フリントの消息は…?
信者たちが去った跡を隈なく探す五人。だが、証拠になりそうな物は何も見つかる様子はなかった。
「めぼしいモンは特にないね。アイツら、大事なのは全部持ってっちまったのかもね」
広間の隅に置かれていた机をひとつひとつ調べながら、バレッタは呟いた。
「彼らにとって、あまり外に知られたくない物は手放したくないだろうからね。危機的状況なら尚更だよ」
「それじゃボク、余計なことしちゃいました…?」
「いや、アンタのおかげで今こうして捜索ができてるんだ。気にする必要はないよ、ハウ」
「ああ。さっき褒めたばかりだろ。むしろ誇れよ」
不安げな表情で一同を見るハウを、アニキとバレッタはフォローした。ハウは照れくささを隠すように、小走りで別の場所を探し回った。
「さてと、ずいぶんこの中は探したが、あとはどこを探せばいいやら…。ところでジェシカの奴はどこ行った?」
「そういえばいないね。まったく、いろんな意味で自由な娘なんだから…」
その自由な娘が、ひょっこりと顔を覗かせた。さっき信者たちの前で、教典を読み上げていた男がいた辺りだ。
「マズさんたちー。こっち来てみなよ。なんていうか…スゴいよ」
声を聞きつけたアニキたちはジェシカの元へと集まる。
近づいて見てみると、正面からでは死角になっている所に、狭い通路があった。さらに、入口は積み重なった箱でカモフラージュされていた形跡がある。彼女はそこから顔を出していたようだ。
「これは…。隠し通路とでも言うべきかな。こんなものがあったとは」
「そうそう。ゲームとかでよくあるよね。あちし、ちょっと疲れたからここに寄りかかってたの。そしたら箱が崩れて、この通路が見つかったってワケ。スゴくない?」
要するに、一人でサボっていたということだが、結果的に新しい発見があったともいえる。
アニキも同意見だったのか、苦笑しつつ言った。
「あー、うん。よくやったなジェシカ。とにかく、中を調べるぞ」
「ラジャっす。よーし、面白くなってきたぁ」
一人だけ気分が高揚しているジェシカに続き、アニキたちもその中へと入っていった。
しかし隠し通路は短く、すぐに行き止まりにつき当たってしまった。
「あれ、もう終わりか? 参ったな、ここがダメなら、もうお手上げか…」
「ちょっと待ってマズル。ここ見て、なんだか不自然だよ」
諦めかけるアニキに、バレッタは注意を促した。
薄暗い中で顔を近づけてみると、壁の一部に見える部分に取っ手と、隙間から僅かに漏れる光が見えた。
「わ。それきっと、また隠し通路だよ。ヤッベ、テンション爆上がり」
「そのようだね。ここは思い切って、中に入ってみようか………」
エールは取っ手に手をかけ、力を込めて引っ張った。だが扉はびくともしない。さらに押したり横にスライドさせたりしてみたが、結果は同じだった。
「はぁ、はぁ…。これは手強いね。どこかに鍵があるのか? いや、もしかしたら機器にパスワードを入力するタイプかも…」
「ええい、もうここまで来たら面倒だ。みんな、ちょっと離れててよ」
バレッタは突然そう言うと、姿勢を低くする。
「…ハッ! どりゃああああ!!」
掛け声とともに脚に力と魂を込め、扉に向けて飛び蹴りを放った。
轟音とともに、扉はさらなる隠し通路の奥へとふっ飛ばされ、またしても狭い入口が現れた。
「よっしゃ、道が開けたね。さぁ、行こうよみんな。…どうしたのさ、キョトンとして」
「い、いえいえ。バレッタさん、大活躍だなあって」
「うん、新しい力がここで役立つとは思わなかったのでね」
「バレさんさすがッス。うちの物理アタッカーだね」
「もう、褒めても何も出ないよ。ほら、早く行こう」
それぞれ口々に賞賛の言葉をかけ、満更でもない表情を浮かべるバレッタの顔が見えた。
アニキはというと、僕だけに聞こえるようになのか、声を落として呟いていた。
「…これからあいつを怒らせない方が良さそうだな。下手すりゃ命の危機になる」
僕も同感で、思わず吹き出した。
隠されていた部屋の中はさっきの広間と同じくらい広く、黒い机が等間隔に並べられており、それぞれ何やら番号のようなものが書いてあった。
そして部屋の周囲には、たくさんのガラスでできた容器が並び、ひとつひとつに謎の液体と、もはや見慣れた生物が入っている。
「これって…。もしかしなくてもあの怪虫たちですよね…?」
「間違いないね。こんな所で造られていたとは。他の集会所でも、同じように生み出されているのかもしれない」
「うげぇ…想像したくない…。今夜、ご飯食べられるかな…」
時折ゴポゴポと不気味な音を立てる容器からハウは心底嫌そうに顔を背けたが、四方八方がそれだらけなので嫌でも目に入ってしまう。
「大丈夫か? 外、出ててもいいんだぞ?」
「いえ、なるべく見ないようにします。お気遣い感謝です」
「他に見るものといえば机くらいだが、まぁ我慢して…」
アニキは並ぶ机を見るが、突然何かに動かされるように駆け出していた。
「どうかしたの?」
「ふと思い出したんだ。あの時拾った紙切れに書いてあった、訳のわからないメモ。それにこの机に振り分けられているアルファベット。多分、ここのことを指してるに違いねえ」
