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飴と鞭

第2話

~飴と鞭~




人として生まれ、人として死んだ。

人として死んで、人ではなくなった。

人に産まれ、人に殺され、人でなし。

人でないから人でなし。

人に似てるが人でなし。

人でなくとも朝は来る。

人でなくとも腹は減る。





さて、それはこんな話だ。





パツキンの美少女がいた。確かについさっきまではそこにいたのだ。

次のその瞬間には鬼になっていた。



「な~んでこんなに早く戻って来てるんですかねぇ……?ねぇ?」



獣の声が聞こえる。それもよく威嚇とか警告とかする時に出すなんか怖いやつだ。



「あぁ~ん?レオォ……?」



怒気を多分に含んだその声は、聞く者の冷や汗を誘う。

焼け付く視線は、見た者の脂汗を誘う。

棒付きの飴を手にするその姿はまるで不動明王のような。



「お金は、お金は手に入れました!」



レオはいくらかのコインを片手に乗せて、少女の前に差し出す。

少女はギロリとそれを睨み、そして。



「二束三文じゃないですか!」



爆発した。



「なんですかこの体たらくは!目標金額を稼ぐまではミノタウロスと遊んでいろと言ったじゃないですか!」

「いや、その、ほら、あ、そう、これ、ほら、右手が、ね。」

「たかだか右腕を潰されたぐらいで何をおめおめノコノコと!」

「だって、ミノタウロスめっちゃ強いンスもん。ビンタで骨とか折って来るンスもん。やべー奴らですよ。あいつら。」

「あー?口答えですかー?また頭の中身を触手だらけにされたいようですね。」

「ヒイィ、すみません!アレだけはどうかご勘弁を!」



ユッタは飛び火されないように気配と存在感を限界まで消していた。



「大体レオはいつもいつも……!」



しばし低レベルな言い争いとも呼べない一方的な罵倒と説教が続く。

レオもユッタも、もう降参とばかりになるべく静かにそれらを受け止めていた。ユッタの方は耳に何か詰め物をしていたが。

それから随分経って窓からの光が橙色になり、罵詈雑言の大津波が宴もたけなわという頃。



「夕飯できましたよー。」



メリーさんの鶴の一声がその場を収めた。



「チッ、命拾いしましたねぇ?えぇ?レオ。」

「お嬢の優しさが五臓六腑に染み渡りますです。」



飴が溶けきってもなお罵倒をやめることが無かった彼女は、名前をフィオナという。

フルネームはフィオナ・フィオーレ・リッタ。

リッタ家という、その界隈でだけは有名な魔導士一族の末裔であり、現当主をもって『リッタ家末代までの恥』と言わしめた程の類稀なる放蕩娘でもある。

百年に一人の天才と言われる兄を持ち、その天才との比較をこれでもかとされてきた彼女は順風満帆に歪み、兄の妻の長男出産という更なる追い風を背に受けて無事に家出した。

彼女の魔導士としての才能は倫理に背くものに顕著に現れ、家庭内ですら『鬼人』・『狂人』・『人非人』などの実に名誉ある称号を欲しいままにしていた。

中でも特に外道だと一部に持て囃されたのが死体使役術。

自身と(無理矢理)契約した相手を、自身の命が続く限り生き永らえさせるという慈愛に満ちた禁術である。

術者が死なない限り、頭をもごうが身体をもごうが復活するという不死身の肉体を与える禁術。

どう考えても悪用されるしかないであろうその術が記された魔導書は、リッタ家の地下室のそのまた奥深くに厳重に厳重に封印されていたのだが、一万年に一人とまで言われた永世天才フィオナ嬢の総力を以てしてゼリーを握りつぶすがごとくに容易く開封され、ついにその手に渡ってしまった。

それから彼女は家を堂々と抜け出し、幸先よくこの世の地獄を見つけ、幸運にも死にかけのボロ雑巾を捕まえ、早速盗みたての魔導書を読み上げてみたところ、本の中に封印されていた邪悪な魔力が景気良く目の前の死体一歩手前の肉塊を人ならざる人にした。

