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【レサン】「いつか」

 慌てて外の世界に出た。

 「またギルド本部に怒られるよ」という嫌気と、「それでヘルが助かるなら」という反意がある。

 それと同時に、カーチがいる場でヘルを気遣う事になる気まずさ。

 まだ、私は何も話していない。

 イバンの死も。ヘルがカーチの甥だと言うことも。

 ヘルにも、生まれについて話していない。


 いつか言わなきゃいけない。

 ヘルだってハーフエルフなんだから。私たちの種族の血がどう出ているか分からない。

 いつかその日が来ることはわかっている。

 歳の取り方が変わってしまうはず。そしたら、話さなきゃならない。

 いつか。

 でも、それは今日じゃない、はず。


 とにかく、ヘルを助ける。それが第一。

 カーチにだってヘルにだって、いつかは話す。

 私が恨まれることになっても。


 サリムは、そこそこの遠距離の大型魔術を使える。もう40になろうとしているけど、魔術師として経験を積んで油が乗っているところだ。

 だからこそ、ヴェルツは毒蜘蛛たちの討伐を頼んだ。

 他に、遠距離の大型魔術となると、エチカ、イライジャとカーチ、ハリーやそして私になる。

 毒蜘蛛の依頼に対して、エチカは経験が浅く力不足、逆に私たちでは役不足。他にもっとやるべきことがある。

 それに、そっと忍び寄ってくる狩蜘蛛は、目が見えないイライジャとカーチは不適合。

 ハリーにはずっと負ってもらっている任があるから、爆発的に増えた蜘蛛たちという早急な対処が難しい。

 確かに、サリムしかいない、んだけど。一人で行かせたのは不味かったかな。


 ハリーにはすぐ連絡できない。

 そして、私たちは北部に出てきてしまった。

 対応できるメンバーがいない。

 ヘルはサリムを見つけて離脱してくるつもりだったんだろうけど、救援要請してくるってことは、囲まれて動けないってことで……。

 キーの瞬間移動に期待するしかない。


 身体から離れた精神世界から、戻ってくる。

 身体に精神が戻ってきて適応できてない冷や汗と、ヘルが死ぬかもしれない緊張への冷や汗が混じる。

「キー! ヘルを助けて!?」

 その丸い姿を確認する前に叫ぶ。

「ヘルを?」

 その声でキーの位置を知る。

 カーチの存在は今の私の頭にはなかった。

「エリア23……南部の、ブヴォーニュ寄りの……、そう、キーが大型になって這ってたところ! 多分、そこらへんにいる! お願い、助けに行って!」


 私は、膝をついて、キーにすがった。

 その肩をそっとカーチに抱きしめられたことにも気づかないで、キーの答えを待つ。

「……わかった。いってくる」

 その一言を残して、キーの姿が消えた。

 ホッとして、身体から力が抜ける。カーチじゃ、私の身体を支えることはできない。

 だからと言って、一緒に倒れ込むことにはならない。

 彼がそっと支えてくれた瞬間、私の身体に力が戻ってくる。

 いつもそう。

 いつも、気づいたら隣にいて私を支えようとしてくれる。たとえ、一緒に崩れることになるとわかっていても、不安さえ見せずに。


 手を差しのべてくれたので、断らずにその手を取って立ち上がる。

「私らはここで待つのか」

 イライジャが細工の手を止めずに言った。

「……、そう、だね。ごめん、北部だってまずいのにね。足を止めるようなことをして」

 無言で肩をすくめる彼。それが赦しか呆れか分からなくて、言葉に詰まる。

「大丈夫だよ、レサン。ヘルは強い子だから」

 カーチが私の手を取りながら、そう言って沈黙を破った。

 その優しさは、どんなに無視しても勝手に染み込んでくる。


 返事に迷っている間に、彼に腕を抱かれて笑みを向けられ、さらに言葉に困る。

 ちゃんと言わなければならない。

 だけど、何を言えばいいか、私は知らない。


 空気が揺れた。

 大きく、揺れた。

 空から、何かが現れた時のように。


 まず目に入ったのは、鉛色の巨体。

 草原を行く風以外の何かが背筋をなぜて、身体に緊張が走る。

 空から来るあの色のもの。ドラゴン。

 何度か討伐に連絡係として参戦して、遠目には見たことがあるその姿。

 反射的にカーチを庇う。


「ばかはし」

 キーがケンゴを嗜める声がした。

 状況を理解する前に、鉛色が消えた。

 はっきりとケンゴの姿を確認する前に、彼の叫びが中途半端に途切れて消えた。

 なんと言っているのか分からなかった。聞き馴染みのない、異国語のように思えた。


 ケンゴがいなくなった後に何かある。

 ぽつん、と小瓶が残っている。

 風に煽られているわけでもないのに、カタカタと揺れて転がっていく。

 どんどん速さが増していく。

