合流編Ⅶ・後
再び立ち上がったジェシカもとい彼女の第二人格は、魔獣を見ると嬉しげに高笑いし、そちらに歩き始めた。
「ふはは、倒しがいのありそうな奴がおるではないか。ちょうどよい、力を持て余していたところだ…!」
その様子を離れた場所から見ていたマズルは、銃撃を止めた。
「ジェシカ、また力を暴走させたか…? でも、今ならむしろ好都合かもな」
魔獣へと歩みを進めるジェシカを、全員が見守る。魔獣は標的を彼女に変更すると、地を蹴って突進を仕掛けた。
「ふんっ! この程度か。我にはこんなもの、通じな…」
一度は突進を念力で止めたジェシカだが、すくい上げるように繰り出された牙の一撃は防ぎきれなかったらしく、ジェシカは身体ごと宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「おのれ…よくもやってくれたな…。許さぬ、必ずや我の手でトドメを…」
その手を掴み、動きを止める者がいた。カサンドラだ。傷ついた身体を引きずり、やっとの思いで立ち上がっていた。
「邪魔をするな!!」
ジェシカはカサンドラを振りほどいた。流石の聖騎士も、手負いの状態では抵抗できずに吹き飛ばされた。
「おいカサンドラ…大丈夫なのか? あんた怪我してんじゃ…」
その身を案じて駆け寄ったマズル。カサンドラの傷口からは、まだ血が滲んでいる。
「傷ならば後にワカバに治してもらう。それよりも、彼女をなんとかする方が先決ではないか?」
「確かにな。これじゃ、敵がもう一人増えたようなもんだ」
視線の先で、ジェシカと魔獣の攻防が繰り広げられていた。魔獣が後ろ足で岩を蹴り飛ばし、それをジェシカが念力で止めて弾き飛ばす。流れ弾を避けるのに、バレッタたちは必死の様子だった。
「そういやあいつ、ケータイは持ってきたのか? あれがなきゃ、収まらないはずだ」
「ケータイとは、あの板のような物だったか? ここに来てからは見ていないな」
「マジかよ。あいつ、家に置いてきたってことか。どうすんだ…」
考えあぐねる最中にも戦いは激しさを増し、周囲の被害も大きくなっている。何か手を打たなければ危険だと、マズルは直感した。
「とにかく、あの二人を離すべきだ。注意を別方向に向けさせ、それぞれで対処すればなんとかなると思うよ」
攻撃を回避し、近くまで来たエールは言った。
「…できんのか? 戦力を半分にする上に、対処法もまだできてねぇのに」
「魔獣の方はね。だいぶ動きは掴めてきた。そちらを私たちに任せてもらえれば、足止めくらいはやってやるさ」
エールは笑みを見せ、サムズアップを決めた。
攻撃を避け続けたためかエールの衣服が汚れと傷まみれだったが、それがマズルに決心をさせたようだ。
「よし、そっちは任せたぜ。ジェシカの方は、俺たちでなんとかしてみる」
「了解だよ。きっと彼女を元に戻せると、信じてるからね」
エールは魔獣へと立ち向かっていく。状況を理解したらしいハウとワカバ、ツルギも後に続き、バレッタはマズルの元に戻った。
「さて、俺たちはあいつをなんとかしなくちゃな。しかし何もいい案がねぇんじゃ…」
「そのことだが、私に策というか、試したいことがある」
「任せていいってことか? だったら俺はサポートに回るぞ」
「うむ。任せてくれ」
「あたしにもサポートやらせて。ジェシカには悪いことしたし、なんとかしてやりたいの」
「よしわかった、俺に合わせてくれ」
手負いのカサンドラはジェシカの背後に回り込み、マズルとマジーナは気を反らすように、ジェシカの足元目がけて威嚇攻撃を始めた。
「ほらほら、お前の敵はこっちだよ」
「そうそう、相手を間違えないでよね!」
二人はわざと威力を抑えて攻撃を放つ。それがジェシカの怒りを買ったらしい。
「我を愚弄するか…。邪魔をするなと言ったはずだ!!」
