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先生の嘘と正体は?

 勢いよく塾舎の扉を開けたツルギ。中には目を丸くしたマジーナと、こちらに冷たい視線を注ぐヴァンの姿があった。


「つ、ツルギ? それにみんなも、どうしたの…?」


 まったくもって状況が飲み込めていない様子のマジーナはしどろもどろに言った。


「君を助けに来たんだよ。その人、本当は先生じゃないはずだ」

「…は? 何言ってんの。先生が先生じゃないって…」


 マジーナは横目でヴァンを見て、言葉を詰まらせた。おそらく、ただならない気配や、雰囲気を感じ取ったのかもしれない。


「マジーナさんとにかく早く! こちらに戻ってください」

「わ、わかったわよ。…いいとこだったのに…」


 マジーナは言われるがまま、ツルギたちの傍に歩いてきた。いいとこというのはどういう意味かわからなかったが、彼女の頬は紅かった。


 クロマが杖を突きつけていたためか、ヴァンは抵抗する素振りはなかったが、大きなため息をついて口を開いた。


「はぁ、まさか感づかれているとは。いつから怪しんでいたのです?」

「あなたの言っていた言葉が引っかかったんです。クロマさんが教え子じゃなくて残念だったと。そこまでがっかりする理由が、どうも気になりましてね」

「お前がここに赴任してきたのは一年以内だと調べがついている。そしてここ最近、町では原因不明の傷害事件が多発していると聞いた。ツルギはそれとお前を結びつけた、ということだ」

「ま、まぁ、確証はなかったので、念のためでしたけどね」


 カサンドラの言葉に、ツルギは少し気恥ずかしそうに咳払いをして付け加えた。


「しかし、仲間のためを思わなければ行動には移せん。お前の志が正しい結果を生んだ、ということだな」

「いやぁそれほどでも…」

「ちょっとちょっと、あたしを無視して話し進めないでよ。一体何がどうなって…」


 マジーナは割り込んで説明を求めたが、代わりに当人がそれを始めた。


「やれやれ、美しい友情の勝利とでも言いたいのですか? くだらないですねぇ…。ええその通り。一連の事件は、私が起こしたことでありますよ」


「とうとう自白したか。なぜ斯様なことを?」

「その前にこちらの質問にも答えていただきたい。あの森には、私の生徒たちがいたはずです。しかし探しに行くと、身体の一部すら見つかりませんでした。もしや、あなた方が逃したのですか?」


 カサンドラは自分の肩を指しながら問いに答える。そこには背負われて眠るワカバの顔があった。


「ご名答だ。この子の力を借りてな。魔物に襲われているところを一人残らず助け出し、安全な場所へと送り出したのだ。森の中は複雑だったが、ワカバのおかげで助かったぞ」

「うん…あの森の木も、僕の友達だからね…むにゃ…」


 寝言か、一瞬目覚めてのものなのかよくわからない言葉を残し、ワカバはまた眠りに落ちていった。


「ふふ、なるほど。適当に言った言葉が真実になるとはね…。いいお仲間ですよ、あなた方は。しかし…!」


 ヴァンの言葉が終わると同時に、背後に気配を感じた。振り返ると、塾舎の外には複数の影が見えた。


「いつの間に…!? いや、今呼び出したのか?」

「いかにも。彼らは私の可愛い手下どもです。どうか、お相手してあげてくださいね…」


 不敵な笑みを浮かべ、ヴァンは空いた椅子に腰かけた。


「…何がなんでもやるしかない。行くぞ魔物ども!」


 手下の魔物たちは蝙蝠をそのまま大きくしたような奴らで、さながら悪魔のような見た目をしていた。武器は持っていなかったが、鋭い爪と牙が光る。

 ツルギたちは応戦を始めるが、頼りない市販の剣を持つ少年剣士と、眠る子供を背負った女騎士だけでは、戦力に差がついていた。


 この時、魔法使い二人はどうしたのかというとーーー。


「あれ、どうしたんだろ…。力が出ない…?」

「私もです…。なんだかここに来てから、思うように身体が動かないような…」


 二人とも得意の魔法が使えない様子で、焦っている。

 そこにヴァンが歩み寄り、ご丁寧に説明を始めた。


「魔法陣ですよ。私が作った。この近くにいると、魔力を封じ込められますよ」


 見ると、足元には光る紋様が浮かび上がっていた。塾舎を中心に、かなり広範囲に描かれている。


「魔力を封じる魔法陣? なんて用意周到な…」

「ええ。性分でしてね。町の魔法使いどもから血をいただくのにも、その方が都合がいい…」

「血…? いただく…?」


 信じられないと言わんばかりの表情で、マジーナは繰り返した。


「そうです。この姿は仮のもので、実は私は吸血鬼なのですよ、マジーナ。血を摂取しなければ、生命活動を維持できません。特に魔法使いの血は魔力が溶け込んでいて力がつく…。だから素性を隠し、ここに来たというわけです。…理解できました?」


