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隣人に溶かされる  作者: たんたん
4/8

4.涙

「今日はしこたま怒られたなぁ…」

いつもの帰り道、今日は一日通して天気が悪く、まだ雨がぽつぽつと降っている。

アルバイトを終えた僕は、いつもより落ち込んでいた。

いままでで一番くらいに怒られ倒したのだ。


昨日はお酒を飲まなかった。

やめ時だったのだ。

そう自分に言い聞かせる。

お酒に依存していることは自覚しているし、そんな生活ダメなことだってわかっている。

でも、バイト先で嫌なことが多くて、お酒を飲みたくなってしまう。


忘れたい。お酒を飲みたい。

そんな気持ちで、頭が一杯になる。


歩道を歩いていると、猛スピードの自転車が横を通り過ぎ去った。

水たまりが、びしゃりと僕の下半身を濡らす。

嫌な気分だ。


前から、親子と思わしき、若い女性と小さい子どもが手をつないで歩いてくる。

「今日はなに食べたい?」

「うーん、ビーフシチュー」

「いいわね!お父さんが帰りにケーキ買ってきてくれるらしいよ」

「え!やったー!」

二人とも幸せそうな表情で、楽しそうに会話をしながら僕の横を通り過ぎていった。

おそらく、豊かな家庭で幸せな生活を送っているのだろうなと考える。

嫌な気分だ。


雨が強くなってきた。天気予報では、この時間は雨がやんでいるはずなのに。

「傘もってないんだけど」

一人でつぶやく。

大粒の雨が僕の肩を打ち続ける。

雷がごろごろと轟いている。

なんだか、ひどい気分だ。



家についた僕は、おもむろに冷蔵庫を開け、缶チューハイを取り出し一気に飲み干した。

さっきまでの最悪の気分は、少し晴れた気がする。

明日は夕方からの出勤。

今日は夜更かししても大丈夫だ。

幼い容姿ゆえに、コンビニやスーパーでお酒の変えない僕は、アマゾンの定期便で箱ごと買うため、ストックもたくさんある。

今日は山ほど飲んでやろう。

そう考え、ゲームの電源を入れてから、二本目のお酒に手を伸ばした。



ゲームでは調子が悪く、負けが続いていた。

ゲームを初めてから6時間。

いつのまにか日は変わり、1時に差し掛かろうとしていた。

日々積み重ねたランクポイントが、どんどんと溶けていく。

強武器を持った相手キャラに無残にひき殺される。

「死ねよこいつら!きっしょ!きっしょ!」

苛立ちから、思わず叫び、コントローラーを床に叩きつける。

今日だけで、5、6回は、コントローラーを投げてしまっていて、コントローラーのスティックは、ぐらぐらになっている。

「おもしろくねぇんだよ!二度とやるかこのゲーム」

その勢いのまま、ゲームを切断し、違うゲームに手を伸ばすとしたその時、


インターホンが鳴った。


「なんなんだよ」

苛ついたままの僕は、散らかっていて足場の悪い部屋で、躓きそうになりながらも、玄関へと向かう。

ドアを開けると、隣に越してきた青井さんが僕を見下ろしていた。

「なに?」

僕は頭一つ分以上は高い背丈の彼女に対し、全力でにらみつける。

「前にも言いましたよね。日付が変わるまでは我慢してましたけど、うるさいです」

「うるせえ!僕が何しようと、僕の勝手だろうが!」

彼女は無表情で一歩前に出て僕に近づく。

「あのねぇ、前に謝りに来たよね。そのとき、二度としませんって言ったよね」

口調が変わり、責めるように喋ってくる。

「そんなの言ってねえよ!ばか女!」

僕はそれ以上聞きたくなくって、食い気味に反論する。

正直、言ったような気がする。


彼女は、もう一歩、距離を詰めてくる。

「また、お酒飲んでるでしょ。暴言吐いたらダメなこととか、未成年が、お酒飲んだらダメなことくらい学校で習わなかったの?ねえ、私が言ってることわかる?理解できる?」

なんだか、正しそうなこと言われて、頭がぐちゃぐちゃだ。

うまく反論の言葉が頭に浮かばない。

視界がぐるぐるしてくる。

「うるさい!お酒飲まないと無理なんだよ!頑張れないんだよ!僕が正しいんだ!」

何か言い返さないといけないと思い、そう口にする。

「うるさいじゃなくて、きちんと話して。それ、アルコール依存症っていうんだよ。こっちは大家さんに言いつけちゃってもいいんだからね。自分が正しいっていうなら、その理由をきちんと話して。」

変わらず落ち着いたトーンで、語りかけてくる。

なにか、なにかを言わないといけないと思うが、アルコールに侵された脳内はいろんな情報で混沌としている。


大家さん。

これだけはダメだ。

いままで、いろんなバイト先をクビになったり、バックレたりしてきて、

何とか今、安定してきているのだ。家賃も安くバイト先に近いこの家を手放す訳にはいかない。


言い返さないと、でも、言葉が出てこない。

目の前にいる彼女は、何を言っても、正論を返してくるだろう。

そう思うと、黙り込んでしまう。


「何か言ったらどう?さっきの勢いはどうしたの?」

どうしょうもない。けど、何か言わないと。

「ぅえ、あ、っあ、う」

いつもみたいに、どもってしまう。

勝てない。目の前にいるこの女性には勝ち目がない。

そう勘付いてきて、涙が出そうになる。

なんだか、目の前の存在が怖くなってきて、うつむいてしまう。

「部屋、汚いね。生活を整えないから、心がすさんで、アルコールなんかに頼っちゃうんだよ」

また、正論だ。

敗北感なのか、嫌なことが多かったからかわからないけど、涙が出てくる。

こらえないと。

目の前の彼女に目をやると、いたって冷静そうに無表情でこちらを眺めている。


あ、なんかだめだ。


今まで溜めていたものが吹き出るように、涙がボロボロと頬を伝い、地面に落ちていく。

「うぐ、うぅ」

こらえられない。

「ぼ、ぼ、僕だって、ぁ、や、やめたいのに…で、でもなんか、やめれなくって…辛いのに、頑張ってるのにぃ…誰も慰めてくれなくって…褒めてくれなくってぇ…」

顔が涙でぐちゃぐちゃだ。嗚咽と鼻水が止まらない。足がガクガクと震える。

今まで、泣くと心が折れてしまうと思って我慢してたけど、完全に折れてしまったのを感じる。

多分、もう頑張れない。

そう感じると、余計に涙が止まらなくなる。

苦しくて、呼吸が定まらない。


「ね、ねぇ、大丈夫?」

そう言って、彼女は近づいてきて、僕の背中をさする。

なにか、言わないといけないけど、言葉が出てこず、嗚咽だけが止まらない。

そんな僕の背中を、彼女は無言でさすり続けいる。

しばらく経って、呼吸がだんだんと落ち着いてきた。


「落ち着いてきたね。今日はもう寝た方がいいよ。お酒は絶対飲んじゃだめ。いい?」

うつむいているため、彼女がどんな表情をしているのかはわからないが、

さっきとは変わり、優しい口調でそう語りかけてくる。

心が落ち着いていくのを感じる。

「ぁ、あ、ぁ、はぃ、ご、ごめんなさい…」

涙は止まらないが、どうにか答えた。

「じゃあ、おやすみ」

彼女はそっと僕の頭を撫でてから、自分の家へと戻っていった。


泣いているからか、疲れ切った僕はなにも考えることなく、すぐに布団にくるまって寝た。



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