6.夢とひざまくら
「伊織ちゃん、いらっしゃい」
「お、お邪魔します」
厚かましいなと、自分でも思いながらも、またお邪魔してしまった。
ごはんもおいしかったし、昨日の青井さんと過ごした時間はとても心地良くて、またそれを味わいたかった。
「今日のお昼、鉄火丼だよ。すぐできるから待ってて」
青井さんは髪を括りながら台所へ向かう。
僕は椅子に座りながら、彼女をぼーっと眺めていた。
長髪だがさらさらとした黒髪、身長は170㎝近くあり、姿勢がよく、ハイウェストのデニムを履いていることも相まって、モデルのようにさえ見える。性格もはきはきとしている。
それに対し僕は150㎝前半。性格はダメ人間そのものだ。
女顔でよく女性と間違われるのもコンプレックスの一つだ。
そんなことを考えていると、いつの間にか目の前には鉄火丼とみそ汁が並んでいた。
「ワサビはいる?」
「い、いりません」
子ども舌の僕は、辛い物や苦い物がてんでだめだ。
「い、いただきます」
美味しい。まぐろの身は?油か何かにつけてあったのか、味が染みていて、身もねっとりとしている。
海苔やネギなどの薬味も合いまって、癖になる味だ。
気付けば止まらなくなり、気づいたころには完食していた。
「おいしかった?」
青井さんは箸を止めて、僕に語りかける。
「ぁ、う、すごく、お、おいしかったです」
どもってしまうが、本心だ。
それを聞いた彼女は小さく笑った。
青井さんも食べ終わったので、一度家に帰ろうとしたその時、
「ねえ、映画見ない?」
彼女の手には有名なコメディ映画のDVDが握られていた。
「み、みます」
正直映画はどうでもよかったが、青井さんとの時間を長く過ごしていたくてそう答えた。
「ほら、ここに寝て」
青井さんは、テレビの前のソファに座っていて、自分の足をポンポンと叩く。
「ぅ、ぇ、ええ、でも」
いくらなんでも恥ずかしい。
「いいから」
そのままなすがままに、膝枕されることになった。
映画が始まった。
僕の頭を、膝枕してくれている彼女の手が撫でる。
ゆっくりと、でも絶やすことなく。
心地いいし、なんだか安心する。
それがあんまりにも心地よくて、すぐに眠りに落ちてしまった。
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顔も覚えていない両親。
引き取られた先は、叔父夫婦の家。
僕を家族とみなさない叔父たち
楽しそうな会話にも、僕が入ろうとすると、嫌そうな顔をする。
だから、ごはんの時間は苦痛だった。
皆で食卓を囲んでいるのに、僕だけはじかれているみたいで。
誰かに、認めてほしかった。
テストでいい点とっても、だれも褒めてくれない。
なにをしても、だれも褒めてくれない。
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目が覚めると、青井さんはまだ僕の頭を撫で続けてくれていた。
テレビに流れていたはずの映画は、一時停止されていて、動いていない。
僕の呼吸は荒くて、心臓がドクドクと脈打っているのを感じる。
「呼吸乱れてるけど、嫌な夢でも見たの?」
そういって彼女は、僕の顔を覗き込む。
いつもは人の顔を見ると緊張するけれど、いまはその顔にひどく安心した。
口が勝手に動く。
「あのね、ぼくね、5年生のときに、漢字テストで満点だったんだ」
唐突にそう言う僕に、彼女は少し驚いたような表情をしてから、
「すごいね。伊織ちゃんはいつでも偉いよ」
そういって、頭をよりゆっくりと撫でてくれる。
「満点はね、ぼくだけだったんだ。がんばって覚えたんだよ」
そう、一番だったら誰か褒めてくれると思って、漢字ドリルを何週もした。
「偉いねぇ、ほんとに偉い」
彼女はそう言って、僕の頭を撫で続ける。
なんだか安心して、また眠りに落ちた。
起きたころには、時計の針は17時を過ぎていた。
青井さんの膝があった場所にはクッションがあって、彼女は台所で料理をしていた。
スパイスのような香ばしいにおいが食欲を刺激する。
僕が起きたのに気付いた彼女はこちらに振り向いた。
「おなか減ってる?」
「うぇ、え、あ、はい」
寝ていただけで、何もしてないのにおなかは減っている。
「タイミングいいね、あと盛り付けるだけだから」
そういって彼女は、再び料理に戻った。
でてきたのは、カレーライスと、トマトとアボカドのサラダ。
「ぃ、いただきます」
僕が辛い物がダメなことを知っているかのように、甘い味付けだ。
あまりに夢中になって食べてしまい。机の上に福神漬けがあることに気付いたころには、すでに完食していた。
「おいしかった?」
彼女は前と同じようにそう尋ねる。
「お、おいしかったです」
僕がそう言うと、彼女は満足そうに微笑んだ。
「私、明日は昼に大学に行かないといけないから、晩御飯だけ食べに来なよ」
「え、あ、ぁ、あ、はぃ」
明日も昼からお邪魔しようとか考えていた僕は、青井さんの言葉に愕然とした。
そうだ。青井さんは大学生だ。青井さんにだって、やらないといけないことがある。
僕もそうだ。アルバイトをやめたのだから、新しいところを探さないといけない。
明日を迎えたくない。そんな暗い気持ちで、自分の家へと帰った。