塾講師は模範的?
男は襟を正し、ツルギたちに向き直って自己紹介をした。年齢はカサンドラとそう変わらないほどで、顔立ちはかなり整っている。
「はじめまして、皆さん。私はここでマジーナさんの担任を努めさせていただいております、ヴァンと申します」
「こんにちは。僕はツルギです。マジーナがお世話になっておりまして…」
ヴァンに対して、ツルギは律儀に頭を下げる。
するとマジーナはすぐさま飛んできて、ツルギの背中を叩いた。
「あんたはあたしの親かっての。恥ずかしいじゃない、先生の前で…」
「いやでも、挨拶はちゃんとしないとさ…」
二人のやり取りを、ヴァンは楽しげに笑いながら見ていた。
「ははは、仲の良いお二方ですね。頼もしいお仲間じゃありませんか」
「仲が良いなんてそんな…。こいつとは、ただの同じパーティなだけで…えへへ」
マジーナにしては珍しく、もじもじと話している。
ヴァンは意に介さず続けた。
「結構結構。それから、あなた方は?」
「わ、私はクロマと申します。僭越ながら、高位魔法使いをさせていただいています」
「カサンドラと申す。聖騎士を努めている」
「僕、ワカバ。ドラシル族です。よろしくお願いします」
三人もそれぞれ挨拶を交わした。
「なかなか個性的で、強そうなパーティですね。…時にクロマさん、あなたはもしや、当魔法塾の生徒だった方では?」
「はい、その通りですが…。なぜそれを?」
「在席していた記録を見たのです。優秀な魔法使いでいらしたようで、お名前だけは記憶しておりました。私は最近ここへ赴任してきたもので、お教えできなかったのが残念です」
「ゆゆ、優秀だなんて…。私なんかまだまだで…」
いつものように謙遜をするクロマ。だがヴァンは独り言のように呟いた。
「ええ、まったく、残念なことこの上ない………」
「先生、もうそろそろ次の講義の時間ではありませんか?」
「おっと、そうでしたね。では皆さんも中へどうぞ」
それから、俺にとってはちんぷんかんぷんな内容の講義を日暮れまで聴き、マジーナを加えて帰宅の時間となった。
「それではマジーナ。明日の試験、頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます。しっかり復習してきます」
「ええ。期待していますよ…」
ヴァンと別れた五人は帰路につく。
道中、クロマは先輩なりの言葉をかけた。
「ヴァン先生、優しそうな方で良かったですね。私の時は、それは厳しい先生でしたから…」
「うん。とっても優しくて、教え方も上手なのよ。ホント、いい人に巡り会えたわぁ」
「いいですねぇ…。明日はあまり緊張しませんよう。陰ながら応援しています」
「ありがとう。みんなのためにも、頑張らないとね」
その時、一行は鎧甲冑の男たちと遭遇する。
男の一人は、カサンドラに気づくと声をかけた。
「これはカサンドラ殿。このような場所でお会いできますとは」
「務め、ご苦労。何事もなかったか?」
カサンドラの部下なのか、はたまた彼女と同じく国に奉仕する騎士なのか。騎士団は敬礼の姿勢をとり、声高に報告した。
「はっ、本日のところは異常はありません。…しかし最近になって、奇妙な事件が頻発しているらしいのです」
「奇妙な事件?」
「はい。ここ数ヶ月ほどでありましょうか。町の住民が何人も倒れ、気を失う事件が発生しているとのことです。中には魔力を抜かれた魔法使いなどもいると聞いております」
「それは面妖な。どうにか原因を探らねばな。私の方でも、調べておくとしよう」
「ご助力、感謝いたします。我々も持てる力の限りを尽くす所存であります。皆様もお気をつけください!」
騎士団は鎧の音をガチャガチャと立てながら、去っていった。
「物騒ですね。人が次々と倒れるなんて。魔物の仕業なのでしょうか…?」
「どうだろうな。町に魔物が忍び込めるかは疑問だ。城下町には魔物除けの結界が張られ、今のような騎士団の見廻りもある。これまで町中で魔物に襲われたという話は聞いたことがないな」
「そうですよね。それじゃ一体…」
考えあぐねるクロマだったが、マジーナは帰宅を促す。
「あたしたちもこんなところで油売ってたら襲われちゃうわよ。早く帰りましょうよ」
「そうしようよ。僕、もう眠い…」
ワカバも欠伸混じりで賛同した。
ツルギを見ると何も答えず、帰宅まで黙りこくったままだった。
自宅に戻り、全員が眠りに就いた後も、ツルギはベッドの上で考えを巡らせていた。
「何か引っかかるのか? 騎士の奴らと会った時から変だぞ」
「やっぱりそう見えますか。なんだかモヤモヤすると言いますか。うーん…」
頬杖をついて唸るツルギ。
こんな時、何と言ってやれば正解なのか。すぐに答えは出なかった。やっと俺は、自分の率直な意見を口にした。
「何を悩んでるのか知らないが、後悔のないように動いた方がいいぞ。後で取り返しのつかないことにならないように、な」
「そうですよね。…よし、決めました。おやすみなさい」
それだけ言うと、ツルギは眠りに落ちた。
翌朝、起床して居間にやってきたマジーナは、ツルギたち全員が既にそこにいることに驚いていた。
「あれ? 皆さんお早いことで…。どしたの?」
「別に大した理由はないよ。仲間の試験なんだから、応援するのは当然だろう?」
「そりゃまぁそうだし、嬉しいけど。そんなに気を遣わなくていいのに」
そう言いつつも、マジーナは満更でもない顔を浮かべていた。
彼女が席に座ると、クロマは皿を運んできた。朝食にしては豪勢だ。
「しっかりと朝ごはん、食べていってくださいね。魔法を使うのにも、お腹が空いていては力が出ませんから」
「うん、ありがとうクロマさん」
マジーナはいただきますと言うと同時に、料理を口に運んだ。
朝食を終え、身支度を整えたマジーナは玄関に立ち、ツルギたちの見送りを受けていた。
「それじゃ、行ってきまーす。良い報せ、期待しててね?」
持ち前の明るさで自信満々に出ていったマジーナ。その姿が見えなくなる頃、ツルギは他の全員に向き直り、声を落として言った。
「では、僕らも準備して後を追いましょう」
「僕たちも? 試験、受けるの?」
「違う違う。さっき話しただろう? マジーナを助けに行くのさ。僕の予想が当たっていれば、の話だけど」
マジーナが起きる前に説明をしていたツルギだったが、寝ぼけまなこのワカバには伝わっていなかったらしい。
「あの、もちろん、ツルギさんのことは信用していますが…。思い過ごしということはありませんよね?」
「私も初めはまさかとは思った。だがツルギの話には辻褄が合う部分が多い。念には念を入れ、行動に移す方が良かろう」
「ありがとうございます。じゃあ行きましょう。昨日の魔法塾へ」
マジーナを追いかけ、ツルギたちも家を後にするのだった。