こんなに簡単に命を人質にした下僕を手に入れられると思わなかった彼女は、周囲の死体にも片っ端から禁術を試してみた。

ビクンビクンとダンスで己を表現するアーティスティックな死体達を眺めながら、彼女は禁術を自分のものにできたと確信した。

ところがどっこい、その後に目を覚ました操り人形はなく、彼女の眼前で元気に這いずり回っていたのは結局最初の一体だけだった。

なお、今はすこぶる機嫌が悪い。これ以上ない、という程度には悪い。



「夕飯!夕飯ですよ夕飯!」



メリーさんが再度叫ぶ。早く来いという事だ。

レオ達は脱兎のごとく駆け出し、我先にと廊下を走り、目にもとまらぬ速さで階段をスルーパスした。

縦横無尽に乱れ飛びながら椅子を目指すその様はさながらパルクール。



「3コール以内。よろしい。」



メリーさんが腕組みをしながら満足そうに笑った。ちなみに、4コールを過ぎると全ての夕飯が無に帰す『神々の黄昏』が執行される。



「今日のおゆはんは、豪華二本立て。皆お待ちかねのパンとスープよ。」

「これかぁ……。」

「またですか……。」

「……頂きます。」



見るからにあり合わせの野菜のしかも明らかに端の方を煮込んだスープと、外はカリカリ中はカチカチのそれはそれは固いパンがテーブルに並べられた。

メリー・メリー・メギストスではこのパンとスープの組み合わせが一番のごちそうなのだ。



「誰かさんが宿代のつけを払ってくれれば、もっと豪華にするんだけどねぇ……。」

「わぁいパンとスープ。俺パンとスープ大好き。」



レオが左手でスプーンを使って野菜がグズグズになるまで煮込まれたスープを掻っ込む。そして、すぐに熱さでむせた。

ユッタは固い固いパンをどうにか千切ろうと奮闘したが、数度のトライで諦めてナイフを使って小さくしている。

フィオナはパンをスープに浸して、なんとか食べられる柔らかさにならないかと工夫をする。

メリーさんはなんかステーキみたいな肉料理をガッツリ食べてた。



「ユッタ、パン千切ってくれ。片手じゃ無理だコレ。かったい。」

「いや、ナイフでも厳しいよこれ。まるで鋼みたいだ。」

「メリーさん、その柔らかそうな肉と、こっちの食べ応えあるパンと1:3で交換しませんか。」

「おとといきやがれ。」



和やかで穏やかな食事はいくらか残されたカチカチパンを持って幕を引く。

外から聞こえる馬車の足音も極端に減り、やがて世間は白く暗くなっていく。

メリーさんは食器と残パンを片付けに厨房へと戻り、テーブルには3人が揃うのみとなった。



「さて、一息ついたところで、お嬢に相談があるんだ。」

「あ~?」



レオがフィオナに顔を向ける。痛々しい右手にはいつの間にか新鮮な白い骨が新しく構成され始めていた。

フィオナは先ほどからの不機嫌を隠そうともせずに、目だけでレオを追った。



「ミノタウロスはやめた方がいい。どうも繁殖期で気が立ってるみたいだ。狂暴になってて反撃がクソ痛い。労力に対する成果も悪い。見てくれよこの稼ぎ。子供の小遣いかよ。泣ける。」

