聖騎士は未亡人?
「「大事な人が?」」
「「二人?」」
ツルギとマジーナ、ワカバとクロマはそれぞれ同時に、カサンドラの言葉を繰り返した。
カサンドラは腰をかがめて近くの墓石に手を置き、言った。
「そうだ。一人は私の夫だった男、名はイーノ。そしてもう一人は………私の娘、名はアンジェリカという」
全員が言葉を探し、黙り込む。勇敢にも沈黙を破ったのは、マジーナだった。
「か、カサンドラさん、旦那さんがいたの? それに、お子さんも…?」
「その通りだ。意外だったか? しかしこのように戦慣れした出で立ちならば、無理もないか…」
カサンドラは微笑を見せた。それはどこか自嘲的にも見える。
「夫と出会ったのはここリンド王国の城下町だった。夫は薬屋を営んでおり、ある時私が店に訪れた際に…まぁ、その、色々あってだな。気が合った私たちは、すぐに結ばれることとなった」
カサンドラは気恥ずかしそうに語る。状況が状況でなければ、貴重な一面が見られたと思ったかもしれないが、そんな空気ではなかった。
「私は昔から国に仕えることを夢見ており、夫と出会ってもそれは変わらなかった。夫はそんな私の意思を尊重し、互いを理解した上で結婚、子供も授かった。それがアンジェリカというわけだ」
そこまで話したカサンドラは、深呼吸した。気持ちを落ち着かせようとしているように見える。夫と娘の墓がある時点でわかってはいたが、その答えが近づいていると思うと、再び場に緊張が走る感じがした。
「ある日のことだ。夫は調合に使う材料を採りに、草原へと向かった。そのあたりはあまり魔物が出ないこともあり、大した装備もせずに行ってしまったらしい。私はその時、騎士の試験のため家を離れていた。試験の結果は見事に合格だった。…しかし」
カサンドラは言葉を切った。俺は、おそらくその場の全員もだが、固唾を飲んで次の言葉を待った。
「帰宅しても夫は帰って来なかった。翌日、例の草原で死んだ状態で見つかったと、店の者から聞いた。手には、私の好きな花が握られていたと、同時に聞かされた…」
クロマは両手を口に当てて息を呑み、ツルギとワカバは目を見合わせ、またカサンドラを見る。マジーナは黙ったままだった。
「…ごめんなさい、何とお声がけすればいいのかわかりません…。本当にお辛かったでしょう」
クロマは言葉を選びに選んだのか、それだけを伝えた。
「そうだな。あの時は確かに辛かった。夢であってくれと、何度も願った。だが、現実というものは非情だと思い知らされた」
再び、沈黙が流れる。言わなくてもわかるが、次の話は…。
「夫の死に打ちひしがれていた私だったが、娘の世話だけは欠かさなかった。夫が私に遺した宝物だと思ってな。しかしそんな時間も、長くは続かなかった…」
「…娘さんも、魔物に?」
「いや、魔物ではない。だが、ある意味ではもっと厄介なものだ」
カサンドラはまた一度言葉を切って目を閉じ、開くと同時に口を開いた。
「娘の死因は流行り病だった。夫の死が尾を引いていたのか、私は娘の症状に気づけなかった。医師に見せた時には、もう手遅れになっていた…」
今度こそ、かける言葉が見つからないようだった。全員沈黙し、またカサンドラから話を始めた。
「私はそれから、騎士の任務をこなしていった。夫と娘の死を忘れようと、必死だったのだ。だが、そう簡単なことではない。考えた挙句、国を離れることを決意した。そして隣国であり友好国でもあるハルトダム王国へとたどり着き、現在に至るというわけだ」
カサンドラが話終え、重苦しい空気が流れる。
その時、得も言われぬ声が空気を切り裂いた。
「ぐっ、ううぅぅ…っ!」
声の主はマジーナだった。両手で顔を覆い、膝から崩れ落ちていた。
「ま、マジーナ!? どうした…?」
心配するツルギの問いにも、何も答えない。だが別角度から見ていたクロマは、マジーナの顔に光る何かを確認していたようだ。
「マジーナさん…もしかして泣いてます?」
「だ、だって…そんな話聞いたら泣けて来ちゃって…。旦那さんと娘さんを、一緒に亡くしちゃうなんて………」
お喋りで明るく、少し怒りっぽくて気難しいのが俺のマジーナに対する印象だった。こんなに泣いている所は見たことがない。良くも悪くも感情的、という奴なのかもしれないな。
