教え子の心に秘めしモノは?
街の怪虫騒ぎを鎮圧してから数時間後、アニキたちとレイドは病院に来ていた。怪我をしたエールを送り届けるためだ。
「良かったッスねエーさん。大したことなくって」
相変わらず呑気にケータイをいじりながら、ジェシカが切り出す。仲間の一人、レイドにとっては師が怪我をしたことが負い目になっているらしく、一同の間に沈黙が流れていた。
「まぁ、確かにそうだね。幸い毒も回ってないから入院はないって言うし、すぐに良くなるとは思うけど」
「でも、あの腕じゃ剣を握ることは難しそうです。毎週の剣術教室も、しばらくお休みになってしまう…」
俺のせいで。そう言わなくとも、うなだれるレイドからはそんな声が聴こえてくるようだった。
そんなレイドに、アニキは声をかける。
「責任、感じてんのか? だとしたらお前のせいじゃないって。全部、あの虫どものせいだろ?」
「そうですけど…。俺は…その…」
レイドは何か言いたげだ。辺りをキョロキョロと見渡し、気まずそうに頭を掻いた。
「ハウにジェシカ。アタシらは先に帰ろう」
何かを察したのか、バレッタは二人の肩を叩き、帰宅を促した。
「帰んの? エーさんまだ病室だけど」
「もうじき出てくるよ。エールなら一人で帰れるだろうし。それになんだか、アタシたちお邪魔みたいだから」
「あーそゆこと。マズさんと二人っきりになりたいんスね」
「ふ、二人っきりに…?」
何の想像をしているのかわからないが、ジェシカは全て理解したような雰囲気を出し、ハウは顔を紅くしてアニキとレイドを交互に見ていた。
「変な言い方や想像すんな。ちょっと話があるだけだろ、レイド?」
「え、ええまぁ。あまり聞かれたくはないことですので」
「はいはい。それじゃ、後のことは頼んだよ、代表」
バレッタはハウとジェシカを連れ、出口へと向かっていった。
「ったく、こういう時ばっか代表扱いしやがって。終始面白がってんなアイツ…」
バレッタたちの姿が見えなくなってから、アニキは呟いた。レイドはおずおずと声をかける。
「あの、すみません。なんか俺のせいで…」
「気にすんなよ。お前のせいじゃないって、さっきも言ったろ? もっと胸張って行こうぜ」
アニキは元気づけるように言ったつもりだろうが、レイドは逆に元気がなくなったように見えた。
「いえ、俺のせいなんですよ。…今回の先生の怪我は」
「…それが話したかったことか。良ければ詳しく聞かせてくれ」
アニキは近くの椅子に腰かけ、レイドも座るように促した。
レイドは椅子に座ると、続きを話した。
「俺、街に虫たちが現れた時、避難する準備をしていたんです。本当なら避難所で母と待機してるはずだったんですが、いつも一緒にいる奴らが連絡してきて…」
一緒にいる奴ら、というのはあの時一緒にいた、人相の悪い連中のことだろう。友達、と言わないところを見ると、そうは思っていないのだと思われる。
「それで、そいつらは俺を呼び出して何をするのかと思えば、度胸試しをしようと言うんです。あのデカい虫たちと戦って、何匹やっつけられるか勝負しよう、と。今思えば断っておくべきでした。そんな馬鹿なことは。
…でも、馬鹿なのは俺でした。その誘いに乗ってしまい、虫と戦ってしまったんです。そして囲まれて、周りを見たら、あいつらの姿はなかった…」
レイドは拳をグッと握りしめた。自分の愚かさへの憤りや、騙されたことの悔しさなど、入り混じった感情が伝わってくるようだった。
「結果、先生に怪我はさせてしまうし、嘘もついてしまいました」
「嘘を?」
「先生はなぜこんなところにいるのかと問い、俺は咄嗟に、守るためと言いました。…実際は違います。俺は自分の見栄のために、あんな真似をしたんです。もう自分が情けなくて…」
「気に病む必要はないよ。レイド君」
別の声が聞こえた。エールが病室からこちらに歩いてくるところだった。片腕は吊っていないが、包帯が隙間なく巻かれていた。
レイドは背筋を伸ばし、師を迎えた。
「せ、先生…。あの、大じょ…その、どういう…」
「はは、落ち着きなさい。怪我はもう大丈夫だよ。それに今の言葉の意味は、キミは嘘をついていない、ということさ」
「嘘じゃない…とは?」
エールもレイドの隣に腰かけ、続きを話した。
「キミがあの場で守っていたのはキミ自身さ。身体はもとより自尊心を、ね」
「自尊心…ですか?」
「そう。たかがプライドと思うかもしれないが、それは時に自分を動かす原動力になると思う。私は人がマイナスと考えがちな部分も、プラスに考えたいんだよ」
「でも俺、それだけのために危険を犯しました。親になんて言い訳すれば…」
「言い訳は要らないさ。正直に言えばいい。その後できちんと謝って、これからに繋げていけばいいんじゃないかな? キミは私よりずっと若いんだから」
