合流編Ⅰ・後
魔獣『ラット・スター』は大きく口を開けて、鋭い歯をツルギたちに突き立てようと、勢いよく飛びかかってきた。間一髪、それを避けたツルギたち。隙をついて攻撃を仕掛けようと接近したが、後ろにも凶器があることを忘れていた。
敵の尻尾の棘鉄球が、ツルギの頭に直撃しそうになる。剣で防ぐことも間に合わず、彼は思わず腕で身を庇っていた。
が、鉄球はツルギのすぐ目の前で、身体に少しも触れることなく、地面に落ちた。まるで、見えない何かに弾かれるように。
「ご無事ですか、ツルギ様?」
セタがツルギの身を案じながら、駆け寄ってきた。魔獣は警戒し、様子を伺うように後ろに下がった。
「大丈夫です。でも今のは…? 僕の前に壁ができたような?」
「私の能力です。見えざる障壁を張り、身を守ることができます」
障壁の生成。それがセタの力だった。マズルやバレッタが詰め寄ろうとした時、一定の範囲に近づくことができなかった。それも、この力らしい。
「ありがとう。助かりました」
「礼には及びません。しかし、あまり過信はされませんように。必ず守って差し上げるとは、約束できませんゆえ」
「わかりました。気をつけます」
「それに、奴に攻撃するには一度障壁を解除しなくてはなりません。先にも申し上げた通り、攻撃は皆様にお願いしていますからね。…では、準備はよろしいですか?」
セタが指を鳴らすと、魔獣の前に張られた障壁が消えたようだった。魔獣は恐る恐る空中を確かめながら、ゆっくり前進してきた。ツルギは再び、剣を構えた。
「ねぇツルギ、どうするの…? 勝算はあるの?」
マジーナが、突然後ろからしがみついてきた。不安からか、声が震えていた。彼女は当初から魔法攻撃を何度も仕掛けていたが、あまり効いている様子はなかったのだ。
「勝算というほどでもないけど、ひとつ策はある」
「ホントに? 教えてよ」
「うん。これはマジーナがいないとできないことだからね……」
ツルギはマジーナにひそひそと耳打ちした。彼女はうんうんと頷き、作戦を理解したらしかった。
「さっすがツルギ。いいと思う。それじゃ、作戦開始ね!」
マジーナは魔獣の後ろに回り込むと、言った通り尻尾の鉄球に狙いを絞り、魔法を撃ち込み始めた。魔獣はそれに気づき、彼女の方を振り向いてにじり寄ってきた。
「いやっ、ちょっとツルギ! こうなるのは聞いてないわよ!」
魔獣とツルギとを交互に見ながら、マジーナは叫んだ。ツルギは慌てて、魔獣の気を反らしに向かった。
そのやり取りを見ていたマズルとバレッタ。彼らの攻撃も、魔獣には大きな効果がなく、様子を伺うことしかできていなかった。
だが、ツルギとマジーナのしようとしていることはわかったようだった。
「あの子たち、どうやら尻尾に攻撃を絞ってるみたいだね」
「ああ。なんとなく、やりたいことがわかった気がする。援護してやるか」
「よし。任せな」
マズルは銃を構えた。バレッタはマズルと銃に手を添え、魂を込める。
エネルギーの満たされた銃から弾が放たれると、魔獣の身体に全弾命中。目論見通り、魔獣は今度はマズルたちに標的を変え、そちらに向かっていった。
「俺とツルギで注意を引きつける。お前は安全な所に身を潜めてな」
「…ああ。そうさせてもらおうか」
マズルはツルギの元へ向かい、バレッタは反対側へと移動した。身を潜める、とは言われても、周囲にあるものといえば瓦礫くらいのもので、隠れるには心もとなかった。
それ以前に、彼女の性格から逃げ隠れることはできなかった。せめて弱点を探ることくらいはしようと、離れて動きを観察することに至った。
そんな中、バレッタの目には懸命に呪文を唱えるマジーナの姿が映った。
「"エル"! "レール"! …ああもう、狙いが定まらないじゃない。ツルギ、もっとしっかり足止めしてよ!」
