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目の前のたんこぶ

第6話

~目の前のたんこぶ~




その城は眠らない。

いついかなる時も煌々と輝いている。

昼を映射する陽のように。

夜を払拭する月のように。

燦然と。

絢爛と。

全てを浄化するかのように。

全てを消し去るかのように。

その城は眠らない。

故にその城の住人は夜を知らなかった。





さて、それはこんな話だ。





「ふうん。じゃあその子の家事の腕とやらを見せて頂戴。」



腕組みをしながら呆れ顔のメリーさん(若い)が四人目の来客を疑いの目で見ながら言った。

その視線は明白に上から目線であり、ふんぞり返るという表現が良く似合う。

高みの見物とばかりに鼻を鳴らして腕を組んで椅子に座っている。



「……任せろ。」



意気揚々気力旺盛にベルが食器を魔力で宙に浮かせる。

(ただでさえ少ないのに三人分しか用意されなかった粗食を仕方なしに四人で分けるという質素極まる)夕食後ということもあってか、ベルに料理をやらせるというのは後回しにされた。彼女に刃物を持たせるのはメリーさん(若い)自身も割と怖かったという理由もあるっちゃあるのかもしれない。

有角人特有の野暮ったい民族衣装の裾を謎の風圧によって無意味にはためかせ、ベルは鼻息荒く手を伸ばした。

フンスと周囲に聞こえるぐらいに力んだ吐息が漏れ、適度に汚れた食器は泡立つシンクの中へと譲り合うように控え目な軌道を描いて飛んでいく。



「へぇ。便利ねぇ。これ、洗うのもできるの?」

「……できる。」



メリーさんがわずかに感心したような目をした。

ベルの方は得意気にゆらゆらと服の裾と己の肩を無駄に揺らしている。

開かれたベルの五指が人形を動かすような指使いをし始め、その途端に食器達が自分からクルクルと回転し始めた。

その場にいるものは小々様々なリアクションを見せたが、当のベルは不思議そうに皆の顔色を窺っていた。



「……洗わないの?」

「ああ、ここから先は手動なのね。魔法で洗ったりはできないのね。」

「わしゃわしゃ動かせば、できる。けど、わしゃわしゃ、ない……なくない?なくなくない?なくなくなくなく――」

「わしゃわしゃっていうと……えっと、多分ブラシの事かしら。ウチは基本的にスポンジよ。」



きょろきょろと周囲の物を見回すベルを見て、メリーさんが棚から新品のスポンジの束の封を切り、一つを取り出してベルに手渡す。



「これよ。これで洗うの。」

「全然わしゃくない……。」

「何でガッカリしてんのよ……。」



ふと見ると、フィオナがおかしそうに目を細めて二人のやり取りを聞いていた。

レオもユッタも何がそんなに面白いのかとフィオナの顔を仰いだが、フィオナはただ口の端を吊り上げて喉の奥で笑うだけだった。



「あー本当に、こういう子が一人いると助かるわねぇ。どこかの三人組は手伝いもロクにしないからねぇ。」



メリーさんがこれ見よがしに皮肉を言う。

事実、三人はこれまでに一度たりともメリー・メリー・メギストスにおいて一般に家事と呼ばれる類の事はしていない。

それもこれも。



「どうして、料金を支払う側がやらなければいけないんですか。」



フィオナ嬢のこの言葉に全てが集約されている。

レオもユッタもそれが当然の権利だろうとメリーさんを一瞥した。



「あのねぇ。そういうのはツケを全部支払ってから言って頂戴。」



メリーさんは腕を組みなおして溜息混じりにそう言うだけに留まったが、それを見上げるベルの不思議そうな顔を見て肩を竦めなおして一言。



「……この子の分の料金はまからないからね。」



小さく誰かの舌打ちが聞こえた気がした。



「よし、ベルの事はメリーさん(若い)に任せて、俺は報酬の方を受け取りに行くか。」



レオがこの場から逃げ出したいといった様子を、誰に隠す事も無しに声を上げる。

表情は疲労が色濃く残っているように見えるが、その下に据え置かれた肉体は艶めくような健康体だ。



「あ、じゃあ僕も。」



ユッタもそれに続き、部屋に鎧を取りに行くレオの後を追う。

その途中で牛歩のレオをアクロバティックに追い越して、ユッタの方が先に二階の部屋へと入っていった。

それらを見送るのもそこそこに。

メリーさんがベルの手の中で形状が変わる程に固く握りしめられたスポンジを優しく解放してやり、無惨に縮こまったまま元に戻れなくなったそれを部屋の隅のクズ籠の中に勿体なさそうに投棄した。



