同僚は頼れる相棒?
ひったくり。盗賊と同じ奴らなんだろう。マズルはその男を追って町中を駆け、僕も見失わないようにその背を追いかけた。
やがて、逃亡者に追いついたマズルは、いきなり飛び蹴りを食らわすと、倒れた相手に馬乗りになった。
「おい。盗ったやつ、素直に渡しな。痛い目見たくなきゃ…」
だが、盗人の男は一瞬の隙をついて身体をくねらせ、マズルを振り落とした。マズルは仰向けになり、男はまた先へと逃げてしまった。
「くそっ、やられた。やっぱ丸腰じゃ厳しいか…」
「その通りだよ、マズル」
背後から声がした。バレッタだった。僕にとっては馴染みのない奇妙な物に跨り、肩には黒くて長い、四角い物体を担いでいる。それは、会話に出てきた銃という武器に違いない。ということは、彼女が跨っているのも話していたバイクとかいう乗り物なのか。
「持ってきてくれたのか。わりぃ、足止めくらいできればと思ったが、逃げられちまった」
「今からまた追いかけりゃいいさ。運転と、場合によっちゃ戦闘は任せたよ。アタシはいつも通りのこと、やるからさ」
「ああ、頼むぜ」
マズルはバイクに跨ると、後ろにバレッタを乗せ、何やら色々とバイクをいじっていた。一体どのくらいのスピードが出るのだろう。そう考えているうちに、ものすごい爆音が鳴り響いたかと思うと、二人を乗せた鉄の塊は、僕の想像を越えた速度で走り去ってしまった。
呆気に取られていた僕は、我に返ると急いで後を追うのだった。
「なぁマズル、もっとスピード出さないと追いつけないよ?」
しばらく走った後、二人の乗ったバイクは目に見えて速度を落としていた。
「いや、追いつけねぇかなと思ってな。アイツが…」
言いかけて、マズルは口を閉じた。僕のことを気遣ってくれているのか。見かけによらず、親切なとこあるんだ。
「アイツって誰さ。どうも病院からおかしいよ、アンタ。本当に大丈夫なのかい?」
「なんでもない。俺の勘違いだ。急ぐぞ…」
二人は速度を上げ、先に行ってしまう。それはまずい。二人を見失ったら、元の世界に還れないかもしれない。僕は足を速め、二人が曲がった角を曲がった。
マズルたちを見失うという不安は杞憂に終わった。そこには二人と、ひったくりの男がいた。目の前には壁。行き止まりに追い込んだらしい。
「さぁ、観念するんだね。おとなしくその鞄、渡しな」
「だっ、ダメだ。これは上からの命令。我々の活動に必要な資金なのだ…」
「活動…? まさかお前、ヒュジオンの…!?」
マズルは明らかに気を昂ぶらせていた。ヒュジオン…とか言ってたけど、それは一体何なんだろう。
「マズル、冷静になって。相手が誰であってもね…」
「…わかってる。心配すんなよ」
バレッタの言葉で、マズルは落ち着きを取り戻したらしい。銃を構えて、相手に狙いを定めていた。
「まっ、待て!! 早まるな、許してください!」
「許してほしいんならそれを返すんだな。それに当てるつもりはねぇ。下手に動かなきゃな…」
「ひ、ひいぃっ…!!」
怯える相手に、マズルは弾を発射する。何発かは危うく命中しそうになったが、言葉の通り当てる気はないようだった。
「ったくもう、こっちはあの鞄を渡してくれりゃあ、傷つけるつもりはないのに。無駄に手こずらせてくれちゃって」
「全くだ。おかげでもう弾切れだぜ。いつものアレ、頼むわ」
「オッケー。任しときな」
バレッタはマズルの背中に左手を添え、右手を銃に置いた。何をするつもりなんだろう。
「充填確認。いつでも撃てるよ」
バレッタの合図の後、再び銃から弾が発射された。今度は相手の頭近くに着弾し、男はへなへなと崩れ落ちた。
「ふぅ、ナイス"魂込め"。サンキューな」
たまこめ。今までに聞いたことのない言葉だ。しかしマズルとバレッタの間では通じ合っているらしかった。
「いつものことだろ? これくらいお安い御用さ」
「そうだったな。…さてと。まだ粘るか? あんた」
戦意をなくした男に、マズルは問いかけた。男は鞄を差し出して必死に叫んだ。
