4.船酔いではなく馬車酔になったようです
「あの、もうだいぶ回復しましたから」
「まだ顔色が悪い。体調が良くない時は我慢せず教えて下さい」
隣国、フランネールへと出発して直ぐに私は酔った。船酔いではなく馬車酔である。
いえ、馬車は馬車でも空飛ぶ馬車なんですよ。私は、当初、山岳地帯を越えるとなると陸路かと思い込んでいたのだ。でも、事前に空路だと知らされたのですが。
まぁ知識だけではどうにもならない時はあるよね。
だって、こんなにアップダウンが激しいなんて遊園地の乗り物並ですよ。いや、乗り物なら短時間で済むし遊園地でギブアップなんてした事はなかった。
そう、この揺られる時間が長いから余計に酔うんだ。
「もう少し寄ってもらわないと落ちますよ」
しかもですね。ルモンドさんの膝枕なんですよ。
恥ずかしいやら情けないやら。そんな時、涼やかな声が投げかけられた。
「チドリ様。そちらだと進行方向が逆になるので此方に移動してみませんか?」
ジャスミンさんが、救いの手を伸ばしてくれました!
「はい!」
勿論、断る理由はない!
「ジャスミン嬢」
頭上のルモンドさんの声がほんの少しだけ低くなったような。どうしたんだろうと彼の顔を見る前に再びジャスミンさんに名を呼ばれ、彼女に視線を合せればニッコリと微笑えみほっそりとした手を差し伸べてくれた。
「チドリ様にはその膝は硬すぎますわ。さあ、ゆっくり此方に」
「ありがとうございます」
ふぅ。最初は同行してくれる人がジャスミンさんと知って驚いた。着替えとかお世話をしてくれる人が必要なのは分かる。でも、ジャスミンさんや此処にはいないレイリアさんは、生粋のお嬢様である。
「え、あの?」
「足も上げて膝を少し曲げると楽ですよ」
ゆっくりと、でも何故か抵抗できずに体を傾けられて着地したのはジャスミンさんのお膝でした。
いつの間にか靴まで脱がされている。
「少し眠くなりますが、そのまま受け入れるようにしてみて下さい」
どうやら魔法を使用してくれたようで、ふんわりと見えない毛布に包まれた感覚に、無駄に力をいれていたのか強張りがが抜けていく気がした。
「私達だけしかおりませんから、ゆっくり休まれて下さい」
背中に置かれた温かい手と言葉を聞きながら、私は気持ち良い眠りの誘いに抵抗せず、ゆっくりと目を閉じた。
* * *
チドリ様が、深い眠りに入った事を確認してから目の前の男に忠告する。
「ルモンド様。最愛の方が心配なのは理解できますが、構いすぎは時に負担になりますわ」
相変わらずチドリ様の前以外でのルモンド・メイルの表情筋は死んでいる。
本当に甲斐甲斐しく聖女の世話をする時の、その顔は別人だわ。冷めた瞳が不意に私に向けられたので応えた。
「空中戦なんて久しぶりですわね」
先程から違うモノの気配が馬車の周囲を漂っていたのだけど、その距離が近くなったので人数が判明した。どうやら五名ね。
「貴方は、彼女の側に」
どうしようかしら。悩んだのは数秒。
「では、お手並みを拝見させていただきます」
なにより、膝から可愛らしい頭を降ろしたくない。
王妃の影として候補になっていた私は、いまや外された事を嬉しく思っていた。
「なかなか手厳しいですね」
「あら、当たり前ですわ」
貴方の宝だけではなく私やレイリアにとっては、とても大切な主でもあり友でもあるの。
「チドリ様がお目覚めになる前にお戻り下さい」
私達の友を不安にさせるなんて事はありませんわよね?
「勿論」
音もなく瞬時に彼が消え二人きりになった。
「チドリ様は、独占欲の強い方に捕まりましたねぇ」
「うん、うん」
「ふっ」
つい、タイミングよく寝言で頷いているチドリ様に吹き出してしまったわ。
「レイリア、私もまだまだなようだわ」
貴方の分までこの方を守るから安心なさいな。