「はあ……そろそろお風呂沸かすけど、二人は一緒に入っちゃってね。勿体ないから。」

「えっ。」

「お風呂……?」



フィオナは嫌そうに、ベルは何それといった表情でメリーさんを見た。



「何よ?文句あるの?宿賃未払いのお客様。」

「……ないです。」

「お風呂……風呂……水、浴び……?」



ベルが虚ろな目で頭をぐわんぐわんとしていたが、メリーさんは気にも留めずに風呂場へ去っていった。

フィオナは何とも言えない表情でベルを見つめている。



「一緒にって……。」

「……?」



ベルはまだ得心していない顔だった。

その内、風呂場から水の流れる音が響いてくると、フィオナも観念したらしく、椅子に腰かけて腕と足を組んで目を瞑った。

それに習ったベルが別の空いている椅子に座り、床に付かない足をブラブラとさせて退屈を凌ぐ。

ベルは隙を窺って何度かフィオナに声をかけようとしたし、それはフィオナの方も同じ事だったが。

結果的には、ただ無言の空間だけがその場を支配していた。

閉じた瞳をほんの少しだけ開いて、流し目でベルを見るフィオナ。

退屈そうに口を尖らせながら、地蔵のように動かないフィオナを見るベル。

ひたすらに居心地の悪い時間だった。

メリーさんは湯を沸かすついでにそのままバスタイムに突入してしまったのだろう。

風呂場の方から鼻歌のような高い声がかすかに聞こえて来る。

その高らかなノイズをBGMにして。

無言の二人は手持無沙汰に困っていた。



「…………。」

「…………。」



やがて。



「おい待てユッタァ!この鎧見た目以上に重いんだぞユッタァ!ざけんなユッタァ!」

「だから、遅いんだよ、レオは。この高度ユビキタス社会じゃあ、そんなノロマは通用しないよ。」

「ユッタァオラァ!お嬢を悪く言うのは許すが、俺を悪く言うのは許さんぞユッタァ!」

「ははは。観光客のカタツムリかな?」



やかましいのが降りてきた。



「ヘーイレオ。ヘイヘーイレオ。」

「ユッタァ!」

「あのアホ共は……。」



もっけの幸いと二人に目を向けたフィオナが呟いた。



「あっ、お嬢。ちょっと早いかもだけど、もう行くね。」

「ええ。次はちゃんと報酬を貰って来て下さいね。二度目はありませんよ。」

「うっ……善処します……。」



フィオナ嬢が盛大に溜息を吐き、レオが首の後ろに冷や汗をかく。

レオの鎧はそのところどころを軽く凹ませ、経年の劣化にも見えるおぼろげなカスリ傷を多量にその鈍色の全身に漂わせていた。

その鎧はわざとみすぼらしくしてあるのだ。

経緯を知らぬ者が見れば相当な苦戦した後の鎧に見えるようにしてあるのだ。

それを見た者は例外少なく大変な激戦を脳裏に浮かばせる。

そう。言わばそれは頑張ったアピールをする為の鎧なのだ。

明らかに新品の姿で報酬を受け取りに行けばその仕事の真贋を問われてしまう。

外見だけで余計な疑いを持たれるのはもうこりごりだという執念がその鎧には宿っているかのようだった。

レオとユッタはフィオナの刺すような視線に追われて、急ぎ足でメリー・メリー・メギストスを出て行った。

開けた時に扉の鈴がリンリンとけたたましく鳴り響き、消えた街灯から伸びた長く暗い夜が二人の足元を伝って部屋の中にまで入り込んだ。

それも束の間、目と鼻の先に燦然と君臨する不夜城が眩しいほどに光り輝く。

コーディン・ホテルは眠らない。

街一番に明る過ぎるその一角は、メリー・メリー・メギストスの背に長い長い闇の帳を浮かび上がらせる。

身体の前半分だけを明るい色に染めた二人がコーディン・ホテルの強い光に導かれるように駆けて行き、その光景を見送る扉がバタンと閉まって、一度だけチリンと答えた鈴の音が手向けの言葉を結んだ。



