想定外
カサンドラと別れたハウとワカバは、あてもなくふらふらとフォーグ国内を彷徨っていた。
最初から目的地など決まってはいなかったが、定まらない足取りには他にも理由があった。
「大丈夫かな……。カサンドラさんにも嘘ついちゃったけど」
ワカバは心配そうに問いかける。少なからず、勝手な行動をしていることに罪悪感はあったのだ。
「……大丈夫だよ。ちょっとだけ探検したら戻ればいいだけだから。うん、大丈夫」
ハウも、首謀者ゆえの罪悪感は感じていた。
だが、彼女にはそれ以上にこの計画を成し遂げたい理由があったのだった。
「ハウさん、怖いのは苦手なんだよね。なんで夜中に探検したいと思ったの?」
「知っていたか……。確かに、怖いのはすごく苦手。でもね、誰かの役に立ちたいって思う時、勇気が湧いてくるんだ。こんな暗闇なんか平気って思えるくらいね」
ハウは星が煌めく夜空を見上げて言った。
「誰かの役に? それって仲間のためにってこと?」
「な、なんでマズルさんの名前が出るかな~!? 違うよ。あの人はボクらのリーダーであってそんなんじゃなくて……」
「ハウさん」
「なに?」
「僕、マズルさんの名前は言ってないんだけど」
ハウは気まずさと気恥ずかしさに口をつぐんだ。
「と、とにかくだね。皆さんのために、この国のことだけでも知っておきたいって思ったの。あっ、あれは食べ物屋さんかな? あっちは服屋さん? それから向こうは……」
ハウは気持ちを誤魔化すように、周囲の建物に次々と近づいていった。
そうして、フォーグ王国の端まで探検をした二人は、大きな階段のある場所にたどり着いた。
階段は二人のいる場所から下り方向になっており、その先は暗闇でよく見えなくなっていた。
「階段か。この下には何があるのかな」
「あんまり近づいたら危ないんじゃない?」
暗闇に身を乗り出すハウを、ワカバは案じた。
「大丈夫だよ。だってちゃんと足場はあるし……」
その時、ハウの足元が崩れた。
この世界は不の種の影響により、地面がところどころ裂けたり崩れたりしているということを、この時になって思い出したハウだった。
ボクはもう終わった、そう直感したハウの手を、何者かが強く掴んだ。
「無事か、ハウ殿!?」
声の主は力強くハウを引き上げ、自らの傍に立たせた。
「カサンドラさん!?」
「万が一のことがあってはと思い、後をつけて来てみたが、どうやら正解だったようだな」
カサンドラは腕組みをし、ほとんどハウを睨みつける目つきで言った。
「す、すみません。お手数おかけしまして……。気づいていらっしゃったんですね。お手洗いに行くわけじゃないと……」
「当然だ。明らかに貴殿の言葉には偽りがあった。そのくらい、見抜けないとでも思われたか?」
「い、いえ。ごめんなさい。早く戻りますから……」
そう言い終わらないうちに、ハウたち三人のいる場所が裂け、あっという間に飛び越えても届かない位置まで切り離されてしまっていた。
「あ……。どうしよう、これじゃ王国に戻れない……」
切り離された大地は宙を漂い、王国からどんどん離れていく。空を飛ぶ術を持たない三人には、何も出来なかった。
「それで、どうするのだ?」
「……え?」
「どうするのかと聞いた。ここまで予想していたとは思わないが、何か事態が起こった時のことを考えて行動したのだろう? 違うのか?」
「いえ、その、ボクは……」
責任を追求するカサンドラに、ハウは何も言い返せず、ただまごつくばかりだった。
やがて、カサンドラは呆れたようにため息をつき、説教ぎみに話し始めた。
「あまり言いたくはないが、自身の行動にはもう少し責任というものを持っていただきたい。これが取り返しのつかないことだったらどうするつもりだったのだ? 私のことはいいが、マズル殿や他の者が巻き込まれたらその時は……」
「うあぁぁぁぁ!!」
突然響いたハウの泣き声に、カサンドラも思わず話を止めた。
「ハウ殿……?」
「本当にごめんなさい。ボクが馬鹿でした。迷惑をかけることもわからずに勝手なことして……。ぐずっ、ううっ……」
「わかればいい。いや、良くはないか……。しかしまずは落ち着いてくれ……」
「カサンドラさん、ハウさんは騎士じゃないし、戦いの経験もたくさんないんだよ。あんまり責めないであげて」
ワカバはハウとカサンドラの間に立ち塞がり、カサンドラを諌めた。
「……少し言い過ぎた。過ぎたことは仕方ない。これからのことを三人で考えるか」
「うん。ハウさんもそれでいい? とりあえず、涙と鼻水拭いて」
「……ありがとう。ごめんね、君に助けてもらうなんて、思ってなかったよ」
ハウはワカバの手を借りて立ち上がり、顔を拭った。
三人を乗せた足場はしばらく宙を漂った後、王国から離れた場所に着地した。かろうじて、王国の門の灯りが見える距離だった。
「幸いにも、王国からさほど離れていない位置だな。何事もなく歩いて行けば、夜明けまでには到着できるだろう」
三人は、王国への道なき道を歩き始めた。