別れ話と過去
「ごめん、私たち別れよう」
放課後の屋上で告げられる一言。長い黒髪はサラサラと風に揺られ、優し気な眼差しは目の前の男を正面から見つめている。
「え……ごめん。冗談だよね?昨日だって楽しそうに一緒に話してたじゃん……」
「ごめんなさい。他に好きな人ができたの……勝手なことだって分かってる。健太にはもう関わらないようにするから……」
「だ、誰だよ!?その好きな人って!突然すぎて訳が分からないよっ!」
申し訳なさそうに俯いている美羽に掴みかかる勢いで迫る健太。
まぁ、こうなる気がしたから隠れて見ていたんだが、そろそろ俺が出て終わらせた方がいいな。
「美羽の好きな人ってのは俺だよ」
給水タンクの裏から2人のやり取りを見ていたが、美羽に触れようとした健太を見てつい出てきてしまった。
「英二……!」
美羽がこちらに駆け寄ってくる。その姿を呆然と眺めていた健太が口を開く。
「は?鬼塚が美羽の好きな人……?お前こいつがどんな奴か噂で知ってるだろ!?」
「噂は噂だよ。いくら健太でも英二のこと悪く言うのは許さないから」
訳がわからないといった表情で2人を交互に見つめる健太。
「まぁ、そういうことだ。お前には悪いと思っているが、俺は「なるほどな」」
話している途中だったのに健太が食い気味に話し始めた。
「要するに浮気していたんだろ?このことは親にも話すからな!後悔しても遅いぞ!」
言いたいことだけ言って走り去っていったな……
そもそも高校生の恋愛事情を親に言うのか?俺にはその感覚が分からないが、幼馴染なら家同士の付き合いもあるだろうしそういうものなんだろうか。
「1人で大丈夫って言ったのに、心配性だね」
「全然大丈夫じゃなかっただろ。ほら、いつまでくっついてんだ」
美羽は俺の腕を抱きかかえて離さない。よく見ると手が震えていた。
「やっと……やっと、解放された」
美羽の頭を撫でてやりながら、去り際にあいつが放った一言が頭によぎる。美羽は浮気などしていない。
だが、それを今のあいつに説明しても無駄だろう。
「それより美羽、お前このままだと健太に浮気女って思われてるけどいいのか?」
「事実だからね。健太とのこと英二に相談しているうちにその……す、好きになっちゃったわけだし」
どうして俺と美羽が付き合うことになったのか。それは半年前の出来事がきっかけだろう。
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「またやってるよ、あいつら」
教室の自分の席でスマホをいじっていた俺に話しかけてきたのは高田湊、数少ない中学からの友達だ。
学校中に知れ渡っている俺の噂を知りながらも、こうして普通に話しかけてくれるのだからありがたい。
「もう見慣れたけどな。てかあいつ……健太って彼女いるんだろ?」
話題になっているのはもちろん窓際の光景だ。
口論している女子たちに呆れ顔を模りながら眺める。その女子たちの中心にいる人物は男だった。
その輪の中に健太の幼馴染であり彼女の立花美羽の姿は見えない。
「なんでもまだ諦めてないらしいぜ。美人の生徒会長と可愛い後輩ちゃんに言い寄られてうらやま……憎たらしい……あんな男のどこがいいのかね」
「やめとけって……俺らには分からない魅力があるんだろうよ」
教室で絶賛ハーレムを形成し悪目立ちしている男の名前は沢井健太。
事務的なことでしか話したことがないが、いつも自分の席から動かず寝ている所謂陰キャボッチくんだ。
「美羽ちゃんとも付き合ってさらにあんなハーレム作れるなんて……いったい前世でどれだけ徳を積めばそんなことになるんだ?」
「しらねーよ」
俺はチラっと立花さんの席を見る。自分の彼氏が絡まれているというのに、相変わらず一人で読書をしている。
そこにさっきまで口論していた生徒会長がやってきた。
「良いわよねあなたは幼馴染ってだけで健太と付き合えて……私だってお弁当作って彼に食べさせてあげたいのに!」
「急にどうしたのよ、そんなに作りたいなら勝手に作ってくればいいでしょ?いちいち私に言わないで」
「健太が嬉しそうに「私が毎日お弁当作ってあげるから!」て美羽が言うんだってさっき言ってたわよ」
「……っ!……そう」
立花さんは何か言いたそうな顔をしていたが、結局何も言わず席を立ちどこかへ行ってしまった。
俺は昼飯を済ませ、教室から一番遠いトイレへと向かう。その場所にしか自販機が無いため、面倒と思いつつもついでに飲み物を買いたかった。
教室へ帰る途中、屋上へと続く階段の踊り場から誰かが泣いてる声が聞こえてきた。
「ぐす…………うぅ…………」
普段ならこんな面倒ごとは無視するのだが、声に聞き覚えがあり、つい正体を確かめてみたくなってしまった。
「あっ」
「え……?」
泣いていたのは立花さんだった。
連載です。5話くらいで終わる予定。