「お嬢は行かない、の……?」

「……あん?」

「二人と、一緒に……。」

「こんな夜中に外へ出かける気になりますか?私はなりませんよ。」

「……そっか。」

「ふあぁ。メリーさんが戻り次第、入浴を済ませてとっとと寝ましょう。良い子は寝る時間です。」

「そうなの……?」

「そうなの。」



絢爛を誇る外の光景など露知らず、メリー・メリー・メギストスは陽気に暗い。

土と木と石で作られたありふれた壁と床と天井が、頼りなく揺れるランプの火のせいでいつもより狭く見えた。

揺れる炎が暗闇をも揺らして、フィオナもベルもまた無言に戻った。

だらしなく揺れるベルの足。それだけが置時計のように時間の経過を刻々と刻んだ。



「上がったわよ。あなた達もさっさと入っちゃって頂戴。終わったらいつも通り栓は抜かずに蓋だけ閉めておくこと。」

「はいはい。」



白い湯気を体中から立ち上らせるメリーさん(若い)が上機嫌に脱衣所から出てきた。

それとすれ違うようにフィオナが立ち上がり、呆けたベルの手を取って立ち上がらせようとする。

その様子が年少な妹にたどたどしく世話を焼く姉のように見えて、メリーさんはほんわかふわふわした気持ちになった。

ぎこちないフィオナの行動にベルの方も少し悪戯心が湧いたのか。



「ほら!立つ!」

「いー!」

「いーじゃない!」



椅子に座ったまま駄々をこねるようにジタバタともがいた。



「はよ!」

「いー!」

「いーじゃない!」



所変わって。

星と夜目の小さな手掛かりを頼りに、夜道を歩く二人の姿があった。

月は既に地平線に沈み、足元に伸びているだろう影は地面の色に溶けていた。

片方は光沢が失せた鎧に数少ない光を反射させて、銀色の背格好をぼんやりと道路の上に浮かばせている。

もう片方は漆黒のマントの間に目だけが光を捉え、中空に猫のように目だけが浮いて見える。



「余裕で間に合いそうだね。」

「まぁ、向こうも早めに来て待ってはいるだろうよ。」



小さな雲に翳る空からの弱気な光に懐中時計をかざすユッタ。

レオはその軽やかな背中をえっちらおっちらともたつきながら追っている。

壁なのか道なのかほとんどわからない道なき道を、ユッタのマントの端を掴んでなんとか引き離されないように。

かそけき星光を辿るユッタの背中はいつになく頼もしい。



「あ、ここだ。」

「うおっと。急に立ち止まるなよ。」



何かの目印でも見つけたのか。

ユッタはピタリと踵を止め、それに追突しかけたレオがつま先でブレーキをかけた。

四方八方をこれでもかと見渡し、耳を澄まし、時には壁に手をつきながら。



「うん、間違いない。」



ユッタは一人頷いた。



「よし、じゃあ日の出まで待つか。」

「そうだね。」



レオが手探りで見つけ出した壁を背にして座り、ユッタもその横で壁にもたれた。

二人は静かに目を閉じ、瞼の外と変わらない光景を見て辟易した。

じきに空が白み始めるとはいえ、今はまだ。

レオの疲れ果てた呼気と、ユッタの浅い呼吸音が、じっと夜風に流されていく。

無言のまま。

街の遠くにおぼろげな光が見える。

多分、コーディン・ホテルから発せられる騒がしい光だろう。

街の名物として、象徴として、あの光が消える事はない。

あれが消えたのを最後に、交易都市ヘレルダイトは新しい朝を迎えるのだ。



「結局さぁ……。」

「ん?」

「あの子、どうすんの。」

「お嬢が案外気に入ってたみたいだからな。好きにさせれば良いさ。」

「……レオはのんきだね。」

「死なないからな。野となれ山となれ、だ。」

「……もう諦めてるんだね。わかった。それなら僕もあんまりとやかく言わないようにするよ。」

「ま、お嬢にも年の近いお友達ができて良かったんじゃないか。なぁ。」

「お友達ねぇ……。」



ユッタはそれきり口を噤み、夜風に髪を吹かせた。

レオももう語る事は無いと言ったように腕を頭の後ろで組んで黙った。

静かに瞬く遠方の光が徐々に明るみ行く空に押されている。

そろそろ展望の先に陽の頭でも覗かせようかという時だった。

ユッタが何かに気付いたように素早く立ち上がり、一瞬ユッタを見上げたレオも数秒遅れて腰に付いた砂を払いながら立ち上がる。

それから少し遅れて、不自然なくらいに足音がしない馬が二人の近くまで駆けてきた。



「……随分少なくなったな。」



