7.いちゃつく夫婦と苛立つ殿下
馬車の扉が開けられた瞬間、じんわりとした馴染みのある暑さを感じて梅雨の時期かなと思ってしまった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
置かれた踏み台に足を着地させながら心の中で一人呟いた。ここは異世界で元の世界を思い出してもしょうがないのになと。
「チドリ様」
「あ、ジャスミンさん、すみません。浮遊感が残っているだけだと思うので。もう大丈夫です」
意識が他にいったせいで、よろめいた。すぐに横からジャスミンさんが支えてくれてコケるという醜態は回避できました。
私、なんか出だしから足を引っ張ってますね。
「まだ少し顔色が悪いですね」
「うわっ」
ルモンドさんが、長身を屈めて私の顔を覗き込んできたと同時に身体がゆっくりと浮いた。
「まって!」
少し先に立っている人達からの視線がビシバシと飛んでくる。いえ、挨拶もまだしてないし、そもそも失礼ですよね。
自分が一番分かっていますよ!
「ルモンドさん! 流石に不味いですよ!」
私達って、実は国の代表みたいな感じですよね。 それなのに初対面が姫抱っこなお客様だなんて印象が悪過ぎるよ。
「体調が悪いのですから。礼儀は関係ありません」
「しかしですね」
「チドリさん。私は、挨拶といえど妻の手に触れてほしくないんですよ」
そんな独占欲なんて、しかも私になんて持っているはずない。仲良く見えるように小芝居をしているのが正解ですよね?
「──未だに私の気持ちが伝わりきっていないのは少し寂しいものですね」
「つ!?」
頭にキスが落ちてきた。
いつも優しいけど、なんか今日はソレとは違う。
クッ
周囲の生温い視線に耐えられず、腕の中で精一杯小さくなるしかなかった私にルモンドさんは、小さな喉の笑いと共にまた頭にキスをしてきた。
「噂に違わず仲がよくてなにより」
そんな緩い空気が低い声威圧的な声により霧散した。
「ようこそ。フランネールへ」
他の人よりも数歩前に出ているダークブラウンの髪とは対象的に鮮やかな赤い瞳の人こそ。
「私は、グレイン・ミロ・ワ・フランネール」
やはり噂の王子様だった。
「聖女に挨拶をしたいのだが?」
王子様の服は、薄い生地を重ねた赤い色の服ですけ感があり涼しそう。安っぽく見えないのは豪華な刺繍がされているからかな。
見ただけで鍛えられていると分かる褐色の肌と瞳の色にとても似あっていた。
「あの」
「申し訳ない。初めての空の旅で酔ってしまったので休ませてもらえれば助かる」
観察している場合ではなく、話さなくちゃと口を開くも、被さるようにルモンドさんが話し始めたので、私の小さな声は消えてしまった。
「そうか。では後程、落ちついたら話そう」
赤い瞳と目が合ってしまった。視線を外したい!けれどあからさまには失礼だよねとグルグルと頭の中で考えていたら。
「──聖女、楽しみにしている」
……怖いよ。
何ですか、その溜めた間は。笑っているけど絶対に苛ついているじゃないですか。
「では行きましょう」
抱かれている腕が強くなったように感じて上に視線を向ければ、ルモンドさんが私に微笑んだ。
『心配いりません』
ルモンドさんの表情は、そう言っている気がした。
「見せつけてやりましょう」
小さな声の主は、ジャスミンさん。
「えっと、何を?」
思わず聞き返すと。
「とりあえず腕の中で胸に顔でも寄せておけばよいのですわ」
あ、まだ抱っこされたままだった。
「あの、本当に大丈夫なので降ろしてください。フベッ」
強く引き寄せられルモンドさんの胸に押し付ける形になったほっぺが潰れた。
「は、恥ずかしいよ」
「大丈夫、大丈夫」
「そうそう。首に腕をまわしても良いですわね」
「ジャスミンさん、難易度上げないで下さい」
ルモンドさんのよく分からない大丈夫と高度な指示をしてくるジャスミンさんに混乱しながら結局、部屋の中の椅子に辿り着くまで降ろしてもらえなかった。
「恥ずかしすぎる!」
「チドリさんは、いつまでたっても恥ずかしがり屋ですね」
「う〜、こんなの慣れるわけないじゃないですか!」
ルモンドにより大切に横抱きにされ頬を染めたチドリの姿は、大勢の目に留まる事となり、あっと言う間に格好の話題を城内の人々に提供したのだった。