アニキは廃校で拾ったメモを取り出し、机と交互に見ながら探した。
「『三、F−13、下』だな。三は…三列目か? あったぞ。F−13の机だ。その下には………!」
アニキは言葉を詰まらせた。何かを発見したらしい。
机の下から顔を出したアニキの手には、一冊の手記が握られていた。
「マズル、それは…?」
「フリントの物だ。名前は書いてないが間違いない。このメモよりも、見覚えのある字がいっぱいだ」
アニキはペラペラと中身を覗いた。しかしその途端、黙りこくってしまった。
「マズさん、どうかしたの…?」
ジェシカが心配そうに尋ねるが、アニキは答えようとしない。その表情は悲しげに見えたが、同時に何か考えを巡らせているようだった。
「悪い、考え込んでた。内容はあとで教えるから、早くここを出ようぜ。な、ハウ?」
「え、ええ。その方が嬉しいですが…」
「よし、そうと決まれば撤収、撤収。ほら、行くぞ!」
突如、人が変わったように振る舞うアニキ。他の全員もそう感じたらしく、怪訝な顔で見ていた。
「エール」
「何かな?」
「その…ありがとな。色々と助けてもらってよ」
施設を抜けてからの帰り道、アニキは唐突に言った。
「礼には及ばないよ。分裂したとはいえ、元は同じ組織の人間が犯した罪だからね。お役に立てたのならこちらこそありがたいよ」
「そうか。だったらできればこれからも、俺たちに力を貸してほしい」
「もちろんだとも。末永く、よろしく頼むよ」
エールは手を差し出し、アニキは二度目の握手に応じる。
普段ほとんどお目にかからない光景を前に、バレッタは驚きを隠せていなかった。
「明日、雨かな…。もしかしたら雪かも」
事務所に到着し、一通りの日課を済ませたアニキはベッドの上にいた。
先刻の手記を開き、再び眺めている。
「フリントさんの手記、気にならないんですか?」
思い切って尋ねると、アニキはゴロリと寝返りを打って答えた。
「まあ確かに、色々と腑に落ちないことはある。でも、最後の部分だけで、俺には充分なんだよ」
帰還後、全員が揃った場で、アニキはみんなに手記の中身を読み上げていた。
その内容はこうだ。
『今日からオレは、ヒュジオンという団体の一員となる。事前に聞いた話によると、世界をあるべき姿に戻すことが活動内容だという。
正直なところ、漠然としていてよくわからない。でも、大きな理想を掲げるのは素晴らしいことだと思っている。オレはそんな組織の一員になれることを誇りに思った。マズルにもきっと、理解してもらえるだろう…』
『マズルにオレの決意を話したが、反応は芳しくなかった。悪いことは言わないから、今すぐ辞めろというのだ。彼は今でも親友だと思っているが、正直ちょっと残念だった。だが、こんなことでオレの決意が揺らぐことはない。オレはマズルの制止を振り切り、ヒュジオンに入団した』
そして、入団してから数ヶ月後。
『…この生活を続けて早数ヶ月。オレはだんだん、思い悩むようになっていた。世界をあるべき姿に…。もう何度読み上げたかわからない。それなのにやることといえば怪しい生物の製造、放出…。
これが本当に世界のためなのか? 毎日のように、外の被害の状況が耳に入ってくる。オレはその度、胸が痛むのだった…』
『ある日オレの元に、思いがけないチャンスが飛び込んできた。とある人物が現れ、こんな所で燻っていないで新しい世界を見てみないかというのだ。
最初はその男も話も怪しかったが、組織に失望していたオレは誘いに乗ってみることにした。今思えば、やや自暴自棄だったのかもしれない。
だが、その選択は間違っていなかったことに、後々気づくのである』
ここで記入は終わっていたという。
文面だけ見れば、フリントはヒュジオンを脱退していると捉えられる。でも、その後の足取りは書いていないから消息不明には違いない。
それなのに、アニキはどこか吹っ切れた感じだ。一体どういうことなんだろう。
「最後の部分だけで充分って、どういう意味ですか?」
「あいつがヒュジオンに見切りをつけたってことだよ。どこにいるかは知らんけど、きっと元気にやってると思うんだ。あいつ、意外と照れ屋な奴だからな。今さらひょっこり顔を出したくないんじゃねぇかな」
さすがは親友というべきか、アニキはフリントの動向を予想していた。
「心配してんのか? フリントのこと」
「ええ。まだ会ったことのない人ですし、それなりには。でもアニキが大丈夫って言うなら、きっとそうなんでしょう」
「そう思ってくれていい。とにかく俺はフリントのことが一段落ついたのと、ヒュジオンの壊滅が目前ってことで気分が晴れた」
フリントの手記には組織の起こしてきた騒動やこれからの計画などが事細かに記されていた。アニキはそれを警察に提出し、組織の今後も時間の問題だと思われた。
「さーて、次はきっとお前たちの番だな。なんだかそっちでも大きな動きがありそうな気がする。頑張ってくれよ」
はい。そう言おうとしたが、その前に意識が遠のいていった。




