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不夜城を臨めば

第21話

~不夜城を臨めば~




その城は突然現れた。

何も無い街ヘレルダイト。

交易路の中継地点でしかなかったその街に出現した小さな城は、瞬く間にヘレルダイトを飲み込んだ。

人を、金を、光を。

気が付けばその城を中心とした市街地が形成されていた。

ヘレルダイトの街は夜を忘れて熱狂した。

発展と繁栄に溺れたヘレルダイトはいつしか都市の名を冠する。

溢れかえる金の臭いに釣られた者達がこぞっておこぼれを狙いにきたが、その城は全てを叩き潰して栄光を欲しいままにした。

ヘレルダイトの者達の憧れを一身に背負い、その城は君臨する。

こじんまりした城はいつしか大ぶりな体躯を獲得し、堅固で強固な外殻までもを形成した。

ヘレルダイトを牛耳る巨大な城。

コーディン・ホテル。

ヘレルダイトの頂点。

それも、もう終わる。





さて、それはこんな話だ。





フィオナがこもりがちになった。

いや、元からそれほど外へ出るようなフィオナではなかったのだが。

それに輪をかけて外へ出なくなった。

部屋にこもって何かおどろおどろしげな何かをしている。

まるで。そう、まるで。

まるで、何かを準備するように。



「来る日の為に。」



彼女はそう言ったきりだ。

フィオナの白い肌は更に不健康に。目の下の隈は見た目不相応に。

変革の日は近い。フィオナの自発的な行動がメリー・メリー・メギストスの面々にそれを周知させる。

部屋から出て来る時と言えば、せいぜいが食事か入浴の時ぐらいだった。

それから何日か過ぎて。

整った様子で部屋から出て来たフィオナの表情はまだまだ厳めしいままだったが。

しかし。



「首尾は?」



短く尋ねるレオに。



「そこそこですね。」



珍しくポジティブな言葉を返していた。



「ただ、情報が足りません。」

「それは相手方のって事か?」

「ええ。もう少し近くに行く必要がありそうですね。」

「悟られないか?」

「その時は、その時で。」

「そうかい。勝機はあるって事でいいのか。」

「勝てなければ死ぬだけです。」

「違いない。お嬢もたまにはいい事言うな。」

「いつも言ってます。」

「そりゃ失敬。」



珍しくにこやかに手を引くフィオナの見返り姿に、レオも片方の口だけで笑って見せた。

お天道様の元まで。フィオナはレオの手をずっと握っていた。

その手は微かに震えていたようだが、二人の行進を面白がったユッタ達に話しかけられた時には止まってしまっていたようだ。



「あっレオ発見レオ発見。」

「うえっ。見世物じゃねーんだよクソガキが。散れ散れ。」

「やなこったー。」

「何何、どうしたの。手なんか繋いじゃって。」

「これから二人でデートです。邪魔をしないように。」

「楽しそうだから私も行く。」

「あのね、ベル。こういうのは二人にさせてあげるもんなの。」

「えー。」

「えーじゃねぇよクソガキ。お前には人の心ってものがないのか。」

「ないよ。」

「ないのか……。」



ないらしい。

とはいえ、流石にユッタも見てられなかったようで、ベルの首根っこを掴んでその場に留めさせた。

ベルはどうにかついていこうと抵抗を続けていたが、フィオナとレオが扉の向こうへと消えると大人しくなる。

ぶーたれた顔でユッタに向き直ったベルだった。

ユッタは薄ら笑いを浮かべながら。



「今日はメリーさんと買い物に行くんでしょ。」



そう言ってベルを諭した。



「そうだけど……。」



言葉を濁すベル。そして不貞腐れたようにメリーさん(若い)のいる台所へと駆け出した。

ユッタはその背を薄ら笑いのまま見つめる。

その瞳の奥の奥ではしかし笑ってなどはいなかった。



「お嬢、まさか今から乗り込むんじゃないよな。」

「いえ。そんな事しませんよ。まだ、ね。」



ヘレルダイトの街並みを歩いていたと思ったら、フィオナ嬢が突然立ち止まる。

その横で速度を合わせていたレオが、一歩追い越してから同じように立ち止まった。

金色の髪がヘレルダイトの通りを吹く風に攫われて。

そっと風上に立つレオの鎧がびゅうんと風切り音を発した。

通りの向こうに見える、高い高い塔のような威圧感を放つその景色は、ヘレルダイトの全てを力強く睨みつけている。

スッとフィオナの両目が細くなり、隣のレオに体重を預けるみたいに力が抜けた。

レオはその両肩をがっしりと掴んで、決して高くない少女のような背丈をしっかりと支える。