「ふぅん。つまりは、事前の予想通りだったという事ですか。」

「うん、だから俺も最初そう言ったんだけど。」

「レオなら出来るだろうと思ってー。信じて送り出したんですけどねー。」

「うん、無理だよな。無理って何回言ったか覚えてないぐらい言ったよな。」

「最近の若いのは無理無理しか言わないんですよねー。やってもいないのに。」

「お嬢僕より若いハズだよね……。」

「そこでだお嬢、ここは方針転換しよう。他に稼ぎの良い話はあるか?」

「あー、朝に掲示板を見た中だと、有角人の暴動鎮圧の傭兵募集ってのがありましたね。報酬すんごく高い奴。」

「それ多分その代わりにすんごくしんどい奴……。」

「いやまぁ、最早それでもいいんだけど、戦闘人員が俺だけだと著しく効率が悪いんだよ。お嬢も出てくれないか。たまにはお嬢のカッコイイ姿見たい。」

「ざけんな。」

「お嬢天才。お嬢かわいい。お嬢キレイ。お嬢美しい。お嬢べっぴん。お嬢天才。お嬢世界一。お嬢抱ける。」

「まったく。そこまで言うんなら考えてあげましょう。立ちふさがるカス共を私がねじ切ってボロ雑巾にしてやりますよ。」

「ちょろい……。」

「バッカ、ユッタ黙っとけ!お嬢が近くにいないと再生も遅くて困るんだよ!」



ユッタの口を物理的に噤んだレオが吠え猛る。

フィオナは都合の悪い事は聞こえなかったとばかりに、上機嫌で鼻歌を歌っていた。



「では、明日の朝一で有角人を滅茶苦茶ボコしに行きますよ。」

「話と展開が早くて結構なんだが、そんなに簡単に参加させてもらえるのか、それは。」

「別にいいんじゃないですか?人数減って困る事などないでしょう。駄目だって言われた時は私の魔導書から暴力が火を吹き周囲一帯を奈落のごとくに……。」

「もうさ、お嬢が金庫でも破った方が簡単に稼げるんじゃないかな。」



ヘレルダイトは人間の行き来が多い。

人が多いという事は、それだけトラブルも多い。

各地に起こる些細な火種を発端にした大きな事件には政府達も頭を悩ませていた。

特に有角人絡みのいさかいは大事に発展しやすい。

そのシンボルたる角に象牙以上の価値があるからだ。

有角人を有角人たらしめているその象徴は、他の人種にとって貴重かつ有用なのだ。

男性の角は金属よりも固く、鋭く磨けば強靭な武器になった。

女性の角は魔力を有し、空にかざせば雷雨を呼ぶと言われた。

それゆえ、金の生る木まがいの扱いを受ける事がある彼らは、誰かに襲われる事など日常茶飯事だった。

だが、有角人には抵抗できるだけの力があった。

有角人の男性は恵まれた体格から岩をも砕く剛腕を振るって暴れ、女性は神秘的な術を用いて周囲一帯に大嵐を起こす。

徒党を組まなければ対抗できない強大なその力をひとたび奮われれば、災害とも呼べる程の被害が出る事も珍しくない。

有角人の角が高値で取引されるのは、戦闘力の高い彼らを下すのに非常に骨が折れるという理由もあるのだ。



「お風呂沸いたわよ~。」



一番風呂から上がってきたメリーさんが手を団扇にしてパタパタやりながら三人に声をかけた。

ヘレルダイトは上下水道が整備されている。

馬達が食べる牧草の栽培に新鮮な水が大量に必要なのと、道に垂れ流される馬糞を片付けるのにもやはり水が必要なのだ。

大量の水は川の水だけでなく、湧き水や雨の貯水浄水でも賄われ、もしも不足していれば他国から水を買う事さえあった。

平時のヘレルダイトでは、極端に貧困な者でなければ生活水には困らなかった。



「じゃ、お先。」



メリーさんが空いたコップを片手に厨房へ行くや否やフィオナが椅子から立ち上がる。

フィオナは一度部屋へ戻って荷物を持って来てから、一階の奥にある風呂場へと歩いていった。



「ユッタ、明日はついて来なくてもいいぞ。」

「ん、何で?」

「明日はお嬢が出るから、俺らはぶっちゃけ足手纏いだ。俺は言い出しっぺだからついてくけど、ユッタまで暇しに行くことは無いぞ。」

「そう?でも、僕はレオが行くところにはついていくつもりだからね。」

「いや、いいってマジで。お嬢と二人でいちゃいちゃしたい。」

「レオの介護してくれるの僕ぐらいしかいないでしょ。脳味噌ぐちゃーってなったら一体誰が回収するのさ。」



