シャトー・ラトゥール
「みぶさん、あけおめでっす!」
新年早々、アカペラ・グループ チキン南蛮のリーダー熊さんこと熊沢伸也さんがうちにやって来た。
「熊さん、おめでとう。今年もよろしく。あれっ、ガチャピンは?」
ガチャピンというのは熊さんの奥さんのことだ。
「新年会の予約が入ってるとかで今日は来れないんです」
ガチャピンは「とん平」という料亭の女将さんをやっている。
年末年始は忙しいらしい。
「実はみぶさん、今日はいいものを持って来たんですよ」
とバッグからワインを一本取り出した。
「シャトーラトゥール1942年物、幻のヴィンテージです」
スマホで調べてみると1本30万以上するしろものだ。
「そんなの、どうしたんですか?」
「ガチャピンの店にワイン通の常連のお客さんがいましてね、チキン南蛮のプレミアCDと交換してくれたらしいんです。みぶさんと一緒に飲み明かそうと思いまして」
「そんな、いいの?」
「ええ、こんな高価なものを保管するワインセラーもないし、変なとこに置いて変質してももったいないし…」
ということで、高価なワインを二人で空けることになった。
まず、赤ワインに合う料理を用意し、グラスを並べる。
熊さんがガチャピンの作った料理も差し入れしてくれたので、テーブルの上は結構、豪華になった。
「じゃ、開けますよ」
熊さんがスクリューを捻じ込んで、コルクを引き抜く。
ポンという音と共に…
あたりの真っ赤なワインが飛び散り、赤い蒸気が部屋中に立ち込めた。
「なんだ、このワインは」
思わず声をあげる。
蒸気が次第に引いていくと、テーブルの上にぶどう色のケープを着た大男が立っていた。
「だ、誰だ?」
男は物静かな声で答える。
「私はシャトーラトゥール ワインの精です。お二人の三つの願いを叶えて差し上げましょう」
熊さんと顔を見合わせたぼくはしばらくポカンとしていた。
「さあ、なんでも願い事を言ってください」
ワインの精が催促する。
「みぶさん、どうします?」
「そ、そうだなぁ…」
テーブルや床に飛び散ったワインが目に入る。
「願い事の前に、ワインを拭いてしまおう。これじゃ、歩くことも出来ない」
「そうですね、じゃ、ぼくは雑巾で床を拭きますから、このダスターでテーブルを拭いてください」
熊さんがぼくにダスターを差し出したのだが、ワインの精がそれをさっと取り上げ、
「かしこまりました、ご主人様」
と言ってテーブルを綺麗に拭いてしまった。
「では、二つ目の願い事を言ってください」
「ちょっと、今のもカウントされるの?今のは願い事とちがっ…」
「二つ目の願い事を言ってください!」
随分早とちりの妖精だ。
気をつけないといけない。
「熊さん、熊さん」
小声で呼ぶ。
「うっかり言ったことが願い事と勘違いされないように気をつけよう」
「そうですね。うかつに口を開かないようにしないと…」
「かしこまりました、ご主人様」
たちまち熊さんの口が開かなくなり、顔を真っ赤にしてうんうん唸っている。
チキン南蛮のリーダーがこれでは…
「三つ目の願い事を言ってください」
「熊さんの口を開くようにしてくれ」
「かしこまりました、ご主人様」
熊さんがほっとため息をつくと同時に
「それでは私はこれで!」
とワインの精は一陣の煙となって消えてしまった。