仕事の依頼者の正体は?
魔獣戦を終えた僕は、薄暗く少しひんやりした部屋で目を覚ます。…そうか、ここはアニキの世界だ。そういえばセタは何も言ってなかった…。
「ん? …俺の事務所か。あの野郎、次はどっちの追体験か教えなかったな。ちくしょう、他にも聞きたいことがあったのに。…まぁ忘れてた俺も俺か」
「ええ…そうですね」
僕は気のない返事をしてしまった。アニキはすぐさま指摘する。
「お前、ちゃんと聞いてねえな?」
「…すみません。ボーッとしちゃって」
「別に構わねえけどよ。さしずめ、あの剣のことだろう?」
「お見通しですか。実はそうなんです」
前回の戦いでぽっきりと折れてしまった僕の剣。ずっと気がかりだった。いつも元の世界に帰る時には、持ち物も一緒に帰っていたから自宅にあるはずだ。マジーナたち、今頃治してくれてるだろうか。
「そこまで落ち込むってこたぁ、よっぽど大事なモンだったのか? あの剣」
「ええ、まぁ。あれは死んだ僕の父から受け継いだ剣なんです。でも、そこらの武器屋で買った物でしょうし、特別な物でもないと思いますがね」
「親父さんの形見か。なるほどな。それなら落ち込むのも頷ける。なんつーか………残念だったな」
当たり障りのない言葉を探したのか、アニキは少し間を開けて言った。そのおかげか、僕はいくらか気持ちが晴れたような気がした。
「ありがとうございます。もう大丈夫です。だからお仕事、頑張ってください」
「それならいい。そんじゃ、今回も無事に仕事終わらすとするかな」
アニキはコートを羽織り、部屋を出ていった。
「起きたのかいマズル。てことは今回もアタシたちの番からってことだね」
アニキを出迎えたバレッタ。事務所にはハウにジェシカ、そしてエールもいた。確か、行方不明のアニキの親友、フリントについての情報を得るため、しばらく席を外していたはずだ。それがここにいるということはーーー。
「おはようマズル君。疲れは取れたかい?」
「そこそこだな。それよりもあんたがここにいるってことは、例の件か?」
「そのことだね。私の知り合いには話がついた。快く、とまではいかないが、話をしてくれるそうだ。でも、彼の都合が悪いらしく、会えるのは数日後となりそうなんだ」
アニキは身を乗り出すようにして尋ねたが、曖昧な答えにがっかりしたのか、大きなため息をついた。
そんな時、バレッタはアニキの肩を叩いて励ます。
「元気出しなよ。確実に情報が得られるだけ感謝しよう。それまで仕事仕事」
「…そうだな。今はやれることやるしかねえか。ってか、入ってんのか、仕事?」
思えばここ最近、仕事らしい仕事はなかった気がした。バレッタは得意気にケータイを取り出し、小刻みに振ってみせた。
「入ってるんだなこれが。それも依頼主は…。いや、今は言わないでおこう。とにかく、早く支度して。それと、みんな必ずちゃんとした格好すること。いいね?」
バレッタは鼻歌交じりに、自室へと消えた。
残されたアニキたちは、全員言葉の意味を飲み込めていない様子だ。
「どういう意味だ? ちゃんとした格好? 一体何の仕事なんだ?」
「さぁ…? ボクも聞いてませんもので。でも、なんだか嬉しそうでしたね」
「きっと儲かる仕事なんじゃない? バレさん、お金にはうるさいとこあるもんね」
「…本人の前では言うなよそれ。俺が吹き込んだと思われる。さて、あいつにどやされねえように準備するか」
アニキたちもそれぞれ自室に篭もり、身支度を始めた。
数時間後、五人はとある建物の前にいた。普段は薄着のハウも、ジェシカと同じ学校の制服を纏っている。バレッタも露出を抑え、正装をしていた。一方のアニキとエールはいつもと変わらない格好だったが、髪は普段以上に整えていた。
「ここって、役所ですよね? 中の掃除とか警備とかですか?」
その建物は僕がスピルシティで見たものの中でひときわ大きく、警備の人間も多い。この街の重要な施設であることは想像できた。
「ふふふ、違うのよハウ。詳しくは依頼主に会ってからね。さ、行こうか」
またしても勿体ぶった言葉を残し、バレッタは先頭を歩く。アニキたちは訝しみながら、その後を追った。
役所と呼ぶ施設内は複雑で広く、バレッタは自分の位置を確かめながら進んでいた。
「う~んと、こっちかな? いや、あっちか…?」
「おい、大丈夫なのか…? 怪しまれんぞ」
「し、心配いらないよ。ちゃんと依頼があったんだか…あっ、あそこだ! ね? 言っただろ?」
目の前の扉を指し、バレッタは喜々として駆け寄る。アニキはやれやれというように肩をすくめ、彼女の元に向かった。
バレッタは全員揃っていることを確認して、扉をノックした。
「失礼します。ソルブ・トリガーのバレッタと申します。ご依頼の件で参りました」
「どうぞ。お待ちしていましたよ」
中から声が聞こえ、バレッタを先頭にして中へ入っていく。
部屋の中は机が綺麗に並べられており、正直アニキの事務所よりも整っている。そこかしこにせかせかと働く人々がいてアニキたちには目もくれないが、一番奥の机に座る男だけはまっすぐこちらを見ていた。
バレッタは最初からわかっていたのか、その男の前へ歩を進める。他の四人もそれに続いた。
「いやいや、わざわざお越しいただいてありがとう。市長のアニマです。お見知りおきを」
バレッタは頭を下げ、アニキとエールも続けた。ハウとジェシカは顔を見合わせていた。




