雨空は苦い思い出?
しとしとと音を立て、冷たく湿った空。その空気を肌で感じながら、俺は目を覚ます。それから思わずため息をついた。
俺は雨が嫌いだ。単に身体が濡れるのが嫌ということもあるが、確かフリントと最後に会った日も雨だった。だから、雨の日は自然とあの時を思い出してしまうのだ。
あの時、あいつの選んだ道なんだから勝手にさせてやればいいと、心のどこかで思っていたのかもしれない。だが、今となっては後悔しかない。
もっと説得していれば、制止していれば―――。そう考えていた最中、俺の名を呼ぶ声がする。
「アニキ、大丈夫ですか…?」
ツルギの心配そうな顔がこちらを覗いていた。どうやら何度も呼ばれていたらしい。あの時のことを考えていた俺はうわの空だったようだ。
「ああ、わりい。考え事しててな。心配ねえさ」
「そうでしたか。それじゃ今日も一日、頑張って行きましょう」
ツルギはベッドから起き上がると、扉に手をかける。その背には、衣服以外は何も身に着けていなかった。
俺はこの時、前回の魔獣戦を思い出したのだった。
「あ、ツルギさん…。おはようございます」
ツルギが姿を現して初めに挨拶したのはクロマ。いつもの面々がほぼ揃っていたが、一番騒がしい奴がいなかった。
「おはようございます。あれ、マジーナがいませんが?」
「魔法塾だよ。マジーナお姉ちゃん、今試験期間なんだって」
ワカバは伸びをしながら答える。
そういえばそんな所に通っていると言っていた。俺の知る限りそこに通っているのを見たことはなかったが、通塾は不定期なのだろうか?
「なるほど。どうりで静かなわけだ」
「静かなのは昨日からだったぞ。筆記試験に向けてと、部屋に籠もりきりだったからな」
カサンドラは言い終えると、にやりと口元を緩めた。彼女も内心、マジーナは騒々しいと思っていたのだろう。
「先ほどから雨が降り始めまして、マジーナさんは傘をお忘れなのでこれから迎えに行く予定なんです。ツルギさんも行かれます?」
「もちろん。ああそうそう、僕の剣、どうなってますか?」
途端に居間は静かになった。クロマたちは気まずそうに互いを見合わせる。
「あ、あの、すみません。精一杯直そうとしたんですが…」
クロマが差し出したツルギの剣は、前回の戦いで折れたそのままの状態だった。近くでよく見ると、刃はボロボロで鍔も傷だらけだ。
「ああ〜…。やっぱりダメでしたか」
「ごごごごめんなさい! 大事な剣だとわかっていましたので、修復魔法も試してみたんです。でもどうにもならなくて…」
「クロマを責めてやるなよ。鍛冶屋にも持っていったが、直しようがないと言われた。どうやら特殊な作りになっているそうだが、我々にも店の者にも理解できなくてな」
「誰も責めたりしませんよ。直せないんじゃ、仕方ありません…」
ツルギはそう言ったが、落ち込み様は目に見えていた。
「コレ、買ってきたよ。よかったら使って」
ワカバは身の丈に合わない剣を持ち上げ、ツルギに差し出す。見たところ至って普通の物だが、市販の剣ということなんだろう。
「ありがとう。もう大丈夫。さぁ、マジーナを迎えに行きましょう」
その後、マジーナの通う魔法塾とやらに向かう四人。だが街中を外れ、人気の少ない道を進んでいく。
本当にこんな辺鄙な場所にあるのか? だんだん心配になってきたが、ツルギたちに任せて後に続いた。
そして平原に出た頃、小さな建物が見えた。
到着した頃には雨はあがり、生徒の魔法使いと思しき少年少女が外で炎や雷をほとばしらせている。
その中でも一際大きな魔法を放つ魔女。それがマジーナだった。
「ていっ」
「うわっ…参りました」
相手の魔法使いが膝をついて降参し、マジーナは得意気に腰に手を当てた。
「ふぅっ、まぁまぁかな。…あっ、みんな。なんでここに?」
こちらに気づいたマジーナは声をかける。
「やぁ。雨が降ってきたから迎えに来たんだ」
「でも、止んでしまいましたね。せっかく傘を持って来たのに」
「そっか。ありがとね、わざわざ。あとは大丈夫だから、帰ってもいいわよ」
あっけらかんと言い放つマジーナ。そこに、一人の男の声が割り込んできた。
「ご足労いただいたのです。見学などしていかれてはいかがですかな。マジーナ?」
「先生。いいんですか?」
先生と呼ばれた男は、柔らかな微笑みを浮かべて頷いた。




