ジェシカは突然、音信不通?
狭魔獣との戦いの後、僕は少し埃っぽい部屋で、精神体として目を覚ます。スピルシティだ。セタの言った通り、僕の追体験から始まるらしい。
「ふ…あーあ。俺の事務所か。あいつの言葉通りなんだな本当に」
傍で目を覚ますアニキも、同じことを考えていた様子だ。大きく伸びをしてから、こちらを見る。
「まぁそういうわけで、今日も一日頑張ろうや」
「ええ。早く終わらせれば、僕も向こうに帰れますしね」
「早く終わればねぇ。ここ最近は何日もお互いの世界に留まってたし、今回は何日かかるやら」
「やめましょうよ。本当に現実になりますよ。前向きに行きましょ」
「へいへい。そんじゃ行くかね」
コートを羽織り、アニキは扉に手をかけた。
「お目覚めかいマズル。またセタの言う通りだったね」
いつものように、バレッタが出迎える。
「ああ。おかげで働き詰めだよ。今日の仕事は…ないのか。その様子だと」
「ご明察。まぁ良かったじゃないの。ゆっくり眠れただろう? もうそろそろ夕方なんだし」
「ゆ、夕方…!?」
アニキは慌てて時計を見る。確かに、針は午後三時すぎを指している。
これまであまり気にしたことはなかったが、こちらの世界の時計や時間の概念も、僕らの世界と変わらないようだ。
「マジか…。一日の大半を無駄にしたな」
「たまにゃいいだろ。アタシら、普段の仕事に加えて魔獣退治なんかやらされてんだ。ちょっとくらい怠けたって、バチは当たりゃしないよ」
「そうかもしれねぇが、お前の口からそんな言葉が聴けるとはな…。そういやハウたちは…学校か。エールは例の件で不在、と」
何か寂しい空間だと感じていたが、ハウやジェシカ、エールの姿はそこになかった。
「エールはともかく、後の二人はそろそろ帰ってくる頃合いだね。ハウはまた道端で演奏してるのかもしれないけど」
その時、事務所の扉が開く。入ってきたのは、ハウ一人だけだった。
「ただいま帰りました。マズルさん、起きていらしたんですね。お疲れ様です」
「お疲れさん。早かったな、いつもなら路上で弾いてる時間だろ?」
「ええ。そうなんですが…。今日は気になったことがあったので、まっすぐに」
「気になったことって? ジェシカがいないようだけど、関係あるの?」
バレッタは玄関の奥を覗き込みながら尋ねた。
「実はそうなんです。ジェシカさん、今日学校に来てなくて。もしかしてこっちにいるんじゃないかと思ったのですが…いませんでしたね」
「うーん、何も連絡ないね。無断で欠席なんて、しょうのない子だねまったく」
腕組みをし、バレッタはため息をついた。
アニキは椅子に腰かけたまま、何か思いついたのか身体を二人に向けて言った。
「心配なら行ってみるか? あいつんところに」
「ジェシカの家に? 確かに住所はわかってるけど」
「あいつもまだ学生だし、両親に話しといた方がいいかと思ってな。じゃなきゃ後々面倒だろ?」
「それもそうか。んじゃ、行ってみよう。ハウも来る?」
「はい。行きます」
それからアニキたちは、住所を頼りにジェシカの家へと向かった。彼女の家は第三十地区にあるらしく、そこはスピルシティの中では辺境の地区だという。
エールが不在で大人数での移動のため、バイクにも乗らずに全員徒歩で進んでいた。
「ジェシカ、全然連絡つかないよ。ホントに心配になってきたね」
ケータイを片手に、バレッタは呟く。ジェシカからの返信は全くないらしい。
「この街もトラブルやいざこざは日常茶飯事だからな。何かあったのかもしれん。まさかとは思うが」
「ですが、セタさんに呼ばれて戦ったのは、昨日の夜中から今日の明け方にかけてですよね? それから朝になるまでの短時間に、何かあったんでしょうか?」
「さあなぁ。とにかく、家に行ってみりゃわかんだろう」
ほどなくして、一行は目的の場所にたどり着く。ジェシカの家は他の家よりもいくらか大きく、裕福そうな印象だった。
「ここか。想像してたのと違うな」
「そうだね。ちょっと意外」
「…お二人ともジェシカさんをどう思ってたんですか。でも確かに、普通の家とはちょっと違いますね」
結局三人とも同じことを考えていた。
意を決して敷地内に足を踏み入れ、玄関の呼び鈴を鳴らす。しかし返事はなかった。
「…いないな。ここで間違いないよな?」
「間違いないよ。何度も確認したんだから」
「お留守でしょうか。どこかにお出かけしてるとか。でも学校を休んでまですることって…」
その時、人が近づく気配を感じた。それは家の中からではなく、僕とアニキたちの背後からだった。
そこにはジェシカやハウと同い年くらいの、見たことのない少女が立っていた。
 