エールはレイドに微笑むが、レイドは言葉を探すように黙ったままだった。
「しかし、キミはもう私の教え子ではないし、あまり響かないかな」
「そ、そんなことは………先生、ひとつお願いがあります」
「何かな?」
「俺に、また剣術をご指南いただけませんか? 本当は、ずっと後ろめたい気持ちがあったんです。今度は途中で投げ出しません。最後までやり通したいんです。だから…お願いします」
レイドは深々と頭を下げた。エールは満足そうに頷くと、怪我をしていない方の手で親指を立て、最大級の笑顔を見せた。
「断る理由はないさ。喜んで受け入れよう。その代わり、今までより厳しくいくかもしれないぞ?」
「はい、構いません。改めて、よろしくお願いします!」
「よし、共に頑張ろう。私にかかれば、スピルシティ代表選手も夢じゃない! はっはっはっ」
レイドと肩を組み、高笑いするエール。アニキはやや呆れたような表情を浮かべていた。
しかしレイドはどこか安心したような表情で、師も然りだった。
レイドがエールと自宅へ向かった後、アニキは病院の裏手の壁にもたれかかり、唐突に尋ねてきた。
「ツルギ、いるよな?」
「はい、なんでしょう」
傍から見れば一人で会話しているように見えるのを気にしたのか、アニキはここを選んだのだろう。
「お前、あの時一度止めたよな? 俺が加勢しようとするのを。何でだ?」
「ああ、あれですか。なんとなく思ったんです。レイドはきっと、まだ剣術に未練があるって。だから追い込まれれば、自分から動くんじゃないかと考えたわけです」
「なかなか思い切った策だな。もし動かなかったらどうしたんだ?」
「それは考えてませんでしたが…。でも絶対に立ち向かうと思いましたからね」
「剣士の直感ってやつなのか。ま、結果オーライだから良かったけどな」
その時、車を停める音が聞こえ、アニキは会話を止めた。足音はこちらに近づいてきて、エールが建物の影からひょっこりと姿を現した。
「あんたか。よくここがわかったな」
「きっと、ツルギ君と会話してるんじゃないかと思ったからね。どうかな?」
まるで見ていたか聞いていたかのような予測。この人の前では隠し事はできないのではないかと思った。
「気味悪いほど当たってんな。素直に驚くわ」
「お褒めの言葉と預かっておくよ。ありがとう。それから、レイド君のことも、お礼をしておきたい」
「レイドの? 俺は特に何も。お前を助けたのも、実際はあいつだったし」
「それでもだよ。彼の心の重荷を減らしてくれたのは事実だろう? 私だけじゃ、こうはいかなかったかもしれないからね」
エールにしては珍しく、自信なさげな言葉だった。アニキもそう感じたらしい。
「珍しいな。そんなに自信なさげなのは」
「私とて人間だからね。レイド君が剣術の鍛錬を途中で投げ出したのは、もしかしたら私の指導に問題があったのではないかと思ったこともあって、心のどこかでずっと引っかかっていた。だけど今回、本音を聞けたことで私の心の重荷も軽くなった気がした。だから礼を言いたいのさ」
エールは一呼吸置いて、更に話を続けた。
「そこでマズル君、そのお礼ということでもないのだが、話しておきたいことがある」
「なんだ改まって。気遣いは要らねえが…」
「ヒュジオンのことでも、かな?」
アニキの目つきが変わった。エールも真剣な表情でこちらを見ている。
「奴らの?」
「そう。もちろん一連の騒ぎを起こしている『過激派』の方だがね。彼らの所業に手をこまねいているだけではいけないと、今回はっきりわかった。早いうちに手を打っておかなければ。キミも、例の友人の情報が欲しいのではないかい?」
アニキの友人であり、ヒュジオンに入信して行方知れずになったというフリントという男。バレッタから一度聞いただけで、エールからその話が出るのは初めてだった。
「お前…あいつのこと、何か知ってんのか?」
「逸らないでくれ。私ではなく、知り合いに元過激派の人間がいるんだ。彼なら何か知っているんじゃないかと思ってね。あまり期待しすぎないでもらいたいが、できる限り聞き出しておくつもりだ」
アニキは腕を組んで考えた。だがほどなくして、答えを出す。
「わかった。信じていいんだな?」
「もちろんだよ。ただその兼ね合いで、事務所に顔を出すことは少なくなるかもしれない。十分に情報が集まったらお邪魔するから、少し待っていてくれ」
「了解した。よろしく頼む」
「こちらも承知した。…そうだ、明日はまたセタ君に呼び出される日だろう。その時は存分に力を奮うから、心配しないでくれたまえよ?」
エールはアニキと、一緒にいる僕にも伝わるような言い方をした。
「フリント…待ってろよ。俺の前から消えてからのこと、全部聞かせてもらうからな…」
アニキはエールの声が届いていないのか、徐々に暗くなる空を見つめて呟いた。




