6.ルモンド・メイルの回想〜拒否権のない提案は〜
「ルモンド・メイル。聖女と共に暮らす気はないか?」
喚ばれた聖女が驚異的な回復と攻撃力を増加させるという能力を惜しみなく我々に注いだ結果、化け物は消滅した。
ただ、化け物が通過してきた各国、また我が国は寸前で王都への侵入を防いだとはいえ被害は甚大だった。
そのような情勢が落ち着かない時期に陛下に呼ばれ問われた。
「……何故と伺っても?」
陛下の他には宰相のみ、あとは影と腹心の警護数名の部屋に踏み入れた時から何か予感はしていたが。
「私の孫達と大差ない歳の娘を近隣諸国に渡すには不憫でな」
陛下の孫娘。というと。
「未来ある聖女には相応しくはないかと」
「姉上の孫のそなただからだと答えれば納得するか? 今、生き残っている者達の中では地位と年齢で選別した結果、お前しかいない」
賢王と呼ばれる陛下が戯れに命じている事ではないとは一目瞭然だった。
いくら血族といえど私に否と言える権利はない。
「聖女は、納得しているのですか?」
情勢が乱れている他国よりは、我が国は安定はしてきているが。
まだ若い聖女を取られないようにする為とはいえ、とうてい納得は出来なかった。
「聖女は、神殿にいるのは知っているな? 会って決めるがいい」
私からの問に陛下からの答えはなかった。
「ルモンド、時間はないぞ」
宰相にとどめの言葉をもらい、納得のいかないまま辞した。
***
「チドリ様をお呼び致します」
「いや。いきなり知らない者が来て不安になられたら困るので。離れた場所から様子を見れたら充分です」
「お優しいですね。畏まりました」
昔から顔なじみの神官長に微笑まれたが、なにやら勘違いしている。ただ会いに来ただけだと言う前に彼女は案内しますと背を向けられ、仕方なく付いていく。
「ソニアさん、こんな感じですか?」
「はい。上手ですよ」
「ありがとうございます!」
戦場で見た以来の聖女は、どうやら昼食の準備を手伝っているようで、その様子は随分と楽しげだった。
「チドリ様は、最近、笑みを見せるようになりました」
神官長は、何か言いたげに澄んだ緑の目を向けてきた。
「音が響くので静かに」
一度神官長の部屋に戻り、神殿の状況などの話を聞いた後、再び案内されたのは祈りの間だった。
私は、自分の力しか昔も今も信じてはいない。だが、天井から降り注ぐ柔らかな日差しの下で膝を付き頭を下げている姿は、神々しく見えた。
しかし、それは一瞬だった。
「助けられなくて、ごめんなさい」
とても小さなその声を耳にした瞬間、彼女の姿が一気に聖女から、ただの人に見えた。
「ここに居る皆ともとても仲が良いのです。現に大変な作業も楽しそうに手伝って下さるのですよ。でも、ふとした時に、チドリ様の気配がとても薄くなるのです」
ただ陛下に婚姻をと言われただけで、何も聞いていない私は、困惑した。それだけではないと神官長は顔を曇らせた。
「ほぼ、毎晩うなされているようです」
ああ。
アレを見たのだ。
千切れる体。
足場のない地面。
嗅覚が瞬時に麻痺するほどの臭い。
「チドリ様は、気温差が苦手なようで体調を崩しやすい方です。個人的な願いになりますが、この国は、隣国より遥かに気候が安定していますので、この地に留まって頂けることが最善かと」
陛下から話はいっているのだろう。
神官長からの視線を外し、結局聖女とは言葉を交わす事なく神殿を後にした。
この時は、まだ伴侶にという気持ちは湧いていなかった。
「団長、久しぶり」
「シャート。傷はいいのか?」
「そんなの口実に決まっているじゃないか」
体調が思わしくないという理由から休暇中だったはずだが、確かに顔色も良い。
「ほら、陛下にも報告済だけど」
それは、隣国の動きが記されていた。読み進める内に苛立ちが増す。
「どうする?」
「陛下の影をお借りする」
「お〜怖っ」
読み終えた紙が黒い粉と化したのを見て大げさに騒ぐ男にため息がでた。
聖女をその血が欲しいが為のあからさまな文面を見て数日前に見た彼女の姿が浮かんだ。
「シャート、悪いがもうひと働きしてくれ」
「仰せのままに」
この時から、私は彼女の意思を確認しないまま婚姻を進める決断をした。
***
「誓いますか?」
「誓います」
私は、忠誠を示す手の甲に触れた。
否、それだけでは足りない。
我々は、この人の人生を大きく変えてしまった。私は、聖女の裾に手を触れ、そこにも口づけを落とした。
騎士がこの行為のする意味は、服従であった。
ザワリ
周囲の変化を感じとったのか。花嫁は、体を震わせていた。