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合流編Ⅵ・後

 狭魔獣の身体は太い幹のようになっており、細い枝をあちこちに生やす、見た目は植物そのものだった。生物らしい口や耳、鼻などは見られない。唯一違う点といえば、枝に付いているのは葉ではなく、全て白い綿ということだった。


「あれ、本当に魔獣ですか? ただの木にしか見えないけど」

「ただの木がこんなとこに生えてるかよ。それにあの綿、不自然に動いてるみたいだぞ」


 マズルの言う通り、綿は風もないのに蠢いていた。まるで、そのひとつひとつに意思があるかのように。


「ツルギ様とマズル様の見解はどちらも正解です。あれはただの木ではなく、魔獣に間違いありません。『デス・バロメッツ』と名付けております」


 セタの言うデス・バロメッツは、地に根を張ったまま移動せず、マズルたちに敵意を持っているかも疑問だった。


「なんだか強そうには見えませんね。名前は物騒なのに…」

「あんなの簡単よ。あたしの魔法でちゃちゃっとやっちゃうんだから。…それっ! "メガ・エル"!!」


 マジーナの放つ炎は魔獣の綿に直撃した。

 その瞬間に綿は弾け飛び、辺り一面に燃えたまま降り注ぐ。


「あちっ、あちっ! ちょっとマジーナ、危ないじゃないの!」

「ああっごめんバレ姉。ってか、あたしのせいじゃないんだけど…」

「いやマジーナ。相手の特徴もわからずに攻撃しちゃダメだろ?」

「…すいません。気をつけます」


 ツルギとバレッタからの叱責を受け、マジーナは萎縮してうつむいた。


「ひぃっ、火…嫌だ。怖い…」

「ワカバ君こっちに。ボクの"響壁"で防げれば…」

「…ふぅ、ありがとうハウさん。助かった…」


 火の雨から逃げ惑うワカバを、ハウは自らの背後に隠し、楽器を掻き鳴らして音の壁を作った。見事に火の雨は壁に遮られ、二人の身を守った。


「ハウりんさっすが。あちしも入れてよ」

「あ、はい。どうぞ」


 その様子を見ていたジェシカも、調子よくハウの背後に隠れた。一方のカサンドラは、盾を傘のようにして、ひとり身を守っている。


 その頃クロマは火の雨を躱しつつ、周囲の状況を見ていた。


「すごい火。とにかくこれを消さないと。"フォール"!!」


 クロマの唱えた魔法は空中に水を産み出し、同じく辺り一面に降り注がせた。

 瞬く間に火は鎮火され、大量の湯気となって一帯に充満した。


「お見事。すばらしい活躍だね」

「はっ…いえ、それほどでも…」


 エールの賛辞に、クロマは恐縮して深く頭を下げた。エールは気にせず続ける。


「ふむ、あの魔獣、なかなか厄介な奴らしいね。見たところ、マジーナ君の魔法を倍以上にして返しているような」

「そのようです。"メガ・エル"でもこれほどの火力は出ません。迂闊に強力な攻撃をすれば、手痛い反撃をしてくるかと」

「やはりキミもそう思うか。私もだ。奇遇だね」

「え、ええ。そうですね…」


 エールは微笑みかけ、クロマは目を泳がせながら答えた。


 その頃、ツルギとカサンドラは魔法が効かないのならばと、魔獣の幹に剣と槍を突き立てようと奮闘していた。しかし、魔獣は幹にも綿を集めて防御態勢をとり、身体のほとんどを覆ってしまった。


