ジェシカは天涯孤独?
レベッカの口から最初に出た話は、ジェシカがここの子どもではないということだった。まずそれを理解してもらわなければ、後の話ができない、という。
「…なるほど。その話は飲み込めた。二人は?」
バレッタの問いに、アニキもハウも頷いた。それを確認して、レベッカは続ける。
「ありがとう。それでね、ジェシピがなんであたしの家にいるのかってことなんだけど、幼馴染みだからなの、あたしたち」
「幼馴染みだから?」
「うん。家も近くてね、昔からよく遊んでた。うちの両親、共働きで今日みたいに家を空けること多いんだけど、あたしにもジェシピにも良くしてくれてね。自分で言うのもなんだけど、すごくイイ親なんだ」
レベッカは照れくさそうに付け加え、その後は声の調子を変えて話した。
「…でね、ジェシピの両親についてなんだけど、正直なところあんまし記憶ないんだ。あたしも、ジェシピも」
「ジェシカにも?」
「うん。二人とも小さかったから覚えてないんだと思う。…それで、ここからはデリケートな話になるから、良く聞いて」
レベッカは真剣な表情を作り、一呼吸置いて続けた。
「後で聞いた話ではあの子の両親、ある日突然姿を消したんだとか。…もちろん、ただの噂だと思ってるけどさ」
場に重い空気が流れる。アニキたちは言葉を探しているように思えた。
「行方不明…ってことか。できればそう考えたいよな」
「そうだね。あたしもそう信じたい。で、話を戻すと、あたしの両親がジェシピを引き取って一緒に暮らしてると、そういうわけになります。以上っ」
レベッカはまた明るさを戻して締めた。
しかし、アニキは手を挙げて口を開く。
「質問、いいかな?」
「どうぞ。答えられる範囲でお答えします」
「ジェシカはレベッカの家で世話になると決まった時、どんな感じだったのか気になってな。あいつはどうも年上の、それも他所の人間が苦手そうな印象があるから」
僅かに、バレッタが目を背けた気がした。レベッカはその問いに答える。
「うーんそうだな。最初はあんまし馴染めてなかったと思う。いくら仲良しのあたしの家でも、やっぱり他人の家ってなったら遠慮しちゃうだろうし。でもだんだん慣れてって、小学校時代は平和だったね」
レベッカは深呼吸し、更に続けた。
「中学校に上がったら頃からね、やっぱそういうお年頃なのか、自分に本当の親がいないことを気にするようになって。感情的になって、大変だった時もあったなぁ。本当の親でもないのに保護者面しないで、って言ってさ。あれがあの子の本音だったのかな…」
バレッタは腕組みをし、口をへの字にして黙りこくった。
何かが引っかかったのか、ハウは唐突に口を挟む。
「…レベッカさんはご存知なんですか? ジェシカさんは、怒るとその、いわゆる暴走することを…」
「うん、知ってる。あたしの両親もね。でも見たのは一度だけ。そん時は周りにすごい被害出しちゃってさ、さすがにあの子もヤバいって思ったんだろうね。それからはなかったよ、暴走」
レベッカは苦笑いした。笑顔ではあっても、複雑で割り切れない気持ちが伝わってくるような気がした。
「お話中失礼するよ〜」
気の抜けた声がする。ジェシカ本人がドアを開け、部屋に入ってきた。足音は直前まで聞こえていなかったので、もしかしたらこっそり会話を聴いていたのかもしれない。
「ジェシカ…身体は大丈夫なの?」
「だいぶ良くなったよ。みんなお見舞いに来てくれたおかげかもね。ところでベッカ、あの話したのね」
僕の予想は的中した。どこからかはわからないが、大半は聴かれていただろう。アニキたちはジェシカに対して思わず身を引いていた。
「なに? 別に怒んないよ。どうせ、いつかはあちしの口から言わなきゃって思ってたし、手間が省けたってとこかな」
「そう言うと思った。まぁ一応ドア閉めといたけど、余計な心配だったね」
「そゆこと。それよりベッカ、マンガ貸してよ。寝てるのも飽きちゃった」
