出会いは偶然か必然か?
アタシ、バレッタはこの街で生まれた。どこにでもいるようなごく普通の家族、ごく普通の環境で育ち、ひとつを除いては他人と変わらない人生を送っていたはずだった。
そう、ひとつを除いては。
知っての通り、アタシは人の身体から魂、精神エネルギーを一部取り出すことができる。この街ではいつからか人の魂を使って機械を動かしたり、道具を使ったりしていた。
しかしそれには専用の機器や施設で魂を抽出することになっており、そんな芸ができるのは周りにも、家族にすらもいない。だからこそ、誰にも相談なんかできやしなかった。
この能力に気づいたのは十歳になる頃だった。街の小猫と戯れていた時、魂を抜き取ってしまったらしく、酷く衰弱させてしまったことがあった。
最初は偶然だと思った。だけど別の小猫や小犬と遊んでいても、元気がなくなると決まっていたから、何か不思議な、忌まわしいとも思える力が自分にはあると確信した。
これはいけない。気をつけなければ生き物の命を奪いかねないと思った。特に人の命を奪うなんてことは絶対にあってはならない。そう考えると、人と関わるのが怖くなっていた。いつしか友達も、避けられてると感じたのか次々と離れていった。アタシはそれからずっと、孤独だった。
それから数年後、アタシはここへ進学する。入学してからも変わらず、他人と距離を置く生活を送っていた。そんな時間が長く続き、このまま卒業を迎えるのかと思っていた。
しかしある時、転機ともいえる日が訪れる。
誰も使わない教室で独り、本を読んでいた時のことだ。
「…それにしても、あの先生には参っちゃうよね。考え方が古すぎてさ」
「全くだ。あんなのがまだいるんだな。まだ始まったばっかなのに、先が思いやられる…」
誰もいない部屋で昼飯をと思ったのか、ずかずかと教室に入ってきたのは気だるげな男と、優しげな雰囲気の男の二人組。それがマズルと、親友のフリントだった。
この時が初対面のアタシたちは、一瞬お互いに見つめ合い、マズルが先に口を開いた。
「あー…えー、すんません、すぐに出ていきます」
「あ、ああ。別に構わないけどね」
アタシは気のない返事をした。するとフリントは予想外のことを口にする。
「大丈夫だってさ。マズル、お邪魔させてもらおう」
「は? …いや悪いだろ。ここは出ていくのが普通だって」
「そうなの? でもせっかくのご好意を無駄にするのも悪くない? お互いに干渉しなきゃいいじゃん」
「ったく仕方ねえなお前は。そんじゃこの辺に…」
マズルはそそくさと部屋の隅の席に座り、向かいにフリントが座った。
その日は会話もしなかったけれど、二人はどこか気になる存在だった。それはフリントも同じだったのかもしれない。
あくる日も、教室で独りだったアタシの所に二人は来た。それから、少しずつだけど会話も増えていき、友達とはいかなくとも知り合いの先輩と後輩と呼べる関係になっていた。
「バレッタさんも、このスピルシティの出身なんだ。ここにはなぜ入学したんですか?」
フリントが尋ねる。アタシは正直な答えで返した。
「特に理由はない。強いていえば家から近かったのと、校則が厳しくなさそうってとこかな」
「なるほど。オレは実家が貧乏なんで、あまりお金がかからないとこがここだったんです。まぁ、そのおかげで彼とまた一緒になれたんで、結果オーライですね」
フリントはマズルの肩に手を置き、微笑んだ。当の本人は嫌そうな顔をしている。
「おい、そういうことを臆面もなく人前で言うんじゃない。…くそ恥ずかしいだろが」
「なんでさ。いいだろ友達なんだから」
マズルはやれやれと、大きくため息をつく。それを見ていたアタシは、思わず尋ねていた。
「仲良いんだね、二人は」
