宙の世界
「えー、もう一度聞いてもいいかな。世界を創りし、神……で間違いないのか?」
マズルは頭を掻き、コスモの言葉を復唱した。
「間違い御座いません。極めて正常ですよ」
その問いには、本人ではなくセタが代わりに答えた。
「……そりゃどうも。んで、その神さんが俺たちに何の用なんだ?」
「恐縮ですがマズル様、もう少し言葉遣いにお気をつけいただければ幸いです」
セタはいつになく険しい表情で諌めた。マズルは思わず口をつぐんだ。
そこに、思わぬ横槍が入る。
「失礼。セタ君の主様にして、我々の世界の創造主。コスモ・ステラノバ様とお伺いしましたが、私どもが信仰しております、女神コスモスとは関係があるのでしょうか?」
質問の主はエールだった。恭しく片膝をつき、反対の手を地につけ、まっすぐにコスモに視線を注いでいる。しかし、普段は見せないような緊張が顔に現れていた。
「流石はエール様ですね。お察しの通り、我が主はあなた方が信仰されている女神コスモスその方で御座います」
セタは満足げに微笑んだ。エールはまた、平時は見せない精神の高揚を露わにした。
「や、やはり! 我らが信仰する女神に直接対面できるとは……。身に余る光栄であり、何と言い表せば良いか言葉が思いつかず……」
「エール様。お気持ちは重々承知しておりますが、どうかお鎮まりください。後ほどご説明いたしますので」
セタは両手を差し出し、まるでどうどうと猛獣を宥めるように言った。
「ああ……すまない。取り乱したようだね」
エールはそそくさと、後ろに下がった。
「ではセタ。説明をお願いできますか?」
「仰せのままに。それではまずは我が主、コスモ様の説明からいたしましょう。先ほど仰られた通り、主はあなた方の住まう世界を創造されたお一方なのです」
セタは仰々しく手をかざし、コスモを讃える仕草をした。
「創造したって、私たちの国も、海も山も、みんな?」
「左様ですマジーナ様。無論、マズル様たちの世界も同様です」
信じられないとばかりに、目を丸くして質問するマジーナ。その他の全員も、概ね同じ反応だった。
「創造主……。にわかには呑み込めませんよね。いえ、信じていないということではないのですが」
「無理もありません、クロマ様。私もすぐに理解していただけるとは想定しておりませんので」
セタの慇懃無礼な物言いに対し、マズルは苛立ちを隠そうともせず、口を開いた。
「それより、本題に入ってくれよ。俺たちを呼び出したのは、説明をするためなんだろ?」
「勿論で御座います。ではここではなんですので、外へご案内しましょう。主、しばしお待ちくださいませ」
「わかりました。皆様にご説明のほど、よろしくお願いしますね」
コスモを残し、セタは歩き出した。一同もぞろぞろと、その後に続く。
二組が入ってきた対の扉の間には通路があり、セタを先頭にそこを通過すると、巨大な扉が開いていた。
その先には広間があり、更に奥にはまた巨大な扉が、その奥にはまた広間があった。
どれも、全員が見覚えのある光景ばかりだった。
「セタ殿。もしやと思うが、ここは今まで我々が戦ってきた場所なのか?」
カサンドラは何度目かの広間を通り過ぎた後、声をかけた。
「やはりお気づきですか。カサンドラ様の仰る通り、この神殿は皆様が狭魔獣たちと戦ってきた場所です。
十二の魔獣たちが内部を占拠しており、我が主は一番奥の間に封印されておりました。皆様に魔獣たちを全て退治していただいたおかげで、無事封印が解かれたのです。
今まで十分にお伝えできていませんでしたが、感謝してもしきれません。本当に、ありがとうございました」
セタは一旦歩みを止めて振り返り、頭を下げた。そして再び前を向き、歩き出す。
やがて、入口に隣接する広間へ到着した。そこはツルギとマズル、バレッタとマジーナの四人で初めて魔獣と戦った場所だった。
セタは最後の扉を開け、外の光を神殿内に入れた。
その光の中にセタは消えていき、姿が見えなくなった。一同は警戒しつつも、そのあとに続いた。
神殿の外に広がっていたのは、一面の星空と白い雲、そして草木の生い茂る広大な大地。しかしそれは、ハルトダム王国でもスピルシティでもない、未知の光景だった。
「一体ここは何処なんですか? 僕らの世界じゃないはずですが……」
「俺らの街にも、こんなとこはなかったはずだな。見る限り、建物は見えねえし……」
ツルギとマズルは周囲を見渡すが、自分たちの馴染みのある物は何ひとつ見つからなかった。
「ここは宙の世界"ソラトニア"と呼ばれています。あなた方の世界と世界を繋ぐ、ちょうど中心に位置する世界です」
「繋ぐ? 中心? あちしたちの世界は、風船みたいに空にプカプカ浮かんでんの?」
分かりやすい、言い換えれば幼稚ともいえる例えを出したのはジェシカだった。だが、その例えはあながち間違いではなかった。
「そう考えていただいて問題ありませんよ、ジェシカ様」
「マジ? あちしってば、世界の仕組み理解しちった?」
ジェシカは得意げに笑みを浮かべた。
セタは解説を続ける。
「そして、この世界は現在、未曾有の危機に立たされています。皆様にお願いするのは、この世界を救っていただくことで御座いまして……」
突然飛び出したセタの言葉に、いち早く反応したのはマズルだった。
「救う、だと? この世界を? どういう意味だよ? 俺たちはお前の言う事に従えば、望みを叶えてくれるって聞いてたんだぞ?」
「これから詳しく説明いたします。何しろこれは、皆様にも深く関係することでありまして……」
しかし、マズルはその言葉が終わる前に、セタに背を向けていた。
「マズル様……?」
「……お前を信じた俺が馬鹿だったよ。結局お前は俺たちをいいように言いくるめて、自分たちの都合の良いように動かしてたってことだろ……。もういい加減にしろよ!!」
その時、地が大きく揺れた。ちょうど、マズルの立っている場所の地面に大きな亀裂が入ったかと思うと、それはみるみる大きくなっていく。
「!? これは一体……?」
「マズル様、早くこちらへ! このままでは分断されてしまいます!!」
しかし、マズルは動こうとしなかった。突然のことで動揺していたことと、セタに対する不信感が彼の足を縫い付けていた。
マズルは踵を返すと、セタたちから離れていく。その背を、一人が慌てて追いかけた。
「マズさん、ちょっと待ってよ!!」
「あ、あのっ! ボクもそっちへ……!」
ジェシカは亀裂を飛び越え、彼の後を追う。ハウも同様にしようとしたが時すでに遅し、地面の亀裂は飛び越せないほどに広がっていた。
「ハウ、駄目! アンタは戻るんだ!!」
「行かないでマズルさん! マズルさぁぁぁん!!」
ハウの声は虚しく、ぽっかりと空いた闇に木霊するだけだった。