レオは皮膚が少し捩れて見える以外は元通りになった右腕を見る。

異常に早い再生能力。

経過を知っている者が見れば、彼が人間を辞めている事はすぐにわかるだろう。

ぐーぱーと手を握り開いてみれば、筋肉も血も腱も骨も感覚も、なにもかもが元通り。

ただし、その身体に成長はない。

彼が死んだその瞬間の状態で、彼の身体は止まっているのだ。

脳は動くし、記憶も変わる。

意思はあるし、心もある。

だが、身体はある一定の姿を保つのだ。

食事で蓄えたエネルギーは全て現状維持の為に使われる。

身体と心の乖離。

魂が肉体から剥離したその人は、果たして人と呼べるのか。

彼を端的に表す言葉は、おそらくきっと『ゾンビ』だった。



「上がりましたよ。後はどうぞ。」



未だ体から白い湯気を放ちながらタオルケットと櫛で髪の毛をぐしぐしとやるフィオナがテーブルに戻って来た。

そして、戻って来るなり棒付き飴を口に含むと。



「じゃ、私は寝ますので。」



それだけ言って、挨拶も碌にせぬまま二階に上がっていった。



「……俺らも入るか。」

「うん。」



メリー・メリー・メギストスに帰って来る途中の馬車の中で軽く拭いてはいたが。

それでも血と汗と砂の残る身体はとても重い。

ところで、メリー・メリー・メギストスの浴場利用可能時間は短い。

というのも、長風呂な女将のせいですぐにお湯がぬるくなってしまうのだ。

また、経済的な理由からお湯の温め直しも禁じられている。

そのため、複数人での同時使用が推奨されているのだ。

勿論、推奨されているだけであり、強制ではない。



「……誰だよ節約しろとか言ってんの。」

「メリーさん(若い)だったと思うけど。」



不承不承と言った様子でかけ湯を被り、ゆっくりと湯船に漬かるレオ。

ユッタはほんの数十秒だけ湯に漬かり、カラスの行水とばかりにサッサと上がって身体を洗い出す。

血や死の臭いを丹念に洗い落とし身を清めて、これまたさっさと汚れを流し落とすと、今度は肩まで湯に入った。

代わってレオが狭くなった湯船から上がり、身体を洗う。

『ゾンビ』に代謝はない。故に身から出た汚れは無いが、砂と埃と血と死の臭いは流さなければ取れはしない。

死闘を演じた後にしては異様に綺麗なその身体は、やはり人外のものだ。

痣やミミズ腫れがあるユッタの身体とは似ても似つかない。

ユッタは何か言いたげにレオの背中を見つめていたが、レオが何も言うなと背中で語っていたために何も言いだせなかった。

お互いが終始無言のまま、しばし天井から垂れた水滴の音だけが風呂場に響く。



「背中、流そうか。」



ユッタが気を使って声をかけたが。



「いや、いい。お前下手だし。」



レオは即断で無下にした。



「あっつ~!」



頭までのぼせたレオがタオル片手に風呂場を飛び出した。

真っ赤に茹った顔が外気で徐々に冷やされていき、蒸気に温度を乗せて天井へと放り上げる。

その後ろを小姓のようにひょこひょこついてくるユッタものぼせ気味の頭をガシガシとタオルで拭き上げる。

実際、お湯の温度はそこまで熱くはなかったのだが、熱かったと無理にでも思い込むとさっきまでの風呂の時間がそれはそれは素敵な時間のように感じられる気がするのだ。

メリー・メリー・メギストスでは、脳内で過去を自分の都合のいい様に書き換える事が大事なのだ。

例えそれが処刑台のごとくに聳え立つ世知辛い現実であったとしても。

そういう勇者しか生き残れない場所なのだ。

躊躇えば負ける。



「よし、明日は頑張るか。気合い入れていくぞユッタァ!」

「え、うん。」



洗い髪を乾かすのもそこそこにレオは宣言する。

せめて、今だけは元気よく。

すぐにそれは後悔に変わってしまうのだから。



「どうしたユッタァ!もっと来いオラァ!」

「えぇ……何テンション上がってんの……。」

「ユッタァ!オラァ!」

「レオさんうるさいよ!何時だと思ってんの!」



夜は更けていく。







第3話 ~角が立つ~ へ続く






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