「お姉ちゃん、鼻水もすごいよ」
「うるさいなぁ…仕方ないでしょ」
「ありがとう。私のために泣いてくれるとは思わなかった。涙を拭いてくれ、マジーナ」
カサンドラは自分のハンカチをマジーナに手渡す。流石に鼻水は躊躇していたが、マジーナはそれで涙を拭った。
「はぁ…ごめんなさい、取り乱しちゃって。でも、辛いこと思い出すのに、わざわざ来て良かったの?」
「陛下と私のやり取りを見ていたろう? あの方も私の事情をご存知であり、骨休めと墓参りをするために今回の任務を授けてくださったのだ。真に尊敬すべきお方だよ…」
「王様の言葉にそんな意味があったとは。でも僕らに話して良かったんですか?」
「無論。いずれは話すべきだと思っていた。お前たちは信用に値する仲間だからな」
マジーナの涙のおかげなのか、場の空気はいくらか軽くなっていた。
それを見計らって、俺はツルギの耳元で囁いてみる。
「カサンドラはジェシカと自分の娘を重ねてんのかな? 聞いてみてくれ」
「…わかりました。カサンドラさん、向こうの世界のジェシカのことなんですが」
「…そうだな。あの子を一目見た時、確かに私の娘を思い出した。生きていれば歳も同じくらいだし、共に戦ったことでよりそう感じるようになった。ゆえに力を貸すことを決意したのだからな」
うちのジェシカは超能力使いで二重人格だが…。それでも娘と通ずるものがあったということだろうか。
「それあたしも気になってた。あたしだってジェシカとほとんど同い年のはずよ。あたしのことも娘さんみたいに思ってたの?」
「いや、それはなかったな」
「そ、そうなんだ…」
即座に否定されたマジーナは少し寂しげだった。
「マジーナさん、それを言ったらこの町に同じ条件に当てはまる女性はたくさんいますよ…」
「向こうにはハウさんもいるしね」
「うっ、そう言われるとそうだけど…」
「まぁそういうことだ。それにアンジェリカは少々おてんばで、捻くれた一面もあった。私よりも夫の方に懐いていたからな。それがあの子に感情移入した理由なのかもしれない。…さて、そろそろ帰ろうか。馬車を待たせすぎても悪い」
その後、ハルトダム王国に帰還した一行。国王への報告は任せろ、とカサンドラは城へ向かい、夜も更けたので残りの四人は床に就いた。
「ツルギ、起きてる?」
ベッドに入る直前、マジーナはツルギの部屋の扉から顔だけを覗かせて尋ねた。
「ああ、起きてるけど、どうかした?」
「あのさ、今夜は魔獣退治でしょ? マズルさんとこのジェシカとも会うわけだし、あたしちょっと話したいなって」
「話すって何を?」
「カサンドラさんのことよ。事情を話せばわかってもらえるかもじゃん」
「いやー…どうかな? 上手くいかなそうだけど…」
俺としては止めた方がいいと思うのだが、どうやらツルギも同意見だったようだ。
「そう? まぁ何と言われても、あたしは本気だけどね。それじゃ、早く寝るわ。お休み」
声をかける暇もなく、マジーナは顔を引っ込めてしまった。
「マジーナの奴、やる気なんだな。なんだか嫌な予感がするぜ」
「僕もそう思います。だけど、カサンドラさんにあんな過去があったなんて。色々考えさせられました」
「そうだな。魔物と流行り病で夫と子を亡くしたときたら、また複雑な心境だったろうな」
「そういうものなんですか?」
ツルギはきょとんとした表情で尋ねる。そんな経験をしたことはないのだろう、きっと。
「もし夫も子も同じ理由で亡くしてるなら、そいつだけを仇と思えばまだ気を確かに持てるかもしれない。でも二人とも違う理由で亡くしてる。恨みを誰にぶつけりゃいいのかわかんないのに、しっかり生きてるカサンドラは辛いだろうが強い人だな」
「アニキも、ヒュジオンを恨んでるからわかるんですか?」
カサンドラの気持ちを察して言ったつもりが、まさかブーメラン発言だとは考えてなかった。
返答に困っていると、気を悪くしたと思ったのかツルギから謝ってきた。
「すみません、思い出させてしまって」
「構わねえよ。それより、こっちでの事件はこれで終わりなのか…?」
言い終わる前に、意識が遠ざかっていく。俺の世界では追体験しているから…。次は魔獣との戦いになるのか。
ジェシカとカサンドラ、互いに認め合える日が来るものなのか。




