合流編Ⅸ・後
残り一体となった相手を前に、マズル率いるスピルシティの面々と、ツルギ率いるハルトダム王国の面々は集まり、魔獣に対峙した。
「あいつ一体なら、楽勝よね。さっさとやっつけちゃ……」
意気込むマジーナは言葉を切った。鶏の魔獣、アイアン・トリスは羽を広げ、勢いよく羽ばたかせ始めたのだ。
身構える一同の前で、魔獣は強烈な風を巻き起こし、宙に舞い上がった。
「なっ、あいつ飛ぶの? 鶏のくせに?」
魔獣は空中から風とともに鉄の羽根を撒き散らした。高所からの重力も加わった攻撃は激しさを増しており、ハウの防御壁をも破るほどだった。
「痛たっ! そんな、守りきれないなんて……」
「ハウさんしっかり。大丈夫……?」
「ありがとう。なんとか無事、かな……」
「無理はしない方がいいよ。防御、頑張ってくれたね。少し休んでなよ」
「すみません、そうさせていただきます」
ハウは腕の負傷をワカバに治療され、バレッタに従い一度後方に下がった。
魔獣は上空を飛び回り、挑発にも威嚇にも似た鳴き声を上げている。
マジーナたちはなんとか攻撃を仕掛けようにも、上手くいっていなかった。
「ああもうっ、あいつのところまで届かないじゃん」
「届いても、あの翼で巻き起こされる風で魔法が跳ね返されてしまいます。一体どうしたら……」
「マズル様の銃ならば、突破できるやもしれません。あるいは」
手をこまねく一同に、突然声がかかる。それはセタの声だった。
「俺の銃だと? 何でお前がそれを……ってか、こいつは壊れてるって知ってんだろ?」
「私の予感が正しければ、そろそろ目覚めてもいい頃合いです。いえ、むしろ遅いくらいなのですが」
何を言っているかわからない様子のマズルだったが、ツルギは何かに気づいたらしかった。
「もしかして、これと同じことを言ってますか?」
その手には自分の愛剣が光る。セタは満足気に頷いた。
「左様で御座います。マズル様の銃も、ツルギ様の剣と同じように目覚めの時が来るはずなのです。どうか私を信じて、試していただけませんか?」
「んなこと言われたって、信じられるわけ……」
口ごもるマズルに、ツルギたちが詰め寄った。
「アニキ、ここは言われた通りにしてみましょう」
「他に手がないんじゃ仕方ないだろう。変な意地張ってんじゃないよ」
「キミに頼るしかないならば、私は全力で応援する。それが例え力になれなくともね」
「マズさんのこと信じてるからさ、ファイトッスよ。ハウりんたちもきっとそう思ってるし」
「皆の期待はさぞ重いだろうが、応援している。ふぁいとだ、マズル殿」
「……だぁぁわかったよ。やってみりゃいいんだろ? 失敗してもがっかりすんなよな」
ツルギたちの視線とプレッシャーに耐えきれなくなったマズルは、横を向いて言い放った。ツルギたちは顔を見合わせて笑みをこぼし、場の緊張が少しほぐれていた。
飛び回る魔獣に向けて、マズルは銃を構え、引き金を引いた。
だが、そこから出るものは魂の弾丸ではなく、ごく小さな爆発と青白い煙だけだった。
「くそっ、やっぱダメか。バレッタ、もっと魂込めを」
「そうしたいのは山々だけど、なんかヤバい気がするんだ。銃が暴発して、取り返しのつかないことになりそうで」
マズルの銃からはあちこちから煙が漏れ、いかにも危険というレベルに達していることは、素人の目から見ても明らかだった。
「だけど、これに賭けるしかねえんだろ。だったら……」
「やってみましょう、バレッタさん。僕がアニキのサポートをしますから」
ツルギは突如として名乗り出た。二人とも討論を止め、ツルギを見る。
「サポートってお前、どうするつもりだ?」
「銃身を支えます。そうすれば、万が一の時でも狙いが定まるでしょう?」
「万が一って、そん時はお前は……」
「考えてる暇はありません。敵は待ってくれませんよ」
魔獣はしびれを切らしたのか、再び大きな鳴き声を上げ、攻撃態勢に出ている。ツルギの言う通り、時間はなさそうだった。
「わかったよ。しっかり持ってろよ、ツルギ!」
「はい、了解です!」
マズルはもう一度銃身を魔獣に向け、ツルギはそれを肩に担ぐ形で固定し、準備を整えた。
「じゃ、やるよ……」
全員が固唾を呑んで見守る中、バレッタは銃に魂を装填し、マズルは意を決して引き金を引いた。
次の瞬間、凄まじい音が銃から発せられた。だが、肝心の弾丸はまっすぐ飛ばず、辺り一面に拡散した後に霧散していった。
「くっ……ダメか」
「もう一度やりましょう。次はきっと……」
「ツルギ、お前……大丈夫なのか?」
ツルギは肩を押さえてよろよろと立ち上がった。
暴発の衝撃が原因であることは、容易に想像がつく。