「レオ。」

「何だ。」

「もうすぐ。もうすぐです。」

「そうかい。そりゃ楽しみだ。」



フィオナの全身を受け止め、ただ立ち尽くすだけのレオのすぐ後ろを通った馬車馬が、低いいななきを残して去って行った。

それは警告のようで。あるいは、祝福のようで。

フィオナの髪の先が青白い光を帯びて。

それから弾けるように上を向き、遥かに臨むかの地への動線を形成する。

ざわめき、滲み出し、絡まり合って。そして。

その魔力線はフィオナの頭上に光り、炸裂した。

プツンと静電気が弾ける音が聞こえた気がして。

幾重もの光の集合体が細かく散らばり合うと、それら全てが一斉にコーディン・ホテルを目指して走る。

往来の誰もがそれに気付かずに普段通りの行進を続けているので、その光は見える者にしか見えないのかもしれない。

ただ、レオにはくっきりはっきり見えた。

羽ばたく鳥のように唸りを上げて空気の壁を猛進するその光の果ては、まさしく仇の居城に向いている。

飛び散る放電にすら見える魔力のフレア。

人々の目に見えていれば感嘆の声が上がってしまいそうな壮観さだったが。

それはあえなく。



「どこかで見た事あると思ったら、懐かしい顔じゃない。」



屋根に座る三角帽子の女の放つ魔力によって、氷のように固められて、一つ残らず撃ち落とされてしまった。



「…………。」



フィオナは無言で屋根の上の下手人を見上げる。

今居る場所が屋外でなければ舌打ちの一つでもしていただろうか。

三角帽子の女は胸を張るようにして屋根から浮き上がると、羽根のように優雅に二人の前に着地して見せる。

首に巻かれたチョーカーを一撫でし、それと同時に手にした杖を天に掲げてその先端から魔力らしきものを発散させた。

不意に、周囲の人々の気配が消えてしまう。

代わりに、魔力の壁が周辺一帯を包み込むような感触が二人の肌を舐めた。



「結界か。高等魔法のはずだぜ。」

「へぇ。そっちの人にもわかるんだ。カスかと思ったら、存外物知りなのね。」

「どういうつもりかは、聞いても良いのか?」

「あっはは。馬鹿ねぇ。結界張る理由なんか一つしかないじゃない。」

「――見られたくないから。」

「……あんた、フィオナよね。生きてたんだ。」

「……そちらも元気そうで何よりです。」

「ふん。よくのうのうと生きてられるわね。頭の中が空っぽだと生きやすそうで羨ましいわ。」

「……変わりましたね。あなたは。」

「そうねぇ。変わったわよ。色々と。あんたは……ふっ、変化がないんじゃない?ガキみたいな恰好のまんまね。あはっ。」

「…………。」



明確な悪意がその女の言葉に棘を持たせている。

明らかにフィオナに悪感情を持っている。

レオが、一歩前に出た。



「何?お前と話す事は何も無いんだけど。」

「黙って聞いてられると思うか?」

「は。ゴミクズ風情がどうするつもり?前に出て踊りでも踊るのかしら。」

「おい、お嬢。こいつは殺しても良い奴か。」

「ふはっ。殺しても良い奴かぁ~!だって!ひひっ!おっかしぃ~!」



心の底からの嘲笑が女の顔に曝け出されていた。

しかし、それでもフィオナの声音はまだ冷静だった。



「マキナ・エクスデゥス。私の、知り合いだった女です。」

「はぁん。それじゃあ。」

「ええ。殺して、いいですよ。」



フィオナが言い終わらない内にレオが腰の剣を抜く。

それと同時に三角帽子が揺らめき、いつの間にか空を泳いでいて。

鉄の塊がマキナと呼ばれた女のいた場所に振り抜かれたが、本来いるべき人物はそこに存在せず、レオの頭上にその女の気配が移動していた。

その気配の先を太く硬い触手が貫く。

だが、気配は気配。実体があるわけでもなく、虚しく空気だけを打ち付けた触手が踊りを踊っただけだった。



「当たるわけないじゃない。私を誰だと思ってんの?馬鹿なの?」



空中に佇むマキナが、レオとフィオナの両名を高みから見下ろす。

マキナの足元には氷の板が足場となって広がり、まるで空に釘でも打たれたかのように固定されている。

高い陽も苦にせず、微塵も溶ける様子を見せないその氷は、マキナの体重をいとも容易く支えて浮かぶ。

フィオナの放った触手が二撃三撃と飛び掛かったが。



「アハハハハ!!フィオナァ!アンタ、随分落ちぶれたもんじゃない!!もしかしてそれで本気なのぉ!?」



全て氷漬けにされて、氷柱になって固まってしまう。

マキナの杖から魔力波が弾丸のように発射され、氷柱を貫き触手にヒビを入れる。

