団結
『繋がりの神殿』。そこはそう呼ばれていた。
ツルギたちとマズルたちが、それぞれの世界から連れて来られた場所である。
無事にマズルとジェシカを救出した一行は、再び神殿へと戻ってきていた。
「はぁ、はぁ……。もうそろそろ勘弁してくれよ……」
神殿の外、荒れ果てた地で息を切らし懇願しているのは、帰ってきたばかりのマズルだ。
「何いってんの。まだクロマたちの分が残ってるんだからねっ!」
勢いよくマズルに飛びかかるのはバレッタだった。
勝手な行動に対しての制裁として、マズルに数々の技をかけている最中だった。
「あの、バレッタさん。私なら気にしていないので、どうかその辺に」
「お気持ちはよくわかりますが、きっと何を言われても止めないと思います。しばらくそっとしておきましょう」
「そ、そうですか……?」
心配そうに成り行きを見つめるクロマに、ハウは半ば諦めたように言い、マズルたちに背を向けた。
二人の後ろにはジェシカとカサンドラが隣り合い、瓦礫に腰を降ろしていた。ハウとクロマは、思わずその二人の様子を見守っていた。
「……バレさんみたく、怒らないんだね。あちしのこと」
ジェシカは遠くで締め技を受けるマズルを眺めながら言った。
「確かに、危険な真似をして我々全員の手を煩わせたのは間違いない。だがそれを責めたところで、お前自身が変わることがなければ無意味だからな」
カサンドラもまた、諦めたように言った。
「なるほどね〜。そうだよね〜……」
ジェシカは曖昧な返事をした。そして、立ち上がるとカサンドラに向き直った。
「あのさ、ずっと言いたかったんだけど……。ごめんなさい。それからありがとう」
「ばかに素直だな。どういう風の吹きまわしだ?」
突然の謝罪と感謝の言葉に、カサンドラはやや面食らって尋ねた。
「捕まったり助けられたりでわかったんだ。今回、色んな人に迷惑かけたなって。それからあちしみたいなのを助けに来てくれるくらいには、みんな大事に思ってくれてたんだなって。これからは、もっと考えて行動しなきゃって、そう約束したくて……」
ジェシカはそこまで話すと、深呼吸してから続けた。
「だからその、これからよろしくね、……カーさん」
カサンドラは同じく立ち上がり、今度は大きく面食らって言った。
「か、母さんだと? そ、そ、それは本気で言っているのか!?」
「ち、違うの。カサンドラだから、カーさんって。ふ、深い意味はないんだからねっ」
詰め寄るカサンドラを、ジェシカは振り払うように背を向け、言い放った。
その顔は少し紅潮し、口元は緩んでいた。
「何でもいい。私を仲間だと認めてくれたということには変わりないのだろう? こちらこそ、よろしく頼むぞ、ジェシカ」
カサンドラは手を差し出す。
「……うん、よろしく。カーさん」
ジェシカは振り返り、笑顔でその手を握った。
「よ、良かった……。お二人とも、仲良くなれて。……うぅっ」
カサンドラとジェシカのやり取りを見守ったハウは、嗚咽を漏らした。
「本当ですね……。私たち、これでやっとひとつになれたような気がします」
クロマもハウに同調した。
「まったくです。いやぁ、良いものを見せてもらったなぁ」
「ええ、ええ。……ところで、ハウさん」
「何でしょう、クロマさん」
「あちら、そろそろ止めた方がよろしいのでは……?」
クロマの指す方向には、バレッタに海老反りにされるマズルが悲鳴を上げていた。
「そうですね。もう止めに入った方がいいでしょう」
ハウとクロマは、マズルの元へ駆け出した。
「エクリプス、と。そう名乗っていたのですか」
神殿内部。エールから事の顚末を聞いていたセタは繰り返した。
エクリプスが全員の前に現れた時、セタは別の場所で何かの調査をしていたという。
「確かにそう言っていたよ。彼はアンチ・ピースの代表だとも。つまりは敵の黒幕か……いや、ネビュラという名前も聞いた。心当たりのある名前では?」
