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ホワイトデイ

第31話

~ホワイトデイ~




そいつには随分てこずらされた。

何せ月すら出てない夜中の事だ。見えるものも見えやしない。

一瞬見えた次の瞬間にはすぐに見えなくなってしまう。

狭い部屋だったが、そいつは随分広く使っていた。

つまるところ、使い方なのだ。

体を刻まれれば刻まれる程に、そいつの事がわかった。

体重のかけ方。得意な角度。そして次に何を考えるのか。

だがしかし、それでも尚、そいつの速度には敵わなかった。

ではどうするか。簡単な話だ。

くれてやればいい。首を。

こちらの目論見通りに、驚きで動きが固まったそいつ。

後はなんとかしてくれるだろう。

そうして床から見上げた顔は、部屋が暗くて良くは見えなかったものの。

それは驚きの表情と言うよりも、むしろ一目惚れした時の少女のような甘い表情だった。





さて、それはこんな話だ。





白い蛾がエントランスの中をフラフラと彷徨い飛んでいる。

ただ飛ぶだけでなく、白い雪のような鱗粉を撒き散らしながら。

先程と何ら変わりのないその光景は、見慣れた絵画のように同一だった。



「こいつの魔石は潰してなかったな。ぬかった。」

「さっさと砕いてしまいましょう。どうせ、雑魚です。」

「任せろ。」



どこか陰鬱としたベルの手から、これまた見慣れた光線が発射される。

その光線はバチバチと怒髪を振り乱し、龍のような長い身体でもって、白い蛾までの空間を枝折れしながら走り渡る。

空気を焼き焼き進み、白い蛾の頭部を覆い尽くしてその悉くを電熱によって溶き解した。

終わってみれば、なんのことはない。

白い蛾は首無し地蔵のように死に伏して動かなくなった。



「やってやった。」

「よくやったクソガキ。よし、魔石を砕くぞ。」



レオの剣が白い蛾の残骸に触れるか触れないかという瞬間。

白い蛾の首元が痙攣を起こしたように震えあがった。



「うおぉっ!?」



その勢いに弾かれ、レオは後退る。

ビッタンビッタンと暴れている虫の憐れな姿に、ベルは更なる攻撃を加える。

追撃の雷撃でダメージは更に加速したように見えたのだが、それを嘲笑うかのように、突然白い蛾の残骸がフワリと宙に浮いた。

フィオナ一行が驚きながら見上げると、演劇の仕掛けのように滑らかに飛び上がった白い蛾の頭部には、新たな虫の顔が産まれ出でていた。



「再生したか。なんだアイツは。」

「敵から見たレオってあんな感じなのかな。大変面倒臭い。」

「一緒にすんなっ!」



焼け焦げて惨めに潰れたはずの虫の頭は、元の蛾のような様相から、白黒の触覚を長く携え、頑丈で鋭い牙のような顎を持つ頭に生え変わっていた。

埋没した眼窩のような目がじっと一行を見つめ、それから。



「突っ込んで来たっ!!」



ベルの悲鳴と共に鋏のような顎ごと突っ込んでくる白い虫。

その頭が到達した床は、抉じ開けられたようにくりぬかれて、鱗粉の混じった砂煙を上げながら白く霞んでいる。

引き抜かれた頑丈顎は二、三度頭を振ると、またしてもゆっくりと一行のいる場所をじっと見つめだす。



「はっ、ノロマめ。この高度情報化社会じゃノロマなだけで罪なんだよ。」



飛び退いた床に白い虫の頭が突進してくる。

それと同時に周囲に白い鱗粉が舞い、水へでも飛び込んだかのように白い飛沫を演出した。

二度目のノロマへの慈悲は無い。

隙丸出しになった蛾の腹部にベルの雷閃が迸る。

それに続いたレオの剣が虫の頭部に迫った。

反射にも似た動きで体を跳ね上げた虫は、レオの手にした安物の剣の重量に負けて、その身を頭の先から割られていった。



「ピイイイィィィ……!!」



顎と割れ目の間から漏れた体液と空気が笛のような音を上げ、白い虫が再び地に伏し倒れる。

主の意思とは別に、逃げ出そうともがく脚や翅が、白い虫の無様な最期をより一層不格好にさせていた。



「レオの魔力を吸ったから、それに影響されたのかもしれませんね。」

「……確かお嬢がそうしろって言ったはずだよな。」

「早く魔石を砕いてしまいましょう。」



都合の悪い事が急に聞こえなくなったフィオナは、仏頂面のレオを無視すると白い虫の残骸に向かって手を伸ばす。



「おいおい、また復活するぞ。」

「今、それを封じています。今の内に砕いて下さい。」

「どこにあるの。」

「それを探して砕くのがあなた達の役目ですよ。」



白い虫の体を渋々切り分けながら、レオとベルによる魔石の捜索が始まった。

叩いては割って、叩いては割って。

身の毛のよだつ色の体液をかわし、まだ微弱な動きを残す脚を圧し折り。