魔弾を食らった氷柱はピキキと音を立てて崩れ、中に固まってしまっている触手ごと結晶の欠片になって、バラバラと地に降り注ぐ。



「……これはまた随分と。」

「アタシさぁ。昔からあんたの事嫌いだったのよねぇ。」

「同じ意見です。」

「散々アタシの事コケにしてくれたもんねぇ。」

「結局、私に一度も勝てませんでしたからね。まぁ、才能の差を考慮すれば当然ですが。」

「ハァ!?ねぇ!今ならアンタより強いんだよ、アタシは!!見て見なよこの力をさぁ!!」



何もないハズの場所から氷弾が生まれる。

無数に生まれ、それらが矢継ぎ早にフィオナへと降りそそいだ。

丸く可愛らしかったその氷弾は、フィオナに襲い掛かり始めた瞬間に鋭利な剣と化し、十重二十重となって凶刃を振るう。

フィオナの真正面に迫った刃だけはレオがいくつか撃ち落としたが、撃ち落としきれなかったものはレオの鎧を易々貫通して。



「ぐっ。」

「邪魔なんだよ害虫!!すっこんでろ!!」



更なる氷弾がレオの身体にプレゼントされた。

全身氷まみれにされて。

それを見たマキナは火が点いたように嘲笑し始める。



「アハハハハハハッッッ!!無様ァ~~!!」



高所を取り、飛び道具で一方的に地上を攻撃できるマキナと、得物は安物の剣一本のレオ。

戦いになどなっていなかった。

それでも尚マキナは容赦なくレオの五体を順々に血祭りに上げていく。

右手。左手。右足。左足。

四肢を氷柱で釘撃たれたレオが地面に縫い付けられ、防御もできずに全身に隈なく氷弾を浴びせられる。



「げああっ!?」

「アハッ、アハッ、アハッ!!ねぇ見てフィオナ!!アンタの彼氏ゴミ虫みた~い!!便所産まれのアンタにはお似合いよねぇ~!!アッハハハハハハ!!!」

「テメェ、殺す……!」

「フィオナ聞いたァ~~!?殺すってぇ~~!!どうやってぇ~~!?ねぇ~~!?教えてよぉ~~!!キャハハハハハハ!!!」

「ガアアッッ……!!」



止め処なく氷弾をぶつけられた鎧は変形し、あるいは破れ、標本のように無抵抗なレオの全身が、マキナの機嫌を更に良くしてくれていた。

フィオナの事など忘れたかのように笑い狂うマキナは、背中から氷の羽を生やしてレオのいる地上まで突っ込んでくる。

その手には氷の剣。鋭利な刃がまたレオの体を切り裂いた。



「アヒッ、ヒャッ、ヒヒッ!!ねぇどう!?痛い?痛いのぉ~?ねぇ!!ねぇったら!!」



忘我混沌。狂ったように。

もう声も上げないレオを、何度も何度も何度も切り付け、切り刻んではまた返す刀で傷付ける。

遅れて飛んできた触手を跳んで避け、マキナは空中を魚のように泳いで見せた。



「トロいトロい。空も飛べないクソザコナメクジなんかが、アタシに勝てるわけないでしょぉ~~!?」



上下左右縦横無尽に泳ぎ飛ぶマキナ。

触手は更にそれに迫るも、あと一歩どころか、数瞬前には予測したかのように避けられていた。



「ヒャハッ、ヒッ、ヒイッ、フィオナッッアアアァァ!!」



上昇、後退、からくるりと一転、目で追うのも難しい速度でジグザグな動きをしながら空中から降ってきた。

迎撃用の赤い触手がフィオナの背中から飛び出し、主人の御身を守らんとワサワサと蠢き犇めく。

触手蠢く赤い壁に蛇行線を描きつつ突っ込んできた氷の羽根は、触手の抵抗も突破してフィオナの背後へ抜けていった。

氷の刃に切り裂かれた赤い触手が宙に舞う。

マキナの通り過ぎた跡には凍らされ砕かれた赤い触手がいくつか転がっていた。

フィオナはその場から一歩も動いていないが、歯を食い縛って悔しそうにしている。

対してマキナはさらに興奮したようにひゃーひゃーと笑い転げるのを止めない。



「フィオナァァ!!どうしたのフィオナァァァ!!アハハ!!アハハハハハ!!」

「うるさいですね……吠えるなら人の言葉で吠えなさい。」

「その口を頭ごと凍らせてさぁ!!彼氏のケツの中にブチ込んでから、踏みつけて砕いてやるよぉ!!」

「その上、下品……。」

「あぁ!?すぐに彼氏の後追わせてやるからそこで待ってろぉ!!」



挑発の応酬を繰り返し、やがて耐えられなくなったマキナが、空中にある見えない壁を蹴るようにジグザグな飛行で去来する。

フィオナの触手の追跡を振り切り、時には凍らせながら。

マシンガンのような氷弾もオマケにバラ撒いて。

戦闘機さながらの高速な機動で中空を楽しそうに泳ぐマキナのその姿を、フィオナの鋭い視線が焦がすように追いかけていた。







第22話 ~ アイスコフィン ~ へ続く







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