2.謝罪
やばい
昼が過ぎたころに目覚め、ぼーっとした頭でカップ麺を作ろろうとしていた僕は、徐々に昨夜の記憶を思い出し、そう感じた。
はっきりとは覚えていないのだが、僕の大声を注意しに来た女性に対して、暴言を吐いた気がする。
そしてその女性がおそらく新しい隣人であろうこと。
その女性が大家さんに相談するって言ってことも思い出し、
脳内は完全にパニック状態になっている。
本当にまずい。
この家を追い出されると非常にまずいのだ。
今までも、何回か家賃滞納しているし、今回は本格的にやばいかもしれない。
ぐちゃぐちゃになってる頭の中から、やらないといけないことを模索する。
とにかく、まずは隣人に謝罪をしないといけないことが最優先であると、僕の脳は判断した。
そこら中に散らばっている服の中から、一番汚くないやつを手にする。
こいつも汚いと言えば汚いが、今着ている幾度とない僕の嘔吐シミができている服よりはましであろう。
手にとった服に手を通しながら、ゴミだらけの玄関に進み、ドアを開け、隣人の家の前に立つ。
いざ、家の前まで来たが、なんて言って謝罪すればいいのだろうか。
考えても考えても、頭の中はいろんな情報でぐちゃぐちゃで、何言えばいいかがわかない。
どうしよう。どうしよう。
今になって余計にパニックになってくる。
手汗がにじみ、苦しくなってくる。
目がぐるぐるし始めて、やっぱり謝罪は今日じゃなくて、明日にしようと思い始めたそんな時、
目の前のドアが、ガチャっと音を鳴らし、ゆっくりと開いた。
目の前には、昨日僕が暴言を吐いた女性が立っている。
もう、頭の中のぐちゃぐちゃが止まらなくなって、
ついに、頭が真っ白になって、何も考えられなくなってしまった。
額を冷や汗が伝う。
「さっきからずっと私の家の前で立ってるみたいですけど、なにか用ですか?」
少しの静寂を挟んで、彼女はそう口にした。
僕はどうにか言葉を紡ぎだそうと、再び頭を再起動させにかかる。
そして、
「ぁ、ぁ、あ、あの、その、と、隣に住んでる..や、柳川って言います....き、昨日は......昨日はその............し、失礼なことを言ってしまって、す、すいませんでした」
と、何とか口に出すことに成功した。
言葉がうまく出ない。
僕はお酒が入っていないと、まともに言葉が出てこないのだ。
そして、また、静寂が訪れた。
こういう謝罪する時は目を見たほうがいいと思って、彼女の顔に目を向ける。
目の前に立つ女性は、昨日はぼんやりした頭でなんとなくしかわからなかったが、
綺麗な長髪で、右目の涙ぼくろが印象的なかなりの美人だ。
150cm前半しか身長がない僕と違って、すらっとした長身で、170㎝近くありそうだ。
彼女は僕を見下ろしていて、冷たい目をしている。
僕はその目が怖くて、また下を向いてしまう。
「昨夜とは別人みたいね。昨日はやっぱり酔ってたの?」
「ぁ、あの、そ、そうです。ぼ、僕酔うと気が大きくなちゃって.......ご、ごめんなさい」
彼女の問いかけに、なんとか返答する。
「でも、あなた未成年でしょ?」
「あの、えっと.....み、未成年です」
「はぁ....やっぱり。親御さんは?」
「いや、その、い....えっと、一人暮らししてます」
「ふーん。今いくつなの?」
「じ、16歳です。」
女性は少ししてから深くため息をつき、口を開いた。
「いつもあんなにうるさくしてるの?今までに注意されたことないの?」
「えぁ、その、う、上の階の人も下の階の人も......その......夜勤してる人みたいで.....よ、夜にいないから.......」
「ふーん。なるほどねぇ」
僕は何とか会話をすることに成功している。
少し脳内が落ち着いてきた気もする。
でも、まだ緊張は止まらなくて、心臓が脈打っているのがわかる。
女性はじっくりこっちを見て、それから口を開いた。
「まあ、今回は見逃してあげるから、次から気をつけなよ。次は本当に大家さんに苦情言うから。」
「え....あ..お、大家さんに、まだ言ってなかったん....ですか?」
「うん、私も昨日は眠たかったからね。」
胸にどっと安堵が溶け出した。
本当に良かった。
今働けているバイト先に一番近くて安い家がここなのだ。
「あ、あ、ありがとうございます。」
「本当に今回限りだからね。」
「は、はい..あ、あの....ほんとに二度としません」
これからはお酒とゲームを我慢しよう。
大丈夫だ。最近はアルバイトで怒られることも少なくなってきたし、いけるはずだ。
「あ、自己紹介が遅れたけど、昨日引っ越してきた青井雪奈です。これからよろしくね」
青井さんという名の彼女は、最初よりやや優しい口調でそう言った。
「あ..えっと...よろしくお願いします」
自分でも自分の声が小さいのがわかる。
か細い声だ。
僕ももっとはきはき喋れたら、もっと生きやすいのに。
「じゃあ、私これから用事あるから、じゃあね」
青井さんはそう言って、家の鍵を閉めて、去っていった。
僕はその背中を見つめながら、とてつもない安心感で心がいっぱいになっていた。
しかし、最近はお酒を飲まない日がないくらい飲んでいたけど、本当に僕がお酒をやめれるのだろうか。i
お酒を飲んだ時の感情が解放できる感覚が楽しくて、いつもお酒に手を伸ばしてしまっている。
たくさんの安心感と一抹の不安感を胸にしながら、僕は家に戻った。