2攫い 足りない監禁
「……ユウ君。一緒に、寝よ?」
寝間着姿のウサがそう言って近づいてくる。俺は抵抗することもなく、素直に抱き枕になった。
……そう。抱き枕に。
ウサは俺のことをずっと監禁しているのだが、何かしてこようとはしない。俺に好意があるのはかなり明白なのだが、それでも何もしようとしないのだ。
言うなれば、ウサはヘタレなのである。監禁するという変なところでは行動力があるのに、それ以上のことはできないという本当に変なやつなのだ。
……だが、俺もそんなところは嫌いじゃない。温かな感触に包まれながら、俺は目をつむって夢の世界へと旅立った。
「……おはよう」
「ああ。おはよう」
次の日。目を開けると、非常に近い距離にウサの姿が。先に起きていたようで、俺のことを眺めていたようである。
寝顔を見られるのは恥ずかしい気持ちもあるが、これも長くされていることなので最近は気にしていない。
「朝ご飯。作ってくるね」
「ああ。よろしく」
ウサはそう言って部屋から去って行く。結局その日も1日監禁されて、俺はウサに身の回りの世話を全てされて過ごした。
そして更にその次の次の日、
「わ、私は、学校に行ってくるね」
「おう。いってらっしゃい」
朝食の後。制服を着たウサは、そう言って部屋から出て行った。しんと静まりかえった部屋に、俺は1人取り残される。普通であれば孤独を感じて泣いたりするんだろうが、俺だって学校に行かなきゃいけないからそうもしていられない。俺はポケットに入れておいたヘアピンを取り出し、手錠の鍵穴へ挿入。
ピキンッ!
と音を立てて数秒後。手錠が開いた。その後、首輪、足かせと順に鍵を開ける。……俺が思うのは、小学生の時からすでにピッキングを学んでおいて良かったということだ。あのときも今と同じように、鍵をたまま放置されたからな。鍵を開けられなければ、孤独にこの空間で過ごすことになるところだった。あのときは昼食の準備すらされてなかったからなぁ。この技術がなければかなりきつかったと思うぞ。この部屋には窓も時計もないから、時間感覚も失われるしな。
「あぁ~。体が固まってる」
俺は首をゴキゴキとならしながら立ち上がり、部屋を出る。それからウサの部屋に置いてあった俺の私物を回収し、制服に着替えて学校に。ちゃんとウサの家の鍵も閉めておいたぞ。
「おはようウサ」
「おはようユウ君」
学校で、俺たちは何もなかったかのように挨拶を。
これが俺たちの日常。監禁する者と、監禁される者の日常だ。10年以上続く日常。それはいつ終わるのかも分からない。……が、
「……足りない」
俺は誰にも聞かれない程度の声量で呟く。
足りない。そう。物足りないのだ。
監禁されるのは構わないし、あいつの好きにされることもべつに構わない。だが、監禁するなら、もう少し踏み込んでくれても良いと思うんだよな。初めて監禁されたときからずっと待っているのに、ウサとはまだ一線を越えられていない。
その所為で、気持ちが急く、俺たちの関係は、ずっとこのままなのか、と。
「……ユウ君。帰ろう」
「おう」
週末、またウサの家に行き、監禁され、脱げだして学校に行き、そんな生活を繰り返す。高3になってからは監禁されながら一緒に受験勉強をしたりもしたし、終わった後のパーティもした。……監禁されながら。
だが、受験が終わってお互い気持ちが晴れやかになっても、関係は変わらない。ずっと、ただ監禁されるだけ。それでも俺は待った。待って待って待って待って……高校の卒業式。
「ウサ。帰ろうぜ」
「うん」
卒業式の終わり、俺たちはまたウサの家に向かう。ウサとは同じ大学の同じ学部に行くことになっているので、大学に進んでからもこの関係は続くだろう。
そう思っていると、
「……ちょっとジュース買って良い?喉渇いちゃった」
ウサがそんなことを言ってきた。
いつもなら良いぞと答えるところだが、
「ああ。じゃあ俺のやるよ。もうすぐ家だし、買う必要はないだろ?」
俺は半分ほど飲んだジュースを渡す。ウサはそれを見て数秒固まった後、
「そ、そそそおそそそ、それはぁぁ!!???間接キスになるのではぁぁぁぁぁぁ!!!!!?????」
顔を真っ赤にしながら叫んだ。
ウサは相も変わらず目茶苦茶初心なのである。監禁までしているのにこの反応だ。……可愛い。
「良いだろ?俺が口つけたのが嫌だって言うなら買ってきて良いけど」
「え?あ、その、えっと……も、もらいます」
俺の言葉に目をぐるぐると回しながらもウサはペットボトルを受け取る。そして、ペットボトルの蓋を開け、縁をなめるようにチロチロと舌で触れながらジュースを飲んでいく。
……いつもこんな飲み方しないのに、俺との間接キス意識するとこうなるのかよ。俺の唇と下で間接キスしたかったって事か?
俺はそんなことを考えながら、一心不乱にペットボトルの縁をなめるウサの隣を歩く。
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
ウサの家にたどり着くと、いつものように俺はリビングに座って待つ。暫くすると睡眠薬入りの水を持ったウサがやってきた。
「どうぞ」
「ああ。ありがと」
俺は水を受け取る。が、
「あ、あれ?」
手渡す勢いのまま、ウサは俺の方に倒れ込んでくる。そして、小さく悲鳴を上げることもなく、
「……すぅ~」
眠ってしまった。どうやら、俺がジュースに入れて置いた睡眠薬が効果を出し始めたようだ。
「おやすみ。ウサ」