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8.たまに不安の波が来るのです

「ああ、やらかしてる感が辛い」


横抱き抱っこの失態を引きづりながら用意された広いお部屋でつい愚痴る。


「チドリ様、吐き気が落ち着いているようでしたら、お茶でもいかがですか? 気持ちが落ち着くかもしれませんよ」


穏やかな馴染みのある表情と声に改めて思った。


「ありがとうございます。ジャスミンさんと一緒で本当に良かったです」


「ふふっ、私も同行できて嬉しいですよ」


私は、本来とても臆病で人見知りの人間である。


でも、元の世界では周囲には上手いこと溶け込んでいるように思われていた。私も、ある時期までは、まぁ平穏な生活を送れていたのは思うけど。いまとなっては正直よく分からない。


コンコンッ


「あら、心配性の方は支度が早いですわね。チドリ様はそのままお座りになっていて下さい。お茶を淹れてまいりますわ」


「でも、ジャスミンさんも疲れているだろうし、そんなに急がなくても」


引き止めるも彼女はニコニコしながら行ってしまった。


「落ち着きましたか?」


入れ替わりに現れたのは、ルモンドさんだ。


「あれ?」


たった今、お茶を淹れに行ってくれたジャスミンさんとは逆の方向から現れた?


「ああ、続きの間から来たので。あの先が寝室でその隣にも部屋があります」


「あ、本当だ」


カーテンのような薄い布が沢山下がっているから気づかなかった。


「だいぶ戻りましたね」

「え、大丈夫です!」


手袋をしていない手が頬に添えられ、覗き込むようにじっと見つめられたので、恥ずかしくて顔を動かし、その手から逃げた。


「あ、ごめんなさい」


ちょっと無理やり振り払ったかも。ルモンドさんは、体調を気にしてくれているのに嫌な気持にさせてしまったかな。


「謝ることなんてありませんよ」


穏やかな笑み。綺麗な空色が三日月になった。ふといつもと違う彼を観察してしまう。


暑い気候の場に合わせたのか薄い見慣れない服に着替え、お風呂にも入ったのか少し伸びた前髪は後に流され色気というか、カッコ良さが増している。


「ル、ルモンドさん!?」


急に引き寄せられ抱きしめられた。いきなり視界もルモンドさんのシャツ一色になり、それだけじゃなくて伝わる体温や石鹸の香りにクラクラする。


「何か、悩んでいますか?」


いきなり核心を突かれて身体に力が入ってしまった。あわてて力を抜いたけど、この人が気づかないはずはない。


「自分の問題なので大丈夫です」


悩みという大層なモノじゃないんです。ただ、ふと、こういう生まれの違いを見せつけられた時に思ってしまうんですよ。


こんなカッコイイ出来た人の側にいて、本当によいのかなって。


「チドリの大丈夫は、大抵は大丈夫ではないから気になるな」


言葉を崩したのは、吐き出しやすいようにわざとだよね。


「……どうしたら強くなれますか?」


元の世界でも勉強は中の中がやっと。運動もどんくさいし、お母さんには成績表を見せる度にため息をつかれていた。


ああ、違う。

そうじゃなくて。


「──私は、ちゃんと生きられていますか?」


私がモタモタしていて助けられなかった、目の前で消えていった人達の分まで。


ゴツン


「いたっ」


腕が緩んだかと思えば、オデコに鈍い痛みが。どうやらルモンドさんが額をぶつけてきたらしい。


「そうですね。まず、今から私をさん付けで呼ぶのは禁止します」


え、話が噛み合ってないですよね?


「今、話が通じてないと思っているみたいですが理解していますよ」


「でも、呼び方とか関係ないのでは」


何も言うなという笑顔をもらったので、慌てて口を閉じたら、いつものクスクス笑いになってホッとするも。


「先程言いましたが、私の想いが未だにちゃんと届いていないのだと実感したので。まず、呼び方から変えましょうか。あの若造には今も、これから先も割り込んでほしくない」


想いって、姫抱っこの時? 人前で、頭にとはいえキスされたりした恥ずかしさで一杯になっていたから、あまり覚えていない。


いやいや、それより一国の王子様を若造とか誰かに聞かれたら不味いですよ。焦る私をよそに、ルモンドさんはのんびりモードで、なにやら呼び方を考えているようで。


「あぁ、幼少期に両親や兄弟にはルーと呼ばれていました」

「ルー?」


なんか、動物っぽくて可愛い。


「懐かしい。もう一度呼んでもらえますか?」

「え、ル、ルー?」

「はい。チドリ」


なんか、気まずいというか、空気が。


まだ、真っ昼間なんですが。


「チドリ様、冷たいお茶をお持ちしましたわ。ルモンド様には熱いお茶でよろしいですわね」


ジャスミンさんは、ノックと同時にカートを押してずんずんと近くにきて、次の瞬間、乱暴にルモンドさんの前に見るからに煮えたぎったお茶を置いた。


「な、なんかグツグツしてますよ?」

「適温ですわ」


これ、飲んじゃったら酷い火傷になりますよね。いつもと違う彼女は、ルモンドさんに冷ややかな視線を送り一言。


「チドリ様が穢れます」


いや? なんか、どうしちゃったんですか?!


しかも、それで終わりではなくて節度をもちなさいというような事を遠回しながらも、かなりの時間をかけ、ルモンドさんにネチネチ言っていた。


この旅で、まだ知らないジャスミンさんを知ってしまった気がする。


「お茶、おいしい」


ハキハキしている彼女も好きだなと彼女が用意してくれた冷たいお茶を飲みながら、二人を眺めている千鳥の口元は、本人も知らずのうちに、いつもの、ふんにゃりとした笑みに変わっていた。










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