マジーナはなかなか攻撃が命中しないことに苛立っていた。ツルギに当たる彼女の様子をしばらく見ていたバレッタだったが、しびれを切らしたようにマジーナの元に向かった。
「ちょっとアンタ、しっかりなさい」
「な、何よ。あなたに言われるまでもないわよ…」
マジーナは初対面の相手にいきなり話しかけられ、戸惑いつつも答えた。
「強がるのもいいけど、この中で魔法が使えるのはアンタだけなんだろう? だったらなおさら、冷静にならないと。できるものもできなくなっちまうよ」
バレッタの言葉が効いたのか、マジーナはそれ以上何も言い返せなかった。
「落ち着いて。今だ、って思った時に撃てばたいてい当たるんだ。アタシも、マズルの銃撃を後ろで見てるからわかるのさ」
「…わかったわ。やってみる」
マジーナは冷静になり、魔獣に指を向けて機会を伺った。
そして、魔獣が自分の延長線上に来て、動きが止まった一瞬をつき、彼女は大声で唱えた。
「今だっ、"エル"!!!」
マジーナの指先から発せられた炎は、吸い込まれるように魔獣の尻尾に飛んでいった。先端の鉄球に命中すると、熱せられて赤く発光した。
自らの身体に高熱を帯びた魔獣は焦り、尻尾を持ち上げてもがいた。それを待っていたとばかりに、ツルギは魔獣に飛び込んでいき、剣で尻尾を切り落とした。
鉄球は魔獣の脳天に直撃し、重みと熱さで目を回したようだった。その隙を逃さず、ツルギは叫ぶ。
「今です! とどめを…!!」
マズルはありったけのエネルギーを解き放った。極太の光線が直撃し、決着はついた…ように見えた。威力が足りなかったのか魔獣はまだ息があり、ピクピクと手を動かしていた。
「皆様、まだ終わっていません。完全に息の根を止めなくては…」
セタはせきたてるが、マズルの塊は消耗しており、次の攻撃は難しかった。
それを判断したのか、バレッタはマジーナの手を掴むと、マズルの所まで走った。
「ちょっと、何するの…!?」
「少し力を分けてほしいの。マズル、この子の魂を銃に!」
バレッタは銃に手を置き、マジーナの塊を装填した。マズルが引き金を引くと、炎の混じった光線が放たれた。それを浴びた魔獣は跡形もなく消え去り、今度こそ勝敗は決した。
「はぁ、はぁ…、ご苦労さん、マズル。それから、あんたもね。マジーナ…だったよね?」
「う、ううん。私は大丈夫。…その、ありがとう。…バレッタさん」
バレッタとマジーナの二人は、互いの目を見合わせて微笑んだ。その様子を、セタは満足そうに眺めていた。
魔獣を倒した後、未だに二組は元の世界に帰れず、謎の空間に留まっていた。だがマジーナとバレッタの二人は嫌な顔をせず、会話を膨らませていた。
「…それでね、私は魔法塾では一目置かれる生徒なのよ。たまに失敗もするけどね…」
「すごいじゃない。アタシは魔法なんて何もわかんないけど、周りから認められてるなら、きっと優秀なんだろうね」
「優秀だなんて…。でも悪い気はしないな。そう言ってもらえると」
マジーナは顔を赤らめて笑顔を見せた。心底嬉しそうな表情をしている。
その様子を少し離れた場所で、マズルとツルギ、そしてセタは見ていた。
「楽しそうだな、あいつら」
「ええ。なんだか、初めて会った感じはしませんね。そんなはずはないのに」
「それだけ、お二人の相性が良かったということでしょう。やはり、あの方々の縁が本物だったと確信しました」
セタはこうなることがわかっていたかのように言った。その言葉にマズルも、何かを確信したように尋ねた。
「あんたがしたかったのはこういうことなのか? 俺とツルギの世界で仲間を見つけて、ここで会わせろって」
「要約すればそうなりますね。現に、あなた方は最高の相性のお仲間を見つけていただきました。滑り出しは上々といったところでしょう」