 再び笑みを浮かべて語りかけるヴァン。だがマジーナからは笑顔の欠片もなかった。


「そんな…嘘だ…。先生が吸血鬼で…魔法使いから、血を…」

「本当のことですよ。魔法使いは成長させてからの血は美味になる。だから私はここであなた方が卒業するまで待ったのです。それまで町の連中のクソ不味い血で我慢していた…。わかりますか? この辛さが!?」


 ヴァンは今までの冷静さをかなぐり捨てていた。もはや整った顔立ちの面影はなくなりつつあり、別人とさえ思えた。


「嘘だ…嘘だ…」

「信じようと信じまいとこれが真実ですから。さて、お仲間にはそろそろ退場していただき、ゆっくりとあなた方の血を頂戴するとしましょう」


 ヴァンが手を挙げると、魔物たちは動きを変えた。それまでは弄ぶように飛び回っていたが、今度は明らかに攻撃を仕掛けていた。

 カサンドラは連続して攻撃を受け、地に膝をついてしまった。ツルギは弾みで唯一の武器を落とし、拾う間もなく取り囲まれていた。


「くそっ…。どうしたらいいんだ…? 他に打つ手は………」


 魔物たちを悔しそうに睨むツルギ。

 俺は、ただ傍で見ているだけしかできない状況を恨んだ。

 ここに銃があれば…。俺の身体があれば…。今すぐ助けてやれるのに。

 そう考えていると、ツルギは何かを取り出す。それは先日の戦いで折れた、あの剣だった。


「念のため持ってきておいたんだ。こうなったらこれで…」

「ツルギお前…それで戦うつもりか?」

「何も無いよりはマシです。やれるだけやってやりますよ…! うおおお!!」


 ツルギは折れた剣を構え、魔物の群れに突進した。それを魔物たちは嘲笑うかのように待ち構える。


 そして、その場の誰もが予想外の瞬間が訪れた。

 ツルギが横一線に薙ぎ払うと、剣全体から光が溢れた。完全に油断していた魔物たちはその閃光に切り裂かれ、次々に消滅していった。


「はぁ、はぁ…、こ、これは…?」


 ツルギの手には折れていない、それも今まで使っていたものとは全く違う剣が握られていた。

 刀身は長く銀色に閃き、鍔には宝石が嵌められている。当然、さっきまで使っていた市販の剣とは別物だ。


「一体どうなって…いや、そんなことを考えている余裕はない。残りをやっつけなきゃ…」


 ツルギはカサンドラに群がる魔物たちを、破竹の勢いで切り裂いていった。新しい剣は見た目に反して軽いのか、見た限りでは重さを感じさせなかった。


「助かったぞツルギ。しかし、その剣は…?」

「僕にもわかりません。でも今はそれどころじゃありませんよ」

「う、うむ。そうだな。親玉を成敗しなくては」


 魔物たちが倒されたのを目の当たりにしたヴァンは、流石に驚きを隠せずにいた。マジーナとクロマも合流し、五人はついに黒幕を追い詰める。


「観念したらどうだい? もうあんたの味方はいないよ」

「こんなはずでは…。私の…俺の計画に穴はなかったはず。こうなればこの場でお前らだけでも…!」


 その時、ヴァンの背中から黒いもやのような物が溢れ出した。それはみるみるうちに形を形成していき、ヴァンの身体が支えを無くした人形のように倒れると同時に、姿がはっきりした。


