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霜を履んで堅氷至る

第23話

~霜を履んで堅氷至る~




私は何を捧げたのだったか。

富など最初から無かったか。

名声など既に地に落ちていたか。

地位など積み上げられなかったか。

あぁ。そうか。

私には何もなかったのか。

捧げられるものが何もなかったのか。

そりゃあ、土台無理な話だったか。

そもそも、何を欲したのだったか。

富?名声?それとも地位だったのだろうか。

己にはないものが欲しかったのではないだろうか。

もうそれすらもわからない程、おかしくなっていたのか。





さて、それはこんな話だ。





「使い手がヘボだと魔法もヘボよねぇ!!ねぇ!?フィオナァ!!」



マキナが半狂乱になって叫ぶ。恐怖心を隠した必死の挑発。

大地に張り付いたフィオナは黙ってマキナに向かって手をかざすだけで、安い言葉に乗って来てはくれなかった。

マキナの動く方向を追尾し、フィオナの手の平が縦横無尽に空を切る。

マキナが減速しようものなら、フィオナ手の平から魔力波が衝撃となって空気を揺らす。

その羽音はマキナの肝までもを揺らし、心を乱させる。

当たれば死ぬかもしれないという恐怖が一発毎について回る。

何より、それを涼しい顔でやってのけるフィオナの底知れなさが一番恐ろしかった。

この無尽蔵のスタミナは何なのか。

これだけ大技を連発しているのだから、魔力切れの一つでも起こしていても不思議ではないのだが。

フィオナは疲労感の一片すらも滲ませない。

対したマキナは焦りと恐怖に体力を奪われていた。

いつからか、マキナは肩でゼイハアと息をするようになっていた。



「既に雌雄は決していると思いますが。」

「ハァ!?どういう意味よフィオナァ!!」

「それがわからないあなたではないでしょう。」

「あんた……またズルしてんでしょお!!」

「やれやれ。これ以上は時間の無駄ですよ。」

「……馬鹿にしてぇ!!」



翻ったマキナの体に無数の触手の影がかかる。

見るも見えない無間の触手は、マキナの視界を赤く染めて、急いで飛び退いたマキナの氷の羽のすぐ近くを、魔力波が掠るように飛び去って行く。

今度はマキナが押されていた。

絶え間のない触手の猛攻は一切の手心を見せず、むしろ必殺の威力を持つ魔力波の方が直情的な分だけ有情に見えた。

最大加速を得たマキナのフルブーストを追いかける触手の追跡は、空にかげる白い霧を晴らすように。

白く輝かしい水滴の群れが、風に煽られてふわりふわりと形を崩した。

その切れ間から。

邁進する氷の軍勢が陣を成して顔を出す。



「またそれか。なんとかの一つ覚えですね。」

「私を馬鹿にするなあああああ!!!」



マキナの号令一つで、無量の氷弾は身を寄せ合って巨大な氷の塊へと姿を変える。

その巨躯は向こうが見える程に透き通り、見た目だけは良いのだが。



「消し飛べ。」



フィオナの手の平からごうと音を立てて発射される魔力波。

その魔力波が大きな氷の塊とぶつかり合うと、氷の塊は脆くも崩れて、周囲に細長い氷の粒が舞い散った。

マキナが撃ち負けたのだ。

きらりとプリズムのように七色に輝いた氷の粒は、いくつものマキナとフィオナをその身に映した後に空気中に溶けていった。



「なっ……!こんっ……!」

「これでハッキリしたでしょう。」

「ふざけんな!!私は負けない!!」

「ハァ。もういいのに。」

「ざけんな!!ふっ……ざぁけぇるぅ、なああああああ!!」



マキナの速度が更に上がった。

既に限界以上の力を出しているのだろう。氷の羽はひび割れ、最早勢いだけで向かって来ているのが手に取るようにわかる。

もう飽き飽きといった表情で呆れるフィオナへ一太刀を浴びせようと弾丸のように突撃するマキナ。

しかし、マキナの体は腹からくの字に折り曲げられて、急ブレーキを余儀なくされる。

両腕が真っ直ぐ伸びて、両足がピンと突っ張って、両目がハッキリと白目を剥いて。

マキナの薄く脂肪が乗った健康的な腹部には、レオの拳が優しく添えられていた。



「ぐぇげぇっ、うっ。」



膝から地面に崩れ落ち、腹を押さえてのたうちまわるマキナ。

まさに陸に打ち上げられた魚のようだった。

マキナは石畳を散々転げまわると、各所から飛来する触手を跳んで避けて見せた。

しなやかに跳ねる体は反動をつけて。



「もう詰んでるんだよお前。」