ジェシカの念力が放たれ、マズルとマジーナは間一髪それを躱す。
横飛びで回避したマズルは狙いをはっきりジェシカに合わせる。それを見たマジーナは慌てて制止させた。
「ちょっとちょっと、ホントに撃つ気なの? 気を反らすためだって言ったじゃ…」
「撃たねえさ。ただ、こうして攻撃する姿勢を見せれば、自然と防御態勢をとるだろ?」
その言葉通り、ジェシカは歩みを止めて身構えていた。その背後には、カサンドラが忍び寄っている。
「な、なるほど〜。そういう理由で」
「ああ。あとはカサンドラの策とやらが成功するかどうかだ。…どうするつもりなんだかな」
カサンドラはジェシカまであと数歩という所まで近づいていた。もうすぐ手が届きそうな距離だ。
「貴様、来ないのか? ふっ、さては我の脅威に怖気づいたか。情けない奴だ…っ!?」
ジェシカは突然言葉を切る。そして、膝から崩れ落ちていった。
「えっ、何? どうしたの急に…」
ジェシカが倒れた先には、手を手刀の形にしたカサンドラが立っていた。その状況から、マズルはだいたいのいきさつが想像できた。
「アンタもしかして、それでジェシカを…?」
「そうだ。動きを完全に止めるのであれば、気絶させるほかないと考えてな。なるべく傷つけずにそうするには、これしかなかった」
「そ、それが策だったわけなのね…」
唖然とした表情で見られたカサンドラは、少し気恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「し、仕方あるまい。他に方法が思いつかなかったんだ。私は…」
「…騎士としてしか生きて来なかったからっしょ?」
その時、ジェシカはゆっくりと起き上がりながら言った。四人は思わず身構える。
「痛た…。一日に二回もぶたれるなんて最悪。こんなの初めてだよ」
普段のジェシカだった。四人は安堵し、彼女に駆け寄る。
「だ、大丈夫なのよね、ジェシカ?」
「まぁね。まだ頭クラクラするけど。でもアイツ、すっかり引っ込んじゃったみたい」
「なら結果オーライってとこだな。お前らは休んでな。まだ魔獣の方は片付いてないんだ」
マズルはツルギたちの加勢に向かった。マジーナもそれに続き、ジェシカとカサンドラだけが取り残された。
「調子はどうだ? 今回はお言葉に甘え、休ませてもらうとするか」
「ま、そっちは怪我人だしね。だけど、お荷物ってのもやだね。何かできないかなと…ん?」
ジェシカは唐突に自分の手を見る。
「どうかしたのか? まさか私の一撃のせいでどこかおかしくしたか?」
「いや違う。なんかこう…今までにない力を感じるっていうのか…」
その頃、魔獣との戦いは長引き、全員が疲労の色を見せていた。
「ふぅ…、動きが読めてきたとはいえ、長期戦となるとジリ貧だね」
「ワカバの回復効果も限界があるようです。このままじゃ、やられてしまうのも時間の問題かと…」
隙を見せることなく、突進を繰り返す魔獣に対して、打開策を見出だせないツルギたち。話している間にも、魔獣は攻撃を仕掛けてくる。
「…っ! しまった…」
ツルギは疲弊のためか足がもつれ、回避が遅れた。そこに、魔獣の巨体が遅いかかる。
「うわああぁぁぁっ!」
「ツルギ君!!」
ツルギの身体は宙を舞ったが、血は少しも飛び散らなかった。代わりに、キラリと光る物が辺りに散った。
「僕の…剣が…」
ツルギの剣は途中から折れ、破片になってバラバラになってしまった。少なくとも今この場では修復ができないだろう。
「無事か、ツルギ?」
「僕は何ともありませんが、これじゃもう戦えないです。あああ…」
マズルは駆け寄り、ツルギはこの上なく悔しそうに折れた剣を握りしめる。
そんなことはお構いなしに、魔獣はにじり寄ってくる。マズルはツルギを庇うように銃を構えた。