 手下と同じく蝙蝠を大きくしたような翼に、尖った口の醜い頭部と、細長い手足と尻尾がついた魔物が立っていた。一見すると、あまり強そうには見えない。


「ふぅ…やれやれ。窮屈な身体だったぜ。この方が動きやすいな、やっぱ」

「ツルギ、あの剣、貸して」

「え、コレ…じゃなくて、こっちか。はい、どうぞ…」

「ありがと。ちょっと待ってて。すぐに終わらすから」


 マジーナは市販の剣を受け取ると、まっすぐ魔物に向かっていった。

 魔物は特に警戒する様子なく、彼女に吐き捨てた。…それが運の尽きだった。


「何だ小娘? 俺に何か言いたいことでもあるのか? まぁ跪いて許しを請えば、また教えてやっても…」


 魔物の言葉が終わらないうちに、その脳天めがけて鉄の塊が、百八十度の勢いをつけて振り降ろされた。マジーナの渾身の一撃を食らった魔物は、衝撃に言葉を失っていた。


「グエッ…!?」

「あんたみたいな化け物にずっと教わってたなんて…。返しなさいよ! 時間も! 思い出も!」


 剣を上げては下ろし、また上げては下ろし、マジーナは執拗に攻撃を続けた。

 やはりこいつは、怒らせると恐ろしい…。


「ま、マジーナ、もうそのへんにしても…」


 ドン引きでマジーナを止めようとしたツルギだが、ちょうどその時剣を振る手が止まった。

 魔物が攻撃を受け止めていたのだ。


「よくも…俺の顔に傷をつけやがって…。小娘ごときが調子に乗るなよ!!」


 魔物は刃をへし折った。反動でマジーナは仰向けに倒れ、それに覆いかぶさるように魔物が牙をむく。

 ツルギたちが助けに入る前に、マジーナは魔物めがけて叫んだ。


「お前こそ、調子に…乗るなあぁぁぁっっっ!!!」


 マジーナの両手から、凄まじい量の雷がほとばしった。魔物は一瞬で電撃に呑まれ、跡形もなく消えていた。


 ちょうどその時、空からポツリポツリと雨が振り始めた。戦いに気を取られて気づかなかったが、時は夜明け前らしく、遠くの空が明るかった。


「マジーナ…?」


 地面に座ったまま、一言も発さないマジーナに、ツルギはおそるおそる声をかけた。


「…はは、心配いらないわよ。あーあ、あんなヤツがあたしらの先生だったなんて、お笑いだわ。ま、でもおかげで色んな魔法覚えられたし、そこは感謝かな、うん」


 マジーナは気丈に振る舞っているが、顔はこちらに向けてはいなかった。


「無理、すんなよ。辛かったら、我慢しないで…」

「…気遣いなんていらないわよ。本当に…大丈夫なんだから…」


 徐々に声が小さくなるマジーナ。ツルギとクロマは彼女の元に行くと、両肩を支えて立ち上がらせ、五人は帰路についた。


 俺の雨の記憶にまたひとつ、苦い思い出ができた。




 拠点へと帰還した一行は身体を休め、傷の手当てをしていた。

 マジーナは膝を抱えて椅子に座り、顔を埋めている。手当てが終わったカサンドラは、唐突に話を始めた。


「マジーナ、少しいいか? 聞きたいことがある」

「…いいですよ。何ですか?」

「お前とあのヴァンが出会ったのはいつ頃なんだ? それと、どのくらい魔法塾に通っている?」

「うーん…一年弱くらい前かなぁ。魔法塾のことを教えてもらって、それから親に相談したり準備したりして、通い出したのはそれから少し後だった」

「なるほど。そうか」


 カサンドラはその話を聞くと、腕組みをして呟いた。


「それがどうかしたの? 正直、あんまり考えたくないんだけど」

「いや、よく考えてみなさい。事件が起き始めたのは半年ほど前だ。あの先生はそれより前から居たということだろう?」

「あっ、そうです。ということは、あの魔物が先生に取り憑く前に授業を受けていたことになりますよね」

「その通りだ。お前はちゃんと、本物のヴァン先生からも教えを賜っていたというわけだ。辛いとは思うが、悪い思い出ばかりではないのではないか?」


 マジーナは少し黙った後、突然立ち上がった。


「そうね、そう考えることにする。お気遣い感謝します、カサンドラさん。これからあっちで魔獣退治だろうし、もう寝るわ。みんなも少しでも休んだ方がいいんじゃない? …それじゃ、お休み」


 そう言い残すと、マジーナは自室に入っていった。

 残されたツルギたちは、気まずそうに顔を見合わせていた。


「やっぱり簡単には割り切れないか。いつもみたいに早く立ち直ってくれるといいんですが」

「難しいかもしれませんね…。慕っていた先生が実は魔物だったなんて、心の傷は相当深いでしょう」

「こればかりは時間をかけていくしかあるまい。我々にできることはやった。あとはバレッタ殿に理由を話して、励ましていただこうか…」


 それから解散したツルギたちは、各々の部屋に戻り、ベッドで横になった。立て続けに色々なことがあったためか、かなり疲れているように見えた。


「今回もご苦労さん。マジーナも災難だったな」

「…ええ。付き合いはそれなりに長いですけど、こんなときどうしたらいいんでしょう?」

「俺にもわからん。カサンドラの言うとおり、あとはバレッタに任せよう。…そういえばお前の剣、ありゃ一体どうしたんだ?」


 ツルギは横になったまま、戦いの中で変化した剣を掲げ、自分の顔の上に持ってきた。あれから時間が経っても、剣の形状は変化したままだった。


「僕にだってわかりません。どうして突然こんな…」

「確か、親父さんに貰った物だって言ってたな。なんか、伝説の武器とかだったりしないのか?」

「そんな話は聞いてませんね。どこかの武器屋で買った物だと思いますが」

「セタの奴に聞けばわかんのかな。最も、教えてくれりゃの話だが…」


 そこで、いつものように意識が遠ざかる。戦いの場へと、問答無用で移動していった。

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