祝福の剣②
レサンさんはミノタウルスと並走していた。
よ、余裕だな〜。
走っているというよりスキップだ。魔法で身体を強化しているらしい。ちょっと絵として理解し難い。
こうしてみるとミノタウルスの大きさが目立つ。
いやもうサイズ云々というよりでかい。ただただでかい。
こういう怪獣サイズのものになってくると、どのくらいという形容が意味を失う。
これとサシ?
まぁきついが……正面に一撃入れるだけなら……うーん……。
レサンさんの隣に並ぶ。軽く会釈してから追い抜いた。
あー。
ちょっとバトルの前に一つ。
キーやん置いてきたわ。剣の設定した場所にまだいるんじゃね。マジすまん。
この爆走してるミノタウルス、意外とスピードは出てないのかね。
追いつくぐらいだもんなー。
だいぶん引き離してから、前に躍り出る。
いやー。でかい。
本当にでかい。
狂気に染まった目してるしよー。
怯んで退いたらだめだ。逆に怪我する。
キーやん置いてきちゃったしな!
瞬間移動回避はない。いや、なんで置いてきたんだ俺!
やるべきことは一つ。
このまま、正面切って走り込む。
全力疾走したら、なぜか俺の方が速いんで。どんどんこっちから距離が詰まる。
そして、そのまま跳ぶ。
狙うは、眉間。
ミノタウルスの腕が、邪魔する全てを凪払おうと飛んでくる。
その下を地面を蹴った勢いで潜り抜ける。
いやー本当にこんなの賭けだぜ? 直撃したら死ぬ。
ミノタウルスは爆走してる。
だが、腕を振り下ろした瞬間。大地と拳が接した瞬間。
わずかにその巨体が止まる。
一回の跳躍でその眉間に届くはずもない。
大地と繋がった腕を駆け上がる。
おお、どっちかというと人ベースだぞこの上半身。足裏の感触が筋肉だ。
何が起こっているのか。何が起ころうとしているのか。
それを知ろうとするミノタウルスの初動が鈍る。
その間に、眉間に一太刀浴びせたい。そして全力で逃げよう。
ミノタウルスの肩の付け根から、斜めに身を跳ばす。
届く。
いや。嘘だわ。
届くわけねーな。
ダメだ。
追撃の腕が飛んでくるにちがいない。
どっちからだ?
宙で剣を構え直す。
いや、受け流せない。受け流せないから、刺す。
飛んでくる拳。相手の拳の勢いでもって、深くまで貫く。
剣はどうでもいいから捨てて逃げよう。とにかく逃げよう。
顔前に構えた剣を一度引く。腹の前に柄を持っていこうとした。
なぜかミノタウルスが叫びを上げて、顔を歪めた。
頭を左右に振ったかと思うと、その巨躯が右を向く。
おん?
何が起こった?
いや、なんでもいい。とりあえず、逃げよう。
俺の身体が地面に投げ出される。
受け身、受け身。
本当になんとかなるもんだなー。何年もやってないが、あれだけ条件反射で叩き込むまで命の危機にあったら、覚えてるもんだ。
ミノタウルスはまた爆走を始めている。
だから、その行先とは反対方向に地面を転がって起き上がる。
その勢いで数十メートル走った。
追いかけてこない。
減速して振り返れば、ミノタウルスは遥か彼方に爆走を続けていた。
どうして走ってるんだ……。
なぜだ……。
ちょっと動悸がおさまらない。
深呼吸。
レサンさんを探して当たりを見渡したら、短距離瞬間移動で追いついてきたキーやんが俺の腹に刺さった。
「ばかはしー」
「本当に悪いと思ってる」
「よわいくせに。けがは?」
どうしたキーやん。急にデレるのやめてくれ。
命の危機を感じて、また心臓が活動をし始める。
ミノタウルスの進路を逸らした。
正面から攻撃は入れていないが。
なら、
「ミッションクリア」
「うそは、だめ」
「嘘じゃないんだなー。レサンさんに聞いてみろ?」
そう言いつつ、妖怪エルフの姿を探すが、見当たらない。
勝手にその場を動くわけにもいかない。
しゃがみこんで、ミノタウルスがひっくり返していった地面を観察する。
土の中にいた虫が慌てて移動をしていた。
甲殻類の極まった感じのとか、ミミズの化け物版みたいなのとか。
日本の虫に比べて、ビジュアルが魔物寄りなのが多い。まぁ、土の表層にいる虫なんか大きさはしれているけどな。
キーやんも地表に降りて、手当たり次第に虫を食い始めた。
「悪食だなー」
と思わず呟いてしまう。
キーやんにはその声は届かなかったようだ。
毒草と虫って。テイマーとしてもっと美味しいものを食わせてやらねばとは思う。
しっかしまー、スライムが美味しいと思うものってなんなんだろうな。
急遽、火事場に降り立ったスライムに、地表の虫たちは蹂躙されていく。
あーあ。
すごく生き生きしてらっしゃる。別にいいけどよー。
なんとなく視線を逸らした先。
黒くて丸っこいものが見えた。
お、もぐらだ。かわいいよなー。なんとなしに掴み上げる。
掴み上げたら、威嚇された。口から真っ青な触手が花のように広がった。
俺の知ってるもぐらじゃねーんだが?
怖くなったので食事モードのキーやんの方にぶん投げておく。
気が向いたら処理してくれるだろう。
キーやんへ「これも食べてみろ」「あれも食べられるだろう」と投げて遊んでいるうちにレサンさんが戻ってきた。
「何してるの?」
虚をつかれた顔でレサンさんにそう聞かれる。
「どんな餌がいいか調べてるんです」
「あ、そう……」
「むしはおいしい」
キーやんが無邪気にいう。レサンさんは顔を顰めた。
「いやー俺もそこそこ虫は食える派ですけど、わざわざってほどではないんで。お気持ちはわかります、不快にさせて申し訳ない」
「ああ、いやいいんだけどねぇ、それで、ケンゴ」
話逸らすのに失敗したな。元から成功するとは思っていなかったが。
レサンさんが真顔になった。
「それで? 今何をやったの?」
「と言われましても」
「ひみつー」
レーやんがそうフォローしてくれるが、秘密ですまないかもしれない気配を察している。
「刀身が輝いたと思うと、それで逃げていったようだったけれど……。向こうも外傷がないみたいだったけど、本当にどうやったの?」
「はははは……」
乾いた笑いが俺の口から漏れる。
推測の域を出ないが、『玉虫ノ如』が早速発動したのだろう。
有利な属性になるんだったな。強いな。
なぜわからないが、その弱みが光だったと。
「ミノタウルス、強い光が嫌いだったんじゃないですかね」
その言葉を受けてレサンさんは黙ってしまった。
俺たちはスライム面と顔を見合わせて本来の仕事に戻る。
つまり、土の中の観察だ。
レサンさんが決めなければ今日中に帰れないのではないかと心配になってきた頃、ずさずさと杜撰な足音が近づいてきた。




