嘘と噂
「あー……悪い……覗くつもりはなかったんだ」
嘘だ。自分でもどうしてこんな行動に出たのか分からない。
あんな出来事があってから女子との会話は避けてきたのに、なぜか立花さんに関わろうとしている。
「もしかしてどこか怪我した?階段から落ちたとか?」
「…………」
先ほどまで泣いていたというのに、立花さんは怪訝な面持ちを崩さず俺を睨んだまま黙っている。
「おーい、立花さん?」
「それで、私は何を要求されるの?」
やっと喋ったと思ったら何を言い出すんだこの女は。
「要求って?」
「私が泣いてたことを言いふらさない代わりに何かさせようってつもりなんでしょ?本当にツイてない……いや、ある意味これで良いのかも……」
「そんなことしないし、泣いてたくらいじゃ脅しの材料としては弱いだろ」
「そう?私は絶対知られたくないけどね。それに、あなたが噂通りの人ならそうやって脅すのがいつもの手口なんじゃないの?」
――――噂
同じクラスだし当然知っているか。
「立花さんのことは誰にも言わないから安心してくれ。昼休みも終わるしそろそろ戻らないと……」
「戻らない」
「は?」
「私はしばらくここにいるから、気にしないで」
「もしかして本当にどこか怪我してる?ちょっと遠いけど保健室行ったほうが……」
「怪我とかじゃなくて……今はあの教室に戻りたくないだけ」
そう言ってスマホで何か調べ始める立花さん。
【超手抜きお弁当レシピ】
チラりと見えたスマホの画面に見えた文字。
「彼氏くんに愛妻弁当か?」
「……」
「毎日お弁当を作ってあげるなんてラブラブで羨ましいな~」
「さっきからうるさいのよっ!もう放っといて!」
悲鳴にも近い甲高い声が廊下に響いた。
怒っているはずの彼女の顔は、どこか追い詰められたような表情をしていて、どんな顔でもやっぱり美人なんだな、と睨まれながらも呑気なことを考えていた。
「なぁ、一つだけ聞いてもいいか?」
彼女はスマホの画面を見つめたまま何も答えない。俺は以前から気になっていたことを聞いてみた。
「どうして好きでもない相手と付き合ってるんだ?」
「え……?」
目を見張るように驚きを露わにした彼女だったが、すぐに感情の起伏が感じられない普段の表情に戻った。
「好きでもないってどういうこと?好きだから付き合ってるに決まってるでしょ」
「俺さ、立花さんから健太に話しかけてるところって見たことないんだよな。一緒にいるところはよく見るけど」
「……」
もちろん他にも思い当たる節はあるが、これを話すと俺のことも話す必要があるので黙っておく。
「俺も授業サボるからさ、それで実際どうなんだ?」
「それなら私も鬼塚くんに聞きたいことがあるんだけど」
「立花さんが俺に?何でも聞いてくれ」
「”他人の女を寝取るのが趣味のクズ野郎”って噂、あれって本当なの?」
おぉ……それを聞いてくるか……
「話したら立花さんの事情も教えてくれるか?」
彼女は小さく頷いた。
正直思い出したくもないが、どこかで理解者を求めていたのかもしれない。
俺は噂の原因となった当時の出来事を語り始めた。
中学3年生の春、女の子に告白された。
今まで告白されたことは何度かあったし全て断ってきたのだが、その子に告白されたときは嬉しかった。
俺と同じ美化委員会の子で、名前は神野結衣。
花壇を一緒にいじりながら話す時間が心地よかった。
「私たちが付き合っていることは内緒ね?」
「恥ずかしいから学校では今まで通りな感じでいよ?」
「よく一緒にいる男の子?……あぁ、塾が同じだから勉強のことについて話してるだけだよ」
付き合い始めて1週間、ろくにデートもしないまま俺の家で体を重ねてしまった。
「痛かった?初めてだからうまく出来なくてごめん」
「ううん、私も初めてだったけど……良かったよ……すごく」
彼女の初めてという言葉に違和感を感じながらも、俺の初体験は呆気なく終わりを迎えた。
学校では必要以上に話さず、放課後も一緒に帰るわけでもなく、デートに誘っても用事があるからと断られる。
それでも、彼女のためなら何でもしてあげたいと思うくらい大好きだったし、それは彼女も同じだと思っていた。
「え?襲われてみたい?」
結衣とは俺の家で過ごすことが圧倒的に多かった。
一度結衣の部屋も見てみたいと言ったら、恥ずかしいからと断られてしまった。
「うん。そういうプレイ前からしてみたいなーって、ダメ?」
「良いけど……うまく出来るかわからないよ?」
「セリフは考えてきたから!さっそくやってやって!」
そんな彼女のよく分からない望みも叶えて、未だに1回もデートできていないしそろそろどこか行きたいと考えていた頃、俺たちの関係は突然終わりを迎えた。
「鬼塚って奴はいるか!?」
教科書を鞄に積めて帰ろうとしていたら、結衣とよく一緒にいる男が突然クラスに来た。
「何か用か?」
「ちょっとついてこい……結衣もいる」
”結衣”?こいつは俺が結衣と付き合っていること知らないのか?
目の前の男にイライラしながらも結衣もいるという言葉が気になりついていくことにした。
連れてかれた場所は体育倉庫の裏だった。
「結衣、連れてきたぞ。こいつで間違いないな?」
「うん……」
次の瞬間、俺は男に思いっきり殴られた。
「っ……ってぇな……いきなりなんだよ」
「人の彼女脅して無理やり迫った野郎が……この程度で済むと思ってんのかよ!」
こいつは何を言っているんだ?結衣と付き合っているのは俺だぞ?
彼女の方を見ると涙でまぶたを腫らしながら、目の前の男の腕に抱きついていた。
「もういいよ……証拠の動画もあるし、これ以上私に近づかないでくれれば大事にするつもりはないから……」
「あぁ、すまなかった結衣。お前が浮気なんてするわけないのに取り乱した……まさか脅されてたなんて……」
その後も2人から犯罪者など罵詈雑言を浴びせられ、うまく頭が回らない中一つだけ分かったことがあった。
俺は結衣の彼氏などでは無かった。
去り際に彼女がこちらを振り向き、口パクで何か呟いていた。
”ごめんね”
彼女は笑っていた。
「と、女を見る目が無かったばかりにご覧のあり様ってわけ」
彼女は苦虫を嚙み潰したような表情をして、俺の話を聞いていた。
「なにそれ……そのクズ女とバカな男はどうなったの?」
「さぁ?卒業までの残り数か月は登校してなかったし……俺がやったことも噂になってたからな……」
なるべく地元から離れた高校を選んだつもりだったが、ここでも噂に苦しめられるとは思わなかったよ、そう付け加えた。
「友達にね、あなたと同じクラスだってわかったとき聞かされたのよ。気を付けた方がいいよって」
「まぁ、当然だろうな」
「だから私は警戒してたんだけど、正直噂については半信半疑だったわ」
「へぇ……どうして?」
「だって……鬼塚くんが女の子と話してるとこって見たことないし……」
女子と話そうとするとどうしても思いだすからな。
でも、立花さんとは普通に話せてるんだよな……
「それで、こっちは言ったんだから教えてくれよ。大好きな彼氏と付き合ってる立花さんがどうしていつも辛そうな顔してるのか」
「うそ……私そんなに辛そうだった?」
「他の奴らは知らねぇけど、少なくとも俺からはそう見えたな」
「そう……もう限界なのかもね……」
彼女は俯いたまま消え入りそうな声でそう呟いた。
「私ね、最低な女なの」
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