救出突入作戦
夜明けを目前にして仄かに明るくなった森の中を、ツルギたちはできる限り静かに、そして素早く移動していた。
マズルとジェシカの居場所が特定され、一行はセタを先頭にして指定の場所へと急いだ。
その道中、誰も言葉を交わす気は起きず、ただ二人の救出だけを考えていた。
だが、マジーナはひとつ引っかかりがあった。走りながらツルギの耳元に近づくと、尋ねた。
「ねえ、ツルギ」
「なに?」
「なんていうか、上手く言えないんだけど、元気なくない? さっきからずっと」
「そうかな」
「その返事がもう覇気がないし。これから戦いになるってのに、そんなんじゃ……」
「恐れ入りますがマジーナ様、お静かに願います。そろそろ見えて参りますので」
セタの言葉に、マジーナの口は閉じられた。
見ると、前方には大きな建物がそびえ立っていた。灰色の壁が四方を囲み、窓は見当たらない。そこからは暖かな雰囲気はまるで感じられなかった。
「あそこはアンチ・ピースの所有する建物です。内部の様子は確認していませんが、どうやら捕虜を収容する施設のようで御座います」
「捕虜を? 確か、この世界には大国がひとつあると言っていたね。そこの人間が捕らえられているのかい?」
「以前はそうでした。しかし、現在では……。この説明は後にしましょう。今は一刻も早く、お二人を助け出しませんと」
セタは話を切り上げ、目の前の建物を見渡した。
「どうやらここの警備は手薄のようです。ですが、くれぐれも油断なさらないよう」
「うう、いきなり敵陣突入ってわけですよね。緊張してきた……」
ハウは楽器をぐっと抱きしめ、身を震わせた。
「もし怪我しても、ぼくが治すから安心して」
「あ、ありがとう。そうならないのが一番だけど……」
ワカバの気遣いも、今のハウには逆効果だった。
「私もできる限りの助力をいたしますのでご安心ください。入口はひとつしかないようなので、そこへ向かいましょう」
セタを先頭にして、一行は建物の入口へと向かった。
入口の正面まで回り込み、セタは再び周囲を確認する。どうやら敵の気配は感じられなかったらしく、セタは目配せで合図を送り、突入を実行した。
しかし、事は容易には行かなかった。どこからともなくゴツゴツした岩のような物体が飛んできて、地面に転がった。そこから細長い触手のような物が飛び出たかと思うと、四肢を形成して立ち上がった。
マズルとジェシカが遭遇した、あの怪物たちだった。
「なんだい? 気持ち悪い奴らだね……」
「『ダスト』と呼ばれる、言わば敵の兵士です。大した戦闘力はありませんが、大量に湧き出てきます。お気をつけください」
その言葉の通り、ダストたちは次々と現れ、ツルギたちににじり寄ってきた。
「き、来ましたよ……!」
「だ、大丈夫だよ。強くないって言ってたろ……」
バレッタは強気に言ったが、未知の怪物を目の前にして迂闊に動けなかった。
そんな中、ダストの一体が薙ぎ払われ、吹き飛ばされて消滅した。
カサンドラが先陣を切ったのだった。
「恐れることはない。我々はこれまでも狭魔獣と戦ってきたのだ。マズル殿とジェシカ奪還のため、力を合わせよう!」
カサンドラは全員に向けて言った。
「……その通りです。僕らならきっと大丈夫。勇気を出しましょう!」
「そうだね。気持ちで負けていては、勝てるものも勝てない。行こう!」
「や、やりましょう。やっぱり自信はありませんが、頑張ります!」
ツルギを筆頭に、全員が奮起した。
(流石、主が選ばれた勇者様方です。正直なところ、マズル様たちが離反なされた時は不安になりましたが、やはり私の目に狂いはなかったということですかね……)
セタは心の中で呟いた。
ツルギたちはダストの集団を一体一体攻撃していき、ある程度は倒すことができた。
だが、異変は突然起こる。
「ていっ! はっ……!? これは……!?」
エールの剣が砕けた。それも刀身がぽっきり折れたわけではなく、まるでガラスが割れるように粉々になっていた。
「私の槍が……?」
カサンドラの槍も同様だった。
そこに、ハウの悲鳴が響いた。
「いやっ、離して! ボクの楽器……!」
ダストの腕に巻き付かれたハウの楽器は、溶けるように消えてしまった。唯一の武器を失った三人は、マジーナたちの元へ集まった。
「アンタたちどうしたの? 武器と、ハウは楽器も壊れちゃって」
「私にもわからない。セタ君なら何か知っているのでは?」
「仮説ですが、武器がこの世界に適応できなかった可能性があります。あなた方の世界には存在しないダストと戦い続けた結果なのかも……」
セタは考えながら言うと、ハウが疑問を投げかけた。
「で、でも、ボクたち今までも狭魔獣とは戦ってきましたよ。武器が壊れるなんてこと、なかったのに」
「それはおそらく、こちらの世界にいたのが短時間だったためでしょう。あるいは、これまで戦ってきた負担が蓄積して、今になって影響が現れたということかもしれません」
「そんな……」
ハウは心細さに、自分の身を抱きしめた。
「とにかく、今戦えるのはバレッタ殿とマジーナ、クロマ、ワカバ、そしてツルギだけだ。我々は救出に回った方が良いのではないか?」
「仰る通りです。ここは二手に分かれるのが賢明でしょう」
「そうと決まれば、早く決めて向かおう。時間がかかればどちらにとっても不利になる」
ツルギたちは救出側とダストたちの足止め側に分かれ、それぞれの場所へ向かった。
「ツルギもこちらなのだな。セタ殿はどうしても譲らなかったが」
建物内部を駆けながら、カサンドラは訝しげに呟いた。
救出側にはエールとカサンドラ、ハウと武器が壊れていないツルギも所属しており、残りは全員ダストの相手をしていた。
これはセタが独断で決めた配分だった。
「僕にもわかりません。考えてる時間はないと思って、言われるままにしてしまいましたが」
「中にも敵がいることを想定したからかもしれない。それに、捕まっているのがあの二人だからかもね」
ツルギとカサンドラの会話を聞いたエールは口を挟んだ。
「と言うと?」
「マズル君とジェシカ君はキミたちの縁の仲間だと言うことだよ。自分の相棒は自分で助け出せ、という意味なんじゃないかな?」
それを聞いたツルギは、マジーナに言われたことも含め、考え込む。
「実を言うと、ジェシカじゃなく僕が行くべきだったと、そう思ってたんです。僕はアニキの相棒なんだから」
「彼の元にいられなかったと、後悔があったんだね」
「ええ。それに、アニキにはただの仲間という理由だけじゃない、不思議な気持ちがあったように思います。……もしかしたらだけど、父に似た何かをあの人に感じていたのかな、なんて。あ、これは言わないでくださいよ?」
「はは、もちろんだよ。それじゃ、早く二人を助けてここを出よう」
「はい、そうしましょ……おっと、やっぱり敵が」
目の前に現れたダストを、ツルギは反射的に斬り伏せた。
道が幾重にも分岐した建物内部を、ツルギたちは迷いながら進む。
そして、一行はひとつの小部屋を見つけた。




