神使の解説
マズルとジェシカを乗せた大地は、裂け目に分断されてどんどん離れていく。
「ちょっとちょっとジェシカ! なんであんたまでそっちへ行っちゃうの!?」
声が届かなくなる前にと、マジーナは大声で呼びかけた。
「ごめん、あの人についていてあげなきゃって思って。ちゃんと二人で一緒に帰って来るから。……多分!!」
ジェシカが言い終わる頃には、引き裂かれた大地は一同から離れてしまっていた。もはや、誰の声も届かないほどに。
「多分帰るって……。本当に大丈夫なの?」
「まったく、しょうがないねアイツらは。……とにかく、ここにいてもどうしようもないよ。何か二人を探す方法を考えないと」
バレッタはマジーナの肩に手を置き、気丈に振舞った。
だが、見知らぬ土地で何か策が思いつくはずもない。そこに、セタからの声がかかる。
「皆様。このような事態の中、誠に恐縮ですが、一度神殿へと戻りませんか? 主にも報告し、これからの行動を考えたいと思いますので……」
「……わかった。そうしよう」
バレッタは苦々しい表情で答えた。多少の不信感はあれど、いま力になるのはセタたちしかいない。そう考えての結論だった。
全員が神殿に戻る中、ハウだけは心配そうに二人が消えた場所を見つめていた。
「はぁ……。マズルさん……どうか無事でいてください……」
「ハウさん。大丈夫?」
「あまりご無理なさらないでください。とりあえず、屋内に入りませんか?」
ワカバとクロマはハウを心配し、声をかけた。
「アニキなら、きっと大丈夫。何故と聞かれると、上手く説明できないけど」
ツルギは不安を無理やり吹き飛ばすように、ハウに微笑みかけた。
「……そうですよね。皆さんありがとうございます。もう大丈夫です。行きましょう」
三人に支えられ、ハウも神殿へと戻った。
再び一番奥の間に集まった、マズルとジェシカを除く一同。彼らの視線の先にはセタと、その主コスモが鎮座していた。
「……ということで御座いまして、マズル様とジェシカ様がはぐれてしまいました。私がついていながら、弁明のしようもありません」
一連の状況を、主に細かく説明し終えたセタ。コスモはただ静かに聴き、報告が終わると話し始めた。
「なるほど。今回の件に関しては誰も咎めません。反発する者が出るとは考えていなかったわけではありませんので。しかし、分断されるとは想定外でした。なんとしても、二人を戻さなくてはいけません」
「はい。それも含めまして、これから皆様と話し合う所存であります。では……」
セタは一同に向き直った。
「それじゃ、話してもらおうか。まだ色々と、伝えたいことがあるんだろ?」
ここぞとばかりに、バレッタが口を開いた。
「よろしいのですか? マズル様とジェシカ様がお戻りになってからでも遅くはないと思いますが」
「アイツらには後で話してやれば大丈夫さ。それよりも、まず今ここにいる全員に納得してもらった方が良くないかい?」
場にいる全員が、ひとりひとり頷いてバレッタに賛同の意を示した。
「……かしこまりました。では、この世界のことから解説いたしましょう」
この世界、ソラトニアには一つの大国"フォーグ"と、各地に散らばる集落が存在し、民は作物を国に捧げ、国は民に相応の対価を与えることにより、世界は栄えていました。
国が一つしかないため、人々の間には大きな争いこそなく、永きに渡って世界の平穏は保たれていました。
しかし、ある時からその平穏は崩されることになります。突如として、悪しき者たちが現れたのです。
「悪しき者たち?」
マジーナが口を挟む。話を遮ってしまったことで、ばつが悪そうに自分の口を塞いだ。
「左様で御座います。"アンチ・ピース"と名乗る者たちがこの地に現れ、人々に『不の種』を撒き散らし始めたのです」
「不の…種? ぼくでも聞いたことないなぁ。それって、どんな植物の種ですか?」
今度はワカバが口を挟んだ。
「種と申しましても、実際には植物ではないのです、ワカバ様。魔術の生み出した見えない力、とでも言いましょうか。奴らがばら撒く不の種は、人の脳内に入り込み、思考や感情を狂わせるのです。この世界の人々はそのせいで、築いてきた平和を壊されてしまいました……」
セタは悲痛な声をあげ、項垂れた。場には重い空気が立ち籠める。
「あなたたちも、この世界の出身だったんですか?」
ツルギは尋ねる。
「はい。先刻も申し上げた通り、我が主はあなた方の世界と、実はこの世界を創り上げたお方でもあらせられます。ですが、あの狭魔獣たちがこの神殿に巣食い、ここを封印してしまいました。奴らもアンチ・ピースの手先なのです」
「狭魔獣たちも? では、そのアンチ・ピースとやらが全ての元凶だったということだね」
エールが要約し、セタは頷く。そして話を続けた。
「私は閉ざされた神殿の中から聴こえる主の声とやり取りし、長い年月をかけて封印を解こうとしました。私は神に使える、言わば神使ということになります」
驚く一同。人の姿こそすれど、只者ではないと誰もが思っていたセタの正体を、ようやく知った瞬間だった。
「神使ねぇ……。正直突然言われてもピンと来ないよ。アンタの後ろにいるのが神様ってことも、完全に呑み込めていないんだし」
「問題ありません。徐々に理解していただければ。……話を戻しましょう。私たちは神殿の封印を解き、この世界の崩壊を防ぐために様々な手段をとって参りました。その根幹となるのがあなた方。私は手始めに"勇者捜索プロジェクト"を施行したのです」
セタはツルギたちに向けて両手を広げる。
ツルギとカサンドラを除いた全員がそれぞれ、互いの顔を見合わせた。