その時、またしてもキラリと光る何かが宙を舞う。それは魔獣の牙に命中し、鋭い音を立てて破壊。光る何かは意思を持つかのように浮かび、今度は魔獣の身体に勢いよく突き刺さる。
よく見てみると、それはカサンドラの槍だった。
「ふぅ、上手くいったかな。怪我ない?」
ジェシカは伸びをしながら現れた。後ろにカサンドラも続く。
「お前…何やった?」
「あの人の槍を、あちしが念力で動かしただけだよ。前よりもパワーが増したみたいだから、できるかなって思って。でも、初めてにしては上出来だよね。この技、名前でも考えとこかな」
意気揚々と話すジェシカの側で、魔獣は塵のように消え失せ、カサンドラの槍だけが残った。
「『念力武装』って感じ? うん、悪くない。ね?」
呆気にとられる全員の前で、ジェシカは楽しげに言った。
危機を脱したマズルとツルギたちは、束の間の休息時間を過ごしていた。いつもならばすぐに元の世界へ帰されるところであったが、今回ばかりはお疲れでしょう、少しばかり休憩してくださいというセタの意向によるものだった。
その中でジェシカとマジーナ、カサンドラの三人は一箇所に固まっていた。
「…悪かったね。あんたの事情も知らずに、殴ったりして」
気まずそうに、マジーナが切り出す。当のジェシカはさほど気にしていない様子だ。
「もういいよ。お互い様ってやつ? あちしもそっちの事情知らなかったし、もうちょい考えて言うべきだったかもね」
「気遣いは無用だ。私の事情など、他人には関係のないこと。戦いにおいては障害ともなろう」
「…冷たいってか、堅い人だねホント。だったら話さなきゃよかったんじゃないの?」
「それは…そうやもしれん。だが、仲間にはいずれ知らせることになると思っていた。ゆえに話そうと決心したという…」
「はいはい。もうわかったよ。ところでさ…」
重い空気はたくさんというように、ジェシカは話題を変えた。
「旦那さんと娘さんがいたっていうけど、それどんくらい前なのさ?」
「ずいぶん前になる。二人を亡くしたのは十三年ほど前だったか。夫と結ばれ、子が生まれたのはそれから三年ほど前、私はちょうど二十歳だった」
「てーことは…。だいたい十六年前ってことだ。二十歳プラス十六年で…」
指折り数えるジェシカ。答えが出ると、マジーナも一緒にカサンドラをまじまじと見つめた。
「何だ? 私の顔に何かついているか?」
「いやいや。その、カサンドラさん思ったより歳上だったんだなーって」
「マジでオバさんだったわけだ。適当に言ったつもりだったのに」
「ちょっ、はっきり言いすぎだっての」
マジーナは肘でジェシカの脇腹をつつく。二人のわだかまりはすっかり解消されたようだ。
「し、仕方なかろう。人はあっという間に歳を取るもの。お前たちもいずれ思い知る時がくる」
「ま、いいんじゃないの。ぶっちゃけ、実年齢より若く見えるもん」
「そうそう。お姉さんって言っても不思議に思われないわよ」
「ふっ…。調子がいいな、お前たちは」
離れた場所でカサンドラたちの様子を見ていたマズルは、ふうっとため息をつく。会話は聞こえていなかったが、楽しげな雰囲気は感じ取れていた。
「やれやれ。なんとか嵐は過ぎ去ったってところか。こちとら命がけだったんだからな」
「ええ、そうですね…」
側で気のない返事をするのはツルギ。手には折れた剣を持ち、視線はずっとそこに注がれている。
「お前のその剣、残念だったな。直せるのか?」
「わからないです。今まで折れたことも、直したこともないので」
「そうか。まぁ気を落とすなよ」
「はい…」
ただ剣が折れたということではない。マズルはそう感じた。だが、少なくとも今は掘り下げるべき時ではないとも感じていた。
「皆様、本日は誠にお疲れ様で御座いました。次の魔獣討伐までに、お身体を休めてくださいませ。それでは…」
今回もセタの号令で、十人は元の世界へと帰還していった。




