セタの案内
冷たい空気が漂う広間。そこには一人の足音だけが、コツンコツンと静かに響いていた。
マズルたちとツルギたちを送還させると、セタは奥の扉を開け、中の様子を確認し、更に奥の扉を開けていた。
そして、その中にいる何者かと会話を始めた。
「お体の調子はいかがでありましょうか、我が主?」
恭しく尋ねるセタ。その表情には裏も偽りも無い。
「問題ありません。長きに渡り封じ込められていた故に、すぐに力を取り戻すのは容易なことではないと思いましたが、貴方が少しずつ封印を解いてくれたおかげかもしれませんね」
声は答えた。これまでマズルやツルギたちには何の説明もなかった"封印"という言葉が出てきたが、セタは頷きながら聴いていた。
「ええ。正確には、マズル様方とツルギ様方のお力添えの賜物です。ところで、前の広間の狭魔獣ですが……」
「私が滅しました。力をほぼ取り戻したおかげで、あの程度の魔獣ならば簡単に」
「流石は我が主です。……では、時は来たと判断してよろしいのですね?」
セタは深く頭を下げた後、目つきを鋭くして尋ねた。
「はい。貴方にはいつも苦労をかけますが、頼みますよ」
「とんでも御座いません。あなた様の願いとあれば」
「ありがとう。しかし、この行いに世界がかかっていることを忘れてはいけません」
「承知しております。では、また後ほど……」
そう言うとセタは、一瞬で姿をくらました。
場所は移りスピルシティ。ソルブ・トリガー事務所にて、五人揃ったマズルたちは全員、各々のケータイに視線を落としていた。
「セタの奴、こんなメールを全員に送るなんて、一体どういうつもりなんだ?」
強制送還された翌朝、五人のケータイには、一言一句違わない文章が送られていた。
その内容は『本日正午きっかり、スピルシティ西部の神殿にてお待ちしております。そこで全てをお話しすることを約束いたしましょう』というものだった。
「怪しさ満点だよね。いっそ行かないって選択肢もあるけど?」
バレッタはケータイを振りながら苦笑いしていた。
「しかし、文面からは潔さのようなものも読み取れる気がする。彼の真意を確かめるためにも、行ってみる価値はあるかもしれないよ」
エールは冷静に私見を述べた。
「セタっち、そこまで悪い人じゃないと思う。何でって言われたらわかんないけど」
ジェシカは軽い口調ながらも、感じたままに思いを伝えた。
「マズルさん、セタさんに色々聞きたかったんですよね? ボクたちも向こうの世界の人たちのことが気になりますし……思い切って行ってみませんか?」
ハウはおずおずと尋ねた。
マズルは少し考え、結論を出す。
「よし、こうなりゃ行ってやるか。あいつの言う通り、全て話してもらおうじゃねえか。バレッタもそれでいいか?」
「オッケ。アタシもみんなが行くってんなら従うまでよ」
「そうと決まれば早いところ行こう。正午まで時間がねえ」
マズルたちは身支度を整え、約束の場所へと出発した。
一方、ハルトダム王国。ツルギたちも帰還後に拠点で、セタからの通知に目を通していた。ただし、こちらは一枚だけの手紙だった。
「セタさん、こんな手紙寄こして何のつもりなんだろう。東の神殿に、正午きっかりに来いってさ」
マジーナは腕組みをしてウロウロと歩き回りながら呟いた。
その手紙にも、マズルたちに届いたメールとほぼ同じ文面が綴られていた。違うことといえば、神殿の位置が西ではなく東であることくらいだった。
「神殿に何かがあるのかな。どうにも説明不足で、怪しく思えるけど……」
バレッタと同じく、疑心を抱くツルギ。
「昨夜の別れ際に聞いた謎の声も気になるな。十分に警戒しつつ、神殿へ向かうのが良いかと思うが」
カサンドラは私見を述べる。
「セタさんのことですから、私たちを罠にはめようとか、そんなことをするつもりはなさそうですが……。それに、またあちらの皆さんと会えなくなるのは辛いです」