「くっ、打撃攻撃は手応えがない。なんて弾力のある綿だ…」

「うむ。効果があるとすれば、中の本体に直接攻撃することと思うが、いかにすれば…」


 ツルギとカサンドラの言葉を聞いたエールは、クロマにそっと耳打ちした。


「クロマ君、協力してくれないか」


「は、はい。私にできることなら」


「うん、さっきマジーナ君が魔法をぶつけた瞬間なんだが、弾けた綿の奥に魔獣の本体が見えたんだ」


「魔獣の本体が?」


「そう。おそらくあれに攻撃が届けば、奴を倒せることと思う。そしてその位置がわかるのは私しかいない」


「なるほど。私は何をすれば?」

「キミも一緒に、攻撃をしてもらいたい。この綿を見るに、炎が効いているのは間違いなさそうだ。キミの魔法で綿を弾けさせ、私がトドメを刺す、といった具合だね」

「ですがそれでは、魔獣はまた綿を撒き散らします。危険な賭けでは…?」


 ひそひそと作戦を練る二人の間に、ひょっこりとバレッタが顔を出した。


「お話し中失礼。ちょっといいかい?」


「ば、バレッタさん。どうしました突然…」


「盗み聞きするつもりはなかったんだけどね。アンタらの作戦に手助けできるかもしれないと思ったもんだからさ」


「こちらもないしょ話をするつもりはなかった。キミの考えも是非聞きたい。よろしく頼むよ」


 エールは真剣な、どこか余裕のある態度で続きを促す。クロマはその様子を、口を半開きにして眺めていた。


「アタシの『魂込め』を使って、クロマの力をエールに渡すんだ。それなら、二人の力が合わさることに違いないだろ?」


「やってみる価値はありそうだね。お願いするよ」


「あいわかった。そういうわけでクロマ、ちょっと動かないでよ。痛くはないはずだから…」


「えっえっ、なんですかバレッタさ…ひゃいっ!?」


 マントの下から手を差し込まれ、更に経験したことのない感覚に襲われたであろうクロマは、得も言われぬ悲鳴を上げた。

 クロマから抜き出したエネルギーを、バレッタはエールの腕を介して彼の剣に移す。すると刀身に、メラメラと燃え盛る炎が灯った。


「よし、これならば…いや、少し火力が強いか…」

「エールさん、大丈夫ですか…?」


 これまでの戦いでクロマの魔力が強まっていたためなのか、エールは炎の剣を掲げることに苦戦していた。


「心配ない。早々に決着をつければいい話さ」


 エールはなんとか剣を構え、もはや巨大な綿のボールとなっている魔獣へと駆け出した。


「みんな、退いてくれ。…はああっ!!」


 助走をつけたエールのひと突きは綿の中に吸い込まれて行き、勢いでエールの腕、身体をも飲み込んでいった。

 全員が固唾を飲んで見守る中、綿全体が煙を上げて燻り始め、ボロボロと崩れ落ちた。そこには魔獣の本体と、剣を突き立てたエールがいた。

 やっとお目見えとなった魔獣の頭は羊の形をしており、眉間に深々と剣が刺さっていたために動くことはなく、即座に塵となって消え去ってしまった。




「アンタも無茶するね。あのまま一緒に燃えたらどうするつもりだったの」


 ワカバによるエールの手当てを眺めながら、バレッタは苦々しく言った。


「ワカバ君の回復能力を信じていたからね。そこは心配してなかったよ。衣服なら多少燃えても代えがあるし。ああでも、この髪が燃えるのは嫌かな」


 冗談混じりに笑うエール。クロマは何か言いたげに見つめていた。本人もそれに気づいたらしく、彼女に尋ねる。


「何か言いたいことでもあるのかな、クロマ君?」


「い、いえその。エールさんはずっと自信満々ですので、どうしたらそこまでになれるのかな…と」


「自信満々、か。そう見えるのかもしれないが、実際は少し違うよ」


「違う? どういうことですか?」


 クロマは目を丸くして尋ね返した。


「私が自信のあるように振る舞っているのは、ほとんどが虚勢というものなんだ。本来の自分は、自信のない小心者なのさ」


「虚勢…。強がりということですか」


「そういうことだね。だけど気の持ちようという言葉もある。強がっているだけでも、自ずと実力がついてくるものだと私は考えてるのさ」


「立派なモンだと思うよ。自分はダメだってうじうじしてるよりはずっといい」


 二人の会話を聞いていたバレッタは口を挟む。エールは頷き、更に続けた。


「魔獣と戦う前に、キミにかける言葉を探していたと言ったね。あれも本当は、私の自己満足といえることなんだよ」


「自己…満足?」


「ああ。私の教え子に、やりたいことがわからずに一時期離れていた子がいたんだ。結果的に彼は戻ってきてくれたから良かったが、実を言うと私の指導に問題があったのではないかと、自分を責めたこともあってね…」