「お前ぇ……!!」

「大人しく降参しとけ。今降参するなら、苦しまないように一瞬で殺してやる。」

「私はぁ!こんなとこでぇ!死ねないんだよぉおおお!!」



最後の余力を振り絞ったマキナの指が首元のチョーカーに触れた。

その途端にチョーカーが妖しく瞬き、嬉しそうに青白い光を携えた。

爆発するような魔力の奔流がマキナを包み込む。

それら全てがマキナの身体に吸収されたのが、フィオナからもレオからも見えた。

解き放たれた膨大な魔力。あのチョーカーは恐らく。



「魔石ですね。」

「最後はあれに頼ったか。」

「追い込まれてから割ったという事は、つまり。」

「隠し玉って事だな。どうするお嬢。」

「準備はしてきました。」

「信じてるぜ。」



マキナの姿が、変わっていく。

しょぼくれた眉は吊り上がり。絶望で全てを諦めていた瞳は血柱を携え。引けていた腰は震えを見せなくなった。

最も変わったのは、その魔力量。

マキナの体内に全てを留めておくことなどできなかったのか、マキナの華奢な体の端から端から、青白い光となって垂れ流されてしまっている。

溢れた魔力が弾けて突風を生み出し、フィオナの長い髪を竜巻のように巻き上げる。

ともすれば内部崩壊を起こしてしまいそうな程の魔力圧の中で、マキナは不敵に笑っていた。

暴風に髪を揺らすその姿はまるで。

まるで。



「悪魔、だな……。」



レオの独り言が虚しく吹いていった。

聞こえていたのか、フィオナが珍しく返答を寄越した。



「自分を売りましたね。」

「体を売って力を得たか。倒せそうか?」

「元の器はそこらの人間です。」

「倒せるんだな。」

「準備した通りにやれば、ね。」

「そうかい。そりゃ余裕だな。」

「ちょっとだけ、本気を出します。」



手を広げたフィオナの指と指の間をマキナが往復し、触手の迷路を俊敏な動きで走破する。

風を切るさえずりに耳をすませば、マキナが垂れ流す呪詛の言葉が間近に聞こえてくるようで。

マキナは触手を華麗なステップでいなし、氷で自身の体を覆って槍のような塊になって上空から落下してきた。

その槍に触れた触手はたちまちの内に青く凍り付き、白化してボロボロと瓦解していってしまう。

だが、フィオナにとって、その程度の事は既に計算済みだった。

手の平の中央から、真っ直ぐ先に照準を合わせ、フィオナは手の平に膨大な魔力を一気に集中させた。

その甚大な魔力の束は周囲の時空を歪め、見る者の時間を奪っていくようで。

ゆっくりとすら見える魔力波が、フィオナの細い手の先から放たれる。

発射の反動でフィオナの金色の髪が四方に捲れあがって、触手の海の中に綺麗な金色の花を咲かせた。

槍となったマキナがフィオナの渾身の魔力波にぶつかると、ごうんと大きな音と共に、鋭利で巨大な槍の先端にひびを入れられ、端から砕け散って細やかな飛沫を上げる。

すっかり細身になってしまった氷の槍もといマキナは、その標的をフィオナから地面へと鞍替えし、楔のように深々と地面に食い込むと、墓標よろしく悲哀を纏って、ヘレルダイトの街並みを彩るオブジェクトと化してしまった。

煙なのか冷気なのか砂埃なのか一見わからない白い気体だけが、その場に名残を留めた。



「レオ。」

「あいよ。」



マキナだったものに近づくレオ。

凍て付く冷気で全身霜だらけにしながらも、大地に揚々と突き刺さった槍を凍傷だらけの腕で無理矢理抉じ開け、中におわす眠り姫の首根っこを掴む。

マキナはぐったりとしていた。呼吸だって満足にできていないようにも見える。

白目を剥いた瞼の奥がマキナがもう戦えない事を二人に報せていた。

だが、レオはそれにも顧みずに、マキナの体を地面に引き摺りながらフィオナの元にまで運搬する。

造作もなく放られたマキナの首はその上にある大きな球体を支えきれず、ごちんと石畳を楽器のように鳴らして。



「起きろ。」



フィオナは容赦なく。

マキナの髪を引っ掴んで頬を数度張った。

それでもマキナの意識が戻ってくる事はなく、フィオナはグーに握った手の平でマキナの側頭を何度も殴りつける。



「……っっ!?ぶへぁっ……!?」



マキナが溜まった唾液と一緒に体内の空気を吐き出した。

滝のように落ちた雫はぼたりと地面に水溜まりを作り、マキナの目の焦点がフィオナの実像を捉える。

マキナの意識が戻るその瞬間までには、赤い触手達が彼女の両手首と両足首を掴み取り、ぎちちと軋んだ音を立てながら、まるで供犠台に晒すようにフィオナの目の前に捧げ上げた。



