フォーグ王国へ
フォーグ王国。ソラトニア唯一の国家にして、勇者一行の最初の目的地である場所。そこへ向けて、マズルたちは足を進めていた。
その道すじを知るのはセタひとりだったため、彼を先頭にして、一行は何故かジグザグに進んでいた。
というのも、そうしなければならない理由があったのである。
「前から気になってましたけどこの世界、地面がところどころ裂けて、あちこち浮かんでますよね」
「そういやそうだな。次々に理解が追っつかないことが来やがるから忘れかけてたが……。思えば俺たちが分断されたのもコレのせいだった」
引き裂かれる大地に注意しながら、ツルギとマズルは言った。
「これも敵の仕業といって差し支えありません。前述した不の種が、大地にも影響しているのです」
「大地にも? それはなんという……。それに、不の種が私たちの世界にも流れてきているというのなら……」
「我々の世界もいずれこのようになる、ということになるね。ますます看過できないことだよ」
「ボクたちも含めて、元の世界の人々のためにも、戦わなきゃいけないってことですよね……うおっと、危ない……」
ハウの片足が、危うく地面を踏み外しそうになった。彼女は尻餅をつき、慌てて足を戻した。
「お気をつけください。落ちれば命はないでしょう。何しろ、宙の世界ですからね。くれぐれも崖下を覗き込んだりなどしませんよう」
「そう言われるとやりたくなっちゃう……つってね」
ジェシカは臆することなく、裂けた大地のギリギリまで行こうとしたが、腕を掴まれ阻止された。
「やめないか。遊び半分で死なれては困る」
「ごめんごめん。本気じゃないし。あんま怒んないでよ、カーさん」
「冗談では済まされないぞ。まったく、子供ではないのだから……」
カサンドラはため息混じりにジェシカを叱る。
二人の様子を見て、マジーナは嬉しげに言った。
「カサンドラさん、いつもより楽しそう。やっぱり二人も、縁の仲間だったわけね」
「そ、そうか? まぁ、これで皆と同じになれたわけだから、嬉しいといえば間違ってはいないが……」
「うんうん。なんか、本当の親子みたいで、微笑ましい」
「親子? それ違うよ。あちしにとってカーさんは……歳の離れた友達、みたいな?」
「友達……か」
カサンドラは少し寂しげな表情を見せた。
その心情を読み取ったのか、マジーナはカサンドラにしか聞こえないように囁いた。
「これからきっと、もっと仲良くなれるよ。頑張って」
「……ああ。ありがとう」
それからしばらく歩いた後、一行は巨大な門の前に到着する。
門はこれまた巨大な扉で閉じられており、その前には二人の門番と思しき男が座っていた。
「ご苦労様です。お通しいただけますか?」
セタは門番に声をかけた。門番はゆっくりと顔を上げ、セタの姿を見るやいなや立ち上がり、背筋をピンと伸ばした。
「これはセタ殿……! 失礼いたしました。ただいま開門いたします」
門番が中の者に何か合図を送ると、巨大な門は大きな音をきしませて開いた。
頭を下げる二人の間を通り、一行は門をくぐった。
「国を守る大事な仕事だってのに、なんだか覇気が感じられなかったな、あの二人」
王国内へと続く長いトンネルを進みながら、マズルは言った。
「そう思われるのも致し方ありません。それだけの理由が御座いますから。後ほどお分かりになることと思います」
思わせぶりな言葉を残し、セタはそれ以上を話さなかった。
やがてトンネルを抜けると、周囲を岩で覆われ、その内側には水が流れ、さらにその内側には居住地がたくさん並ぶ場所に出た。
まさしく、王国と呼んで差し支えない光景だった。
「ここが、フォーグ王国なんだね?」
辺りを見渡しつつ、バレッタは尋ねた。
「左様です。この世界唯一の国家にして、敵アンチ・ピースと徹底抗戦を繰り広げていた人々の集まりでもあります」
「彼らに対するレジスタンスでもあったということだね。しかし、『繰り広げていた』の部分が引っかかるのは気のせいかな?」
「流石はエール様ですね。確かに、奴らに抵抗していたのは過去の話です。これも……」
「後ほどわかる、だろ? 早く目的の所に連れてってくれよ」
「マズル……またそんな」
ツルギは諫めるが、セタは何故か満足げに笑っていた。
「ふふ、よろしいですよ。それではこれより、国王陛下に謁見いたします」
「こ、国王陛下にっ? これからすぐ?」
ハウは上ずった声で聞き返した。
「ええ。特に準備などは必要ありませんので、ご心配はいりませんよ」
「そ、そうは言っても。こんな格好で国のトップに会うなんて……」
自らのノースリーブに短パンという軽装の姿を見て、ハウは苦笑いした。
「どうして? カッコよくないですか?」
ワカバは不思議な顔で尋ねた。
「か、カッコいいかぁ。嬉しいけどでも……ちょっと恥ずかしいかなぁ」
「……おほん」
クロマの咳払いで横槍が入った。ハウは彼女の、自分よりも露出の高い姿を見て、慌てて弁明を始めた。
「ああいえいえ! クロマさんのことを言ってるわけじゃありませんので!!」
「……まぁいいです。でも、私ももっとちゃんとした格好で来たかったかな……」
「きちんとした気持ちで臨めば大丈夫さ。例え見た目がどうであろうと……」
「「ほっといてください!!」」
ハウとクロマは同時に言い放ち、並んで先へ行ってしまった。
「ドンマイ、エール」
「……ああ、大丈夫さ。ありがとう」
マズルに肩を叩かれ、エールは落ち込みかけたがすぐに立ち直って歩き出した。
人気の少ない通りを抜け、大きな城の前にたどり着くと、国の入口とは違ってそこは開かれていた。
手薄の警備に挨拶を済ませ、セタはどんどん先へと進む。道中に出会う兵士たちも、どこか覇気のない雰囲気を漂わせていた。
そして、王の間へと到着した一行。中はかなりの広さがあり、少し薄暗い空間だった。
その奥の玉座には男が一人、腰掛けている。
名乗られるまでもなく、この国の王であることは明白だった。