「あいよ。ちょっと待ってて」
レベッカは席を外し、別室へと向かっていった。
頃合いを見計らってか、ジェシカは三人に向き直り、口を開いた。
「同情とか、いらないからね。マズさんたち」
「ジェシカ…」
「あちし、今はベッカと両親が本当の家族だって思ってるし。全然寂しくなんかありませんから。マジで」
「………」
ぴしゃりと言い放ったジェシカに、誰も言葉を返せなかった。
ジェシカが自室に戻り、レベッカに見送られる形でアニキたちは家を出た。玄関先で、三人は最後の挨拶を交わす。
「今日はわざわざありがとうございました。今度は休む時、ちゃんと連絡させますから」
「気を使わなくていいよ。あなたやジェシカの事情は十分わかった。何か困りごとがあったら、遠慮なく相談においでね」
「あはは、ありがとうございます。何かあれば、ですね…」
レベッカは急に声を落とし、ひそひそと話し始めた。三人と僕も、聴こえるように顔を近づける。
「ジェシピ、素直じゃないとこもあるけど、本当は良い子なんです。自分で使うお金もほとんどバイトで稼いだものだし、あたしや両親に迷惑はかけたくないって思ってるみたいで。そこんとこわかってあげてもらえると、あたしも嬉しいんで」
レベッカはニコリと微笑んだ。今度は満面の笑みだ。
事務所への道すがら、三人はしばらく黙って歩いていた。最初に沈黙を破ったのは、アニキだ。
「変わった奴だと思ったが、そういう事情があったんだな、ジェシカ」
「…難しい話だよね。家族のこととなると第三者はあーだこーだ言えないもん。あぁ、だけどジェシカ、アタシのこと口うるさいおば…姉さんとかなんとか思ってたのかな…」
「そうかもな」
「ちっとは否定しろ。このバカがっ」
バレッタはアニキの首に腕を回し、絞め上げる。アニキは堪らず引き剥がそうとした。
「いでで、悪かった。離せ離せ…」
「それはそれとして…!」
珍しく、ハウは少し大声を発し、アニキとバレッタの攻防を止めさせた。二人の行動を不謹慎だと思ったのかもしれない。
バレッタがアニキを離すと、ハウは咳払いをして続けた。
「…ジェシカさん前に、親にはいい思い出がない、と言ったことがありました。あの言葉の意味は、もしかしたら思い出自体がないということだったのかな…と」
「なるほど。いい思い出もなけりゃ、悪い思い出もねえってことか」
「その過去を自分の口から話すのは酷だし、レベッカには感謝しておくべきかもね」
そこから先は一言も話すことなく帰路につき、事務所に帰っても静けさは変わらなかった。
就寝時間。ベッドに横たわるアニキに僕は話しかける。
「今日は色んな意味で大変でしたね」
「おうツルギか。平時でも声が聴こえるようにはなったが、終始静かだったなお前。…そういや、セタの奴にそれ聞くの忘れてたぜ。今度会った時は必ず…」
「まぁそれも大事ですけど。ジェシカの家族事情について、どう思いました?」
「そうだな。年端もいかない少女にとっちゃ厳しい現実だと思ったよ。死んだならまだ諦めがついたかもしれないが、生死もわからないんじゃ…複雑だろう」
「アニキには共感できるところがあるんですね。行方不明の…」
言ってからしまった、と思った。同じく生死不明の親友のことなど、軽々しく話題に上げるべきじゃない。
もう遅いとは思いつつも口をつぐむと、アニキは怒ることなく返した。
「まぁな。フリントもあのジェシカとレベッカみたいに、俺とは長い付き合いだった。その点では共感できるかもな」
「すみません、思い出させてしまって」
「気にすんな。俺は受け入れる覚悟はできてんだ。何を突きつけられても、な…」
アニキはそれ以上何も言わず、僕も黙ったままでいた。
そのうちに意識は遠のいていく。後味の悪い終わり方だったし、まだこちらでやることはあるのだろう。そう思っていた。
がしかし、目を覚ますとそこは別世界、というよりは僕の世界、ハルトダム王国だった。