「こいつとは腐れ縁すよ。幼稚園からのな」
「それだけ長く一緒にいりゃ、息も合うってもんだろうね。…アタシにはわかんないや」
アタシの最後の言葉を、フリントは聞き逃さなかったようだ。彼はおずおずと聞いてきた。
「お友達とか、親友とか、いないんですか?」
「いないね。少なくともここ数年間は」
「…寂しいな。それは」
「そうだね。でも、慣れれば独りも楽しいもんさ」
正直に言えば強がっていた。誰にも言えない秘密を抱えたまま人を避け、孤独でいるのは辛かった。
しかしそこでフリントは、予想外の言葉を放つ。
「だけどオレたち、もう友達ですよね?」
「と、友達…? アンタらとアタシが?」
「そうです。こうやって何度も会って話もしてるんだから、友達ですよ。嫌ですか?」
「嫌…じゃないけど。うん、ちょっと意外な返事だったもんで。…ふふふ」
思わず笑みが溢れていた。フリントは少し怪訝な表情で尋ねた。
「あの…何かおかしなこと言いました、オレ?」
「いやいや、変わった人だなと思ってね。人懐っこいというか、フレンドリーというか」
「昔からこんな奴だよ。喧嘩もしねえし、言ってみれば警戒心がない、絶滅まっしぐらの草食動物、的な?」
「ぷっ、言えてるかも。面白いね、アンタら」
それから、マズルとフリントとはもっと親密になっていった。不思議なことに、二人になら自分の過去と奇妙な能力について話しても問題ないとさえ思えた。
そしてその予想は当たっていた。
「生き物から魂を一部抜き取れる? すごい特技じゃないですか。オレたちの生活に魂は欠かせませんし、便利な力だと思いますよ」
「そうだとしても、もしかしたら人の命を奪い取ってしまうことも考えられるだろう? アタシはそれが怖くて、ずっと…」
アタシは率直な気持ちを述べた。
すると、マズルが言った。
「実際に、死なせちまったことあるのか? 人間を」
「えっ、いやそれは流石にないけど」
「だったら心配いらないんじゃねーの? 過去にやっちまったなら話は別だけど、猫を弱らしちまったくらいなら、罪はねえと思うぜ」
マズルは椅子に腰かけて伸びをしながら述べた。
フリントもその意見に同意していた。
「心配するのも大事ですけど、思い込みだけで立ち止まるのは勿体ないと思います。その力が、何か人の役に立てられればいいんですけど…そうだ!」
突然フリントはパチンと手を打った。
「なんだよ急に。驚かすな」
「ごめんごめん。いいこと思いついてさ」
「いいこと?」
「ええ。いっそのこと、オレたちで会社を立ち上げたらいいかなと。バレッタの能力も活かせて、人の役にも立てて一石二鳥じゃないですか?」
フリントは目をキラキラさせて話す。我ながら名案だといわんばかりだ。
しかしマズルは現実的な突っ込みを入れる。
「会社つってもな。何したらいいんだ? それに経営なんてできるかどうか…」
「うーん、そこまで考えてなかった。まぁでも、これから考えていけばいいよ。オレたちだって、あと二年は学生なんだし」
「じゃあアタシが考えとこうか。先に卒業する先輩として、ね」
フリントとマズルは揃ってこちらを見る。アタシは思わず面食らった。
「乗り気なのか?」
「うん。だって将来の夢とかないし、アンタらと一緒にやるなら、なんだか楽しそうだなって」
「ありがとう! 断られるかもしれなかったからびっくりした。よし、そうと決まればやる気が出てきたぞ。三人で頑張ろう!」
フリントは意気揚々と言った。アタシとおそらくマズルも、半分苦笑いで応えた。
その後アタシは学校を卒業し、数年間は経営について勉強した。だいたいの知識を得た後に、マズルは約束通りにアタシの元にやってきた。
だがフリントはその時、既に一緒ではなかったのだった。