「フィオッ、ナアアアァァァ……!!!」

「良い眺めですね。気分はどうですか?」

「殺せぇ……!!もう勝負はついただろうがぁ……!!」

「うん?殺すにしても楽に殺すわけがないでしょう。これからお前は女に生まれた事を死ぬほど後悔する事になるんですよ。」

「っっ……!!」

「それとも、情報を全て吐いて命乞いでもしますか?」



マキナの視線がフィオナの双眸を射貫く。

化けて出そうな程の怨嗟と遺恨。マキナの視線は害心に溢れ、それだけでフィオナの瞳を焼け焦がすようだった。

すぐ後ろで黒い触手が影だけをマキナの背に落とし、視界の上部の陰りを察したマキナの両手両足が小さく震え出す。

フィオナの手には黒光りする本が邪気を孕んで艶めかしく輝いていた。



「誰の差し金だ?」



フィオナの表情は侮蔑と嘲笑。

マキナの表情は悲壮と絶望。



「……言うわけないでしょっっ!!」

「ふぅん。そうですか。じゃあ、拷問の時間ですね。」

「糞がっ……!何する気よっ……!?」

「古今東西、女に対する拷問の相場はこれに決まってるんですよ。一般常識ですね。」



フィオナが目で合図を送ると、黒い触手達が赤い触手を押し退けるようにマキナの体に殺到し、すぐにマキナは顔だけを残して全身を無数の触手の群れに呑み込まれてしまう。



「あっ、あっ、あああっっ、がっ、ぎぃっ、あっ、いいぃぃぃ!!!」



その中で一体何が行われているかは想像に難くないが、マキナは悶えるように首を上下に振り乱し、涙と涎と鼻水を撒き散らして絶叫する。

嚥下するように跳ねるいくつもの触手の先端が、触手の束の中に何度も何度も出ては隠れてを繰り返す。



「ぎぃいいい!!あっ、ががぁああぁぁ!!がっ、がぐっ、いいああああああ!!」

「ふふふ。痛いでしょう?苦しいでしょう?どうです?これが敗戦者の末路ですよ。」

「あああぁぁぁ!!!ひぃっ、あっ、ぎひぃっ!!ぐぉえっ、がああっっ!!」

「あは。とてもいい声ですよ。その声が聞きたかったんです。」

「やめっ、あっ!?あがぁっ、いぎひ、ひぃ、おっ、ごぼぉっ、はっ、はっ、ああああああぁぁぁ!?」

「そろそろ入れるだけじゃなく、出してもあげましょうか。文字通り溶ける程の快感ですよ。」

「えひぃっ!?くひゅっ、ぶっ、おえっ、うぉっ、や、やだっ、やだあああああああああ!!!」

「あれだけ啖呵を切っておいて、もうギブアップですか?駄目です。まだ殺してあーげない。」

「ああああああああああああああああ!!!!」



半狂乱。いや、半どころではない。

濁った眼には、もうフィオナなどほとんど見えてはいない。

もう、目で見える情報にいかほどの価値も無くなってしまっているのだ。

狂おしいほどの激痛と、逃げ出したくなるほどの嫌悪感が、マキナの全身に波及している。

耳に聞こえるのは己の口から無限に湧いて出る金切声と、己の肉体がごりごりと無理矢理に抉じ開けられていく音。

全てが耐え難い苦痛となってマキナの心と体に刃を突き立てる。

情けない悲鳴など可愛いもので、腹の底から心の底から絞り出すような醜い呻き声が、マキナの口から口から吐いて出た。



「ぎいぃ!?あぎゃっ、ぎっ、ぐああっ、あああ、あっ!!」

「ほら。ほら。どんどん溶けていく。溶けていく。」

「いや、いやっ!!いやああああああ!!!」

「藻掻け。足掻け。苦しめ。私に楯突いた事を後悔し続けろ。」

「フィオッッッナアアアア!!!死ねっ!死ねっっっ!!死ぃねぇええええ!!!」



ありったけの呪詛を。ありったけの怨嗟を。

せめてもの抵抗が、悲惨な姿のマキナの口から辛うじて出てくれた。

目の前でにやにや笑いを浮かべるフィオナを睨みつけ、最後に一度唾液の塊をごぼっと吐き出すと、マキナの目はそれきり光を失って静かになった。

暴力の嵐が止んだのか、それともマキナが限界を迎えたのか。



「……死んだのか?」

「まだ、殺さない。」

「……ほどほどにな。」

「約束できかねます。」

「そうかい……。」



フィオナの陰湿な高笑いと、レオの呆れたような溜息が辺りに響く。

力を失ったマキナの髪が汗と涙と鼻水と涎に濡れた顔面にかかって、バラバラに解れていった。

マキナの悪夢は、まだ終わらない。







第24話 ~ 全てを奪え ~ へ続く







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