 つい、カーチに寄りかかってしまう。

 なに、あれ。

 怖い。


 いつの間にか立ち上がったイライジャが近寄って、それを拾い上げた。

 パン、と何かが弾けるような音がする。

 彼の手元を見ると、小瓶が二回り大きい瓶の中に入っていた。

 外側の瓶の口は、内側の瓶が入る大きさではない。

 イライジャの魔術は本物だ。

 大抵の冒険者は、付け焼刃の魔術を使う。少し怪しげな魔術屋で金を払って教えてもらう。

 もちろん、お金だけ取られて終わり、もし教えてくれてもしょぼーいやつ、とかはザラにある。

 で、それならその道で有名なやつに頼れって話になるんだけど。そんな商売やってる奴は、変わってる人が多いんだよね。


 私もこんな髪に生まれついたものだから、自分でその使い方とか考えなきゃいけなかったんだけど。

 他の魔術を作るとかまではいかないなぁ。

 どういう魔術がどういう魔物に効果があるのかってことの方に興味がある。自分で試すために大金叩いたり、ギルドのコネを使って教えてもらったり。


 うーんこんな私じゃやっぱりダメだ。

 わがまますぎる。

 でも、そっと腕を抱いたままのカーチを振り解くこともできない。

 本当に、ダメだ。


「レサン、これを髪で持て」

 イライジャのよく分からない言葉で我に返る。

「髪で、ってどういうこと?」

 とりあえず、差し出された瓶を髪で受け取る。

「いいか、この中身が瓶の片側に張り付いておろう」

「うん……、これ中身何?」

「キーやんだよ?」

 カーチの言葉にギョッとして、瓶を離しそうになった。


 瓶が揺れて、擦れ合ってカランカランと音を立てる。

 揺れても、中身の位置は不気味なほど変わらない。

 瓶に張り付いて、でも揺れるとその場から動かない。

 何か意志を持っているよう見える。そうか、キーの一部なら、そういうことも……。

「えーとね、キーやんに戻ろうとしてるんだって。だから、おじいちゃんの魔術で止めてるの」

 カーチがにっこりと笑っていう。

 ゾッとした。彼はその意味がわかってないのかもしれない。


「じゃぁ、瓶が割れたら……」

「そう簡単に割れぬわ。二重にしたしの」

 そう簡単に、言わないで欲しい。

「……」

 イライジャが顔をこちらから逸らした。

「もし、割れてもお前ならなんとかできよう」

「えーと、そりゃ、なんとかできなくはないかもしれないけど、長くはもたないよ」

「その間に彼は来るだろ」


 えー……イライジャがキーを信頼している。

 今朝ちょっと話だけだよね? なんで?

 キーを取られた嫉妬とかじゃなくて……。

 イライジャって偏屈なことで有名なんだよね。魔術の腕は確かだし、作り出す魔術もすごいし、こういう魔術細工も得意だし。

 迷ってるときや悩んでるときには的確に答えてくれるし。

 でも、他人を信じてない。


 ……やっぱり、キーがすごいのかな。


 キーの破片がどこにあるか見えるように気をつけながら、ちょっと動いてみる。

 キーの破片がそうであるように、一定の安定を保つように瓶を慎重に動かす。

「そんなものでよかろ」

 それを確認するとイライジャは立ち上がって歩き始めた。

「ちょっと、この椅子はどうするの?」

「置いていくしかなかろ」

「いやでも」

「急がなきゃまずいのだろ、行くぞ」

 強引に歩き始めてしまった。


 その後を追おうとして私の足が止まる。

「レサン、どうしたの?」

 よっぽど、その手を振り払ってしまおうかと思った。

 それで傷つくカーチの顔は見たくない。

 でも、そうしたら、私はこう思える。だから、私はカーチの隣に帰るのはふさわしくないと。


「おじいちゃん、一日休んだら余計に大変なんだよ。ほら、行こう」

 こういう、ことを、なんの前触れもなく言う。

 カーチは繊細で、誰の気持ちもよくわかる。

 イバンは知ろうともしなかった、そういうことにすぐ気がつく。そしていつも、それとなく私たちに教えてくれた。


「ちょっと待ってて」

 私はイバンじゃなくてカーチを選んだ、その理由。

 椅子を担ごうとしたら、パタンと閉じた。

 持ち運び用に平になる便利な仕組みみたいだ。魔術の仕込みじゃない。部品の組み合わせでそうなっているんだろう。

 面白い品だ。これなら、持っていけないこともない。

 片腕で担ぐ。

 重さがあって、ちょっとよろめいた。


 反対の腕にカーチがそっとまた身を寄せてきた。

 バランスが釣り合って、歩きやすくなったと思う。だから、その腕は振り払わなくていい。と思い込もおう。

「ありがとう」

 なぜか、その時は自然と言えた。

 誰も見ていない平原で、私たちの将来を詮索するものは誰もいなかったから。

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