 エールは珍しく、うつむいて少し悲しげな表情を見せた。クロマは黙って聞いている。


「だからキミを応援するのも、私の行為を肯定するためのことなのかもしれない。落胆するだろうね。本来は自分のために向けられた言葉じゃないのだから…」


「そんなことありません。私、嘘でも嬉しかったんです。そんな言葉をかけられたこと、なかったので…。でもあなたは私のことをちゃんと見て、褒めてくれた。それなら誰のための言葉とか、問題じゃありませんよ」


 クロマはエールをまっすぐ見つめ、はっきりと言った。

 エールも彼女を見つめ返し、次の言葉を待っていた。


「あの、エールさん、お願いがあります」


「何かな。私にできることなら善処しよう」


「私もあなたのことを、先生と呼ばせていただきたいのです」


 エールは面食らっていた。目を丸くして、クロマを見つめ続けている。


「しかし私は剣術くらいしか教えることはない。キミは魔法を使うのが主だろう?」


「剣術もいずれ教えていただきたいです。ですが私の生き方の師として、先生とお呼びしたいんです。もしも嫌でしたら、諦めますが…」


「呼び方くらい、好きにさせてあげたら。何か断る理由があるのかい?」


 バレッタも加わっての懇願に、エールは珍しく少し動揺しつつ考えている。


「嫌ではないが…うむ、そうだな。キミが本気ならいいだろう。今日から私の生徒だ」

「ありがとうございます。先生、これからもよろしくお願いします!」




 師と教え子となったエールとクロマを迎え、元の世界に帰る直前、ジェシカはバレッタに尋ねた。


「バレさんさっきのすごかったね。マズさんの銃に魂込めれるだけじゃなかったんだ」

「ああ、あれね。アンタには見せたことなかったっけ」


 その会話を聞いていたマジーナは、二人の間に割り込んだ。


「前から気になってたんだけど、バレ姉のあれって誰でもできるわけじゃないの? マズルさんやハウもやってないし」


「ボクらは魂、精神エネルギーのようなものですが、ソールスポットと呼ばれる街の施設で専用の機器にチャージして使うんです。バレッタさんのように、人から直接取り出して物に込めることができる人は見たことないですね」


 ハウは自分の楽器に手を置いて答えた。近くで聞いていたマズルも会話に混ざる。


「そんな力、誰もが使えたら危ないからな。この銃だって危険な代物だし、それに…」

「マズル、その話止めてもらえるかな」

「…悪い」


 バレッタとマズルの間に重い空気が流れたため、全員が黙りこくった。


「ま、アタシは別に気にしちゃいないよ。世の中にはおかしな特技を持ってる奴がたまにいるだろう。それと同じだよきっと」


 周囲の雰囲気を変えようとしてか、バレッタは気丈に振る舞った。




 そして帰還の時。クロマは今までよりも別れを惜しんでいた。


「先生、どうかお元気で。それからハウさんも、皆さんも」

「ああ。キミもね、クロマ君」

「またすぐに会えますよ。それまで、さようなら」


 それからセタは、号令をかけた。


「皆様、此度もお疲れ様で御座います。では次ですが、マズル様の世界にてツルギ様の追体験から始めます」


「いつもと逆ですか。二回目ですね。そちらの都合ということですか?」

「左様です。どうかご理解くださいませ。それでは皆様、また後日…」


 セタの言葉が終わると、全員の姿は消えていた。

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