「も、もう勘弁してください! これはお返ししますから…」
「それでいいんだ。そこ、動くんじゃないよ」
バレッタは男の元に歩き出した。
マズルはその場を動かなかったが、ふと何かを思い出したように、背後を振り返った。
つられて僕も振り返ると、少し離れた場所に別の男が二人、今にも襲いかかるかのような姿勢で立っていた。
マズルが銃を向けると、男たちは動きを止め、両手を上に挙げた。
主犯の男から鞄を受け取り、マズルの元に戻ろうとしたバレッタは、背後からの刺客に驚いていた。
と同時に、主犯の男もバレッタの背後から遅いかかろうとした。が、バレッタはそれに気づくとすかさず男の腕を掴み、思いきり背負い投げを決めた。
「やれやれ、往生際の悪い連中だね」
一目散に逃げる三人の男たちの背を見送りながら、バレッタは呟いた。
「それにしても、どうしてアイツらに気づいた?」
「あぁ、まぁ、勘かな。気配に気づいたっつーか」
「ふぅん、案外やるもんだね、アンタ」
そうは言うものの、僕にはわかった。きっと、僕らの世界での出来事から予想したんだろうと。
それから時間が流れ、夜。住居に戻ったマズルとバレッタ。バレッタが眠った後、ベッドに入ったマズルは、僕と会話ができるようになった。
「お疲れ様でした。マズルさん」
「ああ。お前も大変だったろ。慣れない世界で、俺たちの後をついていくのは」
「そんなことないですよ。不思議なものばかりで、楽しかったです」
「お前は前向きだな。無邪気っていうか…」
マズルは大欠伸をひとつした。僕は聞きたかったことが山ほどあったが、特に気になっていたことだけ尋ねることにした。
「あの、さっきの人、ヒュジオンのって言ってましたけど、何者なんです?」
「ヒュジオンってのは俺たちの世界の宗教団体だ。ああして、おかしな活動のためにいつも騒ぎを起こしてる。…あまりいい思い出はねぇから、話したくないもんだがな」
マズルは声を落とした。どうやら本当に話したくないらしい。僕は話題を変えることにした。
「すみません、もう聞きません。それじゃ、『たまこめ』ってなんですか?」
「アレか。俺たちの世界じゃ、人の精神エネルギー、魂とか言われてるが、それを力に色んな物を動かしてんだ。あのバイクっていうのも、俺の魂で動かしてる。その分、適度な休息も必要なんだがな」
「なるほど、僕らの世界の魔法みたいなものですかね」
「そんなとこかもな。んでバレッタなんだが、あいつは魂を俺の銃に込めることができる。俺は"魂込め"や"リロード"と呼んでるんだ」
「そういうことだったんですか。でも魂を撃ってしまって大丈夫なんですか?」
「魂つっても、全部消費するわけじゃない。一度に使うのはたかが知れてるからな。だが言った通りエネルギーの回復のため、休息やエネルギーの摂取が必要なんだよ」
そんな話をしているうちに、再びあの人が姿を見せた。
「こんばんは、お二方」
「あ、セタさん。やっぱりこの時に来るんですね」
「昼間は現れないばかりか、何の手助けもしないのにな」
皮肉を込めた言葉にも、セタは動じることなく続けた。
「申し訳ありません。こちらにも事情がありまして。しかし、お二人とも素晴らしいご活躍で。私の想像以上で御座います」
「そりゃどうも。ってか、あんたも見てたのか? 俺たちのこと」
「ええ。最低限のプライバシーは守っておりますが、ね」
「気味の悪い奴だ。二人も第三者に見られてるなんて。それで、次はどうすんだ? また俺が追体験する番なのか?」
セタは襟を正すと、真剣な表情を作って答えた。
「そのことですが、再び追体験をしていただくことにはなります。…しかし、その前にしていただきたいことがあるのです」
「していただきたいこと?」
「はい。詳しいことはその時お伝えします。何とぞご了承を…」
その時、足が宙に浮く感覚がした。周りの景色が変わり、僕は思わず目をつむった。
目を開けると、そこにはマズルとセタ。そして、横になっているバレッタと、マジーナもそこにいた。僕と、おそらくマズルも、頭の整理が追いつかなかった。