クロマは迷いを見せながらも、自分の思いを伝えた。
「僕もハウさんたちと会えなくなるの嫌だ。セタさんのおかげでみんな会えたんだもん……」
そう言うとワカバは項垂れた。クロマはその肩をそっと抱いた。
「大丈夫だよ。どのみち行く気でいた。みんなもそれでいいですか?」
「もっちろん。どこにだってついていくんだから!」
「はい。微力ながら、皆さんの力になりたいと思います」
「むろん皆の盾として、行かないわけにはいくまい。よろしく頼むぞ」
「僕だって。眠くても頑張るからね」
「よーし、そうと決まれば急ごう。あまり時間はない」
全員の意思確認の後、ツルギたちも神殿を目指して出発した。
西の神殿に向かうマズル一行。そこは人気の少ない寂れた地帯で、吹く風も心なしか冷たく感じられた。
「ここに来るのも久々だな。しかし相変わらず寂しい所だ」
マズルは辺りを見回しながら言った。崩れた瓦礫があちこちに転がり、より悲壮さを増幅させている。
「マズさんここ来たことあんの? 何しに?」
「大した用事じゃねえさ。ただガキの頃に遊びでな」
「男の子ってそういうの好きですよね。ボクもちょっとわかります」
「そうそう。秘密基地作ったりとか、探検したりとかな」
「思い出話の途中で悪いけど、もう間もなく正午だよ。早く行こうよ」
バレッタは腕時計を見ながら言った。
五人は入口の扉を押し開け、更に冷たい空気の立ち籠める内部へ入っていく。
「中はこうなってるんだ。こんな大層な建物、誰がいつ造ったんだろう?」
薄暗い神殿内を歩きながら、バレッタは呟いた。
「見たところ、相当古いと思われるね。正確な年代は不明だが、築数百年は経っているのではないかな? 誰が何の目的で造ったかは分かりかねるが」
「なんか、ゲームのダンジョンみたいでワクワクする。ね? ハウりん?」
「わ、わかってて言ってますね……? はぁぁ、こんな怖い所だなんて思ってなかった……」
ハウはジェシカの背中にしっかりと掴まったまま答えた。
しばらく歩くと、前方に人影が見えた。長髪にハットを被った、セタ本人だった。
「ようこそいらっしゃいませ。お越しいただき、大変嬉し……」
「ああ。来てやったぜ。御託はいいから、早く用件を話してもらおうか」
マズルはセタに銃を突きつける。前回生まれ変わった、銀色の長銃だ。
「ちょっとマズル、いきなりそりゃ野蛮すぎだろ……」
バレッタは慌ててその手を下ろさせた。
「恐れ入ります、バレッタ様。手荒な真似はしませんので、安心していただけるとありがたい」
「……わかったよ。じゃ、話ってのをしてくれ」
「はい。ではこちらに来ていただけますか?」
セタは背後の扉を開け、その中に入っていった。
ハルトダム王国でも、ツルギたちは東の神殿に到着し、同じように内部へ進んでいた。
「この神殿、かなり昔からあるようだけど誰が造ったんだろ?」
マジーナは薄暗い神殿内を歩きながら呟いた。
「私が子どもの頃には既にあったはずだ。だがそれよりずっと前には造られていただろう。推測にはなるが、築数百年ほどだろうか……?」
「ワカバさん、暗いけど眠気は大丈夫ですか?」
「……大丈夫。頑張る」
ワカバは自分の頬をパチパチと叩いてしゃきっと背筋を伸ばした。
やがてツルギたちも、人影に遭遇する。
その人物も、セタ本人だった。
「ようこそいらっしゃいませ。お越しいただき、大変嬉しいですよ。ありがとうございます」
「セタさん。僕たちに話してくれるというのは、一体何なんですか?」
「これから説明しますよ、ツルギ様。まずはこちらに来ていただけますか?」
セタは自分の背後の扉を開け、中に入っていった。
同じ頃、マズルたちはセタに続き、扉をくぐった。
ツルギたちも、同じくセタに続いて扉をくぐる。
双方の世界が繋がる時、真実が明かされる。