臆面もなくセタは言った。マズルもツルギも、やれやれといった表情で顔を見合わせた。
「そっちはあんまり仲良くないみたいね、ツルギ」
バレッタとマジーナは会話を終えたのか、三人の元へ来ていた。
「だって会って間もないし。まだお互いのことも良くわかんないからね」
「でも私たちはそうでもないわよ。ね、バレッタさん」
「まぁね。まさかこんなに話が合う人がいるとは思わなかったよ。それも異世界にさ」
二人はすっかり意気投合したようだった。マズルは特に何も思わなかったようだが、ツルギは対抗心というのか、何かが心の中で燃え上がったことを感じていた。
「マズルさん、僕らももっと仲良くなりましょうよ」
「仲良く? 何でそんな必要がある?」
「戦いでも大切なことですよ。お互いの連携が取れなきゃ、勝てるものも勝てませんから」
マズルは少し考えたが、ため息をひとつつくと了承した。
「まぁ、一理あるかもな。で、仲良くなるにはどうするんだよ?」
「そうですね…。呼び方を変えてみるとか? 実はちょっと考えてたんですけど………『アニキ』って呼んでもいいですか?」
思いもよらない言葉に、マズルは吹き出した。
「ぶっ、あ、アニキ!? 何でだよ…?」
「追体験や今回の戦いでわかったんです。マズルさんはすごく頼りになる人だって。なんだかアニキって言葉が合うかなと思って。…ダメですか?」
「いいじゃん。マズル、認めてあげなよ」
マズルの代わりにバレッタは答えた。だが、マズルは頑なに拒んでいた。
「嫌だよ。何で血の繋がりもない奴にアニキだなんて…」
「ふふっ、でもなんかイイな。そういう関係。…あのーバレッタさん、私も『姉さん』って呼んでもいい…?」
「ね、姉さん? 構わないけど、なんだか照れくさいね…」
「そんなら『バレ姉』ってどう? 愛称みたいで良くない?」
「なんでも好きに呼べばいいさ。ねぇマズル?」
バレッタとマジーナの呼び名が決定したことで、マズルは追い込まれていた。やがて、仕方ないという風に彼は答えを出した。
「はぁ、わかったよ。好きに呼べ。だけど俺は、普通にツルギと呼ぶからな」
「やった、よろしくお願いします、アニキ」
それぞれの関係が構築された頃、セタは口を開いた。
「皆様、此度は本当にお疲れ様で御座いました。名残惜しいこととは存じますが、これより元の世界にお帰りいただきます」
「そっか、そうだよね…。帰らないとね…。寂しいけど仕方ないよね」
「アタシも残念だけど、家に帰りたいからね」
二人は別れを惜しむが、セタはその気持ちを労るように続けた。
「心中お察しいたします。ですが、すぐにまた会えますよ。私の望みを叶えていただければ、ですがね」
「仲間を集めろ、ってか。それで、俺はまた追体験する羽目になるのか…」
「はい。マズル様の精神だけ、ツルギ様の世界に向かうことになりますね。よろしくお願いします」
「はいはい、断っても無意味だろうし、了解しましたよ」
いよいよ別れの時となり、マジーナとバレッタは手を取って挨拶を交わした。
「それじゃ、しばしのお別れね。元気でね、マジーナ。それからツルギも」
「うん、また必ず会おうね、バレ姉。マズルさんも」
ツルギとマズルは、互いの世界に行くため別れの挨拶はせず、ただ一言だけ伝えた。
「じゃ、またよろしく頼むぜ」
「ええ、よろしく頼みます、アニキ」
まだその呼び名に慣れないのか、マズルは頭を掻いた。
そして、全員の意識は薄れていき、その場には誰もいなくなっていた。
ただ一人、セタを除いては。
「…私です。こちらではセタと名乗っています。プロジェクトの第一段階は順調に始まりました。予定通り、皆様の動向を見守り、次のステップに移るつもりです。ご心配なさりませんよう…」
何者かと連絡を取ったセタもまた、すぐに姿を消していた。