「この地に伝わる、忌むべき邪教です。それは人々から幸福を奪い、生活や自由を脅かす存在です。奴らが信仰していたのがネビュラだったとは……」
「敵の構成員の名前も知らなかったということは、彼らはあまり大々的に行動していないのかな?」
「その通りです。敵が使役するのは大抵ダストか、あの狭魔獣たちでした。それは抵抗できる力が無いに等しいため。しかし、これからはそうもいかないでしょうから、奴らも手を打ってくるに違いありません。敵の一人だけでも、名を知れて良かったです」
その時、大勢の足音が近づいてきた。ツルギたちが神殿へと入ってきたのだ。
「セタさん、戻りましたよ」
「話があるんだろ? するなら早くしてくれよ」
マズルはバレッタにキッと睨まれた。彼女からのダメージはワカバの治癒で回復済みだったが、マズルは思い出して口を閉ざした。
「エール様、情報提供を感謝します。……それでは皆様、今後につきましてご説明いたします。が、その前に……」
セタは言葉を切り、視線を移した。
それは、二組が入ってきた対の扉だった。
「今からであれば、元の世界へ戻ることができます。戦いが始まれば、ここに戻ってくるのも難しくなります。ここで降りたいという方がいらっしゃいましたら、私は止めはいたしませんので……」
「セタ、アンタは……」
静まり返る空気。その中で、一人が手を挙げたのは、ジェシカだった。
「はい。あちし、ダチのレベッカに挨拶すんの忘れてたからさ、ちょっと行ってきていい?」
「はい、どうぞ……」
「ありがと。ちゃんと戻ってくるから、心配しないで」
ジェシカは扉の向こうに姿を消した。
「私も行かせてもらおうかな。剣術教室や試合のキャンセルをしておかないと、後々大変だからね」
エールも続けて扉をくぐった。
「わ、私も行ってきます。両親に挨拶をしたいので」
クロマは、二人とは反対側の扉をくぐった。
「みんな、戻ってくるみたいですね」
「説明するのも、全員揃ってからだろ? ちょっとゆっくりさせてもらうぜ」
ジェシカたちを見送り、呆然と立ち尽くすセタに、ツルギとマズルは声をかけた。
「ありがとうございます、皆様……」
セタはひとり呟いた。
ジェシカたちが各々の用事を済ませ、神殿へと戻った後、セタは詳しい説明は明日にすると言い渡した。
寝室にて、マズルとツルギは救出時以来となる会話を交わした。
「ちゃんと言ってなかったよな。ありがとよ」
「助けに行ったことなら、いいんですよ。当然じゃないですか」
「それもそうだが、もう一つある。俺の目を覚まさせてくれたってことだ」
「目を覚ました?」
「ああ。理屈をつけて、逃げてた俺に喝を入れてくれたんだ。おかげで、自分のやるべきことがわかったような気がする」
「それじゃ、戦う覚悟はできたということですね。セタさんも一緒に来るでしょうけど、その辺は大丈夫ですか?」
「まぁ、あいつのことは信用することに決めたよ。とりあえずな」
マズルは少し考えた後、続けた。
「ただあの女神さんはどうにも受け入れられん。悪い神様とは思えないけどな。だから、全部終わったら文句言ってやる。耳にタコができるくらいな」
「それでいいですよ。頑張りましょう、アニキ」
それを聞いたマズルはため息をついて返した。
「前からずっと思ってたがな、そのアニキっての、止めてくれないか?」
「えっ、嫌だったんですか? アニキ呼び」
ツルギは目を丸くして驚いた。
「そうだよ。なんだか身体がむず痒いというか、呼ばれる度にそう感じてた。そういや、お前の親父さんに重ねてたみたいなこと言ってたが、俺は俺だ」
ツルギは赤面して、目を逸らした。
「そ、そうですよね。じゃあなんて呼べばいいか……」
「マズルでいいだろ。俺にもちゃんとした名前がある」
ツルギもため息をひとつつき、口を開いた。
「わかりました。それじゃあ、これからもよろしくお願いします、マズル」
「おうよ。ツルギ」
二人は、拳を合わせた。