ようやく後は腹の中だけ見れば終わりという所で。



「フィィィィィィイオナァァァァァァァァアッッッ!!!」



上空より舞い降りた頑丈な物体が、残った白い虫の腹部全部と、オマケでレオの片腕の先を、見事なマッシュポテトにしてくれた。



「アッハハハハハハハァァァッッッ!!!」



パウンド。パウンド。パウンド。

何度も何度も念入りに念入りに。

踏み潰して、粉々に。

その猛々しい姿は間違いなくマキナのものだった。



「何すんだオラァッ!!」



その隙を突いて、千切れたせいで鋭利になったレオの左腕が、マキナの顔を掠めた。

ピッと赤い線を頬に残し、マキナは狂ったように笑い続ける。

ヒイヒイと喚く狂人の背には、骨だけで模った羽根の標本が美しく輝いていた。



「ヒッ、ヒハッ、ヒィイハハハハハ!!」

「よう。また会ったな。元気そうで何よりだ。」

「……ハァ?ナンパでもしてんのぉ?アッハハハハ!!キモーい!!」

「お前みたいなイカレた女はこっちから願い下げだっつの。」

「うっわぁー!モテなさそー!何アンタ、フィオナの男?ゴキブリ同士お似合いよねぇ!」

「あーごめん。殺すわ。」

「殺す?誰を?あ、もしかして私ぃ?え、ウソ、本気で言ってんの?ウケるぅ!!」

「なにあれ。」

「……私の元知り合いです。」

「かわいそう。同情する。」

「……どうも。」



骨の羽をゆらゆらと振り、それと一緒にマキナは両手を天井高く持ち上げる。

鳥のように優雅に。水のように瀟洒に。

それから。



「テメーらみてぇなゴミカスがぁ、私に敵うわけねェだろォがァァァァァァッッッ!!!」



罵詈雑言と共に分離した骨の羽。

一本一本がそれぞれ意思を持ったかのように三人を狙う。

舞い散る花吹雪のような幻想的な光景。

それが血濡れて尖る骨の群体でなければ、もう少し人の心を惹き付ける事ができたかもしれない。

フィオナに向かって飛ぶ骨だけを、全てその身と剣に受け止めたレオの体は、幾つもの骨が背中に飛び出して痛々しい。



「何で私の方に来たのは防いでくれないの。」



不満そうな顔でベルが抗議する。

手から煙を出しつつも、余裕を持って無傷にて骨を打ち落としたベルだったが、対するレオは反論する余裕もなさそうだった。



「ハハハハハハハハッッッ!!!バラバラに引き裂いてやろうかァッッッ!!!」



次弾装填。魔力がマキナの背に再び集積し、骨を接ぎ合わせたような邪悪な翼が出来上がる。

自分の身体に深々と刺さる骨の破片を、自分自身で掴んで引き抜くレオ。

穴の空いたレオの体の各部位が、破片を引き抜いた端から再生していく。



「……アレは、粗悪品ですね。前のにはまだもう少し品があった気がします。」

「そうなの?」

「魔力は段違いですがね。いや、そうするとむしろこちらの方が本命なのか。」

「あれって、人間?」

「見た目は人間のようですが。」

「壊れてる、よね。」

「……そうですね。まぁ、オリジナルが生きているハズはないので、当然と言えば当然なのですが。」



悠長に話し合っている二人の間を骨のブーメランが仰天の速度で通過する。

それに釣られるようにマキナの方を見れば、またしてもマキナが雄叫びを上げているところだった。



「フィィィオナァァァァァァァァッッッ!!!」

「……うるさくてかないません。」

「あいつお嬢の事好き過ぎるだろ。異常だぜ、あれは。」

「おや、やきもちですか。珍しい。」

「そういうのじゃないんだが……いや、それでいいや、もう。」

「もっと妬いてくれて良いんですよ。優越感を得られますから。ふふふ。」

「イチャついてんじゃねぇぇぇぇぇっっっっ!!!」



マキナの怒りが頂点に達した時、マキナの身体に異常が起こる。

まるで龍のように長い骨の尾を生やし、両の手は肘付近から左右に別れて、その間に鋭利な棘のような骨が一本ずつ伸びる。

その変貌ぶりに目を凝らす暇もなく。

マキナは造作も無く浮かび上がって天井を蹴ると、回転しながら三人のいる所まで急降下をしてくる。

竜巻でも呼び起こしたかのようなその突進は、レオの鎧を半分ほど切り裂いた所で止まった。



「痛ってぇなぁオイッ!」

「チンカス野郎ォォォォッッッ!!!邪魔すんなァァァァッッッ!!!」



マキナの腕から生える骨の鉈を、レオの身体が受け止めていた。

マキナがレオを切り裂く速度よりも、レオが再生する速度の方が早いらしい。

受け止めているというよりも、切られ続けているという方が幾分正しいかもしれないが。

マキナの風圧で切り傷を刻まれた壁や床を見れば、マキナの攻撃も尋常ではない殺傷力を持っている事が窺える。

それでも、レオの腹を切断するのは難しかった。