「平気です。それより早く……」
「無理だ。お前の体がもたねえぞ」
「どのみちここで諦めたら、みんなおしまいです。だったら、ちょっとくらい無理してでも頑張らないと……」
「お前、焦ってないか?」
マズルの言葉に、ツルギは思わず固まった。
「焦ってる……? 僕が?」
「そうだ。さっきから勝ちを急いでるっつーか。全部自分の力でどうにかしようとしてるように思えるぞ」
「……」
ツルギは何も答えられない。マズルの言う焦りがあったのかどうかも、よくわかっていなかった。
その時、ついに魔獣が急襲してきた。羽根攻撃では仕留められないと感じたのか、急降下して突進してきたのだ。
「くっ、こうするしかねえか……」
全員が避難する中、マズルは避けきれないと直感的に判断し、銃を片手に身構えた。突進を受け止めるつもりだった。
その銃身に、煌めく剣が重ねられる。
「お前も逃げないのか。下手したら死ぬぞ?」
「二人の力を合わせれば、どうなるかわかりませんよ?」
「フッ、面白え。こうなったらやってみるか……!」
魔獣の両足の爪が、二人の得物に炸裂する。攻撃の衝撃で二人は飛ばされそうになるが、なんとか持ちこたえていた。
「くぅっ……!」
「ぐぐっ……!!」
魔獣の渾身の力で、二人は徐々に後ろへ押しやられ、ついには壁に到達してしまった。
体が潰されてしまうのも時間の問題と思われたその時、マズルの銃に異変が生じた。
黒い直方体の銃身にひびが入ったかと思うと、中から光が漏れ出した。
やがて完全に銃身が割れると、銀色に煌めく新しい銃が現れたのだった。
マズルは本能的に銀の銃を横一閃に振るい、ツルギも剣を縦に振り降ろした。十字に切り裂かれた魔獣は大きく叫び、跡形もなく消滅した。
「いやー、今回は大変だった。魔法使い過ぎてもうヘトヘト」
「今までで一番大変だったかもしれませんね。ボク、さすがに死を覚悟しましたもん……」
「空飛ぶ魔獣に何もできぬとは不覚だった。何か対策を考えなくては」
「ともかくみんな無事で何よりだ。あの二人に感謝しないとね」
エールは離れた場所で腰掛ける二人に視線を向けた。
ツルギとマズルは、姿を変えたばかりの銃を眺めていた。
新しくなった銃には、先端から引き金にかけて光る刃がついており、魔獣を切り裂いたのはこれによるものだった。
「考えてもわかるわけねえけど、一体何なんだこいつは。ちゃんと引き金も銃口もあるから、同じように弾は撃てるだろうが」
「こっちも突然変化しましたし、何か関係があるのかもしれません。セタさんに聞きましょう。と、その前に」
ツルギは剣を鞘に仕舞い、背筋を伸ばした。
「ありがとうございました。アニキの助言のおかげで、目が覚めたような気がします」
「目が覚めたって?」
「はい。多分僕、自分でも気づかないうちに焦ってたんだと思います。あの魔王城で、父の手紙を見た時から、きっとそうだったんです」
「親父さんの手がかりが見つかって、早く答えが知りたかったってわけか。……気持ちはわからないでもないが、今焦ってもどうしようもないからな」
「そうですよね……。僕、冷静でなかったかもしれません。でも、僕にもわからない心の内を、よく見抜きましたね?」
マズルは考え込む。何気なく言ったつもりだった言葉だったが、当人すらも気づいていなかった本心だったとは。
しかし、マズルはすぐに気持ちを切り替えた。セタに聞きたいことが山ほどあったためだ。
「皆様、此度もお疲れ様で御座いました。いよいよ、魔獣もあと一体となり……」
「おいセタ、その前に今日こそ……」
つかつかとセタに近寄り、質問の機会を失うまいと話を遮ったマズル。
だが、その願いが叶うことはなかった。
「セタ。その必要はありません」
突如、広間に女性の声が響いた。誰もが周囲を見渡し、声の主を探した。だが、それはその場の誰でもない。
「何だ? 今の声は」
「……」
セタは口を閉ざした。まっすぐ、目の前の巨大な扉を見上げている。
「セタ。その者たちを元の場所へ」
「承知いたしました。皆様、誠に申し訳ありませんが、元の世界へ一度お帰り願います」
「お帰りって、そんな勝手な……」
「そうですよ。理由くらい話してくれても……」
マズルに続き、ツルギも抗議に加わる。しかしセタは聞き入れずに、不思議な力で全員を移動し始めた。
「ちょっとセタ! アタシらも納得してないのに……!」
「こ、これでお別れなんてことはないですよね!?」
その問いには一切答えず、セタは全員の帰還を完了させた。
「……申し訳ありません。後ほど必ず説明はいたします。お許しください……」
一言呟くと、セタは扉の前に行き、ゆっくりと押し開けた。




