、一度狂った金銭感覚は中々元には戻らないというのは、キャバクラ時代の友人との間で良くする話だ。
当たり前なのだが、今は欲しいものは自分で買わなくてはいけない。
昔と違ってブランド品が欲しいわけではないのだが、長く使える丈夫で肌触りの良い素材、洗礼されたデザイン、美しい色と探していると結局ブランド品にたどり着いてしまう。
食事に関しても、特別な日なら星付きのレストランにしようか…とか美味しいお鮨が食べたいなーと、とにかく私は金のかかる女なのだ。
狂っていると思える感覚は他にもあって、男性との食事の会計の際も、何かのお礼で奢ることはあっても、割り勘という感覚は持ち合わせていないし、社交辞令で払うそぶりを見せはするものの、実際にお金を払わせるような男性には、すぐに蛙化し、2度とデートに行く気にならないなど、このご時世ではすぐに炎上しそうな感覚を持っていて、それがいまだに抜けないのである。
奢らない男なんて男じゃない。とは思っていないが、私はそういう人は好みじゃない。といった具合で好きなタイプ、苦手なタイプの一つだと思って捉えているが、あまり大きな声では言えない。
しかしながら私はこの感覚を変えるつもりはない。
そもそも自分が欲求を満たせるだけのお金は自分で稼げばいいし、その特別な日の特別な食事を一緒に食べたいと思える人ならその人の分まで払えるくらいの自分でいたいし、対談性の奢る奢られ問題に関しても、この女性には美味しいご飯を食べさせてあげたいと思ってもらえる女性であり続ければいいのだから。