「早くしろベル!何やってる!俺ごとやれ!」

「任せろ。」



レオは、マキナの腕を掴んで動きを止めると、ベルに向かって怒号を放つ。

獲物が動きを止めた事を幸いに、ベルはしこたま電撃を浴びせた。

雷の牢のようになったその場所からは、肉の焼ける臭いと、それから黒い煙が産まれ出る。

その黒煙が晴れれば、無傷のレオがマキナをまだ離さず捕まえていた。

とは言え、掴んだ手の平はパックリと裂けてしまって、マキナのそれと同じように左右に分かれてしまっている。



「今度のお前さんは随分頑丈なのな。」

「シュウゥゥ……。」



マキナの口から出た白煙が、天に昇るように溶けて行った。

外骨格。

人間の面影をほとんど残さない骨のマスクと骨のスーツが、マキナを異形に変貌させていた。



「シャアアアアァァァァッッッ!!!」



五指を捨てて得た棘のような腕がレオの拘束を振り払う。

その拍子に切り裂かれたレオの肌や皮、更に指や腕がバラバラと床に落ちて行った。

形態が変わって動きも変わったマキナは、独楽のようにその場で回転し、レオの身体を自在に引き裂いていく。

マキナの独楽回しが終わる頃には、麺状に分割されてしまったレオの残骸が、その場に山となって重なっていた。

更なる獲物を求めて振り返ったマキナの顔面に電撃が浴びせられる。

マキナの骨のマスクにバチンと弾かれた電撃は、その熱量を以てしても骨の表面に焦げを作る程度で。

或いは、静電気によってマキナの髪をいたずらに空にばら撒いたのが一番の功績だったかもしれない。

辛うじて見えるマキナの表情がぐにゃりと歪む。



「ヒィィヒヒハハハハハハ!!!」



嗤い声を囮に、きりもみ回転で飛び出した骨の塊は、数々の電撃を蹴散らしながらベルの頭上を取る。

顔だけベルに狙いを付けたマキナは、尖った両の手をテイクバックすると、空気の壁を蹴って方向転換し、ベルの直上から攻撃を仕掛けた。

それと同時に、マキナの頭上に黒い煙のような何かが音もなく集合し、雲のような形を象ると、そこから無数の稲光が降り注いだ。



「アアアアアアアァァァァァ!!!」



雷霆万鈞。

全身を貫く雷轟電撃に焼け飛ばされるマキナ。

その場に留まる事すらできず、遥か壁まで吹き飛ばされて、壁面に芸術的な亀裂を作る。

骨の鎧に傷はない。だが、その中身にはダメージが通っているようだった。

ぶつかった場所から自由落下したマキナの全身が、笑っているかのようにひきつけを起こしているのだ。

腕の棘を中に仕舞って、五指と手の平を人のものに戻してはみたが、それでもマキナは満足に立ち上がれない。

効果は抜群だった。



「殺してやるゥゥゥゥァァァァッッッ!!!」



威勢だけは勇ましくマキナが遠吠えする。

綻ぶ黒煙を手旗で退け、見上げるマキナの視界の端にベルの両角が映った。

見下ろすベルの手は魔力に光り、迸る電光がマキナの外骨格の表面を撫で回すように纏わりつく。



「効かねェェェんだよォォォォォォッッッ!!!」



外骨格に覆われた口元が牙を剥いて。

唾を飛ばしながら飛び上がるマキナの動きは鋭敏。

両手はやはり棘のよう。

旋風を巻き上げ、大気を切り裂き、触れるもの皆傷付ける。

ベルの頭上に向かえば、再び黒雲が列を成す。

そして、ベルを目掛けて雷槌を振るう。

主を守るが為の最大出力。

幾億もの光の粒が手を繋ぎ合って大きな一つの雷霆と化す。



「同じ攻撃が通用するわけねェだろがァァァァァァッッッ!!!」



直撃直前直角に軌道を変えたマキナの顔ギリギリまで稲光が怒りを覗かせ、紙一重でマキナの眼前を通り過ぎていく。

それを見届けたマキナは顔だけをベルに向け、急停止する為にいっぱいに開かれた翼と尾を閉じ仕舞ってから、弾丸のような姿となって空を蹴る。

蹴られた大気が破裂音を発し、それと同時にマキナの両腕がベルの顔を十字に捉える。



「シェアアアアアアァァァァッッッ!!!」



床に屈みこむマキナの両足が優しくマキナの体重を受け止めたと思えば、マキナの両手にこびりついたベルの白い髪の毛が、遅れて来た風圧に揺られて旗のように靡いた。

ベルの顔面は原型を留めていられなかった。

皮を、肉を、骨を十字に抉られて、顔に開いた溝から目玉がズリ落ちて床の上を転がっていく。

頭を失ってバランスを崩したベルの身体が、膝からガクリと崩れ落ちていって。



「オオオオオオォォォォォッッッ!!!」



歓喜に打ち震えながら、勝鬨の声を高らかに。

耳が痛くなる程に喚き立てるマキナの背に、ゆらりと忍び寄る黒い影の一筋があった。







第32話 ~ 皆殺し ~ へ続く







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