案内人の望みは街のため?
みんなの前に現れたのは、セタだった。いつも目にする時と全く変わらない、黒のスーツとハット姿で会釈する。
当然、全員が戸惑っている様子だった。
「おまっ、何でここに…!? ここはあの場所…じゃねえよな」
「おっどろいたぁ。セタっちもここの住人だったんだ」
「そ、そうじゃないと思いますが…。でもどうしてあなたが?」
「おや、もしかしてセタ君のことはご存知だったのかな。だったら話が早い。すまないが時間が押しているのでこれで失礼するよ」
「いやこいつはそういうんじゃ…ってちょ待っ…」
アニキたちとセタとのやり取りを見た市長は、知り合いと判断してさっさと行ってしまった。アニキたちには止める暇もなかった。
「こほん。ご紹介に預かりましたセタと申します。いえ、皆様にはもうお馴染みで御座いますね?」
にこやかに、しかしどこか飄々とした態度のセタ。普段通りといえばそれまでだが、普段と違う空間で出会ってみると何か違和感を感じた。
アニキは今にもその胸ぐらを掴みそうな勢いだったが、周りには仕事をする人々がいるため、グッと堪えているようだった。
「…説明してもらおうか。なぜここにいる?」
「そうだよ。第一、何で市長の依頼をアンタから伝えるのさ?」
「見たところ、市長とは昨日今日の関係ではないようだが、前からこの街にいるのかい?」
矢継ぎ早に、アニキとバレッタ、エールは質問を重ねる。それでもセタは慌てることなく、冷静だった。
「そう焦らなくとも、全てにお答えいたしますよ。まずはなぜここにいるのかと申しますと、皆様のことをより間近で観させていただくためです。それが今後のためにもなりますゆえ。
二つ目に、市長様からの依頼をなぜ私からお伝えするかということについて。これは私の依頼でもあるからです。
そして三つ目。エール様の仰る通り、私はこの街に以前からおります。この役所で勤務するのも、数ヶ月ほどになるでしょうか。恐縮ですが市長様からも信頼していただけているようで、今回の依頼を私の口から伝えてよいと言われました」
以上です、とばかりにセタはそこで口を閉ざした。アニキたちは顔を見合わせたり、セタをじっと睨んだりしている。
「質問。あちしたちのことを間近でみるためって、監視でもしてたの?」
ジェシカは手を挙げて尋ねた。
「ご心配なく。神に誓って皆様のプライベートは侵害しておりませんので。あくまで、皆様の無事の確認です」
本当かよ、と言っていそうなアニキの視線がセタを刺す。一方で、ハウはなぜかホッとしたような表情を浮かべていた。
「それじゃ、アンタの依頼が市長の依頼ってのは?」
「ええ。それにつきましては単刀直入に申しますと、件の団体『ヒュジオン』への潜入と制圧、といったところでありましょうか」
アニキはすぐに反応した。ヒュジオンに苦い思いを抱いているのは、もう周知のことだ。
「あのヒュジオンをか? 一体なぜ?」
「この街にとって有害であるためです。彼らが製造した怪物による事件が増えているのはご存知でしょう? 市長様も毎日のように頭を抱えていらっしゃいます。それならば皆様のお力添えで早く手を打とうと、結論が出たのです」
セタの目線が、エールに注がれた。エールは真剣な面持ちで尋ねる。
「もしや私の知人の元信者に、今日話を聞こうとしていたことも把握しているのかな、セタ君?」
「ええ。ですから、皆様を間近で観ていると申しましたでしょう…? それでは皆様、お仕事の方、よろしくお願いいたします」
役所を出て、とある場所へと向かう五人。色々なことを頭に入れようとしたためなのか、しばらく誰も口をきかなかった。
「ったく、相変わらず胡散臭くて気味の悪い奴だな、あいつは」
唐突にアニキが口を開く。エールは続けて、普段の彼らしくない答えを述べた。
「…ああ、本当に不気…不思議な人だね彼は」
「流石のアンタも本音はそんなところかい? まぁ、無理もないよね」
「うむ…。只者ではないと以前から思ってはいた。だが考えれば考えるほどわからない。とにかく、今は言われた通りに依頼をこなすしかないだろう」
「そだね。早いとこやっちゃおうよ。で、あちしたちどこに向かってるんだっけ?」
暢気なジェシカは、今までそこを理解せずに歩いていたようだ。
「エールさんのお知り合いに会いに行くんですよ。確か元ヒュジオンの信者で、しかも過激派の方だとか…?」
「その通りさ。でも、組織の内面を知って危機を感じ、脱退した人だからね。危険な人物ではないと保証するよ」
会話が途切れた頃を見計らって、僕はそっと尋ねてみた。
「アニキ。何か引っかかること、ありませんか?」
「セタの話でか? 特になかったけどな」
「僕はありました。二つ目の質問の答えで、私の依頼でもあるって言ってましたよね? ヒュジオンを制圧するのが望みってどういうことなんだろうと思って」
「確かに妙だな。おそらくあいつはここの出身じゃないし、この街のためってわけでもなさそうだからな…」
そうしているうちに、目的地に到着したらしい。
目の前には中年男性がいた。陰気な表情でこちらを見ている。
「久しぶり。レジー君」
「エール。またお会いできて嬉しいよ。だが、再会がこんな形になるとはね…」
エールはアニキたちに向き直り、改めて男の紹介をした。
「レジー君だ。説明した通り、元ヒュジオンの過激派だった」
「エール、あまりそのことは口にしないでもらいたい。私にとっては思い出したくないことなんだ…」
レジーはヒュジオンの名前を聞くのすら嫌だというようにソワソワと身体を動かした。
「すまない。気をつけよう。これから彼に、組織の集会所へ案内を頼むことになっている。早速だが、お願いできるかな?」
「ええ。こちらとしてもできるだけ早く済ませたいからね。それでは皆さん、私についてきてください」
レジーは先へ進む。五人もその後に続いた。