薄暗い夜明け間近に立ち昇る二人の影を見つけた恰幅の良い仮面の男が、鳴き声すらろくに上げない行儀の良い馬から降りて、足音を隠すように二人の前まで歩いてきた。

それと同時に小さく零すような呟きを発する。



「本日は真に――」

「おっと、余計な口上は必要ないぜ。おい、例のだ。」

「ん。はい、どうぞ。偽物じゃないのは、見ればわかるよね?」

「…………認めよう。」



男を遮ったレオの一声で、ユッタが懐から見事な一本角を男に差し出す。

それを認めた男の目が数瞬ギラついた色に染まり、瞬きと同時にその色をどこかへと隠し去った。



「ん……?男の角だけ……?女もいたはずですが……。」

「女の方は男が死んだ後に逃げた。全力で逃げられたら角付きの女を追うのは無理だ。悪いが諦めてくれ。」

「…………チッ。」



男は下を向いて露骨に舌打ちをしたが、それは二人に対してというよりは有角人の女に対してという感じだった。

二人に対して不満があれば、二人の方を向いてこれ見よがしに舌打ちをしただろう。

悠長に憎悪に耽る男をさておいて、レオはもう待ちきれないといったように話を切り出した。



「で、報酬についてだが……。」

「男の角一本です。500では?」

「500だぁ?ナメてんのか。」

「いや、万って事でしょ。」

「いかにも。」

「分かっとるわ。だとしてももう少し勉強できるだろって言ってるんだよ。」



ユッタがやれやれと言った様子で肩を竦め、男の顔が更に歪んだという事を口外に伝えていた。



「……いかほどをお望みで?」

「700だ。」

「700……相場を知らないのか?」

「どうだかな。嫌ならやめても良いんだぜ?取引相手には困らん。」

「…………これだから傭兵は。」

「おっと?」

「変な気は起こすなよ。こちとら角付きを相手にして勝ってるんだぞ。」



男が目を瞑る。その口元がわなないている事から、若干の怒りと緊張を孕んでいるのが分かる。

服の袂に手を忍ばせた事からも、交渉は決裂の様相を呈してしまったようだ。

男は身震いと共に長い溜息を吐き、そして睨み上げるようにレオの目をじっと見た。

その瞬間。



「ッ……!?」



死んだように妖しく瞬くレオの瞳に既知外の戦慄を覚え、男は冷や汗と脂汗をどっと噴出して見せた。

感情の色が失せ、瞳孔は開き、そして得体の知れない何かが潜んでいるような。

おぞましい何かがその目の奥から這い出て来る。そんな不安の片鱗が男の脳裏を駆け巡った。

狼狽した男の痛ましい動揺が仮面の上からも見て取れる。

逡巡の後。

視線がうろうろと、レオとユッタとそれから昇り始めた太陽を見て。



「……良いでしょう。それで手を打ちましょうか。」



男の心は目の前の恐怖に屈した。



「商談成立。お前さんの頭の良さに免じて、帰るまでの身の安全は保障しておいてやるよ。」



それを聞いた男は、慌てたまま小切手にサラサラと文字を書き入れてレオに渡すと、ユッタの手に握られた一本角を乱暴にひったくってから馬に飛び乗った。

そして、別れの言葉すら発さずに脱兎のように去っていってしまった。



「ククク。お嬢直伝の交渉術。やってみるもんだな。」

「ああ、何か使ったの。あの人急にワタワタしだしたからどうしたのかと思ったよ。」

「うへっ、目痛ってぇ。超痛ってぇこれ。やっべ、これ。目ん玉取れそう。あ、小切手の方は問題ないか?ちょっと見てくれ。」

「調印は正しいし、額もちゃんと700だね。当分遊んで暮らせそう。」

「これで滞納してた家賃も払えるな。メリーさん喜ぶぞ。」

「お嬢は……。」

「多分、1000ぐらい軽くふんだくって来いよって文句付けて来るな。あ、痛ってぇ。やっべーこれ。」



二人は意気揚々と日の出に影を纏いながらメリー・メリー・メギストスへの帰路へとついた。

無事にねぐらに舞い戻るまでが遠足なのだ。

途中、レオの両目が眼窩から勢いよく飛び出し、視神経の紐をブチ破ってコロコロと朝市の石畳の上を散歩する光景が二回ほど見られたが、悲鳴が上がった瞬間にその場から逃げ出す事でなんとか事なきを得た。

それ以外にハプニングは無く、二人は爽やかに眩しい朝の陽ざしを浴びる馬車に乗り込み、しばしの安息に体を休めるのだった。







第7話 ~コーディン・ホテルからの